怪盗になりまして 作:咲崎咲希(さきざきさき)
その日の僕の家族、カゲノー家は忙しなかった。
カゲノー家は木っ端貴族というのもあるけれど、基本的に贅沢はしない。芸術品を買ったりすることがないのだ。お父さん、オトン・カゲノーがかっこつけて言うには、領民からの税で贅沢などできない。とか。お母さん、オカン・カゲノーが特に訂正する様子もなかったので本当のことなんだろう。
しかし田舎貴族にも田舎貴族なりの付き合いがある。貴族が高価なものを身につけたり、購入するのは周囲への財力の誇示と貴族の嗜みや社交としての側面がある。そんなわけで、付き合いのうちで仕方なく趣向品を買ったりする場面があるそうなのだ。
そのような理由を経て青い宝石。ブルーガーネットは今カゲノー家に置かれている。
正直なところ、宝石や芸術品には興味がなかった。盗賊狩りを行えば幾つか手に入るし。僕にとってそこまで珍しいものには見えなかった。
名画と呼ばれるものも何点か戦利品として収集し、陰の実力者セットとしていつか使う日を夢見て保管しているというのも、興味がなかった理由かも知れない。
僕からしてみれば、ただ青い石。確かに少し大きいけどそれだけ。
そう——あの日までは。
月が最も高く昇る刻、碧は本来あるべき夜へと還る。
今宵、カゲノー男爵の保有するブルーガーネットを頂きに参上する。
——怪盗ファントム——
そうして、冒頭に戻る。
屋敷の中をドタドタと忙しなく走り、警備を確認する衛士たち。予告状などを差し出された手前、見事盗まれてしまいましたなんて許されるはずもなく。衛士団団長の怒号に似た命令が響いていた。
ついでに第一発見者は僕。盗賊狩りから帰ったら扉に手紙が刺さってた。朝になり、オトンに手紙を渡すと怪訝な様子で読み、名前を見てさらに訝しんでいた。イタズラとも思えるけど切り捨てることもできず衛士団に報告。すると衛士が血相を変えて手紙を奪い取るように受け取り、何度も読み直して言った。
「怪盗ファントム…! 一昔前に国相手に盗みをやった国賊ですよ…!」
そこからはあれよあれよ。屋敷は警戒体制。ネズミ一匹逃さないようだ。貴族の持ち物が盗まれるというのはよほど大事なのだろう。
とりあえず青い宝石の保管庫以外は何をしていてもいいので、僕は自分の部屋に戻り、白銀髪のエルフ…ベータから報告を聞いていた。
「怪盗ファントム。52年前を最後に活動が途絶えた泥棒です。王族の婚姻の指輪を盗んだことで国賊とされ、そこから8年ほど盗みを行い消息不明…というのが衛士団の保有する情報です」
「ほう…? 52年前か」
じゃあ今回の人は偽物?
そう考えるところへベータが続ける。
「どうやら、実際には怪盗ファントムというのは不定期に消え、そしてまた現れるらしいのです。おそらく、代替わりなどで怪盗を続けているのかと。
……不死身、という仮説もあるらしいですが。
歴史的にも長く確認され、しかしそこまで有名ではありませんでしたが……国賊となったことで名が広まったようですね」
へぇー。それじゃあ今回の怪盗さんは代替わりした新人。そして初仕事に選ばれたと言ったところなのかな。
ニヤリと笑い、フッと鼻を鳴らす。
「シャドウ様。今夜は七陰もブルーガーネットの防衛に回ろうかと考えています」
「不要だ」
「し、しかしッあの碧い宝石はカゲノー家、ひいてはシャドウ様の持ち物っ、盗まれることなど……」
「フッ…我がその怪盗を見てやろう。…それに怪盗と言えどただの泥棒。違うか?」
「流石シャドウ様…伝説の怪盗もシャドウ様の前では形無しですね!」
ベータは目を輝かせた様子で見つめてくる。それを横目に、僕は予告状を見つけた今朝のときから舞い上がっていた。
誰だか知らないけど、怪盗というものをわかってるじゃないか。予告状を差し出して、目的は宝石。なにより予告状の文面! 盗むでも獲るでもなく、頂きに参上するだとかあるべき夜に還ると。少し患っているのか、厨二病くさいけど、それを含めて予告状として完璧だ。
未だ身体は完成していない。この地方領地じゃ陰の実力者ムーブなんてできないと思っていた矢先、この僥倖! 必ず陰の実力者ムーブをしてみせる…!
そのため、僕は考えに耽っていた。どんなことをすればそれらしいか。何より、未だ姿の見えない怪盗を思い描く。ここまで期待するのもなかなかない。
わくわくとしながら、定刻を待った。
月が最も高く昇る刻。
屋敷の中と庭にまで衛士が並び、異変がないか眼光を光らせている。手に持つランプの灯りは小さなもので、照らす月光と共にあたりを警戒していた。
ロケットのようになにかが上空へ上がり、空に浮かぶ月と重なるように大きな音とともに花が咲いた。
空に突然浮かんだ火はランプと月光のみだったあたりを強く照らし、突然のことに衛士も慌てた様子で手で影を作りながらその光を見る。
花火が消えたと同時、月と重なるように人影が浮かび上がる。瞬間、衛士団長の怒号が響いた。
「ファントムだッ!! 弓を待て! 槍兵は落ちてくるだろうファントムに警戒! 地上の警戒も怠るなよ!」
その様子を、シド…シャドウは屋根に格好良く腰掛けながら眺めていた。顎に手を当てて、眼前の光景を見定めるような様相だ。
何か知っている訳あり少年ごっこ、と言ったところか。
「…ほう」
僕は夜でもはっきりと視界が通るからわかるものだけど、月と重なっている影。あれは偽物だな。シルエットを模るだけが目的なのか、少々作りが雑だ。
花火の明かりと入れ替わるように現れた影。もちろん、新たに現れたものに目がいくものだ。何より花火で視線誘導はすでに果たされ、そこに新たに人影が現れたのだから、暗闇で視界も悪い衛士が人と見間違えることも仕方がない。
シャドウは凝視していた。衛士たちが何人かは未だ地上を警戒している門前を。
たしかに衛士の半分ほどは弓を準備するものと空中にいるであろう人影ファントムを警戒していた。しかし未だ地上の警戒を行うものもいる。
そこへ、門を堂々と開き一人、影が入った。
門をひらけば音が鳴る。蝶番の擦れた音に衛士が振り向いたそのときには、すでに影はなく。
すべての視線を掻い潜り、ファントムは誰に気づかれることもなく屋敷の玄関にまで到着した。その間、衛士団が弓を用意し放つまでの時間以下。
「なるほど」
シャドウは得意げに鼻を鳴らす。
本物は上に視線が向いた瞬間から正面に立って、間合いと視線、意識の揺れを把握して誰にも気づかれずに辿り着いていた。……これも、ある種技術の到着点か。
口元に浮かんだ笑みの意味を、自覚することもなく。シャドウは、屋敷の奥へと戻っていった。
屋敷の中は警戒のため深夜だというのに明るい。そして、この時間帯に玄関をわざわざ開けて入ってくる者は当然気づかれる。
「そこで止まれ。貴様何者だ! 何が目的で今ここに——」
明かりの元に晒された怪盗に、衛士が剣を突きつけ叫んだ。
明かりによりその姿がはっきりと浮かび上がる。装いは真っ黒な装束に杖にしては短いステッキ。そして特徴的なシルクハット。つばの奥には顔半分を覆う特徴的な仮面と
その口元が大きく歪む。
「還しに来たのさ。碧を夜にね」
穏やかな声色の挑発のような返答に、衛士が声を荒げる瞬間。屋敷は闇に包まれた。
屋敷の灯り、備えのため腰に付けていたランプの火も、すべてが同時にフッと消える。そして衛士の目の前にあったはずの気配が、忽然と消えた。闇に目が慣れる前、手を伸ばそうともファントムはそこにいない。
「ッ! どこへ行った!? ファントム!!」
衛士は叫ぶ。
「ふはははははは!!!」
それを嘲るように、高笑いが聞こえ、遠くなっていく。音から方向が分かればいいのに、不自然なまでの反響と唸りによりそれは叶わず。
「クソ! 侵入された! 行動できる者は保管庫へ急げ!!」
衛士はただ、叫ぶことしか叶わなかった。
そして、宝石保管庫の前。
シャドウは最後にイタズラを一つ仕掛けていた。
やっぱり怪盗への罠と言ったらワイヤーだよね。宝石を守る定番だし、怪盗の道具としても切り離せない。うんうん。言葉選びもシチュエーションもセンスがいい怪盗さんだ。きっとこれも乗り越えてくれるはず。そう! 床を這い、糸を潜り、宝石へと至る……ああいうやつ。
……名前は知らないけど、きっと怪盗なら通る道だ。
満足そうに張り巡らしたスライム製魔力強化済みワイヤーを見て、接近する気配に気づいたのかシャドウは姿を消す。
数秒ファントムがその場に訪れる。不用心な歩きでケースに近づくが、それもすぐに止まった。
「……ワイヤーか」
どうやら罠を見破り、そしてキョロキョロとあたりを見渡す。そして、呆れたような、そんな声でつぶやいた。
「解除装置がないって、どういう罠だよ……」
帽子のつばに指をかけ、ゆっくりと一歩下がる。視線は鋭く絞られ、床、壁、天井——そして宝石へと回り。大胆に一歩前へ、そして飛び上がった。
そして、マントやシルクハット、杖などあるだろうに、ワイヤーにかかることなく、揺らすこともなく。壁に張り付き天井にぶら下がり、潜り抜け飛び抜けて素早くケースの元へ辿り着く。
ケースの上、クッションカットのブルーガーネットを手に取った。
ワイヤーをすべて見切り、忙しなく動いていた鋭い眼光も、明かりが月光しかない暗闇の中蒼く輝く宝石を前に緩んでいた。
それもすぐにキッと絞られて治り、宝石を自前の小さなケースに入れ懐へしまう。その後、行きのようにワイヤーを潜り抜けた。
保管庫の扉。
あとは出るだけ——そう思ったときだった。大きく音を立て扉が開く。
「…あなた泥棒ね?
……覚悟しなさい。この家からは何一つ、盗ませやしないんだから」
姉さんだ。シドはそう思った。
クレア様じゃん。スティールはそう思った。
アニメの方だと騎士団と教団が火縄銃のようなものを使ってますよね。私の考えだとあれはシャドウガーデンのもたらした技術の一つだと思うので今回の話では銃の代わりに弓が使用されました。
贔屓目に見てもシャドウ様のもたらした技術革新は凄まじいですね。
誤字報告ありがとう