【完結】DISAPPEARANCE   作:土地_0000

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第九話【四つ】

第九話【四つ】

 

 意識の奥深くに沈んでいた記憶が、ノイズ混じりの映像となって浮かび上がる。

 赤く染まった視界。装甲を焼く熱。鼻を突く火薬の臭い。ひしゃげた金属が、不気味な音を立てて軋んでいる。

 その凄惨な光景の中で、ノイズを切り裂くように「彼」の声が響いた。

 

『……俺に、何気に用か?』

 

 場面が途切れ、別の記憶へ切り替わる。

 

『ワンダ! ルクを連れて隠れてろ!!』

 

 再び映像が乱れ、赤い光が視界を覆った。

 

『……俺は』

 

 苦悩に満ちた声だけが、暗闇の中に残される。

 

『やっぱり、死ぬべきだったんだ』

 

 

 ―

 

 

ワンダ:「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 自らの絶叫によって、ワンダは悪夢から引き戻された。

 視界を埋め尽くしていた赤い惨状が消え、代わりに無機質な整備機材が並ぶ部屋が映し出される。

 

 ――――『ラヴド』本部・整備室。

 

ワンダ:「……夢……か……」

 

 ワンダを乗せたメンテナンス・ベッドが、排気音とともにゆっくりと起き上がった。

 メダロットの機体を良好な状態に保つためには、定期的な微細メンテナンスが欠かせない。その間、機体は深いスリープ状態に置かれる。

 意識が現実から切り離されると、沈んでいた記憶が夢となって浮かび上がることがあった。

 

ワンダ:「……嫌な夢」

 

 ワンダは右腕を持ち上げ、指先を軽く動かした。

 異常はない。

 それでも、胸の奥に残った重苦しさだけは、目覚めても消えてくれなかった。

 ワンダは不機嫌さを隠そうともせず、整備室を後にした。

 

 

 ―

 

 

ローラ:「どうした? 元気がないようだが」

 

 本部の廊下を歩いていると、前方から来たローラに声をかけられた。

 

ワンダ:「えっ!? な、なんでもないよ! ただ……ちょっと嫌な夢を見ちゃっただけ」

 

ローラ:「夢……か。妾も、良い夢を見ることは多くない。気持ちは分かる」

 

 ローラはそれ以上追及せず、ワンダと並んで歩き始めた。

 軍に身を置く者が見る悪夢など、たいていは過去の戦場に通じている。無理に聞き出そうとするのは野暮というものだった。

 二機の足音が、静かな廊下に反響する。

 やがて、兵士住宅へと続く透明な渡り廊下が見えてきた。

 

ワンダ:「私は先に帰るけど、ローラはまた彼氏のところ?」

 

ローラ:「彼氏……? フッ、ベビーのことか。残念だが、カップルというよりは親子でな」

 

 ローラが保護し、四級兵士としてラヴドへ迎え入れたプリミティベビー。

 目覚めたばかりの頃は情緒が安定せず、ノイズ混じりの大声で泣き続けていた。しかし、現在は講習を受けながら、少しずつ落ち着きを身につけている。

 ローラと別れたワンダは自室へ戻ると、逃げ込むようにソファへ身体を沈めた。

 

 ここ最近、同じ夢ばかりを見る。

 マスターを失った、あの日。

 大切な者を守れず、それでも生き長らえてしまった記憶。

 

ワンダ:「……もう、忘れられるわけないじゃない」

 

 あんな夢を見た後は、穏やかな音楽でも聴きながら、何も考えずに休みたかった。

 しかし、その願いはかなわなかった。

 

『緊急招集。緊急招集。A班、F班、L班、X班の各班長は、至急リーダー室へ来てください。繰り返します――』

 

 天井のスピーカーから流れた全館放送が、室内の静寂を破った。

 各班長を呼び出す緊急招集。この放送の後には、決まってクロから新たな任務が告げられる。

 それも、今回は一刻を争う事態らしい。

 

ワンダ:「……休ませてはくれないか」

 

 ワンダはソファから立ち上がった。

 両頬を軽く叩き、悪夢の余韻を振り払う。

 休息の時間は終わった。

 ワンダは再び、戦士としての顔を取り戻した。

 

 

 

 ――――ラヴド軍保有・輸送ジェット機内。

 

 ジェットエンジンの轟音が機内を満たし、機体は猛烈な速度で大気を切り裂いていた。

 操縦席では、クロが計器類を確認しながら操縦桿を握っている。

 

クロ:「状況を説明します」

 

 三機の視線が、クロへ集まった。

 

クロ:「最後のフォー・パーツが発見されました。しかし、運悪くエデン軍も同じ場所に居合わせたため、現場は混戦状態に陥っています。その戦闘に紛れ、発見されたフォー・パーツも行方が分からなくなりました」

 

 誰の手に渡ったのか。あるいは、今も戦場のどこかに放置されているのか。それすら判明していない。

 

クロ:「現在、A班、F班、L班、X班に加え、別の任務に就いていたR班、AC班、DC班、FF班も現場へ向かっています。私たちの任務は、紛失したフォー・パーツをエデン軍より先に発見し、回収することです」

 

ディスト:「それで……今はどこに向かってるんですか?」

 

 ディストが機体の振動に耐えながら尋ねた。

 

クロ:「ん? ああ、すみません。言い忘れていましたね」

 

 クロはわずかに間を置き、正面へ視線を戻した。

 

クロ:「目的地は――すすたけ村です」

 

 ―

 

 ――――すすたけ村。

 

 そこは、ラヴドとエデンの激しい闘争から距離を置き、静かに暮らすことを望むメダロットたちが集まる村だった。

 戦いを嫌い、ただ穏やかな日々を求める者たちのための緩衝地帯。

 本来ならば、銃声や爆発音とは無縁の場所である。

 

 しかし今、その静けさは無惨に踏みにじられていた。

 

 途切れることなく響く銃声。建物を揺るがす爆発。逃げ惑う住民たちの悲鳴。

 村の外れへ着陸したジェット機から降りたワンダは、目の前に広がる惨状に息を呑んだ。

 穏やかだったはずの村道には、爆撃によって生じたクレーターがいくつも残されている。崩れかけた民家からは黒煙が立ち上り、風に乗って、焼けたゴムと過熱したオイルの臭いが漂ってきた。

 

ワンダ:「ひ、ひどい状況ね……」

 

 村の至るところで、ラヴド軍とエデン軍による小規模な戦闘が続いている。

 安全な場所と戦場の境界すら、すでに失われていた。

 

ディスト:「この中からフォー・パーツを探し出すなんて、無理じゃない?」

 

 ディストが周囲に散乱する瓦礫を見渡した。

 

クロ:「それでも、探すしかありません」

 

 クロはバイザーに村の地図を表示し、各地で起きている戦闘の位置を確認した。

 

クロ:「ローラさんとディストさんは北側を。私とワンダさんは南側を探索しましょう」

 

 ローラたちがうなずく。

 クロは三機の顔を見渡した後、静かに付け加えた。

 

クロ:「それから……この村には、戦いを好まないメダロットが大勢暮らしています」

 

 その声には、任務を伝える指揮官としての冷静さとは異なる、クロ自身の願いが込められていた。

 

クロ:「これは任務とは関係のない、私個人からの頼みです。ラヴドともエデンとも関係のない者が戦いに巻き込まれていたら、できる限り助けてあげてください」

 

ワンダ&ディスト&ローラ:「「「了解!」」」

 

 三機の返答が重なった。

 

 ローラとディストは北側へ。クロとワンダは南側へ。

 四機はそれぞれの役目を果たすため、戦火に包まれた村の中へ散っていった。

 

 

 ―

 

 ――――すすたけ村・南側。

 

 倒壊しかけた民家が並ぶ路地裏で、荒々しい怒声が響いていた。

 

「おい、てめえら! いい加減にしやがれ!!」

 

 エデン軍の兵装をまとった数機のメダロットが、三機の住民を取り囲んでいる。

 囲まれているのは、塗装が剥がれ、関節にも錆の浮いた旧型機ばかりだった。三機とも老人を思わせる風貌で、戦闘に耐えられるような状態には見えない。

 

「で、ですから……わしらはフォー・パーツなど、知らんのです……」

 

 老人の一機が、震える声で訴えた。

 

「嘘をつくんじゃねえ!! 最後にフォー・パーツが確認されたのは、この村だって報告を受けてんだよ!」

 

 リーダー格のエデン兵が苛立ちを露わにし、一歩踏み出した。

 その右腕に装着された重火器パーツが、無抵抗な老人へ向けられる。

 

「ひっ……な、何を……?」

 

「素直に喋りたくなるようにしてやるよ」

 

 乾いた発砲音が、路地裏に響いた。

 放たれた弾丸が老人の肩を貫き、火花と冷却液が飛び散る。

 

「ぐああああっ!」

 

 撃たれた老人が倒れ、残る二機も恐怖に身体を強張らせた。逃げ出そうにも、仲間を置いていくことなどできない。

 エデン兵は倒れた老人へ再び照準を合わせる。

 

「まずは一機、見せしめに――」

 

 ――ドババババババッ!!

 

 轟音とともに、横合いから正確な掃射が放たれた。

 エデン兵が反応するより早く、弾丸の雨がリーダー格の頭部を撃ち抜く。激しく火花を散らした機体は、その場へ崩れ落ちた。

 

「なっ――」

 

 残る兵士たちが振り向く。

 しかし、次の瞬間には、再び銃声が鳴り響いていた。

 狙い澄まされた弾丸が次々と頭部を捉え、エデン兵たちは反撃する間もなく地面へ沈んでいく。やがて路地裏には、動かなくなった機体だけが残された。

 漂う硝煙の向こうから、二機の影が現れる。

 

 クロの黒い右腕――『マーブラー』の三連砲口から、細い煙が立ち上っていた。

 

クロ:「危ないところでしたね」

 

ワンダ:「大丈夫ですか!? 撃たれたところを見せてください!」

 

 ワンダは倒れた老人へ駆け寄り、右腕の回復パーツを傷口へかざした。

 柔らかな光が損傷した肩を包み込む。ひしゃげていた装甲が少しずつ元の形へ戻り、漏れ出していた冷却液も止まっていった。

 

「お、おお……」

 

 老人たちは、驚きに目を見開いた。

 

「あなた方は……?」

 

 クロとワンダは顔を見合わせた。

 

クロ:「ラヴド軍所属。一級兵士、ブラックビートル」

 

ワンダ:「同じくラヴド軍、二級兵士のワンダエンジェルです」

 

「ラヴドの兵士……」

 

 老人たちは、自分たちを救った二機の名を確かめるように繰り返した。

 クロは周囲を警戒し、まだ遠くから聞こえてくる銃声へ意識を向ける。

 

クロ:「ここも安全ではありません。歩けるのでしたら、私たちが安全な場所まで護衛します」

 

 三機の老人は互いの顔を見合わせた。

 しばらく無言でうなずき合うと、そのうちの一機がクロたちへ手を上げた。

 

「その前に、少しだけ待ってくだされ」

 

 老人たちは、瓦礫の山となった民家の中へ戻っていった。

 やがて床板の残骸を持ち上げ、その下から一つの左腕パーツを運び出してくる。

 

クロ:「……これは……?」

 

 セルリアンブルーを基調とした左腕。その肩に近い部分には、黄金の環が備わっている。

 クロたちが探していた、最後のフォー・パーツだった。

 

「この民家の床下で見つけましてのぉ。戦いが収まったら、高く売るつもりじゃったのですが……」

 

 老人は左腕パーツをクロへ差し出した。

 

「命を救ってくれた方々から代金を取るわけにはいきますまい。これは、あなた方に差し上げますじゃ。フォッフォッフォ」

 

 あまりにも思いがけない申し出に、クロとワンダは顔を見合わせた。

 フォー・パーツを隠し持っていたことにも驚いたが、この状況で売却を考えていた老人たちの抜け目なさには、それ以上に脱力させられる。

 

 それでも、最後のフォー・パーツは見つかった。

 あとは三機を安全な場所へ送り届け、これを本部へ持ち帰ればいい。

 この村を巻き込んだ、無意味な戦いも終わらせられる。

 

 ――そのはずだった。

 

シロ:「アーヒャッヒャッヒャッヒャッ! ク〜ロ〜、見〜つ〜け〜た〜ぞぉっ!」

 

 背後から、耳をつんざくような笑い声が迫ってきた。

 

クロ:「……っ!」

 

 クロが振り返る。

 白い装甲を戦火の光に染めながら、大型の鋏を鳴らすヘッドシザース――シロが、猛烈な勢いで突進してきていた。

 振り下ろされた鋏を、クロが『マーブラー』で受け止める。

 金属同士が激突し、凄まじい衝撃が周囲の瓦礫を吹き飛ばした。

 

クロ:「ワンダさん! フォー・パーツと、この方たちを安全な場所まで!」

 

 シロの鋏を押し返しながら、クロが叫ぶ。

 

クロ:「私も、すぐに追います!」

 

 ワンダは一瞬、その場に踏みとどまった。

 クロを残していくことへの迷いが、胸をよぎる。

 しかし今は、託された任務と、守らなければならない三つの命がある。

 

ワンダ:「……はい!」

 

 ワンダはフォー・パーツを抱え、老人たちを連れて路地裏から駆け出した。

 背後では、クロとシロの激突音が、いつまでも激しく鳴り響いていた。

 

 ワンダはフォー・パーツを抱え、三機の老人を先導しながら走り続けた。

 老人たちは老朽化した身体を懸命に動かしているものの、どうしても速度は上がらない。

 ワンダだけなら、飛行型の脚部を使って戦場から離脱することもできる。しかし、空を飛べない三機を置き去りにするという選択肢は、彼女にはなかった。

 

 老人たちの歩調に合わせ、敵の気配を探りながら進む。

 そうして三十分ほど走り続け、安全地帯まであとわずかという場所へ差しかかった、そのときだった。

 

「へへへ……。女が一機に、じじいが三機。余裕だな、こりゃ」

 

 前方の路地から、一機のエデン兵が姿を現した。

 重厚な装甲に身を包んだ、カブトムシ型のメダロット。その光学センサーが、ワンダたちを品定めするように見つめている。

 

 ワンダは老人たちを背後へ庇い、敵の前へ立った。

 だが、彼女の装備に、相手を直接攻撃できるパーツはない。

 右腕は回復。左腕は復活。頭部も敵を破壊するためのものではない。

 仲間の傷を癒やし、倒れた者を再び立ち上がらせることには長けている。しかし、自らの力で目の前の敵を排除する術を、ワンダは持っていなかった。

 

 今ここで空へ逃げれば、自分だけは助かるかもしれない。

 だが、それでは老人たちと、託されたフォー・パーツを敵の手に残すことになる。

 ワンダは逃げず、震える拳を握り締めた。

 

「なんだよ、その目は? 俺とやろうってのか?」

 

 敵の左腕に備えられたガトリングが、低い駆動音を立てて回転を始める。

 それでも、ワンダは視線を逸らさなかった。

 

「気に入らねえなぁ……。何もできねえくせに、俺を睨んでんじゃねえよ!」

 

 ガトリングが火を噴いた。

 無数の弾丸が、ワンダへ向かって殺到する。

 

 ワンダが衝撃に備えて目を閉じた直後、耳へ届いたのは、自分の装甲が砕かれる音ではなかった。

 鈍い金属音。

 老朽化した装甲が弾丸を受け、軋む音だった。

 

ワンダ:「……え?」

 

 目を開いたワンダの前に、三機の老人が横一列に並んでいた。

 弾丸を受けた装甲から火花を散らしながら、三機は身を挺してワンダを庇っている。

 

ワンダ:「み、皆さん!?」

 

「フォッフォッフォ……。借りは、きちんと返さねばならんからのぉ」

 

 老人の一機が不敵に笑い、錆びついた腕を持ち上げた。

 他の二機も、それに続いて射撃パーツを構える。

 放たれたのは、最新兵器とは比べるべくもない旧式の弾丸だった。

 それでも、その一発一発には、静かな暮らしを踏みにじられた者たちの怒りが込められている。

 

「くそじじいどもが!!」

 

 エデン兵は怒鳴り、ガトリングを乱射した。

 三機の老人も、ワンダを背後へ庇ったまま応戦する。

 だが、彼らは戦闘訓練を受けていない住民にすぎない。まして、その身体は長い年月によって傷み、満足に動かすことさえ難しくなっている。

 弾丸を受けるたびに装甲がへこみ、火花が散った。

 

ワンダ:「今、回復します!」

 

 ワンダは右腕をかざし、柔らかな光で老人たちの傷を癒やした。

 破損した装甲が修復される。

 すると老人たちは、まだ痛みが残っているにもかかわらず、再びワンダの前へ立った。

 

「もう一度じゃ!」

 

「まだ、天使様には触れさせんぞ!」

 

 立ち上がった三機へ、再び弾丸が浴びせられる。

 ワンダは傷ついた老人を癒やした。

 老人たちは、また立ち上がった。

 

 癒やせば癒やすほど、彼らはワンダを守るために戦場へ戻っていく。

 回復することが、老人たちを再び戦場へ戻し、傷つけることにつながっていた。

 

ワンダ:「もういいです!!」

 

 耐えきれず、ワンダは叫んだ。

 

ワンダ:「私を置いて逃げてください! このままじゃ、皆さんが……!」

 

 それでも、老人たちは退かなかった。

 傷つき、何度膝をついても、ワンダを守る盾であることをやめようとはしない。

 

「そうは……いかん……」

 

 一機の老人が、乱れた息の合間に答えた。

 

「天使様は、自分では攻撃できんのじゃろう……?」

 

 その言葉が、ワンダの胸を強く締めつけた。

 目の前の光景が、遠い日の記憶と重なる。

 

 人類滅亡の惨劇が始まった、あの日。

 ワンダのマスターは、敵の攻撃からもう一機の大切なパートナーを庇い、命を落とした。

 死の間際まで、彼女はワンダたちを思い、穏やかに微笑んでいた。

 

 そして今、ワンダは、本来自分が救うべき老人たちに守られている。

 自分にできるのは、傷ついた彼らを癒やし、再び絶望的な戦いへ送り返すことだけだった。

 

 ――癒やすだけでは、救えない。

 

 誰かが傷つくことを前提とした癒やしではなく、傷つけられる前に、その原因を止めなければならない。

 不条理そのものを、自分の手で打ち倒さなければならない。

 

 だが、今のワンダには、そのための力がない。

 彼女は腕の中のフォー・パーツを強く抱き締めた。

 

ワンダ:「私は、いつも……いつも……!」

 

 

 そのときだった。

 ワンダのアイセンサーから、淡い光があふれ出した。

 光は頬を伝い、一滴の涙となってこぼれ落ちる。

 

 それは、本来メダロットが流すはずのない涙だった。

 液体ではない。

 ワンダのアイセンサーの一部が、彼女の慈悲に反応して癒やしのエネルギーへと変わったものだった。

 光の雫は地面へ落ちることなく、ワンダが抱えていた四つ目のフォー・パーツへ吸い込まれていく。

 

 次の瞬間、白銀の光が周囲を包み込んだ。

 

「くそっ、何なんだ、この光は! 何も見えねえ!」

 

 敵兵の声も、老人たちの姿も、すべてが光の中へ消えていく。

 何も見えない白銀の世界で、ワンダの意識に一人の女性の声が届いた。

 どこか陰を帯びた、それでいて彼女を優しく見守るような声だった。

 

『貴方は、とても欲張り』

 

『傷ついた者を癒やすことは、貴方にしかできないこと』

 

『それなのに、貴方は戦う力まで望むの?』

 

『本当に、とても欲張り』

 

 女性は呆れたように言いながら、最後には楽しそうに笑った。

 

『でも、そういうの……好きよ』

 

『私の力、使わせてあげる』

 

 その声が消えると同時に、ワンダの腕の中にあったフォー・パーツが強い光を放った。

 セルリアンブルーの左腕が自ら浮かび上がると、そこから放たれた光がワンダの左腕を包み込んだ。

 眩い光の中で、復活を司っていた『チェラブアーム』の姿が消えた。

 代わりに、四つ目のフォー・パーツが接続部へと重なる。

 

 ――接続。

 

 光が一気に収束した。

 

「……あん? 今度は光が消えて……」

 

 視界を取り戻した敵兵が、言葉を失った。

 そこには、新たな左腕を装着したワンダが立っていた。

 セルリアンブルーの装甲。その肩口には、脈打つように光を放つ黄金の環が備わっている。

 最後のフォー・パーツが、ワンダを自らの適合者として選んだのだ。

 

ワンダ:「さあ……反撃させてもらうわよ」

 

 その声には、これまでの彼女にはなかった覚悟が宿っていた。

 傷ついた者を癒やすだけではない。

 誰かが傷つけられる前に、自ら戦いを終わらせるという覚悟だった。

 

 ワンダの変化を感じ取った敵兵は、先ほどまでの余裕を消し、両腕の射撃パーツを構えた。

 それでも、戦いを避けようとはしない。

 

ベイアニット:「お前……フォー・パーツを……。面白えじゃねえか」

 

 重装甲のカブトムシ型メダロットは、ワンダを正面から見据えた。

 

ベイアニット:「俺の名は、ベイアニット。お前は?」

 

ワンダ:「ワンダエンジェル……」

 

 ワンダが名乗る。

 すると、彼女の後ろにいた老人たちも、揃って一歩前へ出た。

 

「そして、わしらの名前は――」

 

ベイアニット:「聞いてねえよ、バカ」

 

「そんな、ひどい」

 

 名乗りを一言で切り捨てられ、三機の老人はその場へがっくりと崩れ落ちた。

 戦場に、奇妙な静けさが訪れる。

 遠くから聞こえる爆発音だけが、ここも戦火のただ中であることを思い出させていた。

 

 ワンダとベイアニットは、互いを見据えたまま動かない。

 二機の間を一陣の風が吹き抜け、路上の埃を巻き上げた。

 

 

 先に動いたのは、ベイアニットだった。

 地面を蹴ると同時に、左腕のガトリングが火を噴く。

 放たれた弾丸の雨が、ワンダへ殺到した。

 ワンダは翼を広げ、地面すれすれを滑るように飛んだ。老人たちから敵の照準を引き離しながら、迫る弾丸を次々とかわしていく。

 

ベイアニット:「ちっ、すばしっこい奴だ!」

 

ワンダ:「ふん……! 回復型は、回避が命なのよ!」

 

 強気に言い返しながらも、ワンダに反撃の機会はなかった。

 ベイアニットは右腕と左腕の射撃パーツを交互に使い、途切れることなく弾丸を浴びせてくる。

 ワンダは飛行型の推進力を活かし、複雑な軌道を描いて弾幕の間を飛び回った。

 

ベイアニット:「ちょこまかと! これならどうだ!!」

 

 ベイアニットが両腕をワンダへ向ける。

 さらに、頭部パーツのミサイル発射口が開いた。

 両腕から放たれる無数の弾丸。空中で軌道を変えながら迫る複数のミサイル。

 全パーツによる一斉射撃が、ワンダの退路を完全に塞いだ。

 

 逃げ場はない。

 

 だが、ワンダは迷わなかった。

 手に入れたばかりの左腕――最後のフォー・パーツを、正面へ構える。

 セルリアンブルーの装甲に備わった黄金の環が、唸りを上げて回転を始めた。

 

 回転は瞬く間に速度を増し、周囲の空気を巻き込みながら強い風を生み出す。

 その風圧によって、パーツの隙間に挟まっていた一枚のメモ用紙が吹き飛ばされた。

 紙は風に乗って宙を舞い、固唾を呑んで戦いを見守っていた老人の顔へ張りつく。

 

 ――パシッ。

 

「むぐっ!?」

 

 そこには、左腕パーツについての説明が記されていた。

 

 ・メモの内容

 

 名称:『ソウス』

 

 特性:光学攻撃・レーザー系統。

 

 本来は攻撃手段を持たない「なおす」熟練度のエネルギーを反転・収束させ、高出力の貫通レーザーとして射出する。

 

                 By A.I

 

【挿絵表示】

 

 ・

 

 最後のフォー・パーツ――『ソウス』。

 それは、傷ついた者を癒やすための力を、敵を撃ち抜く光へと変換するパーツだった。

 破壊を望む憎しみから生まれる力ではない。

 これ以上、誰かを傷つけさせないための力。

 傷つく者たちの未来を守ろうとする、ワンダの慈愛を攻撃へ変える力だった。

 

 黄金の環が限界まで回転する。

 ワンダがこれまで積み重ねてきた癒やしの力が、左腕へ集まり始めた。

 

ワンダ:「うおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 少女の叫びとともに、黄金の閃光が放たれた。

 迫っていた弾丸とミサイルが、光に触れた先から次々と消滅していく。

 すべての攻撃を正面から貫いたレーザーは、勢いを失うことなく、その向こうにいるベイアニットへ到達した。

 

ベイアニット:「な……っ!? この……力は……っ!!」

 

 黄金の光が、ベイアニットの重装甲を貫いた。

 装甲の奥深くまで到達した光が、機体の中枢を呑み込んでいく。

 

 ベイアニットの声が途切れた。

 光を失った機体が地面へ崩れ落ち、その身体に生じた亀裂から、細かな光の粒がこぼれ出す。

 

 やがて閃光が消えたとき、倒れたベイアニットからは、もう何の反応も返ってこなかった。

 ワンダはゆっくりと地上へ降り立った。

 まだ熱を帯びている左腕を見つめる。

 

ワンダ:「……勝った」

 

 自らが放った光の跡を見つめながら、ワンダは静かに言葉を続けた。

 

ワンダ:「誰かの手じゃない……私自身の手で」

 

 敵を倒す役目を仲間に任せ、自らは傷ついた者の回復に専念する。

 それは決して、間違った戦い方ではない。

 それでもワンダは、癒やすだけでは届かない命があることを知った。

 

 傷ついてから救うのではなく、誰かが傷つけられる前に戦いを終わらせる。

 そのために必要ならば、自らの手で敵を討つ。

 ワンダは、その覚悟を選んだ。

 

 こうして、最後のフォー・パーツはラヴドの手に渡った。

 それは、傷ついた者を癒やしてきた一人の少女が、傷つける不条理そのものへ立ち向かう力を手にした瞬間でもあった。

 

 

 

第九話【四つ】終わり

 

------------------------

 

[今回新しく登場したメダロット]

 

【ベイアニット】

 

 エデン軍の重装甲射撃機。

 

------------------------

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

[機体解説]

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

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【キャラクター名】

 ワンダ

 

【機体名】

 ワンダエンジェル(左腕換装)

 

【公式/オリメダ区分】

 公式+オリジナルパーツ

 

【モチーフ(型式)】

 天使型メダロット(ANG)

 

【パーツ】

 

[頭部]

 チェラブボディ/フォースドレイン(ぼうがい)

 

[右腕]

 チェラブハンド/回復(なおす)

 

[左腕]

 ソウス/ハイパーレーザー(なおす)

 

[脚部]

 チェラブレッグ/飛行

 

【備考】

 フォー・パーツ:ソウスに左腕を換装したワンダ

 

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