第十七話【落ちゆく城】
ヴァレン:「メダフォース発動――『 ク エ ス チ ョ ン 』!!」
ヴァレンの宣言と同時に、広間の色彩が反転した。
メッシュ:「な、なんだぁ!?」
天井から滲み出した黒い影が、ゆっくりと一つの形を成していく。
ボロボロの布を纏った巨大な死神。
背中には漆黒の翼。
その手には、メッシュの身体すら容易に両断できそうな巨大な鎌が握られていた。
虚ろな顔が、メッシュを見下ろす。
メッシュ:「な、なんだ……この禍々しい威圧感は……ッ!?」
死神の姿を前にしても、ヴァレンだけはいつもと変わらない。
ヴァレン:「何気に『ギャンブル』つっただろ?」
ヴァレンが笑う。
ヴァレン:「ルールは簡単だ」
その言葉に呼応するように、虚空へ二枚の巨大なトランプが浮かび上がった。
どちらも裏返し。
表に何が描かれているのかは分からない。
ヴァレン:「この二枚から、何気に好きなほうを選べ」
メッシュ:「……二枚?」
ヴァレン:「片方はジョーカー。もう片方は何気にお前の勝ち札だ」
ヴァレンが、もう一枚を指差す。
ヴァレン:「もう片方は――『ジョーカー』だ」
死神が、ゆっくりと大鎌を持ち上げた。
ヴァレン:「ジョーカーを引けば俺の勝ち。引かなければお前の勝ち」
赤い瞳が細められる。
ヴァレン:「負けたほうは、何気にあいつの一撃をまともに食らう」
メッシュ:「…………」
ヴァレン:「勝つか、負けるか。五分五分」
ヴァレンは楽しそうに笑った。
ヴァレン:「何気に最高だろ?」
メッシュは二枚のカードを見比べる。
右か。
左か。
どちらを選んでも、勝率は同じ。
数秒の沈黙。
そして――。
メッシュ:「ファッファッファッファッ!!」
突然、いつもの高笑いを上げた。
メッシュ:「面白いッ!! 望むところよ!」
メッシュが勢いよく右側のカードを指差す。
メッシュ:「これだぁぁぁッ!! 俺の運、天まで届けぇぇぇッ!!」
カードがゆっくりと反転する。
そこに描かれていたのは――。
不敵に笑う、
メッシュ:「…………」
数秒。
メッシュ:「何ぃぃぃ!? 二分の一を外しただとぉぉぉぉぉッ!?」
ヴァレン:「何気に残念だったな」
死神が動いた。
巨大な鎌が、メッシュ目掛けて振り下ろされる。
メッシュ:「ちょ、待――」
ズガァァァァァンッ!!
回避する暇すらない。
鎌の一撃がメッシュの頭部へ直撃した。
メッシュ:「あーーれーーー!!!」
凄まじい衝撃と共に、水色の頭部装甲が大きく砕け散る。
メッシュの身体が床を滑り、広間の端まで吹き飛ばされた。
―
死神が闇へ溶けるように消えていく。
反転していた広間の色彩も、ゆっくりと元へ戻った。
ヴァレン:「…………」
ヴァレンは倒れたメッシュを見つめる。
頭部装甲は大きく破壊されている。
通常なら、そのまま戦闘を続けることすら難しいほどの損傷だった。
それでも――。
メッシュ:「……ぐ……」
メッシュの指が動いた。
床へ手をつき、ゆっくりと身体を起こしていく。
ヴァレン:「おいおい……」
ヴァレンの赤い瞳が、わずかに見開かれる。
メッシュは膝を震わせながらも、再び立ち上がった。
メッシュ:「……さ……すが……だ……」
損傷した頭部から火花が散る。
メッシュ:「伝説の……英雄……」
ヴァレン:「頭やられて、まだ喋れるのか」
ヴァレンは肩をすくめた。
ヴァレン:「何気にしぶといな、お前」
メッシュ:「ファ……ファッ……」
メッシュが掠れた笑い声を漏らす。
メッシュ:「……しか……し……」
ヴァレン:「あ?」
メッシュ:「これも……作戦……だ……」
ヴァレンの表情から、わずかに笑みが消えた。
メッシュ:「こうして……いるうちに……」
一度、息を整える。
メッシュ:「ラヴ……ドの……本部は……」
そして。
メッシュ:「トゥルースによって……落と……される……はず……」
ヴァレン:「…………」
その言葉に、ヴァレンの目つきが変わった。
ビッグブロックへの大規模攻撃。
特殊選抜部隊の投入。
ここまで戦力を集中させた作戦そのものが――。
ラヴド本部から主力を引き離すために利用されていた。
一瞬、焦りが胸をよぎる。
だが、ヴァレンはそれを表へ出さなかった。
一歩。
メッシュへ近づく。
ヴァレン:「……何故それを俺に教える?」
先ほどまでの軽薄な調子は消えていた。
メッシュは、そんなヴァレンを見つめる。
メッシュ:「……同じ……」
壊れかけた声。
メッシュ:「『トランプメダ』……の、よしみ……だ……」
ヴァレン:「…………」
メッシュ:「地獄へ……行くなら……」
メッシュの口元が、わずかに笑う。
メッシュ:「道連れは……多いほうが……いい……」
ヴァレン:「……やっぱ何気にろくでもねぇな、お前」
メッシュ:「ファ……ファッ……」
次の瞬間。
メッシュの機体内部から、異常な熱が放たれ始めた。
ヴァレン:「……!」
胸部装甲の隙間から、眩い光が漏れ出す。
その中心にあるメダルが、急激にエネルギーを蓄積していた。
ヴァレンは即座に理解した。
ヴァレン:「自爆か……!」
メッシュの全身から火花が噴き出す。
頭部装甲を大きく破壊され、仲間をすべて失ってなお。
十二使徒として残された最後の一撃。
その出力は、自分一機を吹き飛ばす程度ではない。
この最上階そのものを巻き込むほどの力が、急速に膨れ上がっていく。
メッシュ:「つまり……」
メッシュが笑った。
メッシュ:「お……前は……」
光がさらに強くなる。
メッシュ:「こ、ここで……死ぬ!!!」
ヴァレンの赤い瞳に、膨れ上がる光が映り込んだ。
逃げ場はない。
至近距離での自爆。
しかも、メッシュが蓄積しているエネルギーは、最上階そのものを吹き飛ばしかねないほど膨れ上がっている。
ヴァレン:「ちっ……!」
ヴァレンが周囲へ視線を走らせる。
ワンダ。
ディスト。
ローラ。
まだこの場から離脱できる状態ではない。
自分だけ逃げるという選択肢もなかった。
その瞬間だった。
ヴァレン:「……?」
ヴァレンの全身を、奇妙な感覚が駆け巡った。
恐怖でもない。
焦りでもない。
もっと異質な何か。
意識の奥底から、氷のように冷たい感覚が湧き上がってくる。
それでいて――。
まるで、この場に存在するすべてを自分の意思一つでどうにでもできるかのような。
根拠のない、絶対的な『全能感』。
ヴァレン:「……なんだ……これ……?」
ヴァレン自身にも分からない。
こんな感覚を覚えた記憶はなかった。
そして――。
メッシュ:「死ねぇぇぇぇぇぇッ!!!」
メッシュが自爆を開始した。
同時に。
――シ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……!!
ヴァレン:「なっ……!?」
広間全体を震わせる異音が響いた。
爆発音ではない。
金属が軋む音でもない。
空間そのものが悲鳴を上げているかのような、聞いたこともない音だった。
次の瞬間。
広間が歪んだ。
床も。
壁も。
天井も。
目に映るすべてが、見えない力によって一点へ捻じ曲げられていく。
ヴァレン:「な、何だ……!? 何が起こってやがる……ッ!!」
メッシュの身体から放たれた光が、爆発的に膨れ上がった。
眩い閃光が広間を埋め尽くす。
ヴァレンは咄嗟に身構えた。
だが――。
爆発は、届かなかった。
ヴァレン:「……?」
自爆によって放たれた膨大なエネルギーが、ヴァレンの目の前で止まっている。
ほんの数センチ先。
触れれば一瞬で身体を焼き尽くされるはずの光が、そこから先へ進んでこない。
ヴァレン:「いや……違う……!」
止まっているのではない。
光そのものが、消えている。
ヴァレンの目の前。
何もないはずの空間に生じた歪みへ、爆発のエネルギーが次々と吸い込まれていた。
光が捻じ曲がる。
音が途絶える。
メッシュの姿も。
その周囲の空間ごと、歪みの中心へ呑み込まれていく。
メッシュ:「な……なんだこれはぁぁぁぁぁぁッ!?」
メッシュの叫びすら、途中で掻き消えた。
そして――。
すべての光が消えた。
―
静寂。
ヴァレン:「…………」
ヴァレンは、しばらく動けなかった。
やがて慎重に目を開く。
爆発によって吹き飛んだはずの広間は、そこに残っていた。
自分の身体もある。
背後のワンダたちも無事だった。
しかし。
ヴァレン:「……あ?」
目の前にいたはずのメッシュだけが、消えていた。
それだけではない。
床へ倒れていたカリパー。
キドゥ。
ゲンジ。
三機の姿も、どこにもない。
破損したパーツも。
装甲片も。
一片すら残っていなかった。
まるで四機だけが、この場所から丸ごと切り取られたかのように。
ヴァレン:「……消えた……?」
ヴァレンが周囲を見回す。
ヴァレン:「自爆の衝撃も……何気に届いてねぇ……」
右腕を見る。
ひしゃげたマーブラーはそのまま残っている。
自分は確かに、あの爆発の中心にいた。
それなのに。
何故、生きている。
何故、メッシュたちだけが消えた。
そして――。
先ほど自分の内側から湧き上がった、あの異様な『全能感』は何だったのか。
ヴァレン:「…………」
考えても、答えは出なかった。
ワンダ:「ヴァレン!」
背後から声が飛ぶ。
回復を終えたワンダたちが、ヴァレンのもとへ駆け寄ってきた。
ワンダ:「今の何!? メッシュたちは!?」
ヴァレン:「……さぁな」
ヴァレンは、いつもの調子で肩をすくめる。
ヴァレン:「何気に運が良かっただけだろ」
ワンダ:「そんなわけ――」
ヴァレン:「それよりも」
ヴァレンの声色が変わった。
窓の外へ視線を向ける。
その先。
遠く離れたラヴド本部の方角。
ヴァレン:「メッシュの野郎、不吉なことを言い残していきやがった」
ワンダ:「……本部……」
ヴァレン:「ああ」
赤い瞳が鋭く細められる。
ヴァレン:「今頃、本部はエデンの別働隊に狙われてるぜ」
ワンダ:「なんですって!?」
ワンダの顔色が変わった。
ワンダ:「……急いで戻らなきゃ!!」
ローラ:「うむ!」
ディスト:「急ごう!」
こうして。
ビッグブロック攻略作戦は、メッシュによる想定外の――。
『
―
――――同時刻、ラヴド本部付近。
荒野を冷たい風が吹き抜けていた。
その中を、二機のメダロットが静かに歩いている。
セルヴォ:「さて、久しぶりの登場だな」
ビート:「ああ……そうだな」
セルヴォ。
ビート。
エデン軍リーダー直下諜報部『トゥルース』に所属する二機だった。
普段のセルヴォなら、どんな任務であろうと軽口の一つでも叩いている。
だが。
この日の二機の表情に、いつもの余裕はなかった。
セルヴォ:「さて、ビート」
セルヴォが前を向いたまま尋ねる。
セルヴォ:「今回の任務は?」
ビート:「……ラヴド本部を、ティレルビートルごと破壊」
短い間。
ビート:「……潜入による、施設爆破だ」
セルヴォ:「さて……」
セルヴォが乾いた笑みを浮かべる。
彼らの上司――デュオカイザー曰く。
『すご〜ぃ任務』。
その一言で押しつけられた任務だった。
だが、実際に行う二機にとっては笑い事ではない。
敵の本拠地へ二機だけで潜入し。
その中枢を破壊し。
さらに、ラヴド軍最高戦力の一角であるティレルビートルまで巻き込んで消し去る。
失敗すれば、その場で死ぬ。
成功しても、生きて帰れる保証はない。
セルヴォ:「さて……行きますかっ」
セルヴォが歩き出す。
数歩進んだところで、振り返らずに言った。
セルヴォ:「生きてたら、一杯飲もうぜ……相棒」
ビートは、ほんのわずかに笑った。
ビート:「あぁ。それはいいな……相棒」
二機は再び歩き出す。
やがてその姿は、ラヴド本部を取り囲む影の中へ静かに溶けていった。
トゥルースにとって最も過酷な任務が、今――。
始まろうとしていた。
第十七話【落ちゆく城】終わり