我、悪の科学者。ヒロイン魔法少女のコピーがやたら慕ってくるんだが   作:ともとーも

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第4話

 翌朝、一条クレヒトは、ラボの洗面台で顔を洗いながら、鏡に映る自分の顔を睨んでいた。

 目の下には、濃い隈が刻まれている。

 結局、一睡もできなかった。

 理由は二つ。

 一つは、数時間後に迫った上層部へのプレゼンテーション。

 もう一つは──背後から聞こえる、鼻歌だった。

 

「♪ ドクターと一緒、ドクターと一緒、今日も明日もずっと一緒〜♪」

 

 振り返ると、ゼロが簡易キッチンで湯を沸かしていた。

 黒いゴシックドレスの上にフリル付きのエプロンを重ね、楽しげにカップを二つ並べている。

 その光景は、まるで仲の良い家族の朝のようで、一条は思わず顔を手で覆った。

 

「……ゼロ、お前に家事能力など実装していないはずだが」

「学習しました。ドクターのために」

 

 ゼロは振り返り、満面の笑みを浮かべた。

 

「培養槽の中で、あなたの生活パターンを観察していたのです。毎朝、ブラックコーヒーを飲む習慣。砂糖もミルクも入れない、苦いだけのあれです」

「……監視していたのか」

「愛です」

 

 即答だった。

 ゼロは淹れたてのコーヒーをカップに注ぎ、一条の前に差し出した。

 湯気が立ち上る。

 香りは、確かに一条がいつも飲んでいるものと同じだった。

 

「さあ、どうぞ。今日は大事な日ですから、しっかりカフェインを摂取してください」

 

 一条は無言でカップを受け取った。

 一口飲む。

 苦味が舌を貫き、脳を覚醒させた。

 

「……悪くない」

 

 その一言で、ゼロの表情が太陽のように輝いた。

 

「本当ですか! 嬉しい、ドクター、もっと褒めて──」

「調子に乗るな」

 

 一条はカップを置き、白衣を羽織った。

 壁の時計を確認する。

 あと三時間で、プレゼンテーションが始まる。

 彼は端末を操作し、ゼロの最終調整データを呼び出した。

 

「……ゼロ、これから言うことをよく聞け」

「はい」

 

 ゼロは背筋を伸ばし、真剣な眼差しで一条を見た。

 その切り替えの速さに、一条は内心で舌を巻く。

 彼女は確かに「戦闘マシン」としての顔も持っているのだ。

 

「今日のプレゼンでは、お前の戦闘能力を上層部に見せる。質問にも答えなければならない。だが」

 

 一条は言葉を選んだ。

 

「お前の『俺への執着』は、絶対に見せるな」

「……それは、なぜですか?」

 

 ゼロの声が、わずかに沈んだ。

 一条は彼女の目を真っ直ぐ見た。

 

「お前が俺に依存していると知られれば、連中は『精神的欠陥』と判断する。最悪の場合、廃棄処分だ」

 

 ゼロの瞳が、微かに揺れた。

 だが、彼女はすぐに笑みを浮かべた。

 

「大丈夫です。私、演技できますから」

「……本当か?」

「はい。ドクターのためなら、どんな仮面でも被れます」

 

 彼女は一条の手を取り、自分の胸に当てた。

 規則正しい心拍が、掌に伝わってくる。

 

「でも、この心臓だけは、嘘をつけません。あなたのために鳴り続けます」

 

 一条は、何も言えなかった。

 彼女の言葉は、いつも一条の反論を封じる。

 そして、どこか心地よかった。

 

 

   ◇

 

 

 本部会議室は、冷たい蛍光灯に照らされた、無機質な空間だった。

 長方形のテーブルを囲むように、〈アビス・ギルド〉の幹部たちが座っている。

 霧崎もその中にいた。

 彼はいつもの飄々とした笑みを浮かべ、一条に軽く手を振った。

 

「やあ、一条。準備はいいかい?」

 

 一条は無言で頷いた。

 彼の隣には、ゼロが立っている。

 彼女は黒いゴシックドレスに身を包み、両手を前で組んでいた。

 表情は無機質で、まるで精巧な人形のようだ。

 先ほどまでの甘ったるい雰囲気は、微塵も感じられない。

 

「では、始めよう」

 

 テーブルの最奥に座る、白髪の老人が口を開いた。

 彼の名は、黒瀬。

 〈アビス・ギルド〉の最高技術顧問であり、全プロジェクトの生殺与奪を握る人物だ。

 

「一条クレヒト研究員。君の報告書は読ませてもらった。『魔法少女のコピー体』──実に興味深い。だが、我々が知りたいのは理論ではない。実用性だ」

 

 黒瀬の声は、錆びた刃のように冷たかった。

 

「では、実演を」

 

 一条は端末を操作し、会議室の中央に設置された小型の結界フィールドを起動させた。

 透明な障壁が展開され、その中に複数の標的が出現する。

 

「ゼロ、フィールドへ」

 

 一条の指示に、ゼロは無言で頷いた。

 彼女は軽やかにフィールドへと滑り込む。

 幹部たちの視線が、一斉に彼女へと注がれた。

 

「……ふむ。外見は、確かに〈スターライト・セイバー〉に酷似しているな」

 

 黒瀬が呟いた。

 

「だが、色が反転している。これは?」

「魔力の極性を反転させた結果です。オリジナルは『光属性』ですが、ゼロは『闇属性』に特化しています」

 

 一条は淡々と説明した。

 黒瀬は満足そうに頷くと、ゼロに向けて命令を飛ばした。

 

「では、検体ゼロ。標的を殲滅しろ」

 

 ゼロは、無表情のまま頷いた。

 次の瞬間、彼女の姿が掻き消えた。

 風を切る音が響き、標的の一体が真っ二つに裂ける。

 ゼロの手には、漆黒の大鎌が握られていた。

 

「《アビス・リーパー》」

 

 彼女が名を呟くと同時に、鎌の刃が閃光となって放たれた。

 三日月の軌跡が空間を切り裂き、標的を一息に両断する。

 残骸が床に崩れ落ちる音が、会議室に反響した。

 

「……速いな」

 

 幹部の一人が呟いた。

 だが、ゼロは止まらない。

 彼女は左手を虚空へと翳し、冷徹な声で呪文を紡いだ。

 

「《シャドウ・ケージ》」

 

 足元から、無数の黒い触手が湧き上がった。

 それは意思を持ったかのように蠢き、残る標的を絡め取り、破壊していく。

 金属の悲鳴が響き、そして静寂が訪れた。

 全ての標的が、消えた。

 

「……見事だ」

 

 黒瀬が、初めて感嘆の声を漏らした。

 

「一条、これは本物だな。オリジナルと同等。いや、それ以上かもしれん」

「ありがとうございます」

 

 一条は表情を変えずに礼を述べた。

 だが、その内心では安堵の息を吐いていた。

 ゼロは完璧だった。

 彼女は、一条への執着を一切見せず、ただ冷徹な「兵器」として振る舞っていた。

 

「では、次は精神面の確認だ」

 

 黒瀬がそう言うと、霧崎が立ち上がった。

 彼はゼロの前に立ち、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ゼロ、君の『主』は誰だ?」

「〈アビス・ギルド〉です」

 

 ゼロは即答した。

 霧崎は満足そうに頷く。

 

「では、もし一条研究員が組織を裏切った場合、君はどうする?」

 

 会議室の空気が、一瞬で凍りついた。

 一条は、息を呑んだ。

 ゼロは──無表情のまま、答えた。

 

「排除します」

 

 その声には、一切の迷いがなかった。

 霧崎は満面の笑みを浮かべた。

 

「素晴らしい。完璧な服従性だ。一条、君は本当に傑作を作ったね」

 

 一条は、何も言えなかった。

 ゼロの言葉は、演技だと分かっている。

 だが、それでも、胸に小さな棘が刺さったような感覚があった。

 

「では、最終確認だ」

 

 黒瀬が再び口を開いた。

 

「ゼロ、お前にとって最も重要なものは何だ?」

 

 ゼロは、数秒の沈黙を置いた。

 そして──彼女は、静かに答えた。

 

「任務の完遂です」

 

 完璧な答えだった。

 黒瀬は満足そうに頷き、一条に視線を向けた。

 

「合格だ。一条、君のプロジェクトは正式に承認する。予算も倍増させよう」

 

 会議室に、拍手が響いた。

 一条は、深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

 だが、彼の胸の奥では——何かが、静かに軋んでいた。

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