その時歴史がまた動いた   作:dwwyakata@2024

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カストロプ公は全ての媒体で色々面白い扱いを受けていますね。

石黒版アニメではアルテミスの首飾りをフェザーンから買って配備していたり、道原版では反射衛星砲を装備していたり。そしてなんと帝国同盟をあわせても珍しい女性提督が指揮を執っていたりしました。キルヒアイスに瞬殺されてしまいましたが。

原作では(正規軍が二度も鎮圧に失敗した後)キルヒアイスがあっさり平定したカストロプ動乱ですが。

歴史が変わった結果、地獄絵図と成り果てていたのです。





2、英雄なき帝国領の惨状

イゼルローン回廊を出立した四万隻強の同盟艦隊が動き出す。この艦隊は帝国に対する威力偵察を兼ねているという対外的な名目を掲げており、できるなら帝国の圧政に苦しんでいる民衆を救い出すというものも目的には掲げていた。

 

だが、現時点で帝国と同盟では政治制度が異なり、何よりも長年の格差によって、帝国の民は無知無学のままだ。

 

帝都オーディンですらその傾向は強く。

 

ましてや辺境の民となると、下手すると識字率すら怪しい。

 

更に言えば、農奴などとして配置されている人々も多い。

 

艦隊の総指揮艦であるアジ=ダハーカの指揮シートに座ったラインハルトは、それらのデータを見て、鼻を鳴らしていた。

 

民主主義をいきなり導入するのは不可能だ。

 

まずは農奴制、過酷な税制度、それらを撤廃させることが第一だろう。

 

地球時代のデータを見ても、いきなり貧困国に民主制を導入しようとして、大失敗した例がいくつもある。

 

それはそもそも、民主主義が万能などではなく。

 

多くの民が知識を適切に持っていて。

 

その上で、ある程度社会が成熟して初めて機能する制度だからだ。

 

五百年にわたる帝国の圧政は、ラインハルトが肌で知っている。

 

ラインハルトも電気を止められるほどの貧困家庭で生まれ育ったのだ。帝国貴族でも最下等である帝国騎士は、他の民と代わらない。

 

中には商売で成り上がって、門閥貴族と結婚して家を乗っ取るような者もいるにはいるらしいが。

 

それはあくまで例外。

 

ラインハルトの母は早くに死んだ。

 

交通事故死だったが、相手が大貴族だったと言うだけで無罪放免。

 

ラインハルトの父……あのカス野郎はそれで廃人となったという話もあるが。

 

ラインハルトにしてみれば、それで家庭がめちゃくちゃにされて。姉アンネローゼがずっと苦労してきたこと。

 

下手をすると、老醜の皇帝の後宮にいれかけられたこと。

 

それが絶対に許せなかった。

 

資料を見つつ、指示を出す。

 

少なくとも敵の抵抗は今のところない。

 

イゼルローン回廊の外に大規模艦隊を展開してくる予想もあったのだが、ラインハルトはないと判断していた。

 

現在帝国はブラウンシュバイクとリッテンハイムの外戚による派閥抗争が激化しており、軍はそれで二分されている。

 

ただでさえ練度が低い艦隊が、それで一触即発に近い状態だ。

 

それに、だ。

 

ずっとちらついていた、ラインハルトを排除しようとする連中が仕掛けてくるなら、必殺の機会を狙ってくるはず。

 

それは同盟領から離れた、帝国の奥地だ。

 

「ラインハルト様」

 

「どうした、キルヒアイス」

 

「偵察部隊の情報をまとめました」

 

「聞かせてくれ」

 

半身に等しい盟友のことを、ラインハルトは全面的に信頼している。格闘戦に関しては、おそらくあの帝国のオフレッサーを除けば宇宙でも一位を争えるほどの力量。これだけはラインハルトですらかなわない。

 

それに、艦隊指揮能力、参謀としての能力、あらゆる全てで超一流である。

 

基本的に失望させられたことは一度もない。

 

「やはり不自然なほど兵がいません。 恐らくは、艦隊を引きずり込んで、補給を断って全滅させる戦略と見て良いでしょう。 地方の警備艦隊すら出払っています」

 

「ふっ、見え透いたことだ。 もしも俺が逆の立場でもそうするだろうな。 問題は、敵に俺がいないことだ。 その策を誰が立てた。 ブラウンシュバイクやリッテンハイムのような低脳ではあるまい。 強いて言うならメルカッツか?」

 

「可能性はあります。 メルカッツ提督は非常に優秀な提督です。 警戒は怠らないようにしてくださいラインハルト様」

 

「ああ、言われるまでもない」

 

何度かメルカッツとは対戦したが、粘り強い戦い、油断しない用兵、いずれも敵にしておくには惜しい男だと評価していた。

 

確か現在大将の筈だが、下級貴族の出身と言うことで、大将止まり。現在もこれ以上出世することは望めないようである。

 

できれば部下にしたい。

 

ただ、現在ラインハルトには人事権がない。

 

帝国を亡命してきたり、捕虜にした有能な将官は何名かいるのだが、彼らを子飼いにして扱うのは同盟の制度ではラインハルトでも無理だ。

 

それもあって、ラインハルトは出世が遅れた。

 

たまに、ひりつくような野心が身を焼きそうになる。

 

だが、ラインハルトのそばではいつもキルヒアイスがいるし。

 

家に戻れば姉上が笑顔で迎えてくれる。

 

それもあって、焼け付くような怒りと野心が身を滅ぼすのを防いでくれている。

 

それがなんとなくラインハルトにはわかるのだ。

 

「司令部より連絡。 グリーンヒル大将です」

 

「つなげ」

 

「ラインハルト提督。 報告は受け取った」

 

アジ=ダハーカのメインスクリーンに、几帳面そうな中年男が写る。グリーンヒル大将だ。

 

現在同盟の裏方をまとめているグリーンヒルは、責任感が強い真面目な男だ。

 

ただし、それ以上でも以下でもないとラインハルトは酷評していた。

 

良い仕事はできるが、独自にものを考え、行動するには少しばかり能力が不足していると評価している。

 

ただ、ラインハルトは他人を厳しく評価しすぎていると、キルヒアイスにもヤンにもたまに言われるので。

 

今の時点で、それはちゃんと受け止めているつもりだ。

 

「現時点では敵影なし。 やはりラインハルト提督が言っていたとおりの、誘引策とみてよさそうなのだな」

 

「ええ。 最高評議会の議員達がどうせいくつか星系を制圧せよと言ってきているのでしょう。 これは明確な罠です。 現時点では、制圧の余力はなし。 目的地に一直線に向かう。 そうとだけお伝えください」

 

「わかった。 そちらにはビュコック提督とウランフ提督、君と組んでずっと活躍していたヤン提督もいる。 生半可な相手に負けるとは思わないが、くれぐれも気をつけてくれ」

 

「了解しました」

 

敬礼を交わして、通信を切る。

 

さて、ここからだ。

 

いくつかの星系を完全に無視して進む。航路については、この辺りのデータくらいなら、同盟と帝国の長年の戦争もある。

 

互いにスパイ網くらいは確立しており。

 

同盟もしっかりこの辺りのデータくらいは把握している。

 

カストロプ領まで数日はかかる。

 

それまで、作戦を詰めておく必要があった。

 

 

 

カストロプ領に到達した。

 

ここは以前反乱騒ぎがあってから、鎮圧後も帝国艦隊が駐留している。不自然さがないようにとでもいうようにか。

 

やっとここで、帝国艦隊が戦闘を仕掛けてきた。

 

相手の規模は一個艦隊。

 

やはり、形だけ当てて、それで油断させるつもりか。

 

舐めてくれたものだな。

 

ラインハルトは冷笑する。

 

ただし、不幸な撒き餌に対して、容赦するつもりもない。

 

相手はカストロプ領を背後に布陣していたが、三倍の艦隊の接近を前に恐れて算を乱し始める。

 

そして、ラインハルトが攻撃の指示を出すと。

 

三十分も持たずに陣列は瓦解。

 

後は逃げ惑うだけだった。

 

「降伏勧告を出せ」

 

「わかりました」

 

瞬く間に包囲を完成させたラインハルトは、徹底的に相手を叩きながら、それでも降伏勧告を出す。

 

残存戦力である六千隻ほどは、驚くほどあっさり従った。

 

四千隻ほどは逃げ散り、完全破壊した艦艇は五千隻を超えた。

 

これに対して味方の損害は三百七十三隻。それも、大破中破も含めた数で、完全破壊は百十七隻に過ぎなかった。

 

文字通りの完勝である。

 

だが、これは撒き餌だ。

 

ラインハルトは一切油断せず、捕えた艦隊の武装解除を進めさせ、即座にグリーンヒル大将に連絡。

 

護衛の部隊をよこさせ、即座に後送させた。

 

護衛としてきたのは、ボロディン提督の艦隊で、即座に捕虜を引き取って戻っていく。

 

有能な男である。補給も追加で受けたので、心配はない。

 

打撃を受けた艦は即座に補修させる。損害が大きな艦はイゼルローン要塞に戻させた。兵員の補充は必要ない。

 

そして、ラインハルトは、制圧用の地上軍をカストロプ領の各地に降下させた。

 

制圧は順調である。

 

前の戦いで苛烈な戦いの舞台となり、領内は荒れ果てていた。

 

前線で指揮を執っているローゼンリッター(帝国から亡命した貴族の子弟で構成された陸戦特化部隊であり、ヤンがほしがって艦隊結成時に麾下に加えた)が連絡を入れてくる。

 

指揮官のシェーンコップという男は、極めて高い格闘戦能力を持っており。

 

キルヒアイスが自分と互角とまで言っていた。

 

盟友がそれほど言うほどの相手だ。

 

ラインハルトも敬意は払う。

 

また、陸戦指揮官としても有能で、制圧は極めて短時間で終わっていた。

 

「こちらローゼンリッター。 制圧は終わりました。 事前に言われていた通り、国庫は空。 貧民がじっとこちらを見ておりますな」

 

「予想通りだな。 焦土作戦のつもりだろう」

 

「いかがなさいますか」

 

「略奪は厳禁。 とはいっても、略奪する物資もないだろうがな。 当初の予定通り、彼らが生活するのに必要な物資を供給しろ」

 

「イエッサ……」

 

全て予想通りだ。

 

もっと大規模な侵攻作戦を当初は考えていたらしいし。さらには、今まで無視して進んできた星系も似たような状態だっただろうことは容易に想像がつく。

 

この策。

 

やはり貴族どもが考えたものではないな。

 

ヤン提督が連絡を入れてくる。

 

ずっと参謀として共闘してきた男だ。ラインハルトも、即座に連絡を受けていた。

 

「ラインハルト大将。 ここまでは予定通りですね。 それで、ここからはいかがなさいますか」

 

「予定通り、こちらの窮状を示す通信を同盟領に送れ。 そして、予定通りのものを派遣させろ」

 

「わかりました。 可能な限り被害が出ないように、確実に行います」

 

「ああ」

 

ヤンにこれは任せる。

 

さて、しばらくは退屈な作業になる。

 

カストロプ領で、民主主義の啓蒙なんて無駄なことはしない。

 

最高評議会が、民主主義の啓蒙のためと称して、専門の弁舌官を艦隊に同行させているのだが。

 

そいつらは待機だ。

 

理由としては、治安が極めてよろしくないというのを挙げておく。

 

実際、ローゼンリッターが制圧するのは簡単だったが。

 

飢えた民は、兵士達を恨めしそうに見るばかりだったという。

 

帝国の民にとって、同盟の兵士なんて、人間として認識しているかどうかすら怪しい存在である。

 

無学な民は、「選挙とか言うものがあると好戦的になって戦争を仕掛けてくる連中」くらいにしか思っていない。

 

これはオーディンで駆逐艦を奪って、同盟領に逃げ込む過程でも、心酔させた兵士達から実際に聞いた。

 

そういう兵士達は、同盟に行くことを不安に思っていたりもしたのだ。

 

そういった不安はラインハルトもわかる。

 

実際に同盟に出向いてみて、民主主義の限界も理解した。

 

だから、今の時点では啓蒙などしない。

 

飢えないように物資を提供する。

 

それだけである。

 

さて、敵が次の段階の作戦に出るまで、一ヶ月ほど。その間に、工作班に映像を用意させる。

 

ラインハルトはその間、ヤンとキルヒアイスを呼んで、作戦の詳細を詰めておく。今の時点では、それで問題はなかった。

 

ちなみに、カストロプ領の民を悪いようにはしない。

 

ラインハルトだって貧民だったのだ。

 

同じ貧民を苦しめるような真似は、絶対にするつもりはなかった。

 

 

 

最高評議会の議員であるウィンザーが、ヒステリックに捲し立てている。これはどういうことか、と。

 

ラインハルトが、カストロプ領の民の映像を用いて作らせたのは、反乱を起こしている民の様子だ。

 

ローゼンリッターが石を投げたり農具で襲いかかってくる貧民に辟易している様子が映し出されている。

 

苦境にいる民を救う。

 

それがこの出出征の大義だった。

 

根底からそれが崩れ去った様子から、出兵を主導したウィンザーは、激怒していたのである。

 

ラインハルトはしばらくヒステリーを起こしている見かけだけは整えている中年女の言葉を聞いてから。

 

ずばり言った。

 

「故に小官はこの出征に反対したのですよ。 小官が提出した作戦書に、まさか目を通していないと言うことはありますまいな。 不可能と事前に記載したはずです。 それでも作戦を強行したのはあなた方最高評議会議員でありましょう」

 

「……っ」

 

これは本当だ。

 

ラインハルトは実際に何が起きるか正確に記載して、事前に最高評議会に提出したのだが。

 

実はこれすら作戦の一部である。

 

ラインハルトが内心で笑っているのにも気づけず。

 

それどころか、ラインハルトの苛烈なアイスブルーの視線と、何よりウィンザーのような色から離れた年齢の女性でもはっとさせられる美貌。これで主戦派の女議員は、完全に圧倒されたようだった。

 

「ともかく、こちらではベストを尽くしますが、それでも限界が近いでしょう。 最悪、三個艦隊が敵地で孤立し、そのまま全滅する可能性すらあります。 どうすれば良いかは、事前に報告書を出してあります。 それに従って、対策を願いたい」

 

「……わかりました。 検討します」

 

「できるだけお急ぎください」

 

通信を切る。

 

ふっと、ラインハルトは笑った。

 

キルヒアイスが、そばで苦笑いを浮かべている。

 

全て予定通りである。

 

実際には、カストロプ領では問題など起きていない。

 

実はボロディンが捕虜を受け取りに来たときに、事前に蓄積していた物資を同時に届けていたのだ。

 

それは艦隊の物資を補って余りあるほどの量である。

 

そして、問題はこれからだ。

 

既に作戦は立ててあり、グリーンヒルも了承している。

 

フォークだったらともかく、真面目なワイドボーンは指定通りの物資を送り込んでくるはずだ。

 

そこから、一気に全てをひっくり返す。

 

勿論。今までの航路に、予定通りの仕掛けは全てしてある。

 

ビュコックとウランフにも、作戦は伝達済みで。

 

二人とも呆れていたが。

 

それでも、問題はない。

 

ただ問題があるとしたら、貴族どもの背後にいる連中だ。十中八九フェザーンだが。フェザーンは軍事の専門家ではない。

 

戦争は数学である。

 

それは一面として正しい。

 

同じ兵力がいたとしても、それが装備している武器、乗っている艦船などで、戦況は大きく変動する。

 

有名なランチェスターの法則などもあるが。

 

フェザーンは計算で、絶対に勝てる状態を作ろうとするはずだ。

 

だが、それはあくまで机上論である。

 

ラインハルトは知っている。

 

士官学校で習った戦術は、実戦であらかた試した。戦史に詳しいヤンから、色々な話も聞いた。

 

勝てるはずの戦いが、勢いで圧倒されて負けたり。

 

最新鋭の兵器で武装した部隊が、原始的な武器しか持たない民に一方的に鏖殺されたり。

 

そういった事件は、歴史上いくらでもある。

 

結局のところ、戦場でものをいうのはその場の臨機応変。

 

戦略までは、臨機応変は必要ない。

 

だが、指揮官の力量差が大きい場合は話が変わってくる。ラインハルトは、戦場で何度もそれを実施してきた。

 

「一ヶ月分ほどの生活物資を残して、ローゼンリッターを撤退させろ。 おそらくまもなく来るだろう。 ヤン提督、ビュコック提督、ウランフ提督には、それぞれ指示を出しておくようにな」

 

「わかりました。 ただ、この戦いが終わった後には、カストロプ領の民は苦労することになるでしょう」

 

「問題ない。 カストロプ領の民に映像を流す。 繋げ」

 

カストロプ領の民には、物資を配るだけではない。

 

民主主義の啓蒙なんてどうでもいい。

 

農作物の効率的な作り方、身を守る方法など、自活のための手段を教え込んできた。

 

これらはヤンが選抜した専門の士官達が行った。

 

そして、皆に伝えてある。

 

今回は、偵察に来ただけだ。

 

だが、いずれ貴族と違って、これらの食料をいくらでも食べられるようにできる新しい「領主」がやってくる。

 

農奴はそのときいなくなり、誰もが食料を腹一杯食べることができる。

 

ラインハルトは立体映像で、民に伝える。

 

カストロプ領のあちこちにある立体映像で、皆に伝える。

 

「同盟軍大将ラインハルト=フォン=ミューゼルである。 諸君らに伝える」

 

それから、淡々と述べる。

 

民もラインハルトの顔は知っている。誰もが、その威厳にうたれている様子だった。ラインハルトは、淡々と告げる。

 

今は、戻らなければならない。

 

だが、待つように。

 

必ずや戻ってくる。

 

諸君らが真面目に仕事をして作り上げた作物を取り上げ続け、虐待を続けた門閥貴族どもは、まもなく滅びる。

 

帝国も同じようにして滅びるだろう。

 

その後に新しい秩序とともに、私は戻る。

 

そのときには、諸君らに新しい生活と自由を約束しよう。誰の悪口を堂々と言ってもいい。

 

どのようなことを考えてもいい。

 

そういう時代のために、私は一度戻る。諸君も生き延びよ。私も諸君らとまた会うことを楽しみにしているぞ。

 

そう民に告げると、わっと歓声が上がった。

 

これでよし。

 

ローゼンリッターが引き上げてくる。ちなみに農奴として扱われていた民のうちで、同行を望む者は全て連れ帰らせた。

 

数は十万を軽く超えていた。

 

農奴制が特に辺境ではまだまだ健在であることはわかっていたが、痩せこけ、道具として消費されている彼らの姿は、キルヒアイスも怒りを覚えていた。

 

これから、皆で戻る。

 

引き上げが終わった直後、偵察班から連絡が来る。

 

「帝国艦隊出現! こ、これは……」

 

「正確に報告せよ」

 

「ほ、報告します! 帝国艦隊、最低でも十万隻以上!」

 

「ふっ。 どうやら、必死に兵力をかき集めたようだな」

 

おそらく十万隻だけではあるまい。

 

ヤンが事前に試算したが、三倍程度の戦力を出してくる可能性がある。

 

そしてその指揮官には、ブラウンシュバイクとリッテンハイムが必ず混じっている筈だと。

 

それでいい。

 

フェザーンは補給が枯渇するのを待ち、さらには三倍の兵力、地の利を味方につけたつもりだろうが。

 

それが机上の空論に過ぎないことを見せてやるだけだ。

 

更に連絡。

 

物資の枯渇(フェイクだが)をうけて、同盟から進発していた輸送部隊が攻撃を受け、全滅したと連絡が来る。

 

これも予定通りだ。

 

そもそも敵地に直線的に進軍したのだ。仮に同盟の全軍を出していたとしても、その戦力でも補給部隊は守り切れなかっただろう。

 

ちなみに補給部隊は基本的にほとんど無人の艦隊で、護衛の二百隻も軽武装。輸送船で運搬していたのは気体爆薬ともいえるゼッフル粒子だ。

 

補給部隊を指揮する艦隊には、帝国艦隊が襲ってきた場合は即座に指定のコードを入れて逃走せよと命令が下されている。

 

作戦を指揮したのはモートンという提督で、それなりに優秀な男だ。フェザーンに与するようなこともないだろう。指示通り逃げるはずだ。それでいい。

 

この報告が届くタイミングで敵の空前の艦隊が来襲。

 

ついでに心も折りに来る、というわけだ。

 

だが、ラインハルトは立ち上がると、全軍に号令をかけていた。

 

「予想通り敵艦隊が出現した。 敵の艦隊規模は空前だが、だが事前に備えをしている。 更に相手は大貴族が指揮する数だけの部隊で、寄せ集めに過ぎない。 常に最前線に立ち続け、数が多い帝国艦隊を打ち負かしてきた貴官らの敵にあらず! これを一戦して打ち破り、我らは凱旋する!」

 

「おおっ!」

 

「ラインハルト提督! すてき!」

 

女性兵士達が黄色い声を上げる。

 

ラインハルトとしては迷惑極まりないのだが、まあ士気が上がるのなら良いだろう。実際ラインハルトのブロマイドだかなんだかいう写真をコレクションしている女性兵士は多いとか。

 

まあ、ラインハルトはおつむがさもしい女には興味を持たない。勝手にやっていればいい。ラインハルトが女に興味を持つことがあるとしたら、最低でもラインハルトを唸らせる知性の持ち主くらいだろう。それだけの知性があるなら、相手がどれだけ醜かろうとどうでもいい。

 

程なく、敵の状態がわかり始める。

 

敵は艦艇十三万。おそらく帝国正規艦隊の半数を無理矢理動員してきたとみていい。

 

だがこれらはここ数年のラインハルトとキルヒアイス、ヤンとの連携によって損耗しており、指揮官が特に消耗がひどい。

 

敵の陣形を見るだけで、ラインハルトは負ける要素がないと判断した。

 

「全艦隊、後退開始。 ヤン提督」

 

「はい。 できるだけうまくやってみます」

 

ヤン艦隊の得意技の一つは、見苦しく逃げるフリだ。これは小規模艦隊の頃からお家芸としていて、敵の誘引に絶大な効果を示してきた。

 

そして実戦経験がない馬鹿門閥貴族がそれを見たらどうなるか。

 

予想通り、既に勝ったと思い込み、我先にと追いすがってくる。更にラインハルトは下がらせる。敵の艦列は乱れに乱れ、ただ無駄に伸びるだけになった時。

 

ラインハルトは、一斉反撃を開始させていた。







戦争は数学である。

ある小説で書かれていたことです。まあ実際にそれは正しいかと思います。ランチェスターの法則なんかはそれの最たるものでしょうし。

ただ、歴史にはそれでは説明がつかない戦闘がいくつも存在しているのは事実。

原作での帝国領侵攻作戦とはだいぶ規模が違いますが。

ラインハルトが率いる同盟艦隊が、門閥貴族が率いる数だけ多い帝国艦隊に牙をむきます。

ちなみにこの展開、原作でガイエスブルグに立てこもった貴族連合軍をラインハルトが撃破した戦いと流れとしては同じです。あっちと違って縦深陣地を構築するほどの戦力がいないので、敵将の首だけが狙いですが。




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