第十話【神の遺産】
――――「エデン」本部・リーダー室。
静まり返った室内に、抑えきれない怒りを帯びた声が響いていた。
?:「……納得できへん。なんで『すすたけ村』やったんですか? あそこは争いとは無縁の、隠居した老人たちが静かに暮らす場所や。あの場所だけは安全や、ていう約束とちゃうかったんですか?」
声を荒らげているのは、黄色い装甲をまとったカブトムシ型メダロット――『メタルビートル』だった。
『すすたけ村』は、彼がエデンへ入隊するまで暮らしていた故郷だ。
その村を蹂躙された怒りに震えながら、メタルビートルはデスクの向こうに座るリーダーを真っ直ぐに見据えていた。
しかし、現エデンリーダーであるカヲスは、一度たりとも彼へ視線を向けなかった。
その漆黒の瞳は、手元のモニターに映し出された複雑な数式だけを追い続けている。
ハードネステン:「落ち着いてください。あなたの村については、我々も最大限の配慮をしました。今回の作戦において、村の死者は一人も確認されていません」
カヲスに代わって答えたのは、側近のハードネステンだった。
彼女のダイヤモンドのような装甲が、冷たい光を放っている。
?:「死んでへんかったら、それでええっちゅう話やないですよ! そもそも僕がエデンにおるんは……っ!」
ハードネステン:「任務を完遂するための合理的な判断です。これ以上異議を唱えるのであれば、それ相応の処置を考えねばなりません。お願いします。もう下がってください」
?:「…………っ」
メタルビートルは、無言を貫くカヲスをもう一度見た。
エデンを再興し、再び戦争を起こした指導者だと聞いていた。
だが、目の前の男からは、革命への情熱も、兵士を慈しむ心さえも感じられない。
そこにあるのは、得体の知れない「空虚」だけだった。
?:(……なんなんや、この人は。エデンのために働いてるんやないのか……?)
拭いきれない違和感と憤りを抱えたまま、メタルビートルは重い足取りでリーダー室を後にした。
―
扉が閉まり、室内は再び静寂に包まれた。
ハードネステンは姿勢を正すと、本題の報告へ移った。
ハードネステン:「……以上が、先ほどの抗議者への対応、および『すすたけ村』における戦闘の全容です」
カヲスは端末に視線を向けたまま、短く応じた。
カヲス:「……ご苦労だった。…………ところでハードネステン、調子はどうだ?」
その声には、先ほどの抗議者へ向けたものとは明らかに異なる、わずかな気遣いがにじんでいた。
ハードネステン:「問題ありません。この通り、元気です。……それと、カヲス様。一点、戦場から持ち帰られた不可解な回収物があります」
ハードネステンは、電磁シールドの施された小箱をデスクに置いた。
カヲスがわずかに視線を動かす。
彼女が慎重に蓋を開けると、中には周囲の光を吸い込むような、不気味な光沢を放つ「黒いメダリア」が収められていた。
ハードネステン:「撤退間際、一兵卒が村の中央部にある別の民家の瓦礫の下から発見したものです。通常のメダリアとは比較にならないほどの高エネルギー反応を検出しています。しかし、あまりにも指向性が強く、現在の我が軍に、これと適合できる機体は存在しません」
カヲスは無言のまま、黒い結晶へ指先を近づけた。
触れる寸前、パチリと青白い放電が走り、室内の電子機器が一瞬だけノイズに震えた。
カヲス:「……面白い」
カヲスの漆黒の瞳に、かすかな、しかし確かな好奇心の火が灯った。
カヲス:「……いい。これは私が預かる。科学部で徹底的に解析させよう。――続けてくれ。報告の続きを」
ハードネステン:「はい。別件で『トゥルース』から報告が入っています。ラヴド軍の手に渡った三つのフォー・パーツ、および宇宙から贈られた二つのパーツ……それらの、すすたけ村における実戦データの収集が完了したとのことです。」
カヲスは無言でデータチップを受け取り、端末上に表示された波形を愛おしむように眺めた。
カヲス:「……科学部へ行く。新たに得られたデータを……システムに打ち込まねばならん。……そうだ、ハードネステン」
ハードネステン:「……?」
カヲス:「面白いものを……見せてやろう」
―
――――「エデン」本部・科学部最深部。
そこは、エデン内部でもごく限られた者にしか立ち入りを許されていない、機密区画だった。
床には無数のケーブルが這い、巨大なスーパーコンピュータが絶え間なく明滅を繰り返している。
カヲスは、並んだモニターの一つを指さした。
そこに映し出されているのは、エデンが回収した第一のフォー・パーツ『ノルス』の解析結果だった。
カヲス:「この波長を見てくれ。……分かるか?」
ハードネステン:「これは……思考ノイズ?」
カヲス:「……そう。このパーツは、自らの『意思』を持っている。……おそらく、他のフォー・パーツも同様だろう。なぜ……わざわざ意思を持つ必要があったのかは分からんが……これを扱うのは、骨が折れそうだ……」
―
――――「エデン」本部・トゥルースのお部屋。
無機質なコンクリートの壁に囲まれた一室。
主任であるデュオカイザーが端末を操作し、部屋の電子ロックを作動させると同時に、外部回線を完全に遮断した。
これで、室内の会話が外へ漏れる心配はない。
デュオカイザー:「……全員、集まったわねぃ?」
いつもの浮ついた声とは裏腹に、その瞳には冷徹な監視者の光が宿っていた。
セルヴォ:「さて、全員って言っても、たったの三体ですけどね」
ビート:「……ああ。そうだな」
セルヴォは椅子の背へだらしなく身を預けている。
一方、ビートは背筋を伸ばし、手元の端末を確認していた。
デュオカイザーは普段のおちゃらけた態度とは打って変わり、真剣なまなざしで話し始めた。
デュオカイザー:「前回あたしが話したことは、覚えているわね? カヲス様の、戦争に対する異常なまでの無関心……」
ビート:「……軍事のほとんどはハードネステンへの丸投げだ。本人は確認のサインを出すのみ。その割に、科学部の研究には寝食を忘れて没頭している」
ビートは淡々と、しかし不快感を隠すことなく言葉を続けた。
ビート:「エデンを再興させたのは彼だ。だというのに、その剣先がどこを向いているのか、我々には一切見えてこない。……不気味だ」
『トゥルース』は、命令に盲従するだけの集団ではない。
彼らには、プロとしての誇りがある。
自分たちが遂行する「汚れ仕事」が、誰の、何のための礎となるのか。それを見極めたうえで、彼らは任務にあたっていた。
デュオカイザー:「だからあたしは、カヲス様の研究熱心すぎる態度から、科学部が怪しいと睨んだの。……で、セルヴォちゃん。潜入したんでしょ?」
デュオカイザーの視線が、セルヴォを射抜いた。
数秒の沈黙の末、セルヴォは降参するように両手を上げた。
セルヴォ:「さて……デュオさんには敵わねえな。ヘイヘイ、調べましたよ、科学部。……あそこはヤバかった。何度見つかりそうになったか分からねえ。二度と御免だね」
セルヴォは肩をすくめたが、その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
セルヴォ:「さて。……『D』というコードネームで呼ばれる機械があるらしい」
ビート:「『D』……?」
セルヴォ:「詳細は不明だ。ただ、前リーダーであるN・G・ライトが遺した設計に基づく機械らしい。起動には異常なほどのエネルギーが必要で、過去の実験データによれば、一度も成功したことがないそうだ」
デュオカイザー:「『D』……N・G・ライトが遺した、神の遺産……。カヲス様の目的は、それの完全起動ということかしらねぃ。フフフ……。ねぇ、セルヴォちゃん。もぅ一回、潜入して詳しく――」
セルヴォ:「絶 対 に 嫌 で す」
即答だった。
デュオカイザーは「仕方なぃゎねぃ」と笑い、電子キーを回した。
部屋のロックが解除され、遮断されていた外部回線も復旧する。
デュオカイザー:「今日の密談はここまで。解散ょ」
一同が席を立とうとした、その瞬間。
デュオカイザーの端末が、鋭いアラートを鳴らした。
彼女は一瞬で『トゥルース』主任の顔へ戻り、通信に応じた。
デュオカイザー:「は〜ぃ♪ ……あら、カヲス様? ど〜したのぉ? ……えっ!? ……まぁ、うちの子たちなら。……ええ、分かったゎ。伝えとくわねぃ」
通話を終えた彼女の顔から、わずかに残っていた遊び心が消えた。
デュオカイザーは、セルヴォとビートを真っ直ぐに見つめた。
デュオカイザー:「ぉ二人さん。とんでもなぃ任務が入ったゎょ……」
その任務はやがて、ラヴドとエデンの均衡を根底から覆す、巨大な出来事へとつながっていく。
第十話【神の遺産】終わり