「いったぁ……」
ジンジンと熱を持つ頬を押さえながら、私は
彼女は足が地面に着くや否や、バッと素早く私から距離を取る。
「
木の陰から、まるで野良猫のようにシャーッと威嚇してくる理子ちゃん。命の恩人に対する態度とは思えないが、そんな私を見て、悟はまだ腹を抱えてケラケラと笑っている。
「どうやら、
声の方を向くと、傑が見知らぬ女性を連れてマンションの入り口から歩いてくるところだった。
それを見た理子ちゃんは、弾かれたようにその女性のもとへと駆け寄った。
「黒井!!」
「お嬢様ーーっ!!」
メイド服姿の女性──黒井は、大粒の涙を浮かべながら理子ちゃんをきつく抱きしめた。
無事を喜び合う二人の様子を、私たちは少し離れたところから見守る。
「ありがとうございます。この子を助けていただいて」
「黒井?何を言っておる。こやつらは妾を狙う賊じゃろ!」
「違います、お嬢様。その方達は高専の術師で、味方です」
黒井の言葉に、理子ちゃんは目を丸くして私たちをマジマジと見つめた。
そして、傑をビシッと指差す。
「嘘じゃ!!嘘つきの顔じゃ!!そして、前髪も変じゃ!!」
「……」
傑の笑顔が、ピキリと引きつった。
「あははっ!傑、前髪変だってよ!」
「悟、黙れ」
私は小さく息をついて、理子ちゃんに目線を合わせる。
「ええと、理子ちゃんちゃん? そういうわけで、僕らは君を護衛しに来た味方。助けたお礼はさっきのビンタってことでいいから、とりあえず安全な場所へ……」
「……べ、別に頼んでないぞ!妾は一人でも大丈夫じゃった!……じゃが、まあ、その……大儀であった」
ツンとそっぽを向きながらも、理子ちゃんの耳は少しだけ赤い。どうやら、助けられたことは理解したものの、素直に謝れないらしい。
「それで、黒井さん。これからどうしますか? マンションの部屋はあんな状態ですし、一旦高専に……」
提案しかけた、その時だった。
「黒井!!今何時じゃ!?」
理子ちゃんが突然、慌てた様子で黒井に尋ねた。
「え?昼前……ですが、やはり学校は……」
「学校に行くのじゃ!!」
「「はぁ!?」」
悟と傑の声が見事にハモった。
「いやいや、待てよ。お前は命を狙われてるの。どう考えても高専に戻った方が安全なワケ!!」
「うるさい!!行くったら行くのじゃ!!」
ギャーギャーと言い合いを始めた悟たちを横目に、私は一人、冷静に息を吐いた。
ここまでは、若様の日記に書いてあった通りだ。
あらかじめ日記を読んで知っていた私からすれば、この展開は全く驚くようなことではない。命を狙われようと、家が吹き飛ばされようと、このお嬢様は頑なに学校へ行くと言い張る。
「はいはい、わかったから」
私はパンッと軽く手を叩いて、三人の注目を集めた。
「護衛対象がそう言うんじゃ仕方ない。僕らはそれに付き合って、学校でもどこでも護衛するまでだよ」
◇◇◇◇◇◇◇
ステンドグラスから差し込む柔らかな光と、厳かなパイプオルガンの音色。
廉直女学院の礼拝堂には、透き通るような女生徒たちの賛美歌が響いていた。
私もその列にしれっと紛れ込み、口パクで賛美歌を歌うフリをしている。
身を包んでいるのは、この学校の指定である清楚なセーラー服だ。私は普段、悟たちの前でも男として振る舞っているが、正真正銘、元々は女である。だからこれは決して女装ではないし、黒井さんに手配してもらった制服はサイズもピッタリだった。
「ねぇ、あの子誰……?見ない顔だけど」
「すっごい綺麗……っていうか、かっこよくない?」
「なんか、宝塚の王子様みたい……!」
ヒソヒソ、ザワザワ……。
厳粛な礼拝堂の中で、私の周囲の女生徒たちだけが、明らかに祈りとは別のベクトルで熱を帯びた視線を送ってきていた。
まぁ、外で騒がれてるであろうあの二人に比べれば、マシな方か。
今も校外で護衛を続けている
そして、私とバッチリ目が合う。
「……っ!?」
理子ちゃんは賛美歌を歌う口をピタッと止め、目を限界まで見開いて綺麗に二度見をした。
「なっ……何で貴様がこんな所にいるんじゃ!?」
賛美歌の合間に、理子ちゃんの素っ頓狂な声が礼拝堂に響く。
「何でって、護衛が護衛対象の側にいるのは当然でしょ」
「いや、そうじゃなくて!それに、その格好!貴様、男じゃなかったのか!?」
驚きで顔を近づけてくる理子ちゃんに対し、私はわざとらしくフッと口角を上げた。
「ん?ああ、僕って顔立ちが綺麗だからさ、こういう格好も似合っちゃうんだよね」
あえてキザなウインクを飛ばして誤魔化す。
「ひっ……!」
「見た!? 今ウインクした!」
「キャーーッ!」
私のささいな動作に、周囲の女生徒たちから抑えきれない黄色い悲鳴が上がった。
「ほら、お嬢様も口を閉じて。お祈りの時間でしょ?」
「き、貴様ぁ……妾のペースを乱すな!!」
顔を真っ赤にしてワナワナと震える理子ちゃんを尻目に、私は完璧な擬態を続けていた。
その時、セーラー服のポケットの中で、マナーモードにしていた携帯電話が短く震えた。こっそりと画面を開くと、悟から短いメッセージが入っている。
『呪詛師の侵入者アリ。そっち行ったかも』
パタン、と携帯を閉じ、理子ちゃんを見る。
「ごめんね、お嬢様。お祈りの時間はここまでだ」
私は理子ちゃんの前にスッとしゃがみ込むと、彼女の膝裏と背中に腕を回し、そのままひょいっと軽々持ち上げた。いわゆる、お姫様抱っこである。
「ひゃっ!?な、ななな何を――」
「賊が来た。ここから脱出するよ」
手短に伝え、私は理子ちゃんを抱き抱えたまま、礼拝堂の通路を駆け出した。
「ウソ……!お姫様抱っこ!?」
「駆け落ち!?駆け落ちなの!?」
「キャーーーーッ!!お幸せにーーっ!!」
先ほどよりもさらに巨大で熱狂的な、割れんばかりの黄色い悲鳴が礼拝堂に響き渡った。厳粛な雰囲気など、もはや微塵も残っていない。
「ち、ちがーーーう!! 誤解じゃ!! こやつはそういう対象ではなくてだな!?」
「ほら、舌噛むから大人しくしてて」
「あぐっ!? 降ろせ、離せ下衆ーッ!! 妾の尊厳と学園生活がーーっ!!」
腕の中で顔をゆで蛸のように真っ赤にしてジタバタと暴れ、女生徒たちに向かって必死に弁解しようとする理子ちゃん。
私はそれを涼しい顔でスルーしながら、道を空けてくれる女生徒たちの波を駆け抜け、礼拝堂の重厚な扉を足で勢いよく蹴り開けたのだった。