バイオロイドサーヴァント   作:fuu349ari

3 / 75
第3話「研究室の罠」

昼下がりの学園。

実技評価の余波がまだ胸の奥に残るハイネは、ナイアからのメッセージを受け取り技術研究棟へと向かっていた。

リラリの調子が安定しないのを見かねて、ナイアが特別にメンテナンスをしてくれるというのだ。

 

白いタイル張りの研究室。

工具と端末が整然と並ぶ中、リラリが作業台に横たえられている。

義手を外したその姿は、どこか儚げだった。

 

「心配しなくても大丈夫さ。俺、こういうの得意なんだ」

 

ナイアはいつもの明るい笑顔で言ったが、ハイネの胸はざわついていた。

昨日の戦闘、そして黒服の男たちの視線が頭から離れない。

 

リラリは静かに目を閉じ、ナイアの手で内部データを解析されていく。

そのモニターに、突然見慣れない暗号ファイルが映し出された。

 

「……これ、なんだ?」

 

ナイアの指が止まり、センドが眉をひそめる。

ファイル名は政府軍開発局の記号に酷似していた。

 

「リラリの体内データだ。……隠されてたのか?」

 

その瞬間、研究室の窓が砕け、閃光弾が投げ込まれた。

黒いスーツの男たちが煙の中から現れ、無言で銃口を向ける。

 

「来たか!」

 

センドが即座に前に出て、光学防御壁を展開する。

青いシールドが光を放ち、銃撃を弾いた。

ナイアはシールドの後ろで二丁拳銃を抜き、素早い動作で反撃を開始する。

 

ハイネは手元の訓練用銃を握りしめ、震える手で引き金を引いた。

弾は外れ、壁に穴をあけるだけだった。

目の前で繰り広げられる銃撃戦に、彼はただ必死で照準を合わせる。

 

一方、リラリは作業台から飛び降り、躊躇なく床を駆ける。

残る腕で素早く攻撃をかわし、敵を撹乱するように動く。

しかしその動きにはわずかな迷いがあった。

 

(私は……戦闘型。だけど、主人を守るプログラムは……持っていない。それでも、ここにいていいのか?)

 

銃弾が飛び交い、煙と火花が散る。

リラリの問いは誰にも届かず、胸の奥で渦巻き続ける。

 

その時だった。

黒服の男が投げた小型爆弾が、まっすぐハイネの足元へと転がっていった。

 

「マスター!」

 

リラリは考えるより先に跳び出していた。

爆風を受け止め、床を転がる。

鋭い破片が彼女の脚を裂き、機械の油が飛び散る。

 

「リラリ!!」

 

ハイネは叫んだ。

彼女は片膝をつき、顔を歪めながらもこちらを見上げる。

 

「……わかりません。ただ、守りたかったから……」

 

その言葉が胸を刺す。

ナイアが銃撃を続けながら叫んだ。

 

「いいパートナーじゃないか!」

 

戦闘はやがてセンドとナイアの連携によって収束した。

防御壁の影から放たれる弾丸が敵を次々と制圧し、黒服の男たちは撤退していく。

 

静まり返る研究室。

ナイアはすぐさまリラリに駆け寄り、損傷した足を応急処置すると、作業台の奥から義手のパーツを取り出した。

 

「実はさ、今日呼んだのはこれが目的なんだ。義手の調整、完成してたんだよ」

 

リラリの肩に新たな義手が装着され、機械音と共に指が動く。

片足の修理も施され、彼女はゆっくりと立ち上がった。

 

「……ナイア、ありがとう」

 

ハイネは深く頭を下げた。

リラリに向き直り、真剣な瞳で言う。

 

「……ありがとう、リラリ。俺を守ってくれて」

 

リラリは胸に手を当て、小さく微笑む。

その内部に、確かな温もりが芽生えたような気がした。

 

戦闘の余韻がまだ研究室に残っていた。

床には撃ち落とされた黒服の男のひとりが倒れており、ナイアがしゃがみ込んで胸元を探る。

やがて彼の手に、銀色に光る小さなプレートが収まった。

 

「……この紋章、見覚えあるな」

 

プレートに刻まれていたのは、政府高官しか持たない権限を示す紋章だった。

ハイネは息を呑む。

 

「これって……」

 

「そう。これに手を出すってことは、この国そのものを敵に回すってことだよ」

 

ナイアは眉をひそめたが、その瞳に宿る光は恐れではなかった。

むしろ好奇心が燃えているようだった。

 

「なるほど? 面白いじゃん。このデータ、俺がなんとかするよ」

 

「えっ、ナイア、危ないんじゃ……」

 

「心配すんなって。俺とセンドに任せとけ」

 

ナイアはにやりと笑い、リラリのメンテナンス記録や解析データをまとめて自分の端末に転送すると、そのままポケットにしまい込んだ。

センドが黙ってその背を守るように立つ。

 

静まり返る室内で、リラリはまだ戸惑ったままだった。

義手を握りしめ、青い瞳を伏せる。

 

「……私に主人を守るプログラムは、ないはず……なのに」

 

ハイネはゆっくりと歩み寄り、リラリの視線に合わせるようにしゃがんだ。

 

「でも、最初の時も、今も……守ってくれたじゃん。それって、リラリ自身が守りたいって思ってくれたからだろ?」

 

「……思った、から……?」

 

リラリの声は小さく震えていた。

彼女の演算子に、その概念はまだ定義されていないのかもしれない。

 

ハイネは優しく笑った。

 

「バイオロイドはさ、人と同じようなもんだろ? 心があるんだよ」

 

「……こころ?」

 

リラリはゆっくりと自分の胸に手を当てる。

そこには、ハイネが植え込んだ機械の心臓が脈を打っていた。

 

「では……ハイネ様が優しいから、私にこころが宿ったんですね」

 

その瞬間、彼女は初めてハイネの名を呼んだ。

ハイネは目を見開き、顔を赤らめて視線を逸らす。

 

「さ、さぁ! 帰るぞ!」

 

「はい、ハイネ様」

 

夕暮れの光が研究棟を染める。

二人は並んで歩き出した。ハイネの背を見つめながら、リラリは自分の胸に手を当て、まだ慣れない感覚を確かめるように、静かに歩を進めていくのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。