2018年10月31日、渋谷─23時10分頃。
ハロウィンで賑わっていたこの地は呪詛師と呪霊の手によって既に地獄と化していた。
補助監督である
(さっきから遠目にビルが斬撃のようなもので崩壊していくのが見える!一体何が──)
──ゾクリ、と全身に寒気がした。
その正体は呪いの王、両面宿儺の領域展開『伏魔御廚子』。魔虚羅を消すために展開されたソレは、羽鳥航の脳内に強烈に『死』のイメージを感じ取らせた。
「棘!」
「!?」
気が付くと彼は、狗巻の体を伏魔御廚子の効果範囲の僅か外に突き飛ばしていた。
──ザンッ
羽鳥航の視界が無数の線でズレた。
あまりに鋭利な斬撃は、羽鳥の痛覚すら置き去りにしていた。
あるのは自分が肉塊へ、或いはそれ未満の物質に変わっていく浮遊感だけ。
目が覚めると、そこは空港のロビーのベンチだった。清潔な白い床、並んだベンチ。窓の外には、抜けるような青空と、どこまでも続く滑走路が見える。
「……あれ」
羽鳥は自身の体を見下ろし、服装が補助監督のスーツではなく、高専時代の制服であることに気づいた。
「羽鳥!」
「あ」
羽鳥に声をかけてきたのは高専時代の一つ上の先輩である灰原雄だった。
「お久しぶりです」
「いやー、最期はカッコよく決めたじゃないか!」
「……そうですかね」
羽鳥は痛いほど理解していた。
「私は灰原さんや他の皆さんのように強くなかったので。結局、最期まで半端にしか役に立てなかった」
「そんなことないさ!」
羽鳥の弱さへの悔いを、灰原は明るく笑い飛ばした。
「羽鳥は咄嗟に自分の命を投げ捨てて、生徒の命を繋いだんだ!それは、誇るべきことさ!」
──そうですかね、と羽鳥は遠慮がちに、けれど照れくさそうに微笑んだ。
「そうだね。しかし、同時にそれは君の危うさでもあるよ。羽鳥。実際、それによって君は死に、
「夏油さん」
背後のベンチから声をかけてきたのは羽鳥が学生の時、心を救えず、無力感に苛まれる一端となった夏油傑だった。
「──夏油さん。私は、あの日からずっと後悔しているんです。『
羽鳥は夏油傑の心を救えなかったことを後悔し、彼のような生徒を二度と出したくないという想いで今まで活動していた。
「ハハッ、本当に私は仲間に恵まれたね。羽鳥は、教師の方が向いてたんじゃないか?」
「いえいえ。私は強くないので教えられることは何もありませんよ。それに昔、五条さんには『オマエら術師やめろ。クソの役にも立たねぇから』って伊地知と一緒に言われましたし」
「悟らしいっちゃらしいが、手厳しいね」
「ホントですよ。でも、それは五条さんなりの優しさだって分かってます」
「おや、あなたも来てたんですか、羽鳥君」
声をかけてきたのは自身の尊敬する先輩である七海健人だった。
「七海さん。私は──」
「ああ、言わずとも分かっています。羽鳥君は誰かのために命を投げ出したのでしょう?『大人には子供を優先する義務がある』──以前私はあなたにこう言ったことがありますが、やはり羽鳥君はそういう道を選びましたか」
「あれ、意外とバレてましたか?」
「ええ。羽鳥君は普段気弱な方ですが芯があるので。窮地には自身を鑑定に入れない行動をするだろうと」
彼らは思い出話に花を咲かせた。それから数週間、或いは数か月の時が過ぎた頃。
「や」
「うっわ」
五条悟と夏油の会話。それから羽鳥達後輩も含めて、呪いの世界から一旦離れた彼らはたくさんの話をした。
「あー、あと羽鳥」
「何ですか?五条さん」
「……棘のこと、ありがとな」
「!」
「あいつ、片腕は無くしてるけど生きてるよ。お前が最後に一押ししたおかげだ」
五条の手が、羽鳥の頭にポンと置かれた。
「お前は
かつて『クソの役にも立たない』と自身を術師の道から突き放した
『──キヴォトス、キヴォトス行き。搭乗口へお越しください』
アナウンスが響いた。羽鳥以外の誰も、その名前に反応しない。羽鳥は、そのアナウンスが自分を呼んでいるものだと、直感で理解した。
「……行くのか?」
「はい。……どうやら、僕はまだ『上がり』じゃないみたいです」
涙を拭った羽鳥は立ち上がり、呼ばれた方へと向かう。
「羽鳥」
去り際の羽鳥の背中に夏油が話しかける。
「羽鳥なら、なれるよ。みんなの心を救える立派な先生に。かつての私のように、悩める生徒たちを導いてあげてくれ」
「……はい!」
羽鳥は涙がまた零れそうになりながらも、ぐっと堪えてはにかんだ。
「学長も、お世話になりました!」
「……ああ。しっかりやれ」
「あ、あと、伊地知がここに来たらよろしく伝えといてくださーい!」
「伊地知来るとか何年後だよ!多分俺たち成仏してるわー!」
「それでは皆さん、お元気で!」
もうそれ以上の言葉は不要だった。皆が笑顔で手を振り、暖かく羽鳥を新しい世界へ送り出した。
──簡易人物紹介──
氏名:羽鳥航(はとり わたる)
年齢:27歳
所属:呪術高専補助監督
等級:四級呪術師(一般人より多少強い程度)
人物像:
普段は温厚で気弱な、どこにでもいる大人。
しかし、危機に際しては自身の命すら躊躇なくチップとしてベットする狂気性(蛮勇)を秘めている。
かつて何もできずに離反していった夏油傑への後悔が彼の根幹にある。
術式:『
対象と脳内で直接通話することができる。