スリザリンのハリー・ポッター   作:八重歯

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ハリー・ポッター

 

 

 

 夢を見ていた。

 それは、テレビで見た遠い外国の、青々とした湖を思わす夢だ。

 透明度が高く、水は青から碧、そして群青へと変わっていく。宝石の断面、冬の夜明けの空、それらを思い出すが、同じではない色。

 それは美しくて、それでいてぞっとするような──生き物の息づかいを感じさせない、水面は微塵も揺れない。

 全てが、美しく完璧に停滞している。

 

 そんな世界の夢──。

 

 それは少年──ハリー・ポッターがたびたび見る夢だった。

 起きた時には、青かったことしか思い出せない。

 

 ただ、その夢を見た日は、胸の奥にいつも居座っている苛立ちや、どす黒い感情が、あの青で薄められたように──ほんの少しだけ、静かになる。

 

 ハリーは青い世界で揺れている。

 このまま静かに、青の世界に溶けて消えてしまいたかった。

 今はまだ凪いだ夢の中にいるが、もう、そう長くはいられないだろう。

 ハリーの叔母が目を覚ましたからだ、そして彼女はすぐにハリーの部屋へと足音をわざと立てながら向かう。

 

 

「さあ、起きて! 早く!」

 

 

 甲高い声と扉を叩く音でハリーは目覚めた。

 いい夢を見ていた。あの、時々見る青の夢。

 ハリーはぎゅっと眉を寄せ、苛立ちから薄いぼろぼろの毛布を繊維がぶちぶちと言うほど掴んでいたが、叔母の「さっさとおし!」の声についに呻き、飛び起きた。

 

 

「朝っぱらからうるせぇんだよ! くそババア!」

 

 

 負けじと返し、扉まで大股で歩き扉を蹴り開ける。ベキッと扉が悲鳴をあげたが、叔母はハリーが扉を蹴り開けることを予測しており、すでにキッチンへ向かっていた。

 

 

「ハ! 居候のガキの分際で生意気なこったね。どーせそのよく動く口は、働きもしないのによく食べるんでしょうよ!」

 

 

 叔母がふりかえる。ハリーが口をへの字にして睨んでいるのを、見て「ほれみろ」と馬鹿にしたようにせせら嗤った。

 

 

「ぼくちゃんお腹がへりまちたの〜。──ほらベビーちゃん、いってごらんなさい? はん! 金も稼げない脳なしは、さっさとアタシの手伝いくらいしておくれ! さあ部屋の掃除、 洗濯、食器洗い! 山のようにあるわよ! さっさと着替えな!」

「うるせぇ! 俺の親の遺産食い潰してるくせに少しは感謝しやがれ!」

「はああ? あんたの親が残したもんなんて一年分もないよ!」

 

 

 ふん! と叔母はそっぽを向き、キッチンの扉を強く閉め、すぐにフライパンをコンロにかける金属音や冷蔵庫を開閉音が聞こえる。

 部屋の前で立ち尽くしていたハリーは、苛立ちのままにぐしゃぐしゃと髪を掻き乱し、乱暴に扉を閉め、自室に戻る。

 

 ハリーの自室は、三畳程の狭いスペースだった。元々は階段近くの備蓄庫だった場所に、ハリーの叔父が文句を言いながら日曜大工で扉を“それっぽく”適当につけたのだ。

 そのせいで冬は隙間風が吹き寒いし自分のものでないガラクタが部屋の半分を埋めている。ただでさえ狭いのに、だ!

 ハリーは粗大ゴミに出すのが面倒なのではなく、自分への嫌がらせだろうと正しく理解していた。

 

 両親は自動車事故で死んだらしい。

 そう、叔母が言っていた。ハリーは墓参りに行ったことはなかったし、親の顔も覚えていない。親族なのだから、写真の一枚でもありそうなものだが── それも隠しているのだろう、とハリーは思っていた。嫌がらせの種類は多いほどいい、と彼らは信じているのだ。

 

 両親が死んだのは一歳の頃。それからハリーは従兄弟の家で暮らしていた。物心着く頃にはこの階段下の備蓄庫に押し込まれていたし、叔父叔母からの一方的な暴力や暴言を受けていた。彼らだけではない、叔父叔母の一人息子もまた、両親がハリーを虐めるのを見て虐めるようになった。

 

 ただ、ハリーはやられっぱなしではなかった。

 叔母の息子に殴られたなら蹴り返し、叔母や叔父からの暴言には暴言で返していた。

 昔は、ハリーは一方的にやられていた。だがハリーももうすぐ十一歳であり、彼はなかなか体格に恵まれていた。「もう力では敵わない」そう理解した叔父と叔母は、今度は暴言やらネグレクトやらなんやらでハリーを傷つけては楽しんでいたが、ハリーもそこそこ口が悪かった。──あの叔父と叔母に育てられたのだ、仕方のない事だろう。

 

 街に捨てられないのは、叔父の仕事の関係上の問題だろう。社会的信用を得なければならない立場の者が、血の繋がりのある子を孤児院に預けたと知られたなら、街の噂になってしまう。だから、彼らは嫌々ながらもハリーに寝床と粗末な食事、最低限の教育は受けさせている。──彼らには、恩がある。

 

 恩、と呼べるかどうかはさておき──ハリーはそこを“恩”として数えてやっていた。

 

 あんなクソのような叔父と叔母でも、恩はある。

 だからハリーは非行には走らなかった。

 どれだけ空腹でも物は盗まず、苛立ちのままに他人を殴ることはない。……正当防衛は何度もあるが、それは別の話。

 

 もし、俺が本当にクソガキなら、お前らが一生困るような犯罪を犯してる。そう何度もハリーは思っていたし、直接言ったこともあったが──叔父と叔母は、それでいて神経が図太く、ハリーのことを妙に正しく理解していた。他人に迷惑をかけてまで罪を犯せない少年だと知っていた。だから安心して、ぎりぎりのところを踏みにじるのだ。

 

 

 襟首が伸びたノースリーブに黒いボクサーパンツしか身につけていなかったハリーは、のそのそとした動作でシャツを着てズボン履く。それはバザーか古着屋で買ってきたものか、もしくはゴミ捨て場から拾ってきたもので、ハリーの衣服はどれも色褪せてはよれていた。

 

 

「ハリー!」

「……わかってる!」

 

 

 またも聞こえたヒステリックな声に、怒鳴り返し、ハリーは舌打ちをこぼしながら部屋を出た。

 

 

 

 

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