呪術廻戦の世界でMobが頑張る話   作:不知火りん

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気付いたらお気に入りが100件超えてました。読者の皆様、ありがとうございます!!
やっぱりこういう日常シーン?を書いてる方が楽しいですね。
それでは、第19話です。





第19話 沖縄

「「めんそーれー!!!」」

 

 抜けるような青空と、見渡す限りのエメラルドグリーンの海。

 容赦なく照りつける太陽の下、かりゆしウェアを着た現地の人(と悟と傑と私)が陽気に笑っている。

 

 ここは、日本の最南端。沖縄県だ。

 

 なぜ私たちがこんな南国にいるのか。事の顛末を語るなら、それはあまりにも呆気ないものだった。

 

 理子ちゃんの親友が攫われたと知った時は、最悪の事態が頭をよぎった。

 

 しかし、拉致犯が取引場所に指定してきたのは、若様の日記にあった通りの、沖縄。

 そして、満を持して取引場所に突入してみれば……待っていたのは、金で雇われたであろう数人の三流呪詛師だけだった。

 

 私と悟、傑。規格外の力を持つ三人が揃って乗り込んだのだ。

 結果は言うまでもない。戦闘と呼ぶのもおこがましいほどのワンサイドゲームで敵を文字通り瞬殺し、私たちはものの五分であっさりと人質を奪還した。

 

「理子ちゃぁぁん! 海! 海だよぉ!」

「本当だ! 砂が白い! 黒井も早く、早く!」

 

 真っ白な砂浜で、キャッキャとはしゃぐ声が響く。

 

 無事に保護された理子ちゃんの親友──(はな)さんは、そのまま補助監督の車で安全な空港へと送り届けられる……はずだったのだが。

 「理子ちゃんと一緒にいたい!」と帰るのを嫌がり、今ではすっかり沖縄の空気に当てられてエンジョイモードだった。誘拐された恐怖はとっくに消え、波打ち際で理子ちゃんと水を掛け合って大笑いしている。

 

「……にしてもさ、ホント意味分かんねぇよな」

 

 少し離れたパラソルの下。

 冷たいトロピカルジュースのストローを咥えながら、悟が不満げにぼやいた。

 

「何が?」

「今回の誘拐だよ。わざわざ沖縄なんて場所を指定してきて、大した罠も張らずにあっさり人質を返すとかさ。何がしたかったわけ?」

「ああ。確かに不可解だ」

 

 隣で傑が顎に手を当て、探るような目で波打ち際を見つめる。

 

「理子ちゃんを同化に間に合わせないための時間稼ぎだとしても、わざわざ沖縄である意味がない。人質を移動させるリスクを考えれば、地方の方がよっぽど効率的だ」

「だろ? ただでさえ一般人の誘拐なんてリスク高いのに、やってることがチグハグすぎんだよ」

 

 首を傾げる二人。彼らにとって、このあっけなさは単なる敵の無策にしか見えていないのだろう。

 だが、私は知っている。あの男──伏黒甚爾が、意味のない無駄な行動をするはずがないということを。

 

「……これは、削りだよ」

「削り?」

 

 傑が怪訝そうに聞き返す。

 

「そう。わざと遠い沖縄を指定して長距離移動の疲労を強いる。人質の安否という精神的プレッシャーをかける。そして、このあまりにも呆気ない救出劇で『敵は大したことない』という油断を誘う。すべては、僕たちの……特に、悟の神経をすり減らすための下準備だよ」

「へぇ。なるほど」

 

 悟はジュースのストローから口を離し、面白そうに私を見た。

 

「懸賞金の期限は明日の朝だ。僕が知っている伏黒甚爾なら、一番僕たちが油断する瞬間を狙ってるだろうね」

 

 私の話を聞いて、傑がハッとしたように目を見開いた。

 

「私たちが無事に東京へ帰り、賞金の期限が切れた……明日の朝以降か!?」

「そうだね。もっと言えば、高専結界内に足を踏み入れた瞬間とかね。昨日説明した通り、伏黒甚爾は呪力の一切ない、天与呪縛のフィジカルギフテッドだから高専結界に感知されることもない」

 

 私の言葉に、悟は「はっ」と鼻で笑った。

 

「馬鹿だな、そいつ。俺の無下限は、あと一週間はぶっ続けで回したところでどうってことねーよ。桃鉄99年やった時の方がよっぽどしんどかったわ。疲弊して油断する? んなヘマ、俺がするわけねーだろ」

「どうだか。悟はいつも肝心なところで詰めが甘いからね。僕と戦うときもいっつも油断してるし」

「なんだとぅ!!」

 

 私の指摘に、悟がムキになって食ってかかる。

 

「事実でしょ。この前の手合わせだって、最後は悟の──」

「あー聞こえなーい! アレは俺がわざと隙を作ってやっただけだし~!」

 

 子供のように耳を塞いでそっぽを向く悟。それを見て傑が小さく笑みをこぼす。

 

「それじゃあ、七海と灰原を呼んだ意味はなかったかな。万が一、空港を占領されるとまずいと思ったんだが」

「まぁ、今話したのはあくまで僕の予想だからね。それ以外のパターンを警戒するのも大事だと思──」

 

 ビシュッ!

 

 言葉の途中で、冷たい水が私の顔面にクリーンヒットした。

 

「……っ、冷た!?」

 

 驚いて顔を上げると、悟がどこから調達したのか、巨大な水鉄砲を構えてニヤニヤと笑っていた。

 

「さーて! 小難しい話はここまで! せっかく沖縄まで来てやったんだ。ちょっとくらい遊んでいってもバチは当たらねぇよな」

「ちょっと悟! 僕たちはもう飛行機で東京に帰らないといけないんだよ!?」

 

 顔の水を拭いながら抗議する私に、悟は水鉄砲を肩に担いで言い放った。

 

「大丈夫だって。沖縄は『呪詛人(じゅそんちゅ)』の数も少ないし、俺たち三人が揃ってれば問題ねーよ」

「でも……!」

「お前がさっき言ってただろ。相手が高専結界を素通りできるなら、東京に戻ろうがここにいようが、結局狙われるリスクは同じだ」

 

 理にかなったその言葉に、私は思わず口を噤む。

 

 悟は水鉄砲を下ろし、サングラス越しに波打ち際で遊ぶ理子ちゃんたちを顎でしゃくった。

 

「それにさ……あんなに楽しそうにしてるJCを、今すぐ帰らせるのはかわいそうじゃん?」

「…………」

 

 今までずっと命を狙われ、気を張り詰めていた理子ちゃん。同化を明日に控え、彼女がただの中学生として、友達と、黒井さんと心から笑える時間は、もう残りわずかしかないのだ。

 

「……悟の言う通りだね。せっかくの沖縄だ、少しだけ彼女たちの青春に付き合ってあげよう。帰るのは、明日の朝一でいい」

 

 傑までそう言って優しく微笑むものだから、私はこれ以上反対することができなくなってしまった。

 

「……はぁ。仕方ないな、もう」

「決まりだな! おい瀬那、いつまでもしかめっ面なんてしてないで行くぞ!」

 

 バサッ、と。

 悟が勢いよくかりゆしウェアとズボンを脱ぎ捨てる。いつの間に下に着込んでいたのか、その長身はすでに派手な柄の海水パンツ一丁になっていた。

 

「って、いつの間に……!」

「海に来て見てるだけとか馬鹿かお前! ほら、お前も海入るぞ!」

「は!? いや、僕はいいよ! ここで見てるから!」

 

 腕を引いてこようとする悟から、私は必死に距離を取った。

 冗談じゃない。私は男のふりをしているとはいえ女だ。水に濡れればそのことは簡単に露呈する。

 

 悟だってその事情は知ってるだろうに、と恨めしそうに悟を見ると、悟はサングラスを少しだけずらし、呆れたような、ひどくジトッとした目を私に向けた。

 

「……お前さ」

「な、なんだよ」

「お前が女だってこと、俺や傑や硝子が気付いてないと思ってる?」

「…………は?」

 

 頭の中が真っ白になる私をよそに、悟は「はぁ」とワザとらしく大きなため息をついた。

 

「俺が六眼(りくがん)で一瞬で気づいたように、硝子なんて医者みたいなもんなんだぞ。身体構造なんて一目見りゃ分かんだろ」

「え……? うそ、だって、ずっと、男だとして接して……」

「お前が必死に男ぶって声低くしたり、肩肘張ったりしてるのが面白……じゃなくて、なんか事情があるんだろうなって、俺たちなりに気を使ってやってたんだろうが。何年一緒にいると思ってんだ」

 

 隣で、傑も吹き出しそうになるのを誤魔化すように口元を押さえていた。

 

「初めて会った時から、なんとなく察してはいたよ。……逆にばれてないと思っていたのかい? たまに素の口調も漏れてるし」

 

 傑の言葉に、顔がカァッと熱くなるのが分かった。

 

 脳裏に、これまでの数年間の記憶がフラッシュバックする。

 必死に低くした声。うっかり素が出そうになっては咳払いで誤魔化したこと。無駄に肩で風を切って歩いていた数年間。

 

 自分だけが男を演じきれていると思い込んで、彼らの前でずっと必死に取り繕っていたのだ。

 滑稽すぎる。今すぐこの砂浜に穴を掘って埋まりたかった。

 

「あー……っ、もう! 最悪だ! 気付いていたならもっと早めに言ってよ!」

「ははっ、隠し事ヘタクソなお前が悪い!」

 

 いたたまれなくなって両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込む私を見て、悟がケラケラと腹を抱えて爆笑する。

 傑もとうとう堪えきれなくなったのか「ククッ……すまない、瀬那。言うタイミングを見失ってね」と声を立てて笑い始めた。

 

 自分の黒歴史が白日の下に晒された絶望感で、私は膝を抱えて砂浜にうずくまる。波の音に混じって、二人の楽しげな笑い声が降ってくるのがひどく恨めしかった。

 

 そして、ひとしきり笑い転げた後、悟の笑い声がふっと途切れた。

 ザクッ、と砂を踏む音が近づき、私の頭上に落ちていた影が大きくなる。

 

「……瀬那」

 

 悟は、しゃがみ込んだ私の前に片膝をついた。

 いつものおちゃらけたトーンではない、静かで、真っ直ぐな声。

 指の隙間から見上げると、サングラスの奥の蒼い瞳が、私を射抜いていた。

 

「昨日、お前言ったよな。自分にしか果たせない目的があるから、これ以上踏み込むなって」

「…………っ」

「でもさ、俺たちに女だってことすら隠し通せてなかったお前が、一人で全部背負いきれるわけねーだろ」

 

 図星を突かれ、言葉に詰まる。

 傑も静かに歩み寄り、悟の隣で歩みを止めた。

 

「悟の言う通りだ。君は……自分ではそうではないと思ってるかもしれないが、不器用でおっちょこちょいで、抜けてるところも多い。複雑な事情があるのは察するが、そんな君が、一人でその目的とやらを果たせると思うかい?」

 

 波の音だけが、三人の間に響く。

 

「……でも」

 

 ぽつりと、口をついて出た声は、自分でも驚くほど震えていた。

 

「もしまた私のせいで……私以外の誰かが傷ついたら……命を落としたら……っ」

 

 あの薄暗いトンネルの記憶。若様が私の目の前で崩れ落ちたあの光景が、フラッシュバックする。

 

 二度とあんな思いはしたくない。だから、強くなるしかなかった。誰にも頼らず、自分一人で全てを背負って終わらせなければならなかったのだ。

 

 私の胸を締め付けるその後悔と恐怖を前に、悟は私の目を真っ直ぐに見据えたまま、言葉を紡いだ。

 

「お前が何を抱え込んで、何にビビってんのかは知らねぇ。でもな」

 

 ニッと、悟が不敵に笑う。

 

「俺たちは三人で最強だ。お前がどんな重いモン背負ってようが、一緒に持ってやるよ」

「私たちを、ただの友達だと思って頼りなよ」

 

 ……あぁ、本当に敵わない。

 

 彼らとの関係は打算だと言い聞かせていたのに。私が誰にも触れさせまいと一人で抱え込んでいたのに。

 そんな重荷を、彼らは「友達だから」という呆れるほど単純な理由で、いとも簡単に奪い取ってしまった。

 

「……ずるいよ、君たちは」

 

 私は、泣きそうになるのを誤魔化すように顔を伏せ、それでも何とか言葉を絞り出した。

 

「でも、最強は四人だ。硝子も入れないと、あとで怒られる」

 

 私の鼻声混じりの指摘に、悟と傑は一瞬きょとんとした後、「ははっ、違いない!」と心底楽しそうに声を上げて笑った。

 

「……分かった。この任務が、無事に終わったら……全部、話す」

 

 私の答えを聞いて、悟は「よし!」と満足げに立ち上がった。

 そして、まだしゃがみ込んでいる私の腕をガシッと掴む。

 

「約束したからな! さーて、スッキリしたところで海だ海!」

「わ、ちょっと、悟! 服のままだってば! せ、せめて水着に着替えさせて──」

「関係ねぇ! どうせ後で乾く!」

 

 抵抗も虚しく、私はかりゆしウェアのまま、力ずくで波打ち際へと引きずり出されていく。

 冷たい海水が足元を濡らし、理子ちゃんたちが「瀬那も来たのじゃー!」と容赦なく水を浴びせてくる。

 

「もーっ! 傑、笑ってないで止めてよ!」

 

 濡れた前髪をかき上げながら私が叫ぶと、傑はパラソルの下で優雅に手を振っていた。

 

 青い空と、冷たい海。

 隠していた性別がバレていたという恥ずかしさも、胸の奥に燻っていた焦燥感も、今は彼らの笑い声の中に溶けていくようだった。

 

 どうか。

 

 どうか、この楽しい時間が、少しでも長く続きますように。

 

 私は心の中でそう強く祈りながら、顔面に飛んできた水しぶきを、悟に向かって思い切り掛け返した。

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