怪盗になりまして 作:咲崎咲希(さきざきさき)
前略——異世界に転生した。
赤ん坊の頃から前世十数年分の記憶があったのだから多分そうだろう。高校生で死んだ記憶がハッキリ残っているため、第二の人生が始まったことは間違いない。
世界中で新種生物が発見されるようになり、最初は人里離れた山林などで見られる程度でどこか楽観視していた。
でもあるとき、高校の帰り道、ニュースで見ていたはずの化け物が、目の前に現れた。その新種生物が牙を剥いたのだ。命乞いも虚しく次々と人々は倒され、発生源も生態も調べる暇もなく、世界中で瞬く間に繁殖し人類を脅かしていった。
化学兵器も足止めにしかならず、世はまさにポストアポカリプス。そして世界には魔力なんてものが溢れる始末だ。
そして怪物に殺されるでもなく人に殺されて死んだ。結局緊急時に一番危険なのは人。はっきりわかんだね。
そして転生。今に至る。
「はあ、くそ」
死因のおかげで人類を滅ぼす魔王にもなってやろうかと思ったが、どうやらこの世界にはそういう存在がすでにいるらしかった。まあ話半分に聞いたけど。
「甘い。そんな擬態ではバレるだろう」
いつもの庭での訓練中、ゆらりと木の棒が脚に当てられて転倒する。抵抗することもできず倒れたまま仰向けのまま見上げる父——髭を撫でている渋い男——の影が、朝日を遮った。
生まれた家は地方の平民。普通転生ならば最低限貴族ってものじゃないの、と疑問が尽きない。ともかく俺はその家の長男として生まれた。
スティール・シーフ。それが俺の名前。
「いいかティール。歩き方と立ち振る舞いを完璧に真似なければ変装は暴かれてしまう。さらに詰めるなら魔力の流れすら模倣するべきだ」
「化け物かこの親父は……?」
ただの棒で足をこづかれただけだというのに足が動かない。そのままコツコツと棒で叩かれながら授業が始まる。ついでに、ティールというのが俺の愛称だ。
「いいかティール。我らシーフ家は怪盗を営む家系。その長兄たるお前には怪盗を継ぐ義務がある」
時代錯誤にも思えるが、異世界だからまだ納得しよう。怪盗になるのも、まあ楽しそうだし。別になんでも良いんだけどな。
ただ継ぐというのが難点。代々が語る名前に恥じないように継ぐため先代が後続を育てる。これがものすごくスパルタ。現在九歳の少年につける訓練ではない。
そして先代であるこの親父が強すぎる。平民だというのにおそらく領地にいる衛士団より強いだろう。若い頃には国相手に怪盗を行い国賊として手配すらされた先代である親父。おかげで怪盗の名も広がり、そんなわけもあり中途半端な出来では許されない。
「立て。立てないのなら筋肉で立たず魔力で動け」
「誰でもできるわけじゃねえ…!」
地面を手で押し上げて体を起こす。
こんなに苦労するなら怪盗とかしたくない。ただの高校生だった俺が跡継ぎだとか考えられるわけないじゃんか。働きたくないというのに、怪盗は儲けが少ないそうだし、表の仕事も必要だ。働きたくない。
だというのに、どうやら才能があるっぽい。
頭の上から押さえつけてくる棒を掴み、握りしめて、木の繊維がバキリと割れて砕けちる。およそ九歳ではありえない力——魔力だ。
前世からも世界に溢れていた魔力。前世数年がアドバンテージになったのかもな。ぼんやりと思いながら身体に魔力を添わせる。内側と外側から魔力を伸縮させて動かす。
親父は満足そうに頷きながら、棒を構えた。
この世界では魔力というファンタジーな力が存在する。魔力を扱って戦う剣士……魔剣士と呼ばれる者たちもいる。衛士団も全員が魔剣士。ときどき子供の相手として手合わせをしてもらっているがやはり。
眼前から棒の輪郭が消える。魔力を眼球に集中し動体視力を追いつかせる。真横から横薙ぎに振られる棒を弾きあげた瞬間、背後から衝撃が訪れ……気絶した。
なる、ほど。残像…ね——。
シーフ家が住む片田舎領地の主。その家はそう、カゲノー家だ。
そして今日はその家の長姉、クレア・カゲノーの訓練相手として訪れていた。衛士団が訓練として相手をしていたときもあったそうだが、その際にスティールという子供が結構やる奴だとか溢したらしい。衛士相手に物足りなさを抱いていたクレアは次の練習相手…もとい遊び相手にそいつを抜擢。そしてスティール・シーフはカゲノー家に招待された。親父はなぜかご機嫌で、ニコニコとしながら俺を送り出した。
「こんにちは。俺…私はスティール・シーフ。今日はクレア様の手合わせ相手として満足できるよう努めさせて頂きます」
「……あっそ」
んだこのガキ。おっといけねえ本音が。
生意気な様子のクレア様。きっとちょー持ち上げられていたんだろう。高飛車な感じがヒシヒシとする。これくらいの子供が…? と懐疑的なものと侮りを感じる目線だ。早速刃を潰した剣を構えて試合をする。
振りは素早く、次への行動も早い。足運びも姿勢にも迷いがない。その傲慢さに見合う、なかなかの剣筋だ。
だが——まだ甘い!
魔力は確かに潤沢、剣も鋭く立ち回りもその年にしては上手いだろう。ただ、ただそれだけならば強い止まりだ。ただ強いだけならば捌き方なんていくらでもある。
そう。間合いを把握し足運びを理解すれば剣など怖くない。強いだけならば剣すら必要ない。魔力さえも。
研鑽は確かに感じる剣だが。もしかしたら、普段から褒められて育った剣なのかもしれない。
そう思った時には、もう止まらなかった。やりすぎたかも知れないなと思う程度には、ボコボコに打ち負かしてしまった。
周辺のオーディエンスが、特に普段相手をしてもらってる衛士さんたちが頭を雑に撫でながらすごいすごいと褒めてくれた。ちょーうれしー。
そこに衛士団団長が高揚した様子で捲し立てるように声をかけてきた。
「クレア様を負かす腕! その年にしては剣が安定して素晴らしい! カゲノー男爵、彼を学園に送るのはどうでしょうか。きっとこの領地のためになる」
「あ、ああ。確かに。ただまだ九歳ならゆくゆくは…」
ものすごく話が早い。うちの親父はこれ許すのかな。
大人たちに囲まれて、だというのに話から外されたこともあり手持ち無沙汰で周りを見ていると、クレア様が目に入った。
膝を抱えて涙目で弟に慰められている。たしか…弟の名前はシド、シド・カゲノー。
「…シドね。強いかもな…あいつ」
立ち振る舞いと魔力の制御。そしてなにより気配というか、そう感じた。
訓練後に食事に誘われた。普段食べないような柔らかいパンとクッキー。飲料も綺麗なもので井戸水とはまた違うようだった。
そして——出会う。
カゲノー家の屋敷。客室に飾られた碧色、ひし形のクリスタル。見惚れていると——男爵の奥さんだろうか——説明してくれた。
宝石の名前をブルーガーネット。クッションというカットをされた見事なものだ。光の屈折が碧色の内側で輝く。人を惹きつける恐ろしいほど美しい光。それを、俺だけが手に取れたなら——。
盗めるかどうかではない。盗まなければならない、と思った。
思えばここから俺は——怪盗になった。
ディアボロス教団ともシャドーガーデンとも違う第三勢力を作りたかったの。某メガネ少年探偵よろしく怪盗はエキストラとしてね。
かげじつってオリ主の名前考えるのむずいですよね。私すっごく悩みましたよ。