その時歴史がまた動かなかった   作:dwwyakata@2024

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フェザーンは寄生虫だ。

原作で出てくる言葉です。

寄生虫である以上、宿主が倒れてしまえば、無事ではすまないのです。






3、延焼

フェザーン自治領からの商船が同盟に逃げ込んできた。

 

それを拿捕ではなく救助したのは第五艦隊を率いるビュコック提督であったのだが。ビュコック提督は、その話を聞いて慄然としていた。

 

フェザーン、デフォルト。

 

早い話が、国家破産である。

 

帝国に投資していた資産がほとんど全て回収できなくなった。

 

これは同盟も同じだ。

 

同盟は今や、ほとんどのリソースを難民をどうにかするための事業につぎ込んでおり、最前線の三個艦隊と、ハイネセンに残った艦隊や将兵以外は、ほとんどがいつ暴れ出してもおかしくない難民のいる植民星の監視をしている有様だ。

 

これでは、どちらが専制国家で抑圧者なのかわからない。

 

ビュコックの副官であるチェン准将はそうぼやいていたそうだが。

 

ビュコックもそれに内心同意しつつも、たしなめることしかできなかった。

 

ともかく、同盟最高評議会に連絡を入れる。

 

同時に同盟の最高弁務官に連絡を取るが、連絡を取れなかった。

 

不審に思ったビュコックが、艦隊の一部をフェザーンに向けたのだが。

 

その結果は、あまりにも凄まじいことだった。

 

フェザーンが。

 

燃えている。

 

二十億の民を抱える、経済の星であるフェザーン自治領の首都星フェザーンが、全土で炎上していた。

 

すぐに陸戦部隊を降下させるが、侵略を受けたのでもなんでもない。

 

国家破綻の結果、暴動が発生。

 

自治領主館は燃えさかっていて、誰も中にはいなかった。入り口付近でへたり込んでいたのは、自治領主ニコラス=ボルテックだが。

 

最初、それを見て、本人だと誰も認識できなかった。

 

それもそのはずで、まだ四十代の筈のボルテックは、七十代の老人同様に老け込んでいたのである。

 

ぞっとした兵士達は、とにかくフェザーンの暴動をどうにかすべく走り回り、ビュコックも同時に同盟に救援の依頼を入れたが。

 

返事は極めて冷淡だった。

 

余剰戦力なし。

 

ビュコックはキレたが、しかし続けての話を聞いて、黙るしかなかった。

 

三つの植民星で、同時に反乱が勃発。

 

第二、第九、第十二艦隊が鎮圧を開始しているが、すぐに収まりそうにもない。更に、他の植民星でも大規模暴動の気配あり。

 

同盟を灰燼に帰しつつある暴動の波は、一足先にフェザーンを飲み込み。

 

こうして火の海にしつつある。

 

既にフェザーンの通貨は紙くずになりつつある。

 

同盟の高等弁務官事務所は。

 

ビュコックが聞くと、これもまた破壊され尽くしていて。弁務官はその辺をうろうろしていたが。警備兵も逃げ散ってしまい。同盟の兵を見て、泣きついてきたほどだった。

 

なぜこれほどの事態で連絡をしなかったのか。

 

旗艦に連れてきた弁務官に、ビュコックは面罵したが。

 

なんか重量感がないおデブという不思議な体型をした士官とともに逃げてきた弁務官は、真っ青なままいう。

 

「で、電気が切られたのです」

 

「はあ! 電気が!? 弁務官事務所だぞ!」

 

「帝国側もそうだったようです。 しかし帝国側の弁務官事務所は、そもそもずっと無人だったようなのですが……」

 

「馬鹿な……」

 

流石のビュコックも唖然とする。

 

それから、フェザーンを制圧した部隊から連絡が来る。

 

どうもフェザーンでデフォルトが発生するや否や、全土で暴動が発生したのは確かだが。

 

その前後でよくわからないことが起きているという。

 

いずれにしてもボルテックは廃人同然で、なんかの妄想を見てけらけら笑っている状態で、とても聴取できる状態ではない。

 

更に言うと、フェザーンが有していた資産類は枯渇していた。

 

宝石や貴金属はもとよりレアメタルなどの類すら全てである。

 

どうもデフォルトの前くらいから、貸し付けていた金がことごとく焼け付いてしまい、国内の経済すらまともに回らなくなったらしい。

 

それもあって、長年同盟帝国の両方から巻き上げてきた資産がことごとく逆に流出するかゴミと化し。

 

今では誰が何を持っているのかすらわからないとか。

 

ビュコックは慄然としていた。

 

あれほど巨大な経済国家として、同盟と帝国を手玉にとっていたフェザーンの、最後かこれが。

 

そう思うと、もう何も言えなかった。

 

第五艦隊は帰投する。

 

フェザーンからは、急速に人が離れていっているようだ。

 

彼らはどうするつもりなのだろう。

 

ビュコックには、それはなんともいえなかった。

 

 

 

フェザーンがデフォルトしたことで、同盟は大量にしていた借金から解放されて経済が楽に……はならなかった。

 

フェザーンの投資で行っていたようなプロジェクトが軒並み凍結。

 

それだけではない。

 

フェザーンがデフォルトしたことによって、今までどんな風に賄賂が送られていたかとか、そういう情報がネットに一気に垂れ流されたのである。

 

この瞬間、最高評議会は致命傷を受けた。

 

何しろ賄賂を受けていたのは、トリューニヒト閥のほぼ全員だったからだ。

 

出て行けトリューニヒト。

 

そう垂れ幕を掲げたデモが発生した。軍部ですら、それを取り締まろうとしなかった。ハイネセンの民が全部反乱でも起こしたら、どうにもならないからである。

 

トリューニヒトはその日のうちに最高評議会を辞職。

 

その部下達も、それに従った。

 

何度も入退院を繰り返しつつも、権力にしがみついた怪物の末路は、あまりにもあっけなかった。

 

そのままトリューニヒトは老人性痴呆症を発症してしまった。以降は、ついに病院から出られなくなった。

 

代わりに最高評議会議長にはジョアン=レベロ議員が就任。ホアン=ルイ議員と、さらには新進気鋭のジェシカ=エドワーズ議員がその左右を固めることになり。

 

市民は少しだけ落ち着いた。

 

だが、少しだけでしかなかった。

 

植民星での暴動は鎮圧の様子も見えない。

 

困っていたところを助けたのに、恩知らずな連中だ。

 

そう叫ぶ同盟国民は増え続けた。

 

その意見に同調する同盟兵士もだった。

 

暴動は鎮圧できる様子もない。

 

せっかく植民惑星に投資した設備は、植民惑星の亡命者を養うためだったのだが。衝動的な暴力によって次々と火中に蹴り込まれていった。

 

ヤンはそれをイゼルローンで聞く。

 

同盟艦隊は、陸戦部隊と連携して鎮圧に当たっている。

 

だが、暴動は潰しても潰しても次が起き。

 

もはや制御不能の状態だ。

 

植民星をいっそ刑務所惑星にしてしまうのはどうだろうかという過激意見すらささやかれ始めている。

 

そんななか、ヤンは疲弊しきったジェシカが、モニタに出るのを見た。演説をするらしい。

 

「非常に厳しい状況です。 現在官民軍一体となって崩壊を食い止めようとしていますが、下手をすると同盟では帝国と同様の内乱がおきるでしょう。 兵士達の中には、帝国から大量に流れ込んできた難民を帝国に追い返すべしだという声も上がっています。 ですが、これを見てください。 これは去年、ヤン=ウェンリー大将が救出した星での映像です」

 

そこで流されたのは。

 

衝撃的すぎるので、公開は避けた方が良いとまでムライが言ったほどの。あの映像だった。

 

現在の帝国の状況がいかなるものなのか。

 

それは同盟市民に、これ以上もないほどにたたきつけるほどの内容だった。

 

ヤンは呻く。

 

反戦派で、良識的だったジェシカの顔に浮かんでいる鬼相。

 

トリューニヒトがいなくなった後、どれほどの負担がかかっているのか、一目でわかるほどだ。

 

「しかも現時点で、同盟にはこれ以上難民を受け入れる余力がないのも事実です。 経済的な観点では、フェザーンが破綻したことで、今までの借金はどうにか帳消しにはなりましたが、それは同時に、これ以上の融資はないことも意味しています」

 

「ジェシカ……」

 

ヤンはぼやく。

 

ジェシカは闇に落ちようとしている。

 

政治の世界は、政で治める世界だ。だが同時に、政治闘争の世界でもある。政治闘争は、何の利益もない。

 

その上、国力も人的資源も損ねる。

 

誰も得しないのに。

 

ずっと人間は、これを続けてきた。

 

今ジェシカは、荒海の中に放り出されている。レベロもルイも良心的な議員だ。だが、それでも。

 

この状況は、あまりにも厳しすぎる。

 

それはヤンがわざわざ言わなくても、わかることだった。

 

「これから同盟がすることは一つ。 この状況の収束です。 これから予算の全てを投じて、現在暴動を起こしている難民を鎮圧しつつ、生活の支援を行います。 国内のインフラを立て直し、人員には協力的であれば帝国からの難民も抜擢します。 市民権は当然、参政権も徐々に付与します。 ただし、それには同盟法などの教育についても受けてもらうことが必須となりますが」

 

まあ、それしかない。

 

同盟はこれから、一世代、下手すると二世代以上かけて、ハイネセンの建国以来の国家膨張に備えなければならない。

 

失敗すれば国は終わる。

 

複数に分裂して、仁義なき殺しあいが始まるだろう。

 

地球で散々おきてきたようにだ。

 

歴史を知っているヤンは、それがおきたとき、どこの陣営に着けば良いのだろうと暗澹たる気持ちになる。

 

幸い、同盟の艦隊は健在だ。

 

そればかりか、規模を拡大さえしている。

 

ただし拡大された艦隊の多数は元帝国製で、現在同盟のソフトウェアを入れている状態で。

 

それすら終わっていない。

 

艦隊ごと逃げ込んできたような将兵も多く。

 

その武装解除だって、一苦労だったのだ。

 

そして、ついにイゼルローン回廊近辺にまで宇宙海賊が現れ始めている。

 

帝国領内で現れているという話はあった。

 

宇宙海賊が出るほどに治安が悪化していると言うことだ。

 

しかも駆逐艦や砲艦ならともかく、巡洋艦や戦艦の姿まで見えるという話すらある。

 

連日キルヒアイス提督とラップが出て片付けてはいるが、数日に一回は遭遇するらしく、元貴族の私有品だったらしい船までいるそうだ。

 

この混乱が同盟に波及しつつる。

 

食い止めたとき。

 

銀河系宇宙にいる人間は、一体何人生き残っているのだろう。

 

そうヤンは思い、いくつかの政策を並べて。そしてモニタから消えたジェシカの顔を思い出す。

 

ラップとヤンで馬鹿をしていた頃、世話をしてくれていた優しい人の面影はなく。

 

既に其処には、壊れ始めた理想家の姿があったのだった。

 

 

 

ユリアンが少尉として赴任してきて、それでヤンはようやく身の回りを任せられるとは思った。

 

よかったのかどうかはわからない。

 

とにかく、ユリアンにも場合によっては戦ってもらうことになるだろう。

 

幸い練度が低い宇宙海賊が相手になる可能性は高い。

 

暴動の話は、連日続いている。

 

泣きわめく子供。

 

怒鳴り合う大人。

 

もはやどうにもならない。

 

イゼルローンに来たシェーンコップが、女を口説く余裕もないとぼやいていた。女と一緒でないと寝られないとまでほざくくらいの色情狂として知られる男であるのにだ。ヤンはとりあえず、話を聞く。

 

やはり、状態はよろしくないようだった。

 

「帝国から来た難民は、隙を見てこの国を乗っ取ろうとしている者がいますな。 とりあえずMPと連携して行動していますが、奴らの穀潰しぶりときたら」

 

「昔の私もよく穀潰しと言われたよ」

 

「ヤン提督は首から下は無能ですからな。 ただ首から上だけあればいいのです。 クローンでも作ってヤン提督を増やして、全てに艦隊を任せれば昔の帝国にも圧勝できそうですな」

 

「無茶苦茶を言ってくれる」

 

ただ、そんな冗談を言った後、シェーンコップは咳払いしていた。

 

最高評議会の様子がおかしいと。

 

どうもかなり強行的な手段を執る可能性があるらしい。

 

軍の中の過激派が、いくつも提案を持ち込んできているようだ。

 

特に不満分子が多い植民星の人間を、まとめて帝国に移住させるとか。そういう案まであるらしい。

 

実際、いくつかの帝国側の辺境惑星は、無人に等しい状態だ。

 

現在ラップとキルヒアイス提督と、それにルグランジュ提督が巡視をしてくれているが。たまに宇宙海賊が根拠を作ろうとしているのを除けば、それほどの脅威ではなく。ただ誰もいなくなった植民星が点々としているようだ。

 

それらの星系に、まとめて不穏分子を移してしまう。

 

そういう案があると聞いて、ヤンはベレー帽に手をやる。

 

それでは、何のための民主主義国家の軍隊か。

 

基本的に暴力装置であることなどわかっている。

 

それでも、それはやってはいけない最悪のラインを簡単に踏み越えてしまっているとしかいえない。

 

まさかジェシカがこれを判断するのか。

 

そんな落ちたジェシカは見たくない。

 

「確か最高評議会のジェシカ議員は、ヤン提督の昔なじみでありましたな」

 

「ああ、ラップの妻だよ。 そういえば……」

 

「どうしました」

 

「最近ラップがジェシカの話をしない。 娘さんたちは顔も見かけないな」

 

何かよくないことでもおきているのかもしれない。

 

ラップはキャゼルヌと同じく、家族ぐるみの付き合いだ。

 

イゼルローンに駐留している三個艦隊は、基本的に同盟側のいざこざには関与しないというか、基本的にはそちらが管轄ではない。

 

何かがあったのなら、ヤンに話が来そうなものなのだが。

 

それから二ヶ月後、ハイネセンから輸送されてきたのは、宇宙要塞だった。とはいっても、小型の防衛用の無人要塞である。

 

首都星ハイネセンの防衛機構であるアルテミスの首飾りは有名だが、それの廉価版はあちこちに存在している。

 

帝国のガイエスブルグのような巨大な有人型要塞は移動、特にワープ航法が難しいのだが。こういった小型の防衛用無人要塞は比較的移動が簡単である。衛星兵器の領域を超えないからだ。戦力もこの型は、カタログスペック的な観点ではいちおう分艦隊くらいなら真正面から相手にできる。

 

これを運んできたのは、昔の上司であるパエッタ中将だった。

 

敬礼してヤンが出迎えると、いくつかの打ち合わせをする。

 

パエッタ中将は一応の指揮能力を持ってはいるが、其処まで有能だとヤンは思っていない。

 

間近で何回か指揮を見たが、どうにか中将級の人材としては合格というところだろう。

 

若い頃はもっと優秀だったという話もあるのだが。

 

いずれにしても、既に地位で追い抜いたヤンを、あまりよくは思っていないようではあった。

 

「これを持ち出すのですか」

 

「そうなる。 護衛として、駐留艦隊をガーズから三百隻ほど出す。 現在帝国は内乱の最中で、仮に艦隊が出てくるとしても、この防衛要塞と駐留艦隊で対応可能という判断だ」

 

「しかし、今になって帝国領への侵攻ですか」

 

「君たちが巡視した結果、事実上放棄された星系を正式に抑えるだけだ。 テラフォーミングも既に完了している惑星を、放置しておくのももったいないという判断だそうだ」

 

違う。

 

あの案が、飲まれたんだ。

 

そうヤンは悟った。

 

思わず呻く。

 

イゼルローン要塞で守られている同盟側はまだいい。外側に、従順ではない難民をまとめて放り出すつもりだ。

 

それから少し遅れて、ラップに聞かされる。

 

ジェシカと離婚した。

 

娘達は、ラップが引き取った。そういう話だった。

 

ついにそうなってしまったか。

 

ヤンは思わず呻いていた。ラップは言う。

 

「ジェシカは連日のストレスで限界だった。 俺が支えられていれば」

 

「ラップのせいじゃない。 ここまでひどい状況では、誰だっておかしくなるさ」

 

「そうか。 いずれにしても、娘達をこれ以上泣かせるわけにはいかない。 俺は何があっても生き延びなければならないな」

 

「二人ともよろしいですか」

 

不意に来たのは、キルヒアイスだった。

 

敬礼して、話に加わってもらう。

 

まあ私的な話をしていたのだが、軍務の最中ではあるのだ。

 

キルヒアイス提督は言う。

 

「これより少しばかり遠征して、数星系ほど巡視をしてきます」

 

「急な話ですね。 どうしたのですか」

 

「最高評議会からの指示です。 偵察用の小型衛星の散布と、周辺星域の状況の確認、それに宇宙海賊や貴族の艦隊がいるようならば排除が目的となります」

 

そうか。

 

キルヒアイス提督は、一切それらの星系の民については触れなかった。

 

だから、ラップが触れた。

 

「病院船や物資については俺の艦隊からも出そう」

 

「ありがとうございます。 余裕があったら、住民を助けるかもしれません」

 

「キルヒアイス提督」

 

「何しろどういう状態かわかりませんからね。 あくまで今回は軍務が優先です」

 

今、帝国では。

 

以前潜り込ませていたスパイですら、根こそぎ引き上げてきている。

 

それくらいに状態が悪いのだ。

 

国家が破滅寸前にまで機能停止しているどころか、完全に破綻している。政府は存在していない。

 

強いて言うならいくつかの地方貴族はある程度の勢力を持っているようだが、身を守るだけで精一杯の状態だ。

 

それら以外は、宇宙海賊が根こそぎ荒らし回っているらしい。

 

完全に、時代が1000年以上逆行した状態。

 

たった数年前まで、こんなことになるとは誰が予想できただろうか。

 

そしてキルヒアイス提督は、明らかにこの様子を喜んでいる。最近は隠すことさえしなくなってきた。

 

出立する第十四艦隊。

 

ちなみに配下の統率は完璧で、士気も高い。

 

ダーティーワークも基本的にやらせることはないそうだ。

 

ただ、それらの兵士達の間からも。

 

キルヒアイス提督が、時々怖いという声が上がるという話はあるのだが。

 

「ヤン、俺が一緒について行こうか」

 

「いや、少なくともキルヒアイス提督は貧しい民に手をかけることはないだろう。 ただ問題は……」

 

その問題は、すぐに的中することになった。

 

遠征先の星系で、宇宙海賊が拠点を作っていたのだが。

 

ルドルフの再来がごとく。

 

キルヒアイス提督は、情けも容赦もなく、降伏も許さず、完全に殲滅したのである。一人も逃れることはできなかった。

 

そういう報告が来ていた。

 

これに宇宙海賊達は震え上がった。

 

キルヒアイスとか言う奴は、貴族も海賊も容赦なく殺す。とにかく恐ろしく強いらしい。そういう話が飛び交うと、後は簡単だ。

 

海賊なんてのは、相手が弱いときにだけ居丈高になる連中だ。

 

とにかく、同盟領近くには近寄るべきではない。

 

そういう噂が流れると、即座に離れていったようだった。

 

ヤンがあまりにも苛烈な殲滅戦を見て鼻白んでいると、ついでにキルヒアイス提督から連絡が来た。

 

巡視した星系に生存者なし。全員奴隷として宇宙海賊に売り飛ばされた模様。

 

宇宙海賊の基地は完全破壊したが、データベースは解析済み。

 

売り飛ばした先は、いくつかのまだ健在な門閥貴族。

 

これらの情報については、わかった。

 

確かに許しておけない相手ではあろう。

 

キルヒアイス提督は、そのまま予定通りに任務をこなして戻ってきた。そして、キルヒアイス提督が掃除した星系には防衛要塞が置かれ。

 

そして、膨大な輸送船が来て、大量の「反抗的な」難民達を運んでいった。

 

プラントが設置され、其処で仕事をするように監督官がついていたが。

 

いざというときには見捨てるという態度が露骨すぎるほどだった。

 

ヤンはこれにジェシカが同意したのかと思うと、慄然とする。

 

人は追い込まれるとこれほどに壊れるのか。

 

ジェシカはあれほど鼻っ柱が強い女だったじゃないか。士官学校のごつい男達相手にも、相手が間違っていると判断したら一歩も引かなかった。

 

それが、子供を産んで、年をとると。

 

こうも堕落してしまうものなのか。

 

いや、闇落ちというのか。

 

無言になってしまう。

 

キルヒアイス提督の精神も、加速度的に壊れているように思えてならない。確かに許すべき相手ではない存在はいる。

 

だが、いくら何でもものには限度がある。

 

そして、キルヒアイス提督から、作戦案の具申が来ていた。

 

先に海賊のデータベースにあった門閥貴族。

 

これの討伐作戦書だった。

 

ヤンは内容を確認したが、実現不可能なものではない。ただ、キルヒアイス提督にこれを任せるのは危険な気がした。

 

「キルヒアイス提督」

 

「いかがなさいましたか、ヤン提督」

 

「この作戦を貴方に任せた場合、裁判にかけるべき人間を殺すのではないかと私は心配しています。 門閥貴族とはいえ、降伏した相手はしかるべき裁判にかけるべきです」

 

「そうですね。 ただ彼らは、それこそ私財で艦隊を持てるほどの富の持ち主。 裁判を買収する可能性は決して低くないと思います」

 

それは確かにそうだ。

 

そしてキルヒアイス提督は、今。

 

明確に、殺すつもりであることを口にした。

 

である以上、ヤンとしてはこの作戦案は修正せざるをえない。

 

「今回、キルヒアイス提督には後方での支援を頼むつもりです。 最近の活躍もありますし、人事のバランスという奴です。 何よりこの作戦で貴方を貴族にぶつけるわけにはいかない。 勿論門閥貴族が戦場に出てきたのなら、私も容赦せず討ちます。 しかし、そうでない降伏した相手にまで、武器を向けるわけにはいかないのです」

 

「それは武人の誇りですか?」

 

「いえ、民主主義国家の軍人としてです。 あくまでシビリアンコントロールと法の下にある。 それが私達です」

 

「理想家であらせられる。 しかし、私は見てきました。 帝国で、法を金と暴力で踏みにじる人間達を。 人間の皮を被った獣である門閥貴族の実態を」

 

それは、わかりすぎるほどわかる。

 

ヤンだって、この作戦案で討伐すべしとされた門閥貴族どもに関しては、何をされても仕方がないとは思う。

 

門閥貴族なんてものは、制度化された盗賊といってもいい。

 

それが今では、虚飾を投げ捨てて、文字通りの盗賊の長と化してしまっている。

 

その邪悪さは、地球時代のニューヨークマフィアや南米のカルテルなどとほとんど変わらないだろう。

 

だが、感情にまかせてリンチを行ったら。

 

それは法治国家のあり方ではなくなってしまうのだ。

 

そしてヤンはキルヒアイス提督の深淵に触れた気がした。

 

「誰か、大事な人を奪われたのですね」

 

「ええ」

 

「わかりました。 キルヒアイス提督の能力は一切疑っていません。 その良心も、です。 ですからこそ、今回はイゼルローン要塞をお守りください。 もしも作戦案が通った場合は、私がラップ提督とルグランジュ提督を率いて、問題の門閥貴族を討滅してきます」

 

「わかりました。 よきようになさってください」

 

頷くと、ヤンはオフィスに戻るキルヒアイス提督を見送った。

 

この間、ヤンは副官であるフレデリカと婚約した。

 

フレデリカの父であるグリーンヒル大将もそれを祝福してくれた。

 

こんなご時世だからこそ。

 

そう言ってくれた。

 

キルヒアイス提督は、ずっと闇の中にいる。

 

失った人が、本当に大事な存在だったのだと思う。

 

少し前に調べさせたが、キルヒアイス提督は別に邪悪な策謀の限りはしていない。自分と配下ができる範囲内で、復讐をしているだけだ。

 

それでもあれほどの能力を持つ人が復讐に走ると。

 

歴史は悪い方向でこうも動くのか。

 

背筋が寒くなる。

 

だが、それでも。

 

これ以上、滅茶苦茶をさせないためにも、ヤンが奮励しなければならなかった。

 

 

 

結局この作戦案は通った。

 

それについては、相手が相手だから仕方がないとヤンは思った。

 

遠征はそれほど難しくなかった。ラップもルグランジュ提督も、ヤンの指揮に従って、的確に動いてくれた。

 

これが氷山の一角だと言うこともわかっている。

 

奴隷貿易なんてことをやっていた腐れ門閥貴族は、軍を率いて出てきたが。その有様はまるで訓練を受けていない山賊の群れ。

 

精鋭となっている同盟の二個艦隊相手では、文字通り赤子の手をひねるようなもの。

 

正式艦隊の残存部隊らしいのも出てきたが、本当に正規軍人が乗っているかすらも怪しい。

 

四つの貴族領を回り。

 

そのうち二つの貴族領で、門閥貴族は宇宙艦隊で自分の艦もろとも爆散した。一人は部下を盾にして逃げようとしたところを、ルグランジュ提督の部下達が撃ち抜いていた。

 

残りは降伏したので、捕虜として連行させる。

 

たくさんの民が飢餓状態にあり、それでも貴族達は富を吸い上げていた。

 

輸送船団を手配して、奴隷にされていたり、飢餓状態にある民を救出していく。おそらく相当面倒な顔をされるだろう。その数は五千万にも達した。門閥貴族の一人は十三歳の娘を孕ませていて。それを見たムライが顔をゆがめて怒りを珍しく浮かべていた。

 

「羞恥心を失った人間はどこまでも醜悪になれるものなのですな」

 

「帝国の門閥貴族はずっとこれをやってきたのさ。 五百年間ね。 ルドルフは何十億人も自分が気にくわない人間を虐殺したし、そのやり方がずっと続いていただけだよ。 地球時代の東南アジアの国家には、国民の四分の一をそうやって虐殺した専制をしいた悪党がいた。 比率で言えばそれよりは小さいけれど、それはあまり意味のある比率ではないね」

 

「問題があるとしたら、更に五千万も増えた民を、同盟が抱え込めないという可能性があると言うことですな」

 

「暴動が加速するかもしれないね」

 

おそらく、同盟が安定するのは、数十年後だ。

 

レベロ評議会議長が、体調を崩しているという話がある。

 

その後を継ぐのはおそらくジェシカだけれど。

 

ジェシカは精神の均衡を崩し始めている。

 

昔は反戦を願っている人だったけれど。

 

今では、完全に闇の底なし沼の淵に立っていて。いや、闇に両足首まで捕まれてしまっている状態だ。

 

同盟の未来だって明るくない。

 

いつこのような状態になってもおかしくはないのだ。

 

この征服作戦の過程で、多数の宇宙海賊を容赦なく撃破したが、それでも降伏するものはそのまま逮捕した。

 

後は連行して、同盟の裁判に任せる。

 

ほとんどは死刑だろうが、それでも法による統治に意味がある。

 

それがヤンの結論だ。

 

馬鹿みたいに豪華な屋敷からは、膨大な金などの資産が回収されたが。それでも予想されている量よりもずっと少なかった。

 

軍を拡大するために、無茶苦茶な使い方をしたのだ。

 

それが一目でわかった。

 

領内の映像を、薔薇の騎士が撮影して、戻ってくる。

 

この世の地獄というのも、生やさしい有様だった。

 

おそらくこれから、このような遠征を何度もしなければならないだろう。

 

帝国は破滅的な内戦で、死者よりも生存者を数える方が楽になりつつあるという試算すら出ている。

 

下手すると、この時代で人類の数は半減する可能性すらある。

 

フェザーンも廃墟になってしまった。

 

フェザーン商人はだいたいが同盟に逃げ込んできたが。さっそく商魂たくましく、様々なビジネスを開始しているらしい。

 

あまり褒める気にはなれないが。

 

それでもこの門閥貴族達よりはましだ。

 

とにかく、精神を削られる遠征から帰還する。こんな遠征で、ほとんど被害を出さずに済んだことだけはよかっただろう。

 

連れて行った医療チームも良い仕事をしてくれた。

 

途中から、第五艦隊のビュコック提督が輸送部隊の護衛をしてくれて。それでより効率よく民を救えた。

 

だが、救えなかった民もたくさんいた。

 

門閥貴族の一人の屋敷からは、有角犬と言われる遺伝子操作で作られた凶暴な犬がたくさん見つかったのだが。

 

その犬たちがかじっていたのは、数千を超える人骨だった。

 

この曰く付きの犬は、帝国最悪の暴君として知られた流血帝も飼っていた(そして最後はこの犬に食われてしまった)もので。

 

門閥貴族が、民をこの犬の餌にして、その逃げ惑い命乞いをする様子を楽しんでいたのは明確だった。

 

薔薇の騎士はいずれも荒々しい戦士達だが。

 

彼らが。こんな奴は即座に死刑にすべきだと息巻くのを止めるのに、ヤンは本当に苦労しなければならなかったのである。

 

なお、流石に有角犬は全て始末させた。

 

生かしておいていい生物ではないからだ。

 

イゼルローンに戻ると、ジェシカが演説しているのがスクリーンに映った。ジェシカの目は、既に濁りきっていた。

 

ジェシカは今回の遠征で、大いに同盟の正義を示したこと。門閥貴族が邪悪であることを口を極めて罵っていたが。

 

既にその有様は。

 

在りし日のヨブ=トリューニヒトとほとんど代わらなかった。

 

隣にいるラップの顔を、ヤンは見ることができなかった。

 

ラップの家でその日打ち上げをしたが。ラップの娘達はずっと泣いていた。ママがおかしくなった。そう言って泣いている娘達に、ヤンは何も声をかけることができなかった。

 

混沌の時代は更に加速していく。

 

まるで、呪いと憎悪が、歴史すべてを焼き尽くそうとしているかのようだった。







ジェシカもすっかりおかしくなってしまいました。

高ストレスの環境は、人を容易に変えてしまいます。

信念のある立派な人物だって、やつれはて壊れ果ててしまうことがままあるのです。

そしてジェシカは、残念ながらそれに耐えられなかった。

帝国が破滅し同盟も大混乱に陥る中。

銀河系に割拠する人類は、ルドルフ大帝出現以来の危機を迎え、それもまだまだ続こうとしていました。


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