スリザリンのハリー・ポッター   作:八重歯

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スリザリンのハリー・ポッター

 

 

 ハリーは他の新入生の集団に混じり、大広間の一番前で整列させられていた。

 

 幾千の蝋燭が宙に浮かび、天井には満点の星が瞬いている。古城の石は湿った匂いを含み、光は金色に揺れて、どこか映画のセットみたいだ──と、ハリーはぼんやり思う。

 魔法界にもテレビってあるのかな。そんな、現実逃避みたいな考えが頭をよぎる。叔母の家ではチャンネル権なんてなかった。だが、ここでは好きな番組を見られるかもしれない。そんなささやかな期待を胸に、前を向く。

 

 

 一年生達の前にマクゴナガルが四本足のスツールと帽子を置いた。ハリーを含め殆どの生徒はその意味がわからなかったが──。

 

 帽子がふるふると震え、口を開き組み分けの歌を歌い出したあと、ようやく意味がわかった。

 どうやらこの帽子が所属寮を決めるらしい。ハリーはしっかり歌を聞いていなかったが、どこの寮だって自分の生き方は変わらないだろう、と思う。

 

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、椅子に座り、帽子をかぶって組み分けを受けてください。──アボット・ハンナ!」

 

 

 組み分けが始まり、新入生の集団から一人の少女が飛び出す。

 アボットは「ハッフルパフ!」と帽子が組み分けた。アボットが頬をピンク色に染め、転がるようにしてハッフルパフのテーブルへと移動し、その次の組み分けが始まる。

 

 スリザリン、ハッフルパフ、ヘイブンクロー、グリフィンドール。

 

 拍手。笑い声。椅子が軋む音──次々と呼ばれては、数秒、もしくは数分以内に決定する。半分以上が終わり、残っている新入生は四人になった。

 

 

「ポッター──」

 

 

 ハリーは反射的に顔を上げた。

 

 

「──・ジェームズ・ハリー!」

 

 

 半歩ほど踏み出しかけていた足を止める。

 違う。その名前は俺の名前じゃない──そう思ったとき、一人の少年が少し遅れて飛び出した。

 少年は、ハリーとは違い背が低く、体の線が細い、どこか不安そうで、でもしっかり前を向いていた。

 

──ああ、こいつが汽車で言っていたもう一人のハリー・ポッターか。

 

そうハリーは確信する。ならば、こいつが有名人なのか? どこにでもいそうなナードだけど。マルフォイが言っていた、“家柄”とかいうやつか?

 

 そう考えた時、ハリーは大広間の空気が変わったことに気づく。先ほどまでは組み分けが進むにつれ大広間中が賑やかになっていた。

 だが、今はどの生徒も互いに「しーっ」と注意しあい、ハリー・ジェームズ・ポッターの組み分けに並々ならぬ関心があるようだ。

 

 ポッターの組み分けは即決する事はなかった。しばらく組み分け帽子はごにょごにょと口を動かしていたが──ついに、大きく開く。

 

 

「グリフィンドール!」

 

 

 ポッターは一際大きな最高の拍手で迎えられたが、グリフィンドールに選ばれた安堵でいっぱいであり、そのことには気づいていないようだった。

 

 組み分けを仕切るマクゴナガルが、大広間の歓声が少し静まった瞬間に咳払いをし、リストに視線を落とす。

 

 

「ポッター・コービナス・ハリー!」

 

 

 ハリーは前に出た。

 その瞬間、大広間中がざわめく。

 

 

「ハリー・ポッター? もう一人のハリー・ポッター?」

「さっきのハリー・ポッターと、このハリー・ポッター。どっちが“本物の”ハリー・ポッターなんだ?」

 

 

 その囁きは、ハリーの耳にも届いていた。

 ハリーは椅子に座る。生徒達が立ち上がってハリーをよく見ようとしていたのを最後に、帽子の内側の闇が降りてきた。

 

 

「いててて……そんなに強く掴むな」

 

 

 組み分け帽子に言われて、はじめて自分の手が強く帽子のつばを握りしめていたことに気づく。

 

 

「俺は偽物じゃない」

 

 

 そう呟いた。

 帽子は「うむ」と「ふむ」だか肯定ともただの頷きとも取れる言葉を返し押し黙る。

 

 

「ふむ……きみは、怒りで満ちている。……しかし、勇敢さもある。反撃する勇気、孤独に耐える勇気──」

 

 

 帽子はどこか、楽しそうな声を上げた。

 人の頭の中を覗くのを、娯楽にしているみたいな。

 

 

「だが君は、勝ち方を選ぶ。負けるくらいならば牙を研ぐ。生き残るため……君は、自身に居場所を与える寮か、力を与える寮、どちらがいいかね?」

「力」

 

 

 ハリーは即答した。

 居場所はこの学校に無くていい。

 もう、持っている。あの薄暗い路地裏が、自分の居場所。

 必要なのは、力だけだ。

 

 

 「──ならば、そう、この寮がきみを最も強くする……」

 

  

 帽子は大きく口を開いた。

 

 

「──スリザリンッ!」

 

 

 帽子が寮を大広間全体に向かって叫んだ。

 スリザリンからはやや混乱しつつも義務的な拍手が送られる。帽子を脱いだハリーは一瞬、グリフィンドールの方を見た。

 

 同じ名を持つポッターが、どこか驚いたように見ている。ディーンは、少しつまらなさそうにしていた。

 

 それだけを確認し、ハリーはスリザリンのテーブルの一番後ろに座った。

 

 

 スリザリン生はハリーを遠巻きにしていた。

 こそこそと囁き合い、グリフィンドールのハリーと、スリザリンのハリーを見比べる。

 

 彼らは、ヴォルデモートから唯一生き残った奇跡の子、ハリー・ポッターを知っている。

 額には傷がある、と言う事も、マグル界で暮らしているということも、知っている。

 

 だが、知っているのはそれだけだ。

 余程のポッターマニア、もしくは近代魔法史や二十世紀の魔法大事件という書籍を熟読した人だけが、奇跡の子の父がジェームズ・ポッターだと知っているかもしれない。

 

 

「きみ、きみは──その、ハリー・ポッターなのかい?」

「そうだ」

 

 

 ハリーは頷く。声をかけた上級生は少し押し黙り、質問を変えた。

 

 

「あー……例のあの人から生き残ったハリー・ポッター?」

「誰だって?」

「オーケー。わかった」

 

 

 その反応でこのハリー・ポッターは“違う”とわかった上級生は、近くで会話を興味深く聞いていた友人に「偽物だ」と囁き肩を上げた。

 

 

「……おい」

 

 

 ハリーは低い声で呼びかけ、上級生の肩を掴む。あまりの強さに「痛っ!」と叫んだ上級生は驚き、やや嫌悪感を滲ませ振り返った上級生は──ハリーの目に浮かぶ激しい怒りに小さく息を呑んだ。

 

 

「俺は、偽物じゃねえ。二度と言うな」

「わ──わかったよ。ポッター」

「……」

 

 

 すんなり頷いた上級生に、ハリーは深く息を吐き怒りを鎮める。

 

 

「……わかったならいい。……ごめん、俺、力強くて」

 

 

 ぱっと手を離す。

 上級生は肩をさすり、腕全体がびりびりと痺れているのを感じつつ、苦笑いをして「いや」と答えて背を向けた。

 彼は偽物、は流石に失言だった、と思う程度には常識があり──まだハリーをマグル生まれだとは知らなかった。

 

 

 ハリーはヒソヒソとした囁きがずっと自分に向けられていると気づいていた。

 それでも気にする事なく、ハリーは机に肘を乗せ、ダンブルドアが話す言葉を退屈そうに聞いていた。

 

 

 

 ダンブルドアの職員紹介と短い歓迎の言葉が終わると、大広間の空気が一気に弛んだ。

 次の瞬間、何もなかった長卓の上に、音もなく皿と料理が現れる。

 

 肉の焼ける匂い。温かいパンの甘い香り。湯気を立てるスープ。

 見た事もない豪華な、温かい料理にハリーの腹が、はっきりと鳴った。

 

 ハリーは一瞬だけ周囲を見た。

 スリザリンの上級生たちは、どこか余裕のある動作でナプキンを膝に広げ、ゆっくりとカトラリーを整え、まずは会話を楽しむ──そんな仕草をしている。

 

 だが、ハリーは待たなかった。

 

 ローストビーフの入った大皿を引き寄せ、一気に数枚掴むと自分の皿に山盛りにする。その間にカゴに入った柔らかいパンをいくつも確保し、熱々のスープが入ったボウルを手の届く場所に置く。

 

 味をゆっくりと堪能する事もなく、次々と口の中に入れ無言でも食べ、飲み込む。すぐに次の料理に手を伸ばす。

 それはハリーの癖だった。奪われる前に食べなければ無くなる──幼少期からの悲しい癖。

 

 周囲の視線に気づいていないわけじゃないが、気にしていなかった。

 今は空腹を満たす事が何よりも重要だ。ハリーは飢えの苦しみを誰より理解していた。

 

 

「……ずいぶん、元気だね」

 

 

 少し離れた席から、上級生の男が声をかけてきた。

 口調は柔らかい。だが視線は、ハリーの皿と、その食べ方をなぞっている。

 

 

「腹減ってたんで」

「そうか」

 

 

 短いやり取り。

 それ以上、誰も何も言わなかった。止める事も、諌める事もない。だが、空気が変わったとハリーは感じていた。

 まるで“観察”が始まったように。

 

 食事は進み、話題は自然と家のことへ移っていく。

 誰それの父は魔法省で何をしている、母はどこの名家の出だ、夏は別荘があるどこで過ごした──そんな話が、当たり前のように飛び交う。

 

「うちはね、父が──」

「祖父の代から──」

「母方は──」

 

 誰一人として自分の話をしようとしない。

 まず家の事を話し、最後についでのように自己紹介をする。

 彼らにとって重要なのは、自身の名ではなく、この体を作る血と歴史だった。

 そして、その流れが、当然のようにハリーへ向く。

 

 

「ポッター。君は?」

 

 

 声をかけてきたのは、さきほどの上級生だった。

 悪意はないだろう。あるのは興味と、観察だけ。

 

 

「あの、“J”ポッターと、親戚なのかい?」

 

 

 魔法界は狭い。同じ姓ならば親戚であることが殆どである。

 だがハリーはその事を知らない。

 スクールに血の繋がってないポッターなど、何人もいた。どこにでもあるありふれた姓だと、ハリーは思っている。

 同姓同名がいても、「まあ一人くらいはいるだろう」と受け入れていたが──それがマグルの世界で暮らしていたハリーと周囲の差だ。

 

 

 ハリーの話を聞こうと、一瞬、静かになった。

 周囲の何人かが、興味深そうにこちらを見た。

 ハリーは、パンを口に運ぶ手を止めなかった。

 咀嚼し、飲み込み、首を振る。

 

 

「さあ。知らない」

「知らない?」

「両親、死んでるから」

 

 

 それだけ言って、また皿に手を伸ばす。

 

 数秒の沈黙。

 その沈黙の質が、さっきまでと違う。

 

 グリフィンドールの“J”ポッターと、目の前のハリーは似ていなかった。

 黒髪という点だけが共通している。

 だが、こちらのハリーの目は猛禽類を思わせる金色に近く、骨格ははっきりしていて、身体は屈強だ。

 魔法界に置いてポッター姓は有名である。ポッター家は、元々由緒ある純血魔法族だった。

 

 

「……君」

 

 

 上級生が、ほんの一瞬だけ言葉を選ぶ。

 

 

「マグル生まれか?」

 

 

 声は低く、抑えられていた。

 彼は、純血至上主義ではない。だが、スリザリン寮で暮らしている。周囲の思想も、どういう人間が求められるかも理解している。

 スリザリンは純血だけの寮ではない。半純血もいる。だがマグル生まれは聞いたことはない。

 彼は少しだけ、嫌そうで、少しだけ──哀れむような目をしていた。

 

 ハリーは、皿を置いた。

 

 

「そうだろうな」

 

 

 頷く。

 その瞬間だった。

 

 ひそひそ話が、形を変えたのが分かった。

 声量は変わらない。だが、温度が下がる。

 さっきまでの“興味”が、“評価”に変わり、さらに“区別”へ滑り落ちていく。

 

 

「……なるほど」

「やっぱり」

「名前だけ、か」

 

 

 その言葉の端々に、侮辱の色が滲みだす。

 明らかにゴミを見るような目でハリーを見て囁く者や、笑う者もいた。

 だが、ハリーはそれらの目には慣れていた。

 直接言われればそれなりに対処するが、直接言ってこない意気地なしの悪意など正しく受け取る気はなかった。

 

 上級生は「まあ、そうか。ふーん」と煮え切らない言葉で話題を打ち切り、友達との会話に戻っていく。

 

 

 ここは大広間、教師の目がある。

 だから彼らは、ハリーをいない者として扱った。

 その事に触れず、彼に話しかけない。

 

 ──少なくとも、この場所では。

 

 

 

 

 

 

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