つまるところ、この話は無理やりハッピーエンドにする為のものであり、最初の構想では一切書くつもりはありませんでした。
在るか分かりませんが最終回の余韻を壊したくない人はそっとブラウザバックをお願いします。
では、どうぞ。
それは、最悪な感覚だった。
とても忙しく、嫌な思い出ばかりが、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
いつ終わるとも知れない、地獄の暗闇。
……もしかして、『獄門疆 裏』から誰かが助けてくれないかな……なんて考えたけど。そういえば羂索の奴、高専の忌庫を襲撃してたっけ。裏も一緒に奪われてる可能性が高いよね……。
封印された直後は、「悟になら任せれば大丈夫」なんて格好をつけて覚悟を決めたつもりだった。
だけど、この果てしない暗闇の中で一人になると、後悔と不安ばかりが押し寄せてくる。
いくら悟が最強だからって、力だけじゃ解決できないことだってたくさんある。
というかそもそも、私は最後の最後に言葉足らずすぎた。「あとは任せた」なんて、そんな雑な丸投げある?
私がいなくなって、傑と悟は仲良くやっていけてるだろうか。硝子は……まぁ、うまくやってるだろうけど。
あぁ、美々子と菜々子も心配だ。あんなに私にべったりだったのに、私がいなくなってちゃんとご飯食べてるかな。
嫌なことばかり、ぐるぐると考えてしまう。
そうして──10年か、100年か。
あるいは、たった一瞬のようにも感じる時間が過ぎた、その時。
不意に、暗闇に亀裂が走り、眩い光と共に視界が弾けた。
「「瀬那さん……っ! 瀬那さん!!」」
「っ、ぐえ!?」
目を開けた瞬間、上から降ってきて、しかと抱きつく二つの重みに、私は思わず声を上げた。
どうやら私は、どこかのベッドの上に寝かされているらしい。
「菜々子……と、美々子……?」
しがみついておいおい泣く二人の頭を撫でながら、なんとか顔だけを出して二人を見る。
……待って、大きくない?いつの間に私と身長変わらなくなってるの!?
驚きに目を白黒させていると、私のベッドを取り囲むように、知っている顔と、知らない顔が並んでいるのが見えた。
「おはよー、寝坊助」
黒い目隠しを上げた悟が、ひらひらと手を振る。
「おかえりー。よく眠れたー?」
硝子が煙草の箱を弄りながら、呆れたように笑う。
「ちょっと、家入先生!病室での喫煙は厳禁です!」
そうやってプリプリ怒っているのは、すっかり綺麗な大人の女性になった天内理子ちゃんだろうか。
さらにその横には──。
「汐宮先輩ッ!お帰りなさい!」
そう言って元気に右手を振るのは、すっかり背が伸びて大人になった男性──灰原だ。
けれど、その顔や首元には痛々しい傷痕が刻まれており、着ている服の左袖は……肘から先が空洞のまま、力なく揺れていた。
「え……っ、灰原……!?その身体……」
あまりに痛々しい彼の姿に私が言葉を失い、心配で見つめていると、灰原は「あはは!」と屈託のない笑顔でそれを笑い飛ばした。
「大丈夫ですよ、汐宮先輩!利き手は無事ですし、こうやって生きて先輩を迎えられたんだから万々歳です!」
「……能天気なことを言うのはやめなさい。どれだけ周りに心配をかけたと思っているんですか」
その隣で、7:3分けのスーツ姿になった七海が、呆れたように眼鏡の奥の目を細めつつも、そっと灰原の肩に手を添えて支えている。
……そっか。何があったかは分からないけれど……灰原も、七海も、生きていてくれてる。
胸が熱くなる私をよそに、病室のドアのあたりからは若い世代が興味津々に顔を覗かせていた。
「うおっ!本当に起きた!はじめまして先輩!五条先生から親友だって聞いてました!」
身を乗り出して無邪気な笑顔を向けてきたのは、ピンク色の短い髪をした快活そうな少年だ。若様の日記に書いてあった虎杖悠仁くんだ、と直感する。
「おい急に寄るな。まだ混乱してんだろ」
ウニのようにツンツンとした黒髪の少年が呆れ顔でその首根っこを引っ張り、「……ご無事で何よりです」と私に向かって静かに頭を下げた。その顔は甚爾さんに似ている。伏黒恵くん……だろう。
「ちょっと退きなさいよ! 見えないでしょ!」
横から強引に割り込んできたのは、橘色のショートヘアをした強気そうな少女だ。私とバッチリ目が合うなり、パチパチと目を丸くして感嘆の声を漏らす。
「ってか……えっ、すご。五条先生の言う通り、めちゃくちゃ綺麗……!」
素直に褒めてくれたこの子は、きっと釘崎野薔薇ちゃんだろう。
「み、みんな落ち着きなよ。驚いてるじゃないか」
白い制服を着た黒髪の青年が優しく微笑み、その隣ではポニーテールに眼鏡の少女が薙刀を担ぎ、ハイネックの男の子が「しゃけ、しゃけ」と頷いている。
乙骨憂太さんに、禪院真希さん、狗巻棘くん。そして──その真ん中に当たり前みたいな顔をして立っている大きなパンダ。若様の日記に『パンダはパンダ』と書かれていて半信半疑だったけれど、本当にそのままパンダなんだ。
若様の日記で名前と特徴だけは嫌というほど読んでいたけれど、直接会うのはこれが初めてだ。本当に日記の中にあったあの『未来の仲間たち』なのだろうかと確信は持てないものの、彼らが向けてくれる温かな眼差しからは、私が目覚めたことを心から喜んでくれているのが痛いほど伝わってきた。
そんな賑やかで温かい空間の、さらに後ろから──。
「──久しぶりだね、瀬那」
人垣が割れ、すっと一人の男が前に出てきた。
「傑ッ!!!」
よかった、無事だったのか!ということは、私の遺言はちゃんと伝わっていたのか!
しかし、私の感動をぶち壊すように、悟がニヤニヤしながら横から口を挟んだ。
「感動の再会中に悪いんだけどさー。騙されちゃダメだよ。こいつ、今、指名手配中だからね」
「……はぁ!?」
私が素で頓狂な声を上げると、傑は「たはは」と気まずそうに頭を掻いた。
「いや笑い事じゃないから!!何やってんの傑!?」
「まあまあ、落ち着いてくれ。これにはちゃんと理由があるんだ」
傑はいつもの穏やかな笑みを浮かべ、ことの顛末を語り始めた。
「……君が封印された後、総監部はすべての責任を君になすりつけた。私はその呪術界の腐敗と理不尽さに本気で絶望してね。灰原が重傷を負ったことも重なって、一時は本気で世界を呪い、すべてを捨てて離反しようとしていたんだ」
傑の静かな告白に、背筋が凍る。
「だが……汐宮家の取り潰しに乗じて処分されそうになっていた美々子と菜々子を救い出しに、君の屋敷へ忍び込んだ時だ。私はそこで見つけたんだよ。君の手記と、君のフィアンセが残した『あの日記』をね」
傑はそのまま言葉を続ける。
「そこに書かれていた未来の出来事、そして『羂索』という千年の呪詛師の存在。君がどれだけの覚悟で私たちを守ろうとしていたかを知り、目が覚めたよ。正攻法で戦っても、羂索は影に隠れて尻尾を出さない。なら、私はあえて『原作通りの最悪の呪詛師』を演じ、裏から奴を追い詰める道を選んだのさ」
「そうだったんだ……」
「格好つけて語ってるけどさぁ!」
悟が不満たらたらで割り込んできた。
「こいつ、俺にすら秘密で一人で名演技かましてたんだぜ?去年の百鬼夜行の直前、真実を知らされた時の俺のショック!俺のあの10年間の葛藤と苦難のドラマを返せって話!」
「悟は真っ直ぐすぎるからね。演技だと羂索に見破られないための必要な措置さ」
傑は苦笑しながら、私へ向き直る。
「まぁ、そうして百鬼夜行で羂索を上手くハメて『獄門疆 裏』を取り返し、今日に至るというわけさ。惜しくも羂索にはその肉体──君のフィアンセの体ごと逃げられてはしまったけれどね」
「っ、ちょっと傑!!さっきから気になってたけど!!」
そのワードに、一気に顔が熱くなる。
「な、なにをわざわざ言い直してるのっ……! フィアンセとか言わないでよ!」
「おや、事実だろう?」
「あはは、瀬那、顔真っ赤〜」
「悟まで面白がらないで!」
二人のいつものからかいに必死でツッコミを入れる。
本当に、いつもの二人だ。喧嘩ばかりしているけれど、二人揃えばどんな理不尽だってひっくり返してしまう、最高の親友たち。
これが、若様の見たかった未来。
悟がいて、傑がいて、硝子がいて、理子ちゃんが生きていて。みんなで笑い合っている世界。
……だけど。
そこに、若様はいない。
皆を救えたけれど、私に生きる意味をくれたあの人は、今も羂索に肉体を奪われたままだ。若様が望んだハッピーエンドは叶ったのに、当の若様が救われていないなんて──。
思わず伏せ目になる私に、ポンと頭の上に手が置かれた。
「なに気落ちした顔してんの、瀬那、いや小依」
悟が自信に満ちた瞳で見つめてくる。
「大体、お前の考えていることぐらいは分かるけど、まだあきらめるのは早いんじゃねぇのか?」
「……え?」
「君は『若様はここにはいない』とでも思っているんだろう?」
傑も隣に並び、優しく、けれど力強い笑みを浮かべた。
「君の言う若様を取り戻す方法だって、これから探せばいい」
「でも……そんなの、あるわけがない……!」
私は反射的に首を振っていた。
「僕のせいで羂索と縛りを結んだ時点で若様は死んでいるんだ!」
奇跡なんて起きない。呪術界の残酷さを、私は嫌というほど知っている。
期待して、足掻いて、もし結局ダメだった時。私はもう一度、絶望に突き落とされることになる。そうだ、それが何よりも怖かった。
けれど、悟はニッと八重歯を見せて笑い飛ばした。
「そんな話は原作になかったって?原作って、あのノートのことだろ?そんなの知ったこっちゃねーよ。現にあのノートに書かれていなかった傑も天内も、こうしてまだここにいる」
「それに、現実的な話をしよう」
傑が、諭すように静かな声で続ける。
「あのノートに書かれていたことが本当なら、君のフィアンセは転生者だ。つまり、一度死んで、別の魂としてこの世界に定着したイレギュラーな存在ということになる。その魂の在り方が、常人と同じルールに縛られていると考える方が不自然じゃないかな」
「あ……っ」
確かに、若様は、転生者。
一度死を経験し、時空を超えてこの世界にやってきた特別な魂。
若様の魂がまだあの肉体の奥底に残っている可能性は……ゼロではない……かもしれない。
「俺たちを誰だと思ってんの?俺らが揃えば、不可能なんてねぇよ。一緒に取り戻してやるから、泣きそうな顔すんな」
二人の言葉が、冷え切っていた心に温かい光を灯していく。
希望を持つのは、怖い。
でも、この二人が一緒ならもしかしたら。そんな思いで心が満たされていく
そうだ。諦める必要なんてない。
この二人がいれば、みんながいれば、絶対に若様だって取り戻せる。
「……うん!」
私は溢れそうになる涙を乱暴に拭い、二人に向かって力強く頷いた。
これにて完璧に完結です。ここまで読んでくださった皆様、本当に本当にありがとうございました!!
正直、最後はやっつけ仕事感もあり、自分の未熟をただただ恥じるばかりです。
また、別作品でお会いすることがあればその際はよろしくお願いします!