呪術廻戦の世界でMobが頑張る話   作:不知火りん

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本編がいいところですが、エイプリルフールということで……。やっぱりこういう話の方が書きやすいし、楽しいですね!
ということで番外編です。





【番外編】
【番外編】もしもトンネルでの事件が起きなかったら!


 とある日の朝。東京都立呪術高等専門学校の教室には、怒号が響き渡っていた。

 

「だからぁ、何度も言ってるだろ! どう考えても今回の件は悟が悪い!」

 

 瀬那は机をバンッと叩き、目の前でふんぞり返る白髪の少年に指を突きつけた。

 

「あん? あんとき、俺に指示出してたのはお前だっただろ! どう考えてもお前のせいだ!」

 

 五条悟はサングラスをずらし、火花を散らさんばかりの勢いで身を乗り出して言い返す。

 

 二人の間には一触即発の呪力が渦巻き、教室の窓ガラスがビリビリと微かな震えを帯びていた。

 

「あの、夏油様……あの二人はどうされたんですか……?」

 

 そこから少し離れた場所で、小依は困ったように眉を下げながら夏油傑へ尋ねる。

 

「あぁ……実はこの前の任務のことで二人とも夜蛾先生に呼び出されてね。それからずっとあんな感じさ」

 

 傑は手元の本から目を離して、疲れたように息を吐き出した。

 

「この前の任務というと、あの洋館の?」

「そう。冥冥さんと歌姫先輩がなかなか帰ってこなくて、二人で助けにいったやつだよ。どうやらそのとき、"(とばり)"を下ろし忘れたうえで、あたり一帯を更地にしたみたいでね。大目玉さ」

 

 傑の呆れ返った言葉に、小依は思わず顔を引き攣らせた。

 

「えぇ……」

 

 その時、教室の扉が勢いよく開き、強面の担任──夜蛾正道が入ってきた。

 

 ドスドスと教壇へ歩み寄るその威圧感に、さしもの瀬那と悟もピタリと口論を止め、教室は水を打ったように静まり返る。

 

「さっさと席に着け!」

 

 夜蛾の一声に、悟は「ちぇっ」と舌打ちしながら自分の席へドカッと座り、両足を机の上に乗せた。瀬那もやれやれと肩をすくめて席に腰を下ろす。

 

 元々席で頬杖をついていた硝子は我関せずと欠伸をし、小依は瀬那の斜め後ろの席にちょこんと姿勢良く座った。傑も静かに本を閉じて前を向く。

 

 全員が席に着いたのを確認し、夜蛾はサングラスの奥から生徒たちをギロリと睨み渡し、重々しい口を開いた。

 

「……天元様からの指名だ。星漿体──天内理子の護衛と抹消を命ずる」

 

 その言葉に、机に足を乗せていた悟が胡乱な声を上げた。

 

少女(ガキんちょ)の護衛と抹消ォ??? その任務、矛盾して──」

「最後まで聞け!」

 

 夜蛾のチョークが悟に飛ぶが、無下限呪術で空中でピタリと止まる。

 

「知っての通り、天元様は不死の術式を持つが、不老ではない。一定以上の老化を終えれば、術式が肉体を創り変え、人ならざるものへと進化してしまう」

「進化!? かっこいいな。それの何がマズイの?」

 

 腕を組んで聞いていた悟が、心底不思議そうに首を傾げた。

 その言葉に、教室の空気が一瞬だけピタリと止まる。

 

「……悟、君は本気で言っているのかい?」

 

 傑が信じられないものを見るような目を向けた。瀬那も呆れ果てて天を仰ぐ。

 

「いや、なんで御三家様のお前が一番そういう大事なこと知らないのよ」

「あ? うるせぇ、俺は細かい座学とか嫌いなんだよ! で、何がマズイわけ?」

 

 全く悪びれずにいる悟に、傑がやれやれと呆れ顔で解説を入れる。

 

「進化すると天元様に意志がなくなるんだよ。最悪の場合、天元様が人類の敵に回る可能性だってある。そうなれば、呪術界の基盤である各所の結界術も機能しなくなる」

「あー、なるほど。要するにグレイモンがスカルグレイモンになっちゃう的な?」

「そうそう、正確にはグレイモンがメタルグレイモンになるか、スカルグレイモンになるか分からないから、コロモンからやり直そうぜって話」

 

 マイペースに納得する悟と、なぜか話についていける瀬那。

 

 脱線しかけた空気を戻すように、夜蛾がわざとらしくコホンと咳払いをした。

 

「……話を戻すぞ。それを防ぐため、五百年に一度、天元様と適合する人間──『星漿体』と同化し、肉体の情報を書き換える必要がある。任務とは、つまりその星漿体である少女の護衛だ」

 

 教室の空気が、再び一段と張り詰めた。

 

「現在、彼女の命を狙っている組織が二つある。一つは、呪術界の転覆を目論む呪詛師集団『Q』。もう一つは、純粋な天元様を信仰する非術師の宗教団体、盤星教『時の器の会』だ。同化の刻限まであと二日。お前たちには、この二つの組織から星漿体を護り抜き、天元様のもとへ送り届けてもらう。心して──」

 

 緊張感の走る任務内容。本来なら身を引き締めて「はい」と返事をする場面。

 

 だが。

 

「あ!」

 

 瀬那は思い出したようにポンと手を打った。

 

「それなら、もうやらなくて大丈夫です。俺が解決したんで」

「…………は?」

 

 夜蛾の声が裏返った。全員がポカンと瀬那を見つめる。

 

「いや、だからですね」

 

 瀬那は至極当然という顔で続けた。

 

「星漿体を狙う呪詛師集団『Q』は、この前俺がサクッと壊滅させておきました。それから、もう一つの厄介な連中、盤星教の方とも話をつけました。ほら、任務解決でしょう?」

 

 あっけらかんと告げられた衝撃の事実に、一同の思考は完全に停止した。

 

 そしてそこから、夜蛾が次の言葉を絞り出すまでに、たっぷり五秒かかった。

 

「…………任務は任務だ。一応、規定通りに護衛は行え」

 

 どっと疲れたようにそれだけ言い残し、夜蛾は足音も荒く教室を出ていった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 高専の自動販売機前。

 ぬるくなった缶ジュースを片手に、傑がとうとう我慢しきれなくなったように口を開いた。

 

「……瀬那」

「ん?」

「Qを力技で壊滅させたのは、百歩譲って理解しよう」

「おお、珍しく話が分かるじゃん」

「だが」

 

 そこまで言って、傑は、額にじっとりと冷や汗が滲むのを感じた。

 

 入学以来、悟と瀬那という規格外のトラブルメーカー二人に常日頃から巻き込まれ続けた結果、傑の危機察知能力は嫌な方向へと異常なまでに研ぎ澄まされていた。

 これ以上深く関わってはいけない。その先を聞けば、確実に取り返しのつかない事態に巻き込まれる──鍛え上げられた生存本能がガンガンと警鐘を鳴らしている。

 

 だが、ここで見て見ぬふりをしたところで、結局後で自分が最大の尻拭いをさせられるという長年の経験則が、彼の口を無理やり動かした。

 

「どうやってあの盤星教と話を付けたんだい?」

 

 瀬那は空になった缶のプルタブをカチカチと弄りながら、平然と答える。

 

「普通に『俺たち、星漿体と天元様を同化させる気なんて一切ないですよ』って説明してきただけ、だけど?」

「「「はぁ!?」」」

 

 今度こそ、全員の叫び声が見事にハモった。

 

「君、正気かい!? そんな事したら全国の結界はどうなるんだ!」

 

 傑が声を荒げる。天元様の結界は現代呪術界の基盤だ。同化を拒否すれば、最悪の場合、結界が崩壊し日本中が呪霊の坩堝(るつぼ)と化す。呪術界の最重要機密に対する明確な反逆であり、それは下手な呪詛師に堕ちるよりも重い大罪を意味していた。

 

「まぁ、大丈夫でしょ。なんとかなるって」

 

 そんな傑の焦燥をよそに、瀬那はどこ吹く風とばかりに笑って見せた。

 

「なんとかなるわけないだろ! 最低でも呪術界全体から追い回されて、最悪は総監部から死刑宣告を受けるぞ!?」

 

 傑の焦燥しきったツッコミに対し、瀬那はニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「だと思うから、星漿体連れてみんなで沖縄にでも逃げよーぜ! ちなみに、この国家転覆レベルの計画を知ってしまった時点で、皆さんはもう共犯です。拒否権はありませんからね」

 

 そう言い放ちながら瀬那は、校舎の死角になっている壁際をビシッと指さす。

 

「もちろん、さっきからそこで気配を消して、関わらないようにコソコソ隠れてる硝子も強制連行だからな。そこにいるのは分かってるよー」

「……ちっ。バレてたか」

 

 校舎の陰から、気まずそうに頭を掻きながら家入硝子がひょっこりと姿を現した。とんでもない話が聞こえてきたため、厄介事から逃れようと息を潜めていたらしいが、瀬那の知覚は誤魔化せなかった。

 

「ひゃっはー! マジかよ、最高じゃん! 上層部ガン無視で南国バカンスとかテンション上がるわーっ!」

 

 悟は両手を挙げて大はしゃぎし、完全にノリノリである。

 

「……はぁ。どうして私の周りには、こうも自分勝手な人間しかいないんだ……」

 

 傑は頭を抱え、胃の痛みに耐えるように深々とため息をついた。

 

「まぁ、なんだかんだ最近ずっと休み無くて死にそうだったし。タダで沖縄行けるならラッキーかな」

 

 硝子はあっさりと状況を受け入れ、新しくタバコに火をつける。

 

「……え、俺のおごりなの?」

 

 勝手に旅費全額負担のスポンサー扱いされ、顔を引き攣らせる汐宮家当主。

 

 ちなみにこの一年間、瀬那は悟と共に引き起こした数々の破壊工作の弁償代に加え、いつも巻き込んで迷惑をかけている傑や硝子、そして小依への「奢り」を幾度となく自腹で支払ってきた。その結果、瀬那の個人的なお小遣いは、現在見事にすっからかんである。

 

(沖縄から帰ったら、また呪霊狩りのバイト増やさなきゃな……)

 

 日本の命運を握る壮大な逃避行の裏で、最強の術師の一人は、ひっそりとそんな世知辛い決意を固めていた。

 

 そして、小依はというと──。

 

(わ、若様と、お泊まりで沖縄……!? 青い海、白い砂浜……これって、もしかして、実質『お泊まりデート』なのでは……!?)

 

 日本中がひっくり返る大事件の共犯者にされたというのに、彼女の頭の中には、もうそのことなど一ミリも存在していない。

 悟や傑や硝子といった同行者の存在すら脳内から都合よく消し飛ばし、顔を真っ赤にして愛しの若様との甘酸っぱい南国デートの妄想を大爆発させていた。

 

「よし、決まりだな! それじゃあ、善は急げだ、さっさと荷物まとめて星漿体を迎えに行くぞ!」

 

 瀬那の号令に、呆れと興奮の入り混じった最強たちの、規格外な逃避行が幕を開けた。

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