2018年 10月19日
「──ょう先生、五条先生ッ!」
耳元で弾けるような快活な声が響き、五条悟はゆっくりと目を開けた。
視界に飛び込んできたのは、無邪気な笑みを浮かべて覗き込んでくる虎杖悠仁の顔だ。その後ろでは、釘崎野薔薇が何やら楽しげに笑っている。
五条が「んー……」と小さく欠伸をして椅子から立ち上がると、傍らで伏黒恵が深々とため息をついた。
「仕事サボって居眠りですか?」
ジト目でこちらを見てくる教え子。五条は三人の顔を交互に見つめると、ふっと自然に口角を上げた。
「何笑ってんスか」
「別に♡」
気持ち悪いものでも見たような顔で五条の方を見る伏黒。
「はぁ、まぁいいです。実は天内先生から先生のこと呼ぶように頼まれたんスよ」
「天内から?」
「えぇ」
天内理子。
かつて星漿体としてその命を絶たれるはずだった少女は、今、大人になり、共に高専の教壇に立っている。その事実を噛み締めるたび、五条の胸の奥には、確かな温かさと同時に、チクリと刺すような痛みが広がるのだ。
本当なら、お前もここにいたはずなのに。
傑と一緒に、教師になった俺をからかって、理子や硝子とお茶を飲んで、生徒たちを呆れさせて。
そんな未来が、あったはずなのに。
五条は心の中で、どこにもいない親友へ向けて静かに毒づく。
そんな五条を、伏黒がさらに不審そうな目で見つめた。
「なんかいい夢でも見たんスか?」
「どうして?」
「いつにもまして気持ち悪いから」
伏黒の辛辣な言葉に、いつの間にか五条の寝ていた椅子で、トランポリン代わりに跳ねて遊んでいる二人がピタッと動きを止め、我が意を得たりと大きく頷いた。
「確かに!」
「なんかにやにやしてるし」
無邪気に笑いながら同調する二人に、五条は思わず小さく吹き出した。
呆れ顔の伏黒と、ゲラゲラと笑い合う虎杖と釘崎。
いつ死んでもおかしくない理不尽な呪術界にあって、彼らは今、ただの高校生として当たり前のように騒いでいる。
五条はふと、窓の外へと視線を向けた。
見上げる空は、まだ暑く、あの夏の日と何も変わらない。
──なぁ。
まるでここにいない誰かに語り掛けるように、確かにここにある愛おしい景色を眩しそうに見つめ、五条は蒼い瞳を優しく和ませた。
「んー、そうだね。嬉しくなったんだよ。君たちをみてね」
きょとんとする一年生三人を前に、五条はパンッと軽く手を叩いた。
「さーて、それじゃあ天内のところに行こっか。最近なんだか歌姫に似てきてお説教が長いからさ、どうせ怒られそうだし君たちも盾になってよ」
「えっ!? 俺らも!?」
「はぁ!? ふざけんな自分のせいでしょ!」
わあわあと文句を言う生徒たちを引き連れて歩き出したところで、伏黒がふと思い出したように口を開いた。
「……あ、そういえば天内先生から聞きましたよ。先生の一人称の話」
「僕の?」
「ええ。それ、昔の親友の真似だって」
伏黒の言葉に、後ろを歩いていた虎杖と釘崎がパッと目を輝かせて身を乗り出した。
「えっ、マジで!? 五条先生って昔は違う一人称だったの!?」
「気になる! どんな親友だったのよ、教えなさいよ!」
興味津々に顔を寄せてくる二人。伏黒もどこか呆れつつ、返答を待つように静かに五条を見つめている。
三人の視線を背に受けながら、五条は歩みを止め、ふっと目を細めた。
蒼い六眼の奥に浮かぶのは、遠い夏の日の面影。
「んー……不器用で、すっごく意地っ張りで」
五条は小さくくすりと笑うと、廊下の先を見つめたまま、静かに言葉を紡いだ。
「……僕に、未来を託していった、バカな親友だよ」
「なによそれ、全然答えになってないんだけど」
「まぁ、五条先生の親友だしな。相当変わった奴だったんじゃね?」
納得いかない様子の釘崎と、なんとなく察したように笑う虎杖。
賑やかな声を響かせながら、足を止めていた五条を軽やかに追い越し、先へと駆けていく。
「……ほんと、この光景をお前にも見せてやりたかったよ」
ポツリとこぼした呟きは、秋の澄んだ空気に静かに溶けていく。
五条は黒い目隠しの位置を深く直し、自分を追い越して未来へ駆けていく教え子たちの背中を、温かな瞳で見守りながらゆっくりと歩き出した。
(おわり)
はい、というわけで最終回です。ここまで読んでくださりありがとうございました!
途中エタりましたが何とか想定していた最終回まで書けました。ありがとうございます。本当に本当に読者の皆様のおかげです。
呪術廻戦の世界はそんなに甘くないので、MOBの力で変えられることなんて所詮ほんのわずかです。それでも、確かに変わることは……あるのかもしれない。なんて、そんなお話でした。
なお、私のようにどぉぉしても、ハッピーエンドが見たい方は明日投稿される次話をお読みください!!