呪術廻戦の世界でMobが頑張る話   作:不知火りん

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第12話 入学

 桜が舞う季節。東京都立呪術高等専門学校の校門をくぐりながら、私は一つ大きなあくびを噛み殺した。

 

 山の中にあるこの学校は、下界の喧騒とは無縁だ。鳥のさえずりと、風に揺れる木々の音だけが聞こえる。普通なら、これから始まる新生活や新しいクラスメイトに緊張するところだろう。

 

 ──いや、ないな。

 

 なんせ、これから会う連中は、もう散々見知った顔ぶれだからだ。

 私はポケットから携帯を取り出し、メールを確認する。

 

『おい、お前どこの高校行くんだよ』

『京都校か? それとも家で引きこもり?』

『俺は東京校に行くぞ。お前もこっちに来い』

『無視すんな殺すぞ』

 

 物騒なメールの送り主は、もちろん五条悟。進路を教えなかったのがよっぽど気に食わなかったらしい。

 

 あの日──初めて悟に会った日から、もう八年が経つ。

 

 当主交代の挨拶回りで五条家を訪れ、生意気な最強に不意打ちで勝ったあの日。それ以来、悟は事あるごとに広島の実家に押しかけてきては、喧嘩を吹っかけてきた。

 戦績は、私の辛勝。お互いに決定打を欠く泥仕合になることが多いが、最後は私の反転術式と領域展開のゴリ押しで判定勝ちをもぎ取っている。

 

 悟との関係を維持しているのは、打算だ。全部、若様が望んだハッピーエンドのための布石。それを私が代わりにやっているだけ。

 

 ……そのはずなのに。

 

 携帯の画面に並ぶ、悟からの大量のメールを見て、口元が緩みそうになる自分がいる。

 

 私は携帯をポケットにしまった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 古い木造校舎に入り、長い廊下を歩く。

 

 一年生の教室の前まで来ると、中から騒がしい声が聞こえてきた。

 

「……だから。その口の利き方はなんとかならないのかい? 初対面の相手に対して失礼だと思わないか」

「はぁ? なんで俺がザコ相手に敬語使わなきゃなんねーの。つーかさ、前髪変だよお前」

「……表に出ろ」

 

 教室の中から聞こえる会話を気にすることなく、私はあえて勢いよく教室の扉を開け放った。

 

 ガラララッ!!

 

「……やあ。朝からずいぶん賑やかだね」

 

 教室の空気が、一瞬で凍りついた。教壇には、まだまだ教師の姿はない。教室の中には四つの机と、三人の生徒。

 

 サングラスをかけ、机の上に足を投げ出している白髪の少年──五条悟。

 その前で、額に青筋を浮かべて拳を握りしめている長い黒髪の少年──夏油傑。

 そして、窓際で気だるげにタバコをふかそうとしているボブカットの少女──家入硝子。

 

 三人の視線が、一斉に私に突き刺さった。

 

「……は?」

 

 最初に間抜けな声を出したのは、悟だった。サングラスをずり下げ、蒼い六眼を丸くしてこちらを見ている。

 

「え、なに? 幻覚? 俺、寝不足?」

「幻覚じゃないよ。正真正銘、本物。触ってみる?」

 

 私はヘラヘラと笑いながら、教壇に鞄を置いた。

 

 六眼が、私の全身を走査しているのが分かる。骨格、筋肉、呪力の流れ、その全てを見透かすあの目。この教室で、私の正体を知っているのは悟だけだ。

 でも、悟はそのことを誰にも言うつもりはないらしい。

 

「なっ……お前、なんでここにいんの!? 京都校じゃなかったのかよ!?」

「僕、一言も京都に行くなんて言ってないよね。……悟くんが僕に会えなくて寂しがるかと思って、わざわざ東京にしてあげたのに。嬉しくないの?」

「ふざけんな! 誰が寂しがるか! てか、なんで黙ってたんだよ!」

「サプライズ?」

 

 てへぺろ、とウインクしてみせると、悟は「うげぇ」と変な声を出してのけぞった。

 

 そのコントのようなやり取りを見ていた傑が、驚いたように声を上げる。

 

「……瀬那? 本当に、瀬那なのか?」

「久しぶり、傑。元気してた?」

「あ、ああ……元気だけど。驚いたな。まさか四人目が君だとは」

 

 傑の表情が、ぱっと明るくなった。

 

 ──夏油傑。

 若様の日記によれば、やがて「非術師は猿」という結論に至り、呪術師のみの世界を目指して離反する男。百鬼夜行を引き起こし、最後には親友である五条悟の手で殺される運命にある存在。

 その離反を防ぐことが、私がこの高専に来た最大の目的だった。

 去年の夏、とある任務先で傑と鉢合わせ(偶然ではなく、もちろん私の故意だが)してからの付き合いだ。

 

 親しげな私たちの様子を見て、悟が怪訝そうな顔をした。

 

「あ? なんだよお前ら、知り合いかよ」

「うん、まあね。去年ちょーっと色々あってさ」

「ふーん……」

 

 悟は面白くなさそうに鼻を鳴らしたが、すぐに気を取り直したように口角を上げた。

 

「ま、いいや。おい瀬那、お前が来るなら話は別だ。この弱っちい雑魚と四年間一緒とか最悪だと思ってたけど、お前となら退屈しなくて済みそうだわ」

 

 悟が親指で傑を指差しながら、言い放つ。傑のこめかみが、再びピキリと引きつった。

 

「……瀬那。この礼儀知らずな男とも知り合いなのかい?」

「あー……うん。残念ながら、腐れ縁ってやつでね」

「同情するよ。こんな増長した人間の相手を何年間もしていたなんて。私なら気が狂う」

「なんだと前髪。調子乗ってると殺すぞ」

「やってみろよ」

 

 バチバチと火花が散る。

 

 傑は「呪霊操術」の使い手で、学生としては破格の一級相当の実力者だ。決して弱くはない。だが、今の悟の基準は私だ。私と比べて勝てない奴は全員雑魚認定しているのだろう。性格が悪いにも程がある。

 

「はいはい、ストップストップ。喧嘩しないの」

 

 私が苦笑して二人の間に割って入ると、後ろの方からけだるげな声がした。

 

「あー、うるさ。お前らもう少し静かにできないの」

 

 ──家入硝子。

 彼女も去年の夏からの付き合いだ。傑と同じように任務でわざと鉢合わせして知り合った。汐宮家の情報網を使えば一般人を調べ上げるのなんて容易い。

 この人も、ハッピーエンドに必要な存在。

 

「やっほー硝子。相変わらずだねー」

 

 私がそう言うと、悟は硝子の方をチラリと見たが、特に何も言わなかった。

 反転術式を他者に出力できる硝子は、悟にとって雑魚認定の対象外らしい。自分にできないことができる人間には、一目置く。そういうところは、良くも悪くも分かりやすい男だ。

 

「おい瀬那!」

 

 悟が、机を蹴って私の前に詰め寄ってきた。

 

「そんなことより、お前ここに来たってことは……覚悟できてんだろーな?」

「覚悟? んー、何の?」

「とぼけんな。俺との決着だよ、決着!」

 

 悟がギリリと歯を鳴らす。この前の広島での戦いは、私が判定勝ちで終わっている。これで二連勝。それがよほど悔しいらしい。

 

 ギャーギャーと騒ぐ悟を見て、ふと、傑が口を開いた。

 

「……五条悟、だったかな」

「あ? なんだよ雑魚。大人しく引っ込んでろよ」

 

 傑は、にっこりと優雅な──しかしどこか腹黒い笑みを浮かべた。

 

「……君は、瀬那に負けたことがあるのかい?」

 

 悟の動きが止まる。ものすごくバツが悪そうな顔をした。

 

「……負けてねーし。引き分けただけだし」

「いや、僕が勝ち越してるよね?」

「うるせえ! 次は勝つって言ってんだろ!」

 

 私がしれっと訂正すると、悟は地団駄を踏んだ。それを見た傑が、何かを納得したように頷き、そして──とんでもない爆弾を投下した。

 

「なるほど。君は、瀬那より弱いわけだ」

「あぁ?」

「奇遇だね。私は去年の夏、瀬那との手合わせで一度勝っているんだよ」

 

 ……おい、傑?

 確かに、去年の夏。私が傑に体術と呪霊操術の連携を教えていた時、彼が不意に繰り出した奇策に一本取られたことがある。

 あれは、いや油断していただけだし、そもそも本気じゃなかったし、というかあれは戦いというよりほぼ指導だったし──。

 

 傑は、糸のように目を細め、底意地の悪い笑みで悟を見下ろした。

 

「私は、瀬那に勝った。そして、その瀬那は、君に勝ち越している」

「……」

「結論。君は、私より弱い」

 

 プチン、と。

 悟の頭の中で、何かが切れる音が聞こえた気がした。

 

「……おい、前髪」

 

 悟から、膨大な呪力が溢れ出す。空気がビリビリと震える。冗談ではない、本気の殺気だ。

 硝子はそれを見て、さっさと教室から逃げ出した。判断が早い。

 

「誰が誰より弱いってぇ?」

「事実を言ったまでだよ、自称最強くん」

 

 傑も負けじと、背後に巨大な呪霊を出現させた。一級クラスの呪霊だ。去年のあの任務で、私が調伏を手伝ったやつ。

 

「瀬那ぁ……お前、こんな奴に負けたのかよ?」

「いや、あれは手加減というか、指導の一環で……」

「あぁ、もういい。めんどくせぇっ!!」

 

 悟が吠える。

 

「いいぜ、わかった。ここでハッキリさせてやるよ。どっちが上か、死ぬまで殺し合おうじゃねーか!!」

「望むところだ。その生意気な口、きけなくしてあげるよ」

 

 一触即発。私が仲裁に入る隙もないほどの、すさまじい呪力の嵐。入学初日から校舎崩壊の危機である。

 

 ガラッ!

 

 突然、教室の扉が開いて、強面の男が入ってきた。

 

 担任の夜蛾正道である。

 

「……おい。入学初日から何をやっている」

 

 夜蛾先生のドスの効いた声。だが、今の二人にそんな声は届かない。

 

「死ね雑魚!!」

「消えろ猿!!」

 

 術式と呪霊が激突する──寸前。

 

 ゴッ!! ゴッ!!

 

 二度の鈍い音。

 

 夜蛾先生の容赦ない鉄拳制裁が、二人の頭に炸裂した。

 

 ……あの二人の間に、素手で割って入れるのか……この人、何者だ。

 

 私は夜蛾先生には決して逆らわないことを心に誓った。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 数分後。

 

 頭にたんこぶを作って正座させられた二人と、それを横目に席につく私と、教室に戻ってきた硝子。

 

「まったく……揃いも揃って問題児ばかりか」

 

 夜蛾先生は深くため息をつき、サングラスの奥の瞳で私たちを見渡した。

 

 正座する悟と傑。二人とも、ふてくされた顔をしている。でも、さっきの殺気はもう消えていた。

 

 傑がちらりと悟を見た。悟もちらりと傑を見た。視線がぶつかって、二人とも「ふんっ」と即座に顔を背ける。

 

 子供かよ。

 

 なんて心の中でツッコミ、笑みが溢れた。

 

 窓の外では、桜の花びらが風に舞っていた。

 

 この教室に集まった四人。

 最強の術師。やがて離反する男。希少な反転アウトプット使い。そして、死んだ少年の名前を騙る、紛い物の私。

 

 私がここにいるのは、若様の望んだハッピーエンドのため。それだけだ。

 

 それなのに。

 

 夜蛾先生に叱られて、しぶしぶ席に着く悟と、その隣で、乱れた前髪を直す傑。窓際で欠伸をしている硝子。

 

 なんてことのない、入学初日の光景。

 

 それを見ていたら、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 

 あの日、若様と手を繋いで走った時と、同じ温度。

 

 私はその心地よいぬくもりを振り払うように、小さく首を振った。

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