その時歴史がまた動いた   作:dwwyakata@2024

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この帝国領侵攻作戦では、物資も万全、人員も疲弊なし。ついでに指揮官がラインハルト。フォークのようなアホもいない。

原作の帝国領侵攻作戦とは前提が根本的に違います。

結果がどうなるかも、それはまあ、そういうことです。





3、カストロプの会戦、そして……

追撃戦。圧倒的な兵力差。

 

それを信じていた帝国軍の前衛は、突如として降り注いだ高密度の攻撃の前に、文字通り蒸発していた。

 

ヤン艦隊のお家芸。

 

一点集中砲火。

 

これはヤンがずっと訓練をさせていたものであり、その集中砲火の密度は類を見ない。

 

ボタン戦争が終了して久しい現在だが、それでもこれだけの火力が集中すると、文字通りどうにもならないのだ。

 

更に、ヤン艦隊に敵の前衛を粉砕させつつ、ラインハルトは全軍を紡錘陣形へと再編していた。

 

我先にと追撃戦をしようとすれば、ただでさえ無能な指揮官に率いられている艦隊など、三次元世界だろうが二次元世界だろうが、棒のように長く伸びる。それに対して、練度も火力も段違いの精鋭艦隊が一斉に火力投射をすればどうなるか。

 

「全艦突撃せよ! 狙うはブラウンシュバイクとリッテンハイムの首だ!」

 

「イエッサ!」

 

「突撃! 突撃!」

 

戦意を刺激された艦隊が動き出す。

 

地球が支配者の座から蹴り落とされた時。六万の艦隊が八千隻の艦隊に敗れるという醜態をさらした史実がある。このときの戦果は流石に誇張だという話もあるが、いずれにしても地球艦隊が各地で醜態を繰り返したのは事実で、数が相手より大幅に勝っているのに負け続けたのも事実だ

 

追っている筈が。

 

勝っている筈が。

 

いきなり超火力にさらされて、文字通り木の葉のように吹き散らされる。

 

不可解すぎる事象に帝国艦隊は困惑し、陣形を建て直す前に猛々しい攻撃で破壊されていった。

 

猛将で知られるウランフ提督の突撃は凄まじく、文字通り敵艦隊を滅多斬りにしながら突き進む。

 

これは勇将だ。

 

残念ながら政治家に転身するつもりのラインハルトだが、キルヒアイスに任せる軍でも、ウランフは片腕になるような司令官として役立てるべきだろう。

 

そう判断していた。

 

伸びきった陣列を砕きに砕いたところで、帝国艦隊がやっと困惑しつつも陣形を整え始める。

 

ただそのときには既に帝国艦隊のうち二万五千隻以上が失われ、逆に同盟艦隊は二百隻も損耗を出していない。

 

更にラインハルトは不意に後退を開始する。帝国艦隊はそれを見て、追撃は流石に控えようとした。

 

だが、それすら罠だった。

 

その作戦行動は、後続の部隊や、出遅れていたりした部隊との合流のため。更に陣列を整えたラインハルトは、既に雑多に散らばるばかりで、右往左往する帝国軍の急所を見極めていた。

 

真正面から敵全軍とやりあったら、負ける。

 

流石に質がいくら勝っていても、相手はこの数である。

 

更に言えば、味方は物資だって潤沢とはいえない。勿論この会戦を勝ち抜き、そして同盟領に戻るだけの戦力はあるのだが。

 

それでも限度というものがある。

 

砲火を交えつつ、ラインハルトは紡錘陣形の切っ先を向ける。それは分厚い……形だけは分厚いが、実態は隙だらけの敵陣だった。

 

ブラウンシュバイクを守ろうと、秩序もなく艦が集まろうとしている。

 

其処にラインハルトは、集中砲火を指示したのである。

 

ヤン艦隊が先頭に、猛烈な一点砲火が行われる。

 

無数の艦の主砲が一点に向けて放たれ、次の瞬間、二千を超える艦が爆発四散し、更にその余波で多数の艦が揺動する。

 

穴をこじ開けたラインハルトは、更に突撃を開始。

 

敵は囲むなり包むなりしてくればいいものを、指揮系統がうまく稼働していない。それもあって、敵の八割以上が遊兵となり。

 

そればかりか、先の突撃からの粉砕で逃げ散った帝国軍が味方に逃げ込もうとするため、それで帝国軍はまともに射撃もできず、精密な同盟艦隊の砲撃の餌食になるばかりだった。

 

「旗艦ベルリンを確認!」

 

「討て」

 

旗艦ベルリン。

 

ブラウンシュバイクの旗艦である。盾艦という、いざというときには壁になるだけの戦艦を左右に配している非人道的な艦だ。その盾艦を切り離して逃げようとするベルリンを、容赦のない主砲斉射が貫いていた。

 

戦場に巨大な火球が出現する。

 

完全破壊。

 

更に、通信を入れさせる。

 

諜報部隊がフル活動していた。

 

「総司令官戦死! この戦いは負けだ!」

 

「敵が追ってくるぞ!」

 

無数の通信が飛び交う中、集中砲火で次々とまだ交戦を試みる戦線が崩される。同盟艦隊は三倍の相手に一歩も引くどころか、圧倒していた。質が如何に優れていると言っても、だ。

 

ただ、それでも物資に制限がある。

 

そろそろとどめを与えなければならない。

 

「リッテンハイム侯爵の座乗旗艦オストマルクを発見! 戦場から逃走を図っている模様!」

 

「臆病者が」

 

ラインハルトは吐き捨てた。

 

リッテンハイムのことは調べてある。典型的な門閥貴族で、どうしようもない無能な男だ。

 

ただ無能なだけならいい。

 

膨大な富を持ち、その富の使い方を知らず、搾取を繰り返して自分と一族だけ楽に暮らしている。

 

許しがたい存在だ。

 

ラインハルトは無能は軽蔑しない。ほとんどの者は無能だからだ。

 

だが、無能でありながら、不相応な地位に就いている者は許さない。

 

リッテンハイムは、見本のようなその輩だった。

 

「キルヒアイス」

 

「はい」

 

「全艦隊、ブラウンシュバイクの残存艦隊に突撃。 敵を蹴散らしつつ、背後に抜ける。 遅れたら死ぬぞ。 総員、駆け抜けよ。 損耗が大きい艦艇は、僚艦に援護と牽引を頼め! 輸送艦は艦隊中央に! 中には避難民もいる! 何があっても守り切れ!」

 

「おおっ!」

 

全軍が突撃を開始する。混乱の極致にある帝国軍はそれをまともに迎撃すらできず、特に不幸なブラウンシュバイクの艦隊にいた艦艇は、文字通り道に散らばった小石が屈強な騎馬隊に蹴散らされるようにして吹き飛ばされていた。

 

敵中突破を果たしたラインハルトは、味方から離れて逃げようとするオストマルクを正確に発見。

 

敵がいない方向に逃げようとする。

 

その洞察を正確に的中させていた。オストマルクは至近距離で同盟艦隊の射程に捕らえられることとなった。

 

ヤン提督が、指示を出すまでもなく、集中砲火を指示。

 

盾艦を装備していようが、どうにもならない。

 

オストマルクが火球になるまで、三十秒とかからなかった。

 

「戦艦オストマルク爆沈! 完全破壊です!」

 

「よし、戦場を離脱する。 さて……」

 

全艦隊が、そのままの勢いで撤退を開始。逃げ遅れた艦もどうしても出るが、それはビュコック提督がかばいながら、可能な限り救出しつつ撤退戦を進める。見事な手腕だ。キルヒアイスの片腕として、軍を率いてもらいたいところである。

 

問題はここからだ。

 

まだフェザーンは何かしらを仕掛けている可能性が高い。

 

キルヒアイスに頷く。

 

キルヒアイスが指示を出した瞬間。

 

一瞬遅れて、どこからか放たれた大威力の主砲が、アジ=ダハーカを直撃していた。

 

艦橋が激しく揺動する。

 

帝国艦隊の一部に、妙に動きがよい部隊がいる。

 

フェザーンは傭兵として、プロフェッショナルの部隊を派遣している。これは同盟も帝国も同じだ。

 

それによる狙撃。

 

しかも、このタイミングだ。狙っていたとみて良いだろう。

 

「左舷損傷! 第13,第17ブロック、死傷者多数!」

 

「ダメージコントロール急げ!」

 

「ラインハルト提督!」

 

「無事だ。 我は健在! 全軍に繰り返す! 我は健在である!」

 

ラインハルトはスクリーンに叫ぶ。同時に、追いついてきたビュコック提督の艦隊が、更に攻撃を加えようとしていたフェザーン傭兵と思われる小規模艦隊を、文字通り消し炭に吹き飛ばしていた。

 

キルヒアイスが事前に信頼できる艦隊を周囲に配置してくれていた。

 

それもあって、狙撃の隙、クリティカルな場所への着弾を防いでくれていたのである。

 

更に問題は内部にスパイの類がいることだが。

 

音もなく忍び寄ってきた下士官。

 

閣下。

 

そう叫んだのは兵士の一人。その下士官が、ブラスターを引き抜き、ラインハルトを射撃しようとした瞬間。

 

額を打ち抜かれて、倒れていた。

 

下士官をブラスターでためらいなく撃ったのはキルヒアイスだった。

 

「助かったぞキルヒアイス!」

 

「いえ。 それよりも、周囲にお備えを」

 

「警備を固めよ! おそらく暗殺目的の兵がまだいるはずだ!」

 

艦橋が慌ただしくなるが。

 

艦隊の動きに問題はない。

 

右往左往をする帝国軍は無視。撤退できそうな部隊を救出しながら後退を続ける。最後尾にヤンの艦隊が入り、追撃してこようとする敵をまとめて蹴散らしてくれている。そのとき、警告音。

 

さらなる敵艦隊だ。

 

「前方より敵艦隊、およそ一万五千!」

 

「ほう。 一個艦隊か。 誰の指揮下のものだ」

 

「おそらくあれは、メルカッツ提督のものです!」

 

そろそろこちらは矢玉がつきる。

 

おそらくメルカッツの艦隊は、輸送部隊を叩いてからこちらに来たのだろう。

 

輸送部隊はそのまま自爆するように仕込んでいたが、見た感じトラップに引っかかったようには見えない。

 

キルヒアイスが周囲を警戒しながら言う。

 

「そろそろ継戦能力の限界かと思われます」

 

「そうだな。 各艦隊、道を塞ぐようであれば一当てだけせよ。 この戦いは、ここでしまいとする!」

 

完勝に水を差されるつもりはない。

 

そのまま、ウランフの艦隊が先頭になり、獰猛に相手に仕掛ける。メルカッツの艦隊は小規模艦艇と空挺部隊の組み合わせによる高速機動戦を得意としており、今回も巧みに攻撃を受け流しながら、正面からの戦闘を避け。後方で滅茶苦茶になっている帝国軍の救援に向かったようだった。

 

わずかにすれ違っただけ。

 

どちらももとより本気ではない。ただし、メルカッツが粘った場合、最悪態勢を立て直した敵が後方より追いすがってくる。滅茶苦茶であっても、砲門の数はそれなりにある。滅多打ちにされたら壊滅は避けられないだろう。

 

「追いますか?」

 

「無用。 引き上げるぞ」

 

「了解しました」

 

味方の士官に告げると、警備として派遣されてきたシェーンコップが、周囲を警戒してくれる。

 

地上戦が終わった今は仕事もないので、ヤンが回してくれたらしい。

 

キルヒアイスが敬礼して、それから警備を任せる。

 

シェーンコップに興味を持ったのでキルヒアイスに聞いてみた。

 

「やはり強いか」

 

「はい。 私でも勝てるかどうかは微妙でしょう」

 

「ならばお前が二人になったのと同じだ。 心強い話だな」

 

そのまま、一気に同盟領に戻る。

 

この戦いで、物質的に得たものはあまりない。

 

ただし、帝国の中枢に致命傷を与えた。

 

それで十分だ。

 

おそらくこの戦闘の膳立てをしたのはフェザーンだとみていい。この膨大な敵戦力に加え、最後のあの狙撃なども間違いなく奴らの行動だ。

 

だが、それが却って帝国の寿命を縮めた。

 

現在外戚として国を壟断しているブラウンシュバイクとリッテンハイムの死。

 

残されたフリードリヒ四世の直系子孫は三人。

 

そのうち二人は、それぞれブラウンシュバイクとリッテンハイムの娘であり、これで完全に後ろ盾を失った。

 

残る一人エルウィン=ヨーゼフはまだ幼児に過ぎず。

 

後ろ盾になっているリヒテンラーデ公爵には軍事的な後ろ盾がない。

 

つまり、これから。

 

帝国は大分裂の時代に突入する。

 

これをまとめられるものは存在しない。

 

まあ、放っておいても帝国を二分する内乱をブラウンシュバイクとリッテンハイムが始めていただろうが。

 

それすら失われた、本物の混沌がこれから帝国を飲み込むのだ。

 

同盟が体勢を立て直すには十分な時間が得られるだろう。

 

何人かを、シェーンコップが逮捕して、船を下りていった。既に安全圏に移り、各艦が補修を開始している。

 

キルヒアイスが指示を出して、更に警戒をさせているが。

 

まあ、もう大丈夫とみて良いだろう。

 

イゼルローン回廊近くで、今回の会戦の被害が大まかにまとまっていた。

 

同盟艦隊の損害、完全破壊、敵地に取り残された艦を合計して2190隻、戦死および非生還者三十万六千。

 

この規模の会戦としては極めて少なく、ましてや敵の損害はブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯を失い、最低でも撃沈大破合計四万隻と試算されているため、完勝と言って問題ない。

 

いずれにしても、敵の十万隻を遙かに超える大軍勢を四万隻で翻弄し、完勝したことで。カストロプ領を手に入れなくても、ラインハルトはこの戦いで元帥に昇進するのが確定となった。

 

これからだ。

 

ラインハルトの野心は燃え上がる。

 

この宇宙をつかみ。

 

ルドルフが作り上げた馬鹿げたゴールデンバウム朝などという代物を滅ぼし尽くす。

 

そのためになるのは、皇帝であろうが、最高評議会議長であろうが、どうでもいい。

 

またラインハルトの子孫に権力を継がせるつもりだってない。

 

実力あるものが上に立てば良い。

 

そう考えるラインハルトにとっては、むしろ人望がなくなれば即座に免職される議会制度は本望ですらあった。

 

イゼルローン要塞に帰港する。

 

アジ=ダハーカは中破し、乗組員1055人のうち84名が戦死した。その中には、キルヒアイスに討ち取られた暗殺者もいた。

 

いずれにしても、修復して、以降はキルヒアイスに預けるつもりだ。

 

ゾロアスター教における最強の悪竜の名を持つ艦は。

 

生還し。

 

そしてこれから、帝国を飲み下すのである。

 

 

 

メルカッツは惨状に閉口していた。

 

戦いの前。ブラウンシュバイクとリッテンハイムとで、つかみ合いの喧嘩をしていた。どちらが作戦の主導権を握るか。それが理由でだ。

 

メルカッツに作戦指揮を任せてはどうかという声もあったのだが、どちらもが即座に却下した。

 

どちらも、この大規模会戦で勝利することだけを考えていて。その後の主導権を握ることだけを目的としているのは、火を見るよりも明らかだった。

 

メルカッツは輸送部隊の襲撃に艦隊を回させられ。

 

それが罠だと悟り、戦場に急行してみればこの有様。

 

ブラウンシュバイクとリッテンハイムはどちらも戦死。

 

さらには、どうにか秩序を取り戻して戦力を計算したところ。

 

参戦兵力十四万二千隻(メルカッツの艦隊も含む)のうち、完全破壊された艦だけで四万五千隻。大破した艦艇も三万隻を超えていた。さらには二万隻以上が、帝国は終わったと判断したのか、それぞれが勝手に離脱した。これらがこれから宇宙海賊にでもなるのか、それとも同盟にでも逃げ込むのか、それすらわからない状態だった。

 

戦死者は判明しているだけで七百万と、おそらく帝国戦史で最大の規模。

 

これに加えて、帝国はかろうじて存在していた秩序の柱が完全に折れたのである。どちらも傾いていたが。それでもだ。

 

メルカッツが戦後処理を進めていると、門閥貴族が何人か押しかけてきた。メルカッツの旗艦ネルトリンゲンに土足で上がり込んできた貴族達は、戦後処理を不休で続けているメルカッツに、詰め寄ってきた。

 

「今まで何をやっていた!」

 

「作戦に従って、敵の補給部隊を叩きに赴いていました。 作戦については把握しておられませんでしたか」

 

「黙れっ! 貴様が遅れたせいで、ブラウンシュバイク公が戦死なされたのだぞ!」

 

「どう責任をとるつもりだ!」

 

そうか。

 

この後の責任を誰に押しつけるかでもめている訳だ。

 

副官のシュナイダーが前に出ようとする。怒りに震える副官を、メルカッツは視線で押さえていた。

 

「いずれにしても、そもそもオーディンにまず無事に帰還せねばなりますまい。 この艦隊の惨状、生きて帰ることすら困難です。 更に反乱軍が第二次攻撃を仕掛けてきて、この艦隊が敵に遭遇したらいかがなさいますか? 敵はまだまだ兵力を出す余力があるでしょうな。 あり得ないことではありません」

 

「ひっ!」

 

「お、覚えておれ! 後で軍法会議にかけてやるからな!」

 

「この屈辱は忘れぬぞ!」

 

貴族達がネルトリンゲンから出て行く。

 

ため息をつくメルカッツに、シュナイダーは言う。

 

「どうなさいますか」

 

「我が艦隊の病院船は無事だ。 ともかく艦隊を糾合し、一人でも多くオーディンに生還させてやらねばならぬ」

 

「はい。 しかしその後は。 門閥貴族達の集団リンチの餌食にされるだけでございましょう」

 

「……」

 

その通りだ。

 

あの貴族達は、自分たちが悪いなどと思考できる知能を持っていない。

 

貴族は貴族であるから富を甘受し、搾取してよい。そのように考える者達だ。

 

もしもこれで帝国が終わったと兵士達が判断した場合、内乱がここで始まってしまう可能性さえある。

 

そもそもオーディンにはまだ半数ほどの帝国の艦隊が駐留しているが、それらももはやこれでは軍としての秩序をなすかどうか。

 

「オーディンに戻り次第、ご家族を自分が保護します」

 

「どういうことか」

 

「もはや帝国に閣下の居場所はございません。 同盟に亡命なさいませ。 おそらく……閣下が行動をなされば、同様の判断をする者は多数出るかと思います」

 

「そうだな。 沈む船に、皆を残していくわけにもいくまい。 リヒテンラーデ公に国をまとめる力はなく、各地の門閥貴族が内部での武力闘争を始める時代がやってくる。 そんな場所からは、一人でも救い出さねばな」

 

シュナイダーの提案を、メルカッツは呑んだ。

 

その後、メルカッツは残存艦隊をかろうじてまとめ、オーディンへ急いだ。貴族達は途中で離脱し、そのまま自分の領地に戻る者も多かった。

 

銀河帝国は終わりだ。

 

それを誰もが悟っているのかもしれない。

 

これで遠縁の成人した皇族でもいればまだ再起の可能性はあったのかもしれないが。

 

もはやその可能性すらなかった。

 

メルカッツはオーディンに戻ると、即座にシュナイダーが動き、メルカッツの家族を保護した。

 

そしてメルカッツはネルトリンゲンを降りることなく、そのままオーディンを出た。それに、ビッテンフェルト、ミュラー、シュタインメッツらの提督が従った。それに加えて同盟に向かう途中、一隻の戦艦が加わった。

 

それはクロプシュトック事件で、姿を消していたロイエンタールというまだ若い(将官としては)少将の座乗艦だった。

 

クロプシュトック事件は、当時侯爵だったクロプシュトック家がテロを直接行った事件であり。

 

それで多数の貴族が巻き込まれ、大規模な討伐軍が組まれた。

 

この指揮をしたのがブラウンシュバイク公で、兵力数分の一のクロプシュトック侯の私兵相手に大苦戦をしたあげく、ピクニック同然に戦後の領地で略奪虐殺陵辱の限りを尽くした。

 

そのとき、ミッターマイヤーという少将がこれに反対し投獄されたのだが。ミッターマイヤーはロイエンタールの比翼の友だった。しかし救い出す手段がなかったのである。

 

しかし、ついに好機が生じた。

 

ロイエンタールは、この隙を逃がさず、長年とらわれていた友をその家族ごと救出し、自費で手に入れた旧式の戦艦にてはせ参じたのだった。

 

ただし長年の投獄と拷問によりミッターマイヤーは右足を失い、左目もほとんど視力を失ってしまっていたが。

 

メルカッツの艦隊は逃走を続けたが、追撃の艦隊は一隻も来なかった。そればかりか、先の戦いで離散した艦隊が加わりさえした。

 

こうしてそれなりの戦力になった艦隊がイゼルローン回廊にたどり着き、そのまま同盟に投降。

 

以降、音を立てて、ゴールデンバウム朝銀河帝国は、崩壊の坂を転げ落ちていくことになる。

 

 

 

首都星ハイネセンに帰還したラインハルトは、元帥の地位を獲得。戦果から考えて当然のことだった。

 

ラインハルトに対して握手した最高評議会議長トリューニヒトは、無意味な美辞麗句を垂れ流して、同盟の勝利は近いなどとほざいていたが。

 

ラインハルトはこのとき、既に準備を整えていた。

 

同時に大将に昇進したキルヒアイスに信頼できる部下達を預け、そして内偵を開始させたのである。

 

三ヶ月後。

 

ラインハルトは元帥の座を返上して、政界への転身を発表。

 

同時に、ヨブ=トリューニヒトの地球教との癒着。

 

フェザーンへの軍事機密の横流し。

 

膨大な政治資金がフェザーンから流れ込んでいたこと。

 

そればかりか、他多数のスキャンダルが全て同時に明らかになったのである。

 

無敗の元帥であったラインハルトは、一瞬にして市民達の注目の的になり、特に女性有権者はラインハルトになら何をされてもいいとまで言う者が多数いた。

 

選挙が開始され、結果は明らかだった。

 

瞬く間にラインハルトは最高評議会の議長の座に就任。

 

トリューニヒトを蹴り落とすと、同盟の改革を開始したのである。

 

帝国は案の定、千々に分裂しての凄惨な内戦が開始されており、しばらく同盟に侵攻してくる可能性はない。

 

ラインハルトは議長の権限、さらには軍部への強力なコネを使って、改革をダイナミックに進めていった。

 

それをルドルフの再来ではないのかと懸念する声もあったが。

 

ラインハルトの改革は極めて公正であり。

 

今まで見逃されていたような汚職が摘発され、マンパワーの不足で滞っていたようなインフラの弱体化が解消され。

 

同盟は見る間に国力を回復していった。

 

そして、ラインハルトが三年をかけて同盟を再建させた頃には、もはやトリューニヒト派閥の居場所は同盟にはなくなっていたのである。

 

そしてそれは、フェザーンの終了も意味していた。

 

 

 

完全に状況が制御できなくなったフェザーン自治領は、あらゆる手段でラインハルトの排除を試みていたが。それ以前に、帝国の壊乱をどうにもできず、結果として安全な航路から得られる収入をほとんど喪失。

 

それは賄賂で得られていた販路や、各地での不正蓄財を失うことを意味していた。

 

そして、その日が来たのである。

 

その日、フェザーン自治領の自治領オフィスでは、一人の男が死んでいた。撃ち殺されたのである。

 

撃ち殺されたのはルパート=ケッセルリンク。

 

先代自治領主ルビンスキーの私生児だった。

 

ルパートは少なくとも能力の範囲内では誠実に務めていたが。手を下す判断をしたボルテックは、そうは思っていなかった。

 

既に地球との連絡も途絶。

 

理由は簡単で、貴族同士の争いで、船も超光速通信も行き来できなくなったのである。それだけ帝国の状態が悪いと言うことだ。

 

既に独立国を自称する貴族領だけで五十を超えるという有様で、既に地球と連絡などできる状態になかった。

 

その結果、ボルテックは完全に指標を失った。

 

元々ルビンスキーの死で繰り上がって自治領主に成り上がっただけの男である。能力は先代にまるで及ばず、商魂たくましいことで知られるフェザーン商人達からは「黒狐の尾」(黒狐とはルビンスキーのあだ名である)などと言われていたほどだ。

 

それ故に、ボルテックは恐怖した。

 

指標を失い、同盟からも見放され、帝国とも安定した交易を構築できなくなったフェザーンから、商人達が逃げ出していく様子を。

 

しかも商人達はラインハルトの下に財産を持って走っている。

 

それらが、フェザーンの機密を持ち出しているのも確実であり。しかも止める手段が存在しなかったのである。

 

混乱の中、些細な暴動が起きた。

 

それはすぐに鎮圧されたが、サイオキシン麻薬で錯乱した暴徒を見たボルテックは完全に取り乱し。

 

誰かが命を狙っているに違いないと思い込んだ。

 

そして、その誰かは、ルパートだと確信したのである。

 

更に言えば、ルパート自身もクリーンだったわけではなく、ルビンスキーの時代には父親を蹴落とそうと画策していた証拠が出てきた。

 

既に過去の話であったのだが、ボルテックはそれを見て決断。

 

ルパートを呼び出すと、護衛のガードマン達に撃ち殺させたのだった。

 

「自治領主様、こ、これでよかったのでしょうか」

 

「他に手段もなかった! こやつは確実に私の寝首をかきに来た! それにこやつが私を無能だ、自治領主にふさわしくないと言っているのを、複数の人間が耳にしていたのだ!」

 

「……」

 

困惑するガードマン達。

 

そのときだった。

 

警報が鳴り響く。

 

ひいっと悲鳴を上げたボルテックがへたり込む。

 

空から、一個艦隊分はある同盟の降下部隊が、降下を開始していたのである。

 

同盟軍に仕官し、過去の軍歴も買われ、軍事の拡大と再編成の中で頭角を現したミッターマイヤーの率いる第一艦隊だった。

 

ミッターマイヤーは義足に義眼になっていたが、皮肉なことにそれでも行軍速度にまるで変化はなく。

 

さらにはフェザーンの終わりを悟った商人達は、艦隊を見てさっさと降参するばかりで、危機を故郷に知らせようとはしなかった。

 

ラインハルトが同時に、フェザーンがこれまで同盟の経済の影で暗躍していたことや、地球教というカルト団体を使嗾して暗躍していたこと(実際は逆だったのだが)などが知らされ。

 

同盟も、軍事介入に踏み切らざるを得なかったのだ。

 

ミッターマイヤーが指揮する、極めて軍規の高い軍勢が降りてくる。

 

フェザーンが制圧されるまで、ほとんど時間もかからない。

 

自治領主のオフィスは最優先制圧目標なのは目に見えていた。

 

抵抗しますかとガードマン達は青ざめた顔で言ったが、ボルテックは既に半分失神しており。

 

それを見てガードマン達は、抵抗の意志を諦めた。

 

フェザーンは半日で陥落。

 

ボルテックはその場で拘束された。

 

ボルテックが処刑を命じたルパートは、後に軍警察が調査をしたが、反乱をもくろんでいた形跡はなかった。

 

だが精神病院に入れられたボルテックは、それを聞いてもそんなことはない、いつか殺しに来るはずだと、錯乱し。さらにはルパートの亡霊まで見て、恐怖で失神する有様だった。

 

ラインハルトはこうしてフェザーンを制圧した。

 

同盟市民には、フェザーンへの攻撃は侵略であり、やり過ぎではないかと懸念を示す者もいたが。

 

フェザーンの自治領主オフィスからは、長年同盟で暗躍していたフェザーンのスパイのデータだけではない。

 

同盟の軍事機密を帝国に、その逆もあったが。横流ししていた膨大な証拠。

 

歴代の最高評議会議員がどれだけの賄賂を受け取っていたかの具体的なデータ。

 

さらには、同盟を代表する英雄である、ブルース=アッシュビー元帥の暗殺をフェザーンが行わせた証拠まで出てきたため。

 

それらの懸念は、怒りに踏み潰されたのだった。

 

 

 

こうしてフェザーンが落ちて、そして一年も経過しないうちに。

 

キルヒアイス提督が率いる五万隻の艦隊が、長駆して帝国の首都星オーディンを強襲。わずかな守備兵を蹴散らし、制圧。

 

そのとき、皇宮である新無憂宮の玉座には、栄養失調寸前の幼帝エルウィン=ヨーゼフ二世がただ座らせられており。

 

まともな世話すらもされていなかった。

 

キルヒアイスは幼帝を保護し、同時にわずかに生き残っていた文官達から事情を聞く。

 

内乱でリヒテンラーデ公爵が暗殺され。以降は完全にオーディンは機能不全に陥った。

 

わずかな有志だけで新無憂宮を維持していたが、連日の暴動で身を守るだけで精一杯だった。

 

それが、彼らの言い訳だった。

 

ラインハルトは、それを聞くと。

 

幼帝を退位させ、そしてまっとうなしつけと教育をするようにとだけキルヒアイスに指示。

 

こうして、帝国もラインハルトの手に落ちたのである。同時に、ゴールデンバウム朝銀河帝国は歴史から消えたのだった。

 

そのとき、ラインハルトが同盟に亡命してから、実に十五年が経過し。

 

ラインハルトは三十になっていた。

 

ヤンが率いる第二陣である五万隻の艦隊と、オーディンに駐留軍を残したキルヒアイスの艦隊が各地を制圧して回り。

 

帝国領が再統一されるまで、一年が更にかかった。

 

そのときには、既に。

 

帝国と同盟とフェザーン。

 

さらには地球が背後で糸を引いていた長い長い戦いは、過去の話となろうとしていた。







本作でのラインハルトは、いくつもの悲劇を経験していない事もあり、原作よりもだいぶ性格が丸くなっています。

原作ラインハルトだったらヨーゼフ帝にもっと厳しい扱いをしていたでしょうね。


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