呪術廻戦の世界でMobが頑張る話   作:不知火りん

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全部めちゃくちゃにしたくなりました。
それでは、第24話です。





第24話 虚実

 蝉の鳴き声すら消え去った、不気味なほどの静寂。

 

 えぐり取られた高専の参道。周囲の木々は根こそぎ吹き飛ばされ、地形そのものが原型をとどめていない。その破壊の跡のど真ん中に、二人の男がいた。

 

 一人は、ひび割れた瓦礫に背を預けるようにして力なく佇む伏黒甚爾。

 

 彼の肉体は左肩から腹部にかけて、半身をごっそりと抉り取られていた。本来そこにあるはずの骨も臓腑も消し飛び、焼け焦げた断面からは夥しい血が流れ続けている。血は抉れた石畳をぬらし、黒々と染め上げていた。どう足掻いても助からない。即死していても不思議ではない致命傷だ。

 それでもなお、甚爾の目だけは異様なほど澄んでいた。もはや指一本動かすことすら困難なはずなのに、その視線はまっすぐ、自分を見下ろす影を射抜いている。

 

 その甚爾を、空中から見下ろしているもう一人──五条悟。

 

 その姿もまた、満身創痍と呼ぶにふさわしい凄惨なものだった。高専の黒い制服はズタズタに引き裂かれ、首筋から頭部にかけては、べっとりとどす黒い血がこびりついている。

 だが、その傷だらけの身体に反して、重力から完全に解放されたかのように、ふわりと宙に浮くその立ち姿は神々しさすら帯びている。反転術式による治癒、そして死の際で呪力の核心を掴んだことによる絶対的な万能感。

 血に塗れた顔の中で、ただ一つ、その蒼く澄み切った六眼だけが、一切の濁りもなく、神のように冷たく凪いだ光を放って甚爾を見下ろしていた。

 

──あぁ、どこで失敗した(しくった)のか。

 

 そんな五条悟を前にして、伏黒甚爾は、人生最後の思考を開始する。

 

 そもそもの話、こんなきな臭い仕事、本来の俺なら迷わず降りていた。

 

 なのに、なぜ俺は盤上に残り、この無意味な死闘に身を投じてしまったのか。

 

 薄れゆく意識の底で、ふと、あのガキの顔が浮かんだ。

 

 汐宮瀬那。

 

 甚爾は出会った瞬間に直感で理解していた。あの瞳の奥にあったのは、本物の天才が持つ余裕でも、強者の自負でもない。どうしようもないほどの強迫観念だ。

 

 家という重圧に縛られた小娘が分不相応な仮面を被って、必死に本物を演じているだけの、惨めなガキ。

 

 そう、ガキだ。自分と同じ、どうしようもないガキ。

 

 さっさと逃げちまえよ。

 

 そう嘲笑したくなるほどに、呆れるほど愚かで、馬鹿げた生き方だった。

 

 そんなものに縛られるくらいなら、すべてを捨てて逃げればいい。現に俺はそうした。禪院も、呪術界も、すべてを見限って外へ出た。

 

 それなのに、どうしてあんなにも、あのガキから目が離せなかったのか。

 

──羨ましかったんだろ?

 

 違う、そんなわけがない。俺は自分で選んだんだ。この生き方を。

 

──なら、なんでここにいる?

 

 金だ。金のためだ。雇い主の金払いが良かったから。それ以外に理由なんてない。

 

──本当に?

 

 ……。

 

「……最期に言い残すことはあるか?」

 

 神のように見下ろす五条の声が、静寂を破った。

 

 その問いかけに、甚爾は初めてわずかに口を動かし、血まみれの口角を上げた。

 

「……強けりゃ、全部思い通りになるわけじゃねぇ」

 

 掠れた声で、甚爾は目の前の「最強」を見上げた。

 

「せいぜい気をつけろよ、新米の最強。力だけじゃ……どうにもならねぇこともある」

「あぁん?」

「自分の大切なもんから、目ぇ離すなよ。お前が本当に、最強ならな」

 

 その言葉を口にした瞬間だった。

 ごぼっ、と甚爾の体内で何かが弾ける鈍い音がした。

 

 残されていた僅かな内臓が一気に潰れ、夥しい血が口から溢れ出す。

 

「っち、しゃべりすぎたか」

「ッ、おい、どういう意味だよ!?」

「俺と同じ轍は踏むなって意味だよ。最強(せんぱい)からの忠告さ」

 

 突然、吐血した甚爾に、五条の顔から余裕が消え去る。

 

 それを見て、甚爾は薄れゆく視界の中で短く息を吐いた。

 

 意地を張り、手を取れず、逃げ続けた末に迎える無様な最期。

 

 結局、何一つ残せなかった。

 

 そう目を閉じかけた時、ふいにもう一人の顔が脳裏をよぎる。

 

「……あー、あと一つ」

 

 ほとんど光を失った瞳で、甚爾は最期の息を絞り出した。

 

 もしかしたら。

 

 俺が逃げなければ。 あの時、手を取っていれば。

 

 そんな今さらどうにもならない考えを浮かべながら。

 

「……2、3年もしたら、俺のガキが禪院家に売られる。……好きにしろ」

 

 ◆

 

 

 事切れた甚爾の体が、ゆっくりと瓦礫に崩れ落ちる。

 

「…………」

 

 五条悟は、足元で完全に沈黙した男の亡骸を見下ろしたまま、しばらく動かなかった。

 

 死の淵から生還し、呪力の核心を掴んだことで得たあの絶対的な万能感。世界そのものが自分を中心に回っているかのような、圧倒的な高揚。

 

 その熱が、今、急速に冷えていくのを感じていた。

 

『自分の大切なもんから、目ぇ離すなよ』

『俺と同じ轍は踏むな』

 

 甚爾の遺した言葉と、最期に起きた現象を五条は冷静に分析する。

 

 あの不自然な吐血と内臓の破壊。あれは単なる怪我の進行じゃない。他者と結んだ『縛り』を破ったことによるペナルティだ。

 伏黒甚爾は、雇い主との『何か』を漏らそうとして、その代償を払った。

 

 ただの星漿体暗殺の依頼なら、あそこで縛りが発動する意味がない。あの言葉の裏には、何か別の狙いが隠されている。

 

 大切なもの、同じ轍──つまり、大切なものを失うこと。

 

 五条の脳裏に、傑、理子、黒井……そして、正門に残してきた人物の顔が浮かんだ。

 

 あの不器用な同級生──汐宮瀬那の姿が。

 

「……ッ!!」

 

 五条の蒼い瞳から、一切の余裕が消え去った。

 

 今、瀬那は高専の正面で、裏梅という規格外の呪詛師とたった一人で対峙しているはずだ。

 

 もし、この戦況のすべてが初めから計算されたものだったとしたら。

 星漿体も甚爾というイレギュラーすらも、単なる目くらましだったとしたら。

 

「……狙いは瀬那かッ!!」

 

 ギリッ、と血に塗れた奥歯を噛み締める音が、不気味なほど静まり返った参道に響いた。

 

 

 領域を解き、静寂が戻った高専の正門前。

 私は激しい疲労と息苦しさに襲われながらも、大きく息を吐き出した。

 

 裏梅という規格外の化け物を、一人で退けたのだ。体のあちこちが悲鳴を上げているが、不思議と心は晴れやかだった。

 

「まぁ……悟なら、大丈夫だよね」

 

 汗ばんだ額を拭いながら、ふふっと自然に笑みがこぼれる。

 

 それは、信頼だった。

 

 確かにまだ反転は使えなかった。若様の日記(原作)の五条悟よりは弱いかもしれない。

 それでも、私の親友()が負ける姿なんて想像できなかった。

 

 悟と傑と、それから理子ちゃんと黒井さん。

 きっとみんな無事だ。

 みんな笑顔でまた会える。

 

 そう思うと、全身の痛みすらも心地よい疲労感に思えた。

 

 その時だった。

 

──ザク。

 

 背後で、土を踏みしめるような小さな音が響いた。

 

 ぞわり、と全身の産毛が総毛立つ。

 

 ありえない。

 

 裏梅は確実に仕留めて、目の前にいる。周囲に呪詛師の気配はない。残存する敵など、いるはずがない。

 

「誰だッ!?」

 

 私は即座に振り返り、残った呪力を拳に込めて身構えた。

 

 舞い散る粉塵。

 崩れた防壁の陰。

 

 そこから、ゆっくりと一つの影が歩み出てくる。

 

 その姿が陽の光に晒された瞬間、私の心臓は、どくんと嫌な音を立てて跳ねた。

 

 見間違えるはずがない。

 忘れるはずがない。

 この十年間、一日たりとも脳裏から離れたことのない、その顔立ち。

 

 ありえない。

 

 だって。

 だって、あの薄暗いトンネルで。

 私の目の前で。

 彼は塩の結晶になって砕け散ったのだ。

 

 思考がぐちゃぐちゃに混ざり合い、視界がぐらぐらと激しく揺れる。

 固く握りしめていた拳から、するりと力が抜け落ちた。

 

 生きていた?

 

 違う。あの日、彼は私の前で木端微塵に砕け散った。骨すら残らなかった。私がこの目で見た。私が、この手で塩の結晶を拾い集めたじゃないか。

 

 じゃあ、幻覚?

 

 極限の疲労と、私の痛々しい願望が生み出したただの妄想?

 でも、違う。目の前の映像はあまりにも鮮明だ。足音も、風に揺れる髪も、私を見つめるその瞳の光も。

 

 なら、敵の術式?

 

 精神に干渉して、一番会いたい人の姿を見せる幻術?それとも記憶を読み取って形作る降霊術の類?もしくは、死体を乗っ取る術式か?

 いや、違う。もし何らかの術式による偽物なら、そこに見知らぬ呪力の残滓や、発動に伴う呪力の起こりを感知できるはずだ。それに、死体を乗っ取る術式ならあるはずの額の傷もない。目の前にいるのは、傷一つない綺麗な肌をした、私の知る彼そのものなのだから。

 

 どうして。なんで。

 

 ぐるぐると、答えの出ない問いが頭の中で渦を巻き、思考の配線をショートさせていく。

 

 本物?偽物?幻?罠?

 

 しかし、そんな彼は私のことなどお構いなしに、私の目の前まで歩くと、その歩みを止め、ふわりと──かつて私に向けたものと同じように優しく微笑んだ。

 

 そして少しだけ首を傾げる。

 

 見慣れたその仕草のまま、記憶と寸分違わぬ声を響かせた。

 

「やぁ。小依。久しぶり」

 

 自分の本当の名前。とうに捨てたはずのそれを呼ぶその声。

 

 それは、この十年間、私がどれほど狂おしいほどに願い、焦がれ続けてきたものだったか。

 そして同時に、どれだけ血を吐く思いで願おうとも、絶対に叶うはずがないと絶望していたものだったか。

 

 その優しすぎる響きに、張り詰めていた心の糸が、ぷつりと音を立てて切れた。

 震える唇から、掠れた音が漏れた。

 

「わか……さま……?」

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