呪術廻戦の世界でMobが頑張る話   作:不知火りん

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それでは、第17話です。





第17話 甚爾

 校舎の奥から微かに悲鳴が聞こえる。断続的に響く破壊音と、それに混じる怒号。計画通りだ。有象無象の呪詛師どもが、きっちり仕事をしている。

 

 その喧騒をよそに、俺は校門脇の日陰に気配を殺して潜んでいた。

 

 視線の先には、メイド服の女が一人。

 

 今回の依頼の標的──星漿体、その世話係を務める黒井美里が、校舎内の異変に気づいたのか、落ち着かない様子で辺りを窺っていた。

 

 隙だらけだ。

 

 俺は、呼吸を止め、空気の揺らぎすら生じさせず、黒井の背後を取った。無防備に晒された首筋へ、手刀を無音で振り下ろす、が、

 

──ドゴォォォンッ!!

 

 手刀は、足元から突如として隆起した白い壁に阻まれていた。

 

「……チッ」

 

 舌打ちひとつ。即座に後方へ跳ぶ。

 粉砕された白い破片が宙に散る。

 

 これは……塩か?

 

「きゃあっ!?」

 

 遅れて響いた轟音に、黒井が悲鳴を上げて尻餅をついた。

 

 もうもうと舞う白い粉塵が晴れる。

 

 その向こうに、一人の少女が立っていた。廉直女学院の指定セーラー服。風に揺れる紺色のスカート。完全に気配を絶っていた俺の不意打ちを、正面から叩き落とした手腕。ただの女子高生なわけがない。

 

「あぁ? 何だお前」

 

 砕けた塩の粉を払いながら、俺は忌々しげに目の前の女を睨んだ。

 

 女子の制服を着たこのガキは、一体誰だ。どこから湧いて出たのかと、頭の中で記憶を探る。

 

 そして、俺を真っ直ぐに見据えるあの凪いだ瞳と、足元に散らばる白い残骸を見た瞬間──つい先日、仲介人の孔時雨からこの依頼を受けた時にも脳裏を過った、あのドス黒い不快感がフラッシュバックした。

 

「……なるほどな」

 

 低く、地を這う声が喉から漏れた。記憶の中の忌々しい「当主サマ」と、目の前のセーラー服の少女の面が、完全に重なる。

 

「お前は、あの時の汐宮のガキか」

 

 俺の言葉に、目の前の少女──汐宮瀬那(しおみや せな)は、フッと口角を上げた。

 

「お久しぶりです。禪院……いや、伏黒甚爾(ふしぐろ とうじ)さん」

 

 

 

 

「まさかここまでとはな」

 

 忌々しげに吐き捨てた甚爾さんの言葉に、私は淡々と返す。

 

「あなたなら、必ず無防備な黒井さんを狙うと思っていました。正々堂々と星漿体を、とは考えづらい性格ですから」

「ほう、それで?」

「だから、黒井さんの周りを張っていたわけです。こうしてあなたを止めるために」

 

 私は一歩踏み出し、すっと右手を差し伸べた。

 

「どうです? まだ、間に合います。甚爾さん、僕と一緒に来ませんか? 」

 

 かつて禪院家で出会ったあの日、一度は拒絶された提案。今度こそは、という淡い期待を込めて紡いだ言葉だったが──甚爾さんは、そんな私を値踏みするように見て、ニヤリと凶悪に口の端を歪めた。

 

「なるほどな。完全に読まれていたわけか。だが、その答えはずいぶんと前に返したはずだぜ」

 

 言い終わるが早いか、甚爾さんが地を蹴った。

 

 足元のコンクリートが蜘蛛の巣状にひび割れ、爆発的な推進力が全身を弾き飛ばす。呪力を持たない彼の踏み込みは、呪力の起こりを感知する術師からすれば、何の予備動作もなく突如として距離が詰まったようにしか見えない。

 

「黒井さん、下がって!」

 

 鋭く叫ぶと同時に、私は即座に術式を展開した。甚爾さんの眼前に、先程よりもさらに分厚く圧縮した塩の盾を隆起させる。

 

「それはもう知ってるぜっ」

 

 甚爾さんは一切の減速をみせなかった。迫り来る白い壁のど真ん中へ、真っ向から右拳を叩き込んだ。

 

──バキィィィッ!!

 

 硬質な破壊音が鼓膜を打つ。自信を持っていた塩の盾に、いとも容易く亀裂が走った。

 

「なっ……!?」

 

 化け物め。

 

 思わず心の中で悪態をつく。

 

 流石は、若様の日記曰く、あの五条悟を半殺しにした怪物。ただの純粋な物理打撃で私の術式を粉砕するなど、理不尽にも程がある。

 

 だが、私だって十年近く、血反吐を吐くような努力を重ねてきたのだ。

 

 私は壁の維持を瞬時に放棄し、内側から爆散させた。吹き出した塩の白煙が、濃密な帳となって視界を塞ぐ。そして、その煙幕の中へ、私自身も迷わず飛び込んだ。

 

 逃げるな。近づけ。

 

 相手が近接戦闘の頂点なら、あえてその懐に飛び込んでやる。得意な間合いで攻めさせてこそ、相手に一瞬の隙が生まれる。

 

 白煙を裂いて迫る蹴り。それを私は体をほんの数センチだけずらして躱し、すれ違いざまに自分の掌を彼の右腕へと押し当てた。

 

「やっと触れた」

 

 指先から、術式を流し込む。

 触れた瞬間から、変化が手のひらに伝わってくる。筋繊維が硬直していく感触。痙攣。

 

 そのまま続けようして──腹部に、内臓ごと弾け飛ばされるような激痛が走った。

 

「──ッ!」

 

 見えない角度からの、強烈な前蹴り。

 

 意識が白く飛びかけ、私の体はくの字に折れ曲がって地面をバウンドした。両腕をアスファルトに突き立てて辛うじて停止する。口の中に、べっとりと鉄の味が広がった。

 

 甚爾さんは右腕をさすりながら、低く舌打ちする。

 

「今のは……てめぇの術式か?」

「……そうです」

 

 顎を伝う血を手の甲で乱暴に拭い、私はゆっくりと立ち上がった。

 

「僕の術式『塩清操術(えんせいそうじゅつ)』で出来るのは外部の塩の操作……ですが、こうして直接対象に触れることで、相手の体内の塩分を強制的に奪い取ることもできます」

 

 術式の開示。自らの手の内を晒す縛りによって、術式の効果を底上げする。

 

「そうかよ……俺のは──」

「知ってますよ」

 

 私は間髪入れずに言葉を被せた。わざわざ相手の情報開示によるステータスの底上げを許す義理はない。

 

「呪力を持たない代わりに超常的な身体能力を持つ、天与呪縛の『フィジカルギフテッド』。領域展開も通用しない、近接も得意、正直僕の術式とは相性が最悪です。……ですが」

 

 私は、鋭い双眸でこちらを射抜く甚爾さんを真っ直ぐに見据えた。

 

「これならどうでしょう?」

 

 そう言い、術式に正のエネルギーを流し込んだ。

 

 空気が変わる。

 

 腐った泥のような、重くよどんだ臭いが滲み出す。ひどく淀んだ呪力の渦が、両手を黒く染め上げていく。

 

術式反転──黄泉戸喫(よもつへっつい)

 

 両手を地面につけた。

 

 足元のコンクリートが、不気味な溶解音を立てて崩れ落ちた。鼻を突く刺激臭。周囲の地面が急速に変質していく。ただの泥ではない。コンクリートも土も、触れた端からドス黒く濁り、強酸のヘドロへと変貌していく。

 

「塩の持つ性質は『防腐』と『浄化』。なら、その術式を反転させればどうなるか、わかりますよね」

 

 私は淡々と口を開く。これもまた、術式の開示だ。

 

「周囲の無機物すら腐らせる、底なしの毒沼です。いかに身体能力があろうと、足場そのものが溶けてしまえば意味がない」

 

 毒沼はみるみるうちに範囲を広げ、甚爾さんの周囲を侵食していった。

 

 それを横目に、私は一気に駆け出した。

 

 沈むはずの毒沼の上を、滑るように駆け抜けていく。

 

 仕掛けは単純だ。足裏が沼に触れる瞬間、順転の塩の結晶を瞬時に生成し、即席の足場として蹴る。生成と消滅を繰り返しながら、毒沼の上を水鳥のように疾走する。

 

 相手の機動力を奪い、自分だけが自由に動ける絶対的優位。

 

 私は甚爾さんの頭上高く跳び上がり、掌に高密度の塩の刃を形成した。極限まで圧縮されたそれは、業物のように鋭い輝きを放つ。

 

 そのまま、必殺の一撃を振り下ろした。

 

 しかし──甚爾さんは、迫り来る刃を冷静に見据えながら、真横に大きく体を捻った。

 

 空を切った私の刃は、毒沼の中へ空しく溶けていく。

 

 甚爾さんはすかさず傍らのブロック塀を蹴り砕いた。

 

 巨大な瓦礫が毒沼へと降り注ぐ。

 

 彼は、沼に沈みかけながらも辛うじて固形を保つその瓦礫の断片を次々と踏み砕きながら、跳躍を繰り返した。瓦礫が完全に沈む前に跳ぶ。重力を無視したかのような、常軌を逸した体幹と脚力。

 

「逃げても無駄ですっ!」

 

 私は空中に塩の足場を連ねながら追いかけ、毒沼の範囲を広げにかかる。

 

 その時だった。

 

 遠く離れた校舎の一部が吹き飛ぶのが見えた。

 

 間違いない。悟と傑だ。

 

 勝った、と私は心の中で確信した。

 

 甚爾さんがどれほど規格外のバケモノであろうと、あの二人が合流すれば分が悪いのは向こうだ。無理に私がここで倒し切る必要はない。二人が到着するまで、このまま距離を保って粘れば私の勝ちだ。

 

 しかし、私が攻め手を緩め、持久戦の構えを見せたその一瞬の緩みを、プロの殺し屋が見逃すはずがなかった。

 

「……時間切れか」

 

 瓦礫の上を跳ね回りながら、甚爾さんが低く呟く。

 

 そして、大きく弧を描く跳躍で腐敗の沼を飛び越えようとし──その最中、彼の肩に巻き付いた呪霊が、蠢きながらその口を不気味に開いた。甚爾さんは澱みない動作でその澱んだ口内へ手を突っ込む。

 

 そして、空中で、ニンマリと嗤った。

 

「守るモンが多い奴は、大変だなぁっ!!」

 

 呪霊の口から引きずり出されたのは、一本の短刀。それを安全圏で見守る黒井さんの首筋へ、一直線に投げつけた。

 

「その程度のことっ!」

 

 私が術式を展開すると、黒井さんの足元の地面が爆発的に隆起した。

 一瞬にして形作られた半球状の分厚いドームが、黒井さんを完全に覆い隠す。

 

 ガキィィィンッ!! という甲高い金属音が響き、ドームの表面で短刀が弾け飛んだ。

 

「はなっから、そっちは狙いじゃねぇよ」

「なっ……!?」

 

 塩のドームを展開したことで生じた、ほんのコンマ数秒の硬直。

 その隙に、甚爾さんは足元の瓦礫を無造作に蹴り上げていた。散弾銃のように放たれた無数の石の破片が、私の視界を埋め尽くす。

 

 反射的に防御の壁を展開した、その一瞬を縫うように──人間離れした跳躍で、甚爾さんは校舎の塀を飛び越えた。

 

「じゃあな、汐宮瀬那(しおみや せな)。護衛ゲーム、精々頑張りな」

 

 頭上から降ってきたその声を聞き、私は即座に塀の上へと躍り出た。

 

 しかし、後を追おうと放った視線の先には、もはや彼の影すらない。術師の常識を置き去りにするとんでもないスピードで、彼はすでに呆れるほどの距離を駆け抜け、視界の彼方へと消え去っていた。






戦闘シーンはとても苦手です。
そしてついにストックが付きました。毎日更新できなくなったらごめんなさい。
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