怪盗になりまして   作:咲崎咲希(さきざきさき)

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碧は手のひらに

 

 保管庫の扉、そこを何人も通さないように中央でクレアは仁王立ちしていた。片手には直剣を握り、赤い瞳は暗闇の中で完全に怪盗を捉えている。

 

 魔力の使い方がえらく改善されている。贔屓目もなしでクレアの成長具合にスティールは驚いた。数ヶ月前の試合の影は今や一つもない。その成長に少し笑みを浮かべた。単純に讃える意味を込めて。

 

 ただ今は怪盗。ファントムはステッキでコツリと床をわざとらしく鳴らし、問いかける。

 

「追っ手は君一人なのか?」

 

「当たり前じゃない。貴方のような泥棒なんて一人で十分だわ」

 

 強気な返答に、ますます笑みは深くなる。クレアは奢るやつな言葉と裏腹に隙を晒すことなく対峙しながら、その笑みを計りかねていた。嘲笑はなく、どこか賞賛と、そして羨望を含む笑みに。

 

「……殺しはしない。大人しくお縄につくなら顔を凹ませるくらいで許してあげるわ」

 

「その好意は受け取りたいのだがね。残念ながら私は怪盗だ」

 

 月が雲に隠され、部屋を照らしていた月光は消え暗くなる。暗闇の中で、剣が構えられた。怪盗は口元を歪めて笑う。

 

「そして、私も殺しはしない。……剣でお相手をできず申し訳ない。このステッキで相手をしよう」

 

 恭しく頭を下げ、仰々しくもわざとらしい身振りの謝罪と共に、ステッキを逆さまに構えて剣の様に構える。剣を脅威ともしないような姿勢にクレアのまぶたがピクピクと痙攣した。

 

——舐めるな。

 

 部屋の空気が引き絞られていく。

 寒さを感じさせるその保管庫に再び、月光が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 剣が閃く。どれも致命傷を与える箇所を狙う獰猛な振りだ。閃くほどに剣速が明らかに上がっていた。だというのに未だマントの切れ端すらも捉えることは叶わず。

 

 ステッキは剣のベクトルを逸らし、レイピアのような突きでクレアのバランスを簡単に崩してくる。打ち合うほどに技量の差を認識せざるを得なかった。その事実が何よりも負けず嫌い(クレア)の気持ちに着火する。

 

 夜光のみが照らす屋敷の中、戦場はすでに保管庫から離れ右手の方に窓のある廊下へ。放たれる魔力と散らされる火花が廊下をチラチラと光を当てた。その光が一瞬一瞬両人を写す。クレアはそれがどうにも我慢ならない。

 

 目の前にいるコイツは 私を見ていない。

 

 その事実が確信に変わり、クレアは足を止めた。

 怪盗は特にその停止を気にした様子もなく、チラリと窓へ目を向ける。今になるまでクレアは気付かなかったが、少し遠くからドタドタと足音と鎧の擦れる音がしていた。

 

 剣を持つ手に力が入る。そして年下の、自分の弟と同じ年齢の子供に負けたことを思い出した。そしてその後に自分の弟——シドが言っていたことも。

 

「あの人強かったねー。え? あ、姉さんも強かったよ。いたいいたい、本当だよ。……あの人の強さ? あー、あれは魔力の使い方が上手いんだよ」

 

 枝を拾い上げて、地面に不恰好な絵を描いて。

 

「普通の人って魔力で全体を包むけど、あの人は魔力を点で使ってる。そりゃ強いよね」

 

 真剣な様子の解説もその言葉を最後に知らないけど、とつけていつも通りにチャランポランな弟に戻った。こういうところがあるから、クレアはシドはやれば出来る子と信じて疑わない。

 そしてそれを思い出せたことに笑みを浮かべて。

 

 怪盗、ファントムが振り向く。再び剣に魔力を沿わせて構える少女へ。やれやれと首を振りながら、先ほどと同じようにステッキを構えた。

 

 両人の間の空気が再び引き絞られ——月光が明るく照らす瞬間——臨界を迎える。

 

 

 

 

 

 一瞬ばかりの風切り音。二人の影は入れ替わり、かち合う音はせず。しかし怪盗はゆっくりとクレアの方へ向き帰り。

 

 怪盗の横顔が、クレアの剣と赤い瞳が、夜光に照らされる。

 

 仮面と片眼鏡(モノクル)の奥、いままで見えなかった目と。クレアは初めて目があった気がした。

 

「——いい剣だ」

 

 怪盗の頬は横に一線、赤く跡がついていた。

 

 視線の交差する一瞬も過ぎて、足音と鎧の音はすぐ近く。廊下の両方の通路から挟み撃ちをする形で衛士たちが応援に駆けつける。

 ファントムはゆっくりと窓ガラスに背中をつけると、そのまま体重をかけるようにして窓ガラスが開き、落下した。

 

 衛士が驚き窓辺に食らいついたが、怪盗は空に浮かぶ。

 

「それでは、碧は確かに頂きました。では、また夜に」

 

 言葉を残して、空に浮かんだ姿は霧のように霧散した。衛兵はすぐさま捜索へ展開すべく走り回り、その闘いの余韻のなか、クレアはその場にへたり込んだ。妙な高揚感だけを手に残しつつ。

 

 

 

 

 

 その少しあと、騒然とする屋敷の正面、離れた森の中で怪盗はいそいそと仕掛けを回収していた。侵入に際して使った上空の囮と逃走の経路にしたものだ。

 仕組みはとっても簡単。空に飛ぶタコとそれを支えていたワイヤーだけ。

 

 先ほどの伝説の怪盗の影はかけらもなく、虚無顔でワイヤーを巻き巻きしながら、森の鬱蒼とした空気と濃い植物の臭いに苦い顔を浮かべていた。

 そしてやっとワイヤーを巻き切り、タコを畳み、舞台装置の回収が済んで、撤収の準備が整ったころ。

 

 陰が一つ。

 

 仕掛けのために森の中でも開けた場所を選んだそこ。ファントムは動揺を表に出さず、しゃがみながら片付けた装置たちからゆっくりと立ち上がる。

 ファントムの対面に立つそいつは、フードとロングコートを身につけた黒装束の男。向き合ったのち、しばしの沈黙。痺れを切らしてファントムが声を上げた。

 

「何者かな。残念ながら今宵の演目は終了なんだ」

 

 あくまでも冷静を装いながら問いかける。一泊遅れて帰る。

 

「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者」

 

「…目的は?」

 

 シャドウと名乗る男の気迫か、雰囲気か。ファントムの丁寧そうな演技が剥がれていく。問いかけた言葉は怪盗のものではなかった。

 

「なに、伝説の再臨を見に来ただけのこと」

 

 シャドウが腕を動かす。その小さな動きだけなのにファントムは少しびっくりした。表にこそ出さないが。

 

 そしてパチパチと乾いた音が幾つか鳴って。

 

「見事な演目であった」

 

 フードで目元は伺えず、口元に薄い微笑を浮かべる観客に、演者はゆっくりとシルクハットを取って恭しく礼をした。頭を上げた頃には男はすでに消えていた。

 

 

 





 別に怪盗さん強いわけじゃないです。かげじつ世界じゃまあまあな強さでしょうが、シャドウ様に叶うはずありません。だってシャドウ様みたいに努力の人ってわけじゃないですから。教団のファーストチルドレンとか、ネームドチルドレン、幹部やラウンズに正面から挑んだら負けます。……前者の二つならいい勝負はできるのかな?
 今はガキなので弱いって保険かけさせてね。展開的にインフレするかもだし。
 でも別に怪盗って純粋な強さの勝負じゃないから。

 バレバレだと思いますが、私クレア様すごく好きなんですよ。
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