呪術廻戦の世界でMobが頑張る話   作:不知火りん

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第14話 エゴ

 洋館から高専に戻るなり、夜蛾先生の雷が落ちた。

 

「この中に"(とばり)"は自分で降ろすからと補助監督(ほじょかんとく)を置き去りにした奴がいるな。そして帳を忘れた」

 

 夜蛾先生が腕を組み、教室に並んだ私たちをギロリと睨み据える。

 

 静まり返る教室。

 

「名乗り出ろ」

「先生!! 犯人捜しはやめませんか!?」

 

 悟が即座に言った。もう犯人を名乗り出ているようなものだ。

 

「悟だな」

 

 夜蛾先生のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

 次の瞬間、呪力を込めた拳骨が悟の脳天に直撃した。

 

 ゴッ、と鈍い音。

 

 無下限呪術(むかげんじゅじゅつ)を展開していなかったのか、されるがままの悟が痛そうにうずくまる。

 

「いってぇ……」

「帳は術師の基本中の基本だ! 何度言えば分かる! 今回の事後処理にどれだけの人員が割かれてると思ってるんだ!」

 

 夜蛾先生の説教が続く。悟は頭を押さえながら、反省の色ゼロの顔で聞き流している。傑が隣で小さくため息をつき、私と硝子は壁際でなるべく目立たないようにしていた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 長い説教から解放された後、私たちは高専の自動販売機の前で、三人でだらだらと時間を潰していた。

 夏の気配がじわじわと近づいてきている。日陰のベンチに座っていても、制服の襟元が暑い。

 

 硝子はすでに別の任務に出ている。反転術式(はんてんじゅつしき)のアウトプットによる治癒ができる人間は極めて貴重で、引っ張りだこなのだ。ゆっくり休む暇もないだろう。

 

 悟が缶ココアのプルタブを開けた。ぷしゅ、と小さな音。

 

「そもそもさぁ、"帳"ってそこまで必要? 別に一般人に見られたってよくねぇ? 呪力も呪術も見えねぇんだし」

 

 さっきの説教を一ミリも気にしてない顔で、悟が言う。

 

「駄目に決まっているだろう」

 

 即座に傑が反論した。自販機に背を預けたまま、手元の缶コーヒーを一口飲む。

 

「呪霊の発生を抑制するのは何より人々の心の平穏だ。そのためにも目に見えない脅威は極力秘匿しなければならない」

 

 傑が続ける。

 

「それだけじゃない。弱きを助け、強きを挫く。"弱者生存(じゃくしゃせいぞん)"。それがあるべき社会の姿さ」

 

 缶を置いて、「いいかい悟」と言い、傑はまっすぐに悟を見た。

 

「呪術は非術師を守るためにある」

 

 傑は本気でそう信じているのだろう。

 しかし、それに対し、悟は缶ココアをぶらぶらと揺らしながら鼻で笑う。

 

「それ正論? 俺、正論嫌いなんだよね~」

「……何?」

「呪術に理由とか責任を乗っけんのはさ、それこそ弱者がやることだろ。ポジショントークで気持ち良くなってんじゃねーよ」

 

 オッエー、と大袈裟に吐く真似をする悟。

 傑はそれに怪訝な顔をした後、不意に私の方へ顔を向けた。

 

「瀬那はどう思う?」

「え?」

「君も術師だろう。弱者を守ることについて、どう考えてる?」

「んー……」

 

 私は手元の缶ジュースを傾けて、ぬるくなったカルピスを飲みながら考える。

 

 私が術師をやる理由、か。

 

「そうだね。僕は、そんなにたいそうなことは考えてないよ。ただ好きなように力をふるっているだけかな」

 

 傑が少し眉を顰めてこちらを見る。お前がそっち側とは思わなかった、みたいな表情。

 

「ただ、そんな僕の行いのなかで救われるひともいるだろうけど。でも、それはあくまでその人が勝手に救われただけ。僕が救ったわけじゃない」

「……それは、随分と無責任に聞こえるな。力を持つ者としての義務を放棄しているんじゃないのか?」

「義務、か。傑の言う『非術師を守る』って理念は立派だと思うよ。でもさ」

 

 僕は言葉を選ぶように、少しだけ視線を宙に泳がせた。

 

「『正義』とか『弱者を守る』って看板を背負いすぎると、いつか自分が潰れちゃう気がするんだよね」

「潰れる?」

「そう。僕らの手は二つしかないし、救える範囲なんてたかが知れてる。どうしても手が届かなかったり、理不尽な現実を前に妥協しなきゃいけない時が絶対に来る。その時、『正義』を絶対視していると、理想と現実の泥沼のギャップに耐えられなくなるんじゃないかな」

 

 悟はサングラス越しの目を少し見開き、面白そうに口角を上げた。

 

「へぇ。だから、自分の好きにやるって?」

「そうだね……結局のところ、僕の行動基準は『僕自身の自己満足』なんだよ。誰かを助けるのも、僕がそうしたいからするだけ。いわばただのエゴだね。結果的に誰かが助かって、それを見て僕自身の心が平穏でいられるなら、それで十分なんだ」

 

 傑の方に向き直る。

 

「だから僕は、自分を『弱者を守る強者』だなんて思わないようにしてる。ただの身勝手なエゴイストさ」

 

 傑は腕を組んだ。何か言いたそうにしていたが、言葉を飲み込んだ。

 

 しばらく沈黙が流れる。自販機の低い唸りだけが、夏の空気の中でやけに大きく聞こえた。

 

 それを破ったのは悟だった。

 

「あっはは! いいね、瀬那! 傑のむさ苦しい正論より、よっぽど人間らしくてスッキリしてるわ!」

「悟、君ね……」

「だってそうだろ? 『俺が救ってやってる』なんて言いながら勝手に背負い込んでる傑より、自分のエゴだって割り切ってる瀬那の方がよっぽどタチが良いぜ」

「……私はただ、強者としての責任を全うすべきだと」

「ほら、またそれだ。重いんだよ、傑は」

 

 二人のいつもの言い合いが再開する。

 私はそれを眺めながら、心の中で小さく息を吐いた。

 

 純粋な正義感を持つ人間ほど、いつか現実の壁にぶつかって自分を見失う。

 ……傑。その真面目さと優しさが、この先君を壊すことになる。私は知っている。

 

 そして同時に、自分で口にした「エゴ」という言葉を脳内で反芻し、少しだけ自嘲する。

 

 私の行動基準なんて、本当は二人の理念よりずっと薄っぺらで、どうしようもなく一つの執着に塗れている。

 

 脳裏に浮かぶのは、私の代わりに命を散らした若様の、あの優しい笑顔だ。

 

この世界(呪術廻戦)をハッピーエンドにする』

 

 若様が言っていた、お人好しな願い。

 

 私自身が世界を救いたいわけじゃない。誰かのために血を流すような正義の味方になりたいわけでもない。この腐った呪術界がどうなろうと、本当はどうでもいい。

 ただ、あの人が望んだ「ハッピーエンド」を、無理やりにでも実現してやりたいだけだ。

 

 死人の願いを背負って、自分の意志ですらないものを叶えるために、血反吐を吐いて足掻く。

 

 ……これ以上の自己満足があるだろうか。紛れもない、最高のエゴではないか。

 

「……ほら二人とも、そろそろ行くよ。夜蛾先生に休憩が終わったら次の任務の説明があるからもう一度集まるように言われていただろ?」

 

 私はぬるくなったカルピスを飲み干して、空き缶をゴミ箱に放り込んだ。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 教室に戻ると、夜蛾先生が教壇で待っていた。先ほどの帳の説教とは明らかに違う、重い表情をしている。

 

「遅い。休憩時間はとっくに終わってるぞ」

「すみません、ちょっと話し込んでて」

「ったく……座れ」

 

 三人が席に着くのを待って、夜蛾先生が口を開いた。

 

「正直荷が重いと思うが……三人に 天元(てんげん)様から任務のご指名だ」

 

 天元(てんげん)

 

 その名前を聞いた瞬間、全身の神経がざわりと粟立った。

 

 ──ついに、きた。

 

 不死の術式を持つ呪術界の要。結界術の大元。この日本という国の呪術的基盤そのもの。

 

 そして、若様の日記に、何度も出てきた名前。

 

 いよいよ始まるのか。この世界(呪術廻戦)の本編が。

 

 横を見ると、悟と傑は、すごくめんどくさそうな顔をしていた。

 

「なんだその面は」

「いや別に」

 

 二人の態度に、はぁ、と夜蛾先生が深い溜息をつく。

 

「依頼は2つ」

 

 夜蛾先生は、厳しい声で続けた。

 

星漿体(せいしょうたい)。つまり、天元様との適合者の少女の護衛と──」

 

 一拍の間。

 

「その抹消(まっしょう)だ」

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