第十八話【急げ! もっと急げ!】
ビッグブロック制圧の喜びに浸る暇などなかった。
メッシュが残した言葉を聞いたワンダたちは、損傷した身体を引きずるようにして輸送ジェット機へ乗り込んだ。
機体が離陸する。
目的地は――ラヴド本部。
ワンダ:「お願い……間に合って……!」
窓の向こうへ流れていく夜景を睨みながら、ワンダが操縦席へ叫ぶ。
ワンダ:「もっと速度を上げて!!」
焦りばかりが募っていく。
今回の『ビッグブロック制圧作戦』には、どうしても避けられない弱点があった。
総勢三十万。
ラヴドが保有する大戦力を、一つの要塞へ集中させたこと。
それだけの兵力を前線へ投入すれば、当然ながら本部の守備は薄くなる。
そしてエデンは、その一点を見逃していなかった。
―
――――同時刻、ラヴド本部。
静まり返った回廊を、二つの影が進んでいた。
セルヴォ。
ビート。
エデン軍リーダー直下諜報部『トゥルース』に所属する二機である。
すでに本部各所への工作は終えていた。
セルヴォ:「さて……」
セルヴォが手元の装置を確認する。
セルヴォ:「セット完了だ。これでこの城も、歴史の塵に還るぜ」
起爆装置のタイマーが作動した。
今回、二機が仕掛けた爆弾は一つではない。
本部内部の要所へ分散して設置され、解除コードなしで下手に触れれば即時起爆するよう設定されている。
一か所だけ止めても意味はない。
すべてを解除するには、残された時間があまりにも少なかった。
ビート:「……ああ」
隣に立つビートが周囲を警戒する。
ビート:「撤収しよう、相棒」
セルヴォ:「さて……そうするか」
二機が歩き出す。
爆弾を仕掛け。
敵の本拠地を破壊し。
痕跡を残さず帰還する。
誰かに称賛されることもない。
それが『トゥルース』の仕事だった。
屋上へ続く通路へ差しかかったところで、セルヴォが不意に口を開く。
セルヴォ:「さて……ビート」
ビート:「……なんだ?」
セルヴォ:「もし俺がここでしくじったら、お前だけでも逃げろよ」
ビートは、しばらく何も答えなかった。
やがて。
ビート:「……馬鹿を言うな」
前を向いたまま、静かに答える。
ビート:「予定通り、二人で帰るぞ」
一瞬の間。
ビート:「それが『トゥルース』の仕事だ」
セルヴォ:「……さて」
セルヴォが小さく笑った。
セルヴォ:「そうだったな」
二機は、そのまま屋上への扉を開いた。
そして。
足を止めた。
―
月明かりに照らされた屋上。
その中央に、一機のメダロットが立っていた。
ティレルビートル:「……鼠が入り込んだと思えば」
コバルトブルーの装甲。
頭部から大きく張り出した、巨大な顎を思わせる『スクワイア』。
ラヴド軍総帥――ティレルビートル。
ティレルビートル:「トゥルースの二人組か」
静かに二機を見据える。
ティレルビートル:「……ご苦労だったな」
セルヴォ:「…………」
セルヴォが僅かに肩を落とした。
セルヴォ:「さて……こりゃあ最高にツイてねぇな」
腰を落とす。
セルヴォ:「ラスボスのご光臨だぜ」
ビート:「……やるしかない」
ビートがライフルを構える。
ビート:「セルヴォ、散開しろ!」
言葉と同時に、二機が左右へ跳んだ。
先に攻撃したのはビート。
距離を取りながらライフルを構え、連続して精密射撃を放つ。
銃声。
弾丸がティレルビートルへ殺到する。
同時にセルヴォが逆方向から駆けた。
低い姿勢。
最短距離。
右腕の剣を抜き放ち、その勢いのままティレルビートルの死角へ踏み込む。
二機が幾度となく実戦で磨いてきた
だが。
ティレルビートル:「……遅い」
ティレルビートルが動いた。
最小限の挙動で上体をずらし、ビートの射線から外れる。
弾丸が装甲のすぐ脇を通過した。
その直後。
セルヴォが懐へ飛び込む。
セルヴォ:「もらった!」
剣を振り抜く。
しかし。
ティレルビートルの左腕が動いた。
ガギィィンッ!!
セルヴォ:「なっ……!?」
剣を持つ腕ごと、横から叩き伏せられた。
その衝撃のまま。
もう一撃。
重い拳がセルヴォの胴体へ突き刺さる。
セルヴォ:「ガハッ!!」
セルヴォの身体が床を転がった。
ビート:「セルヴォ!」
ビートが即座に左腕を向ける。
ミサイル発射。
複数の弾頭がティレルビートルへ襲いかかった。
ティレルビートル:「…………」
右腕『リッパー』が閃く。
斬撃。
一発。
さらに一発。
迫るミサイルが、空中で次々と切断されていく。
爆発。
屋上を炎が照らした。
だが、その中心に立つティレルビートルには届かない。
ビート:「……化け物か……ッ!」
ビートが思わず漏らす。
ティレルビートル:「貴様らの仕掛けた爆弾は、すでに感知している」
セルヴォ:「……さて」
倒れたままのセルヴォが目を細める。
ティレルビートル:「本部各所に分散して設置したようだな」
ティレルビートルが一歩踏み出す。
ティレルビートル:「解除コードなしでは、残された時間ですべてを処理することはできん」
ビート:「…………」
ティレルビートル:「ならば簡単な話だ」
ティレルビートルが構える。
ティレルビートル:「ここで貴様らを落とし、解除コードを吐かせてもらう」
低く腰を落とした。
ティレルビートル:「……ラヴドの誇りにかけてな」
床を蹴る。
ビート:「……ッ!」
速い。
その巨体からは想像できない速度で、一瞬にしてビートとの距離を詰めた。
鋭い掌打。
ビートの胸部へ直撃する。
ビート:「ぐっ……!」
装甲が軋む。
ビートが膝をついた。
セルヴォ:「さて……!」
セルヴォが立ち上がる。
セルヴォ:「死ぬにゃあ、まだ早すぎるんだよ……っ!」
ティレルビートルの背後から飛びついた。
両腕で強引に組み付く。
だが。
ティレルビートル:「甘い」
身体を捻る。
そのまま強烈な蹴りがセルヴォへ叩き込まれた。
セルヴォ:「ぐぁっ!」
再び吹き飛ばされる。
セルヴォとビート。
二機の連携は決して弱くない。
それでも。
ティレルビートルを止められない。
攻撃は届かず。
こちらの動きだけが、正確に潰されていく。
ティレルビートルは倒れた二機へ歩み寄り、左腕『ハンガー』を構えた。
ティレルビートル:「終わりだ」
その瞬間。
「ど、どいてくださあああああいいいッッ!!!」
ティレルビートル:「……?」
セルヴォ:「さて?」
ビート:「……何だ?」
三機が同時に夜空を見上げる。
そこから。
巨大な火の玉が降ってきた。
ロケットランチ:「うわあああああああああああああ!!」
エデン運搬課――ロケットランチ。
今回の任務では、セルヴォとビートをラヴド本部付近まで輸送し、爆破工作終了後に二機を回収する役目を任されていた。
だが。
本部周辺で待機していたところを、帰還中のラヴド飛行部隊に発見された。
追われ。
逃げ。
さらに追われ。
完全にパニックに陥った結果。
ほとんど墜落と変わらない速度で、この屋上へ突っ込んできたのである。
ロケットランチ:「止まれませえええええええん!!」
ティレルビートル:「不確定要素か……!」
ティレルビートルが即座に後方へ跳んだ。
直後。
ドゴォォォォォンッ!!
ロケットランチの巨体が屋上へ激突する。
床が大きく砕け、衝撃で機体が再び跳ね上がった。
セルヴォ:「さて!」
セルヴォの目が光る。
セルヴォ:「地獄に仏とはこのことだ!」
すぐ傍で呻くビートの腕を掴む。
セルヴォ:「行くぜ、ビート!」
ビート:「……ああ!」
二機が跳ぶ。
浮き上がったロケットランチの脚部へ、強引にしがみついた。
ロケットランチ:「ひ、ひいいいっ!?」
突然増えた重量に、ロケットランチが悲鳴を上げる。
ロケットランチ:「何か重い! 重いですぅぅぅ!! 助けてぇぇぇっ!!」
セルヴォ:「さて、いいから飛べぇぇぇ!!」
ロケットランチ:「もう飛んでますぅぅぅぅ!!」
再加速。
三機が夜空へ飛び出した。
ティレルビートル:「待て!」
ティレルビートルが手を伸ばす。
だが。
わずかに遅い。
ロケットランチは二機をぶら下げたまま高度を上げ、その姿を夜の闇へ消していった。
ティレルビートル:「…………」
一人残されたティレルビートルは、その影を追わなかった。
追っている時間はない。
敵は逃した。
解除コードも手に入らなかった。
残された時間で、本部各所に仕掛けられた爆弾をすべて解除することもできない。
ならば。
自分が今、やるべきことは一つしかなかった。
―
「「全員退避。全員退避。まもなくこの本部は爆破される。全員退避。全員退避―――」」
本部中に警報が鳴り響く。
残っていた兵たちが次々と避難していく中、ティレルビートルだけは逆方向へ歩いていた。
向かう先は、司令室。
爆発を止めることは、もうできない。
ならば。
せめて残すべきものだけは、残さなければならない。
司令室へ戻ると、ティレルビートルはメインコンピュータの前へ立った。
端末を起動する。
ラヴドが長年にわたって蓄積してきた膨大なデータ。
戦闘記録。
兵器情報。
各地の拠点情報。
研究成果。
そして、これまで散っていった仲間たちが残した記録。
それらすべてが、この本部に保存されている。
ここで失えば。
ラヴドがこれまで積み重ねてきたものまで、炎の中へ消えてしまう。
ティレルビートル:「……それだけは、させん」
転送先を指定する。
ビッグブロック。
先ほどラヴド軍が制圧した、エデンの巨大要塞。
あそこならば、これだけの情報を保存できるだけの基盤がある。
ティレルビートルが転送を開始した。
画面に進行状況が表示される。
同時に。
「爆破まで、あと三百秒」
無機質な警告音声が響いた。
ティレルビートル:「……間に合え」
転送速度を確認する。
膨大な情報量。
しかも、敵施設だったビッグブロックへデータを送る以上、通常の通信では安全を確保できない。
転送が完了するまで、司令室のメイン端末から認証と通信経路を維持し続ける必要があった。
ここを離れれば、転送は中断される。
ティレルビートル:「このデータだけは……」
拳を握る。
ティレルビートル:「
―
――ガガッ……。
通信回線にノイズが走る。
ビーストマスター:『……リーダー』
聞き慣れた声。
ビーストマスター:『繋がりました。……状況は?』
ビッグブロックに残ったビーストマスターとブラックメイルだった。
二機は技術班と共に、制圧したビッグブロックのセキュリティ設定を急速にラヴド仕様へ切り替えていた。
エデン側とのネットワークを遮断。
さらに秘匿通信を確保し、ようやく本部との回線を繋いだのだ。
ティレルビートル:「ビーストマスター。ブラックメイル」
ティレルビートルは画面を見つめたまま、静かに告げる。
ティレルビートル:「……よく聞け」
ブラックメイル:『あぁ……?』
ティレルビートル:「今から本部に残された全データを送信する」
画面の向こうで、二機の表情が変わった。
ティレルビートル:「ビッグブロックの基盤を利用して、すべてを刻め」
ブラックメイル:『待ぁ~…てッ!』
ブラックメイルが身を乗り出す。
ブラックメイル:『何を言ってやがる! 早くそこから逃げぇ~…ろぉッ!!』
ティレルビートル:「……フッ」
ティレルビートルは小さく笑った。
ティレルビートル:「この大容量だ。転送が終わるまで、メイン端末を離れるわけにはいかん」
ビーストマスター:『リーダー……』
一瞬だけ目を閉じる。
ティレルビートル:「私が、最後までここに残らなければならん」
通信の向こうで、二機が言葉を失う。
ティレルビートル:「いいか」
再び目を開く。
ティレルビートル:「これからは、お前たちがラヴドを背負うんだ」
ブラックメイル:『ふざけんなぁッ!!』
ブラックメイルの怒声が響いた。
ブラックメイル:『勝手に押し付けてんじゃねぇぇぞッ!! てめぇで戻ってきて、自分でやりやがぁ~…れぇッ!!』
ティレルビートルは、何も言わずその声を聞いていた。
ビーストマスター:『……まだ、間に合う方法を探します』
ティレルビートル:「…………」
ビーストマスター:『必ず何か――』
ティレルビートル:「ビーストマスター」
静かな声が、その言葉を止めた。
ティレルビートル:「若者たちを、頼んだぞ」
ビーストマスター:『…………』
返事はなかった。
ただ。
通信の向こうで、ビーストマスターが強く拳を握っているのが見えた。
―
転送開始から数分。
「爆破まで、あと六十秒」
警告音声が響く。
データの転送バーは、ゆっくりと。
しかし確実に、終点へ近づいていた。
ティレルビートルはモニターを見つめる。
不思議と、恐怖はなかった。
その脳裏に浮かんだのは、一機のメダロットだった。
かつて。
共にラヴドを創り。
同じ未来を見て。
そして、自分より先に逝った親友。
ティレルビートル:「……アークビートルD」
名前を呼ぶ。
ティレルビートル:「……遅くなったな」
口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
ティレルビートル:「今から俺も、そっちに逝くよ」
ブラックメイル:『リーダーァァァァッ!!』
ビーストマスター:『……待ってください!!』
モニターの向こうから、二機の声が重なる。
ティレルビートルは、その様子を見つめ――。
ティレルビートル:「……なんだ君達」
少しだけ笑った。
ティレルビートル:「意外と動揺することもあるんだな」
ブラックメイル:『今それ言うことかぁぁぁッ!!』
いつもの怒声。
それを聞いて。
ティレルビートルは、どこか満足そうに目を細めた。
ティレルビートル:「……最後に知れて良かったぞ」
残り。
五秒。
転送バーが最後まで到達する。
画面中央へ大きく表示された文字。
『SUCCESS』
ティレルビートル:「…………」
間に合った。
ラヴドのすべては。
未来へ繋がった。
ティレルビートルは静かに目を閉じる。
ティレルビートル:「……ありがとう、友よ」
零。
ドォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!!
巨大な爆発が、ラヴド本部を呑み込んだ。
夜の地平線を貫くように、眩い光の柱が立ち上る。
―
数キロ先。
全速力でラヴド本部へ向かっていた輸送ジェット機。
その機内から。
ワンダたちは、遠くの夜空が一瞬で明るくなるのを見た。
ディスト:「……え……?」
ディストが窓へ顔を近づける。
遠方に。
巨大な橙色の火球が膨れ上がっていた。
ディスト:「……嘘……だろ……」
ワンダ:「…………」
ワンダの顔から、血の気が引く。
ワンダ:「そ……そんな……」
誰も。
その先を言葉にできなかった。
ラヴド本部。
これまで自分たちを守り。
幾度となく送り出し。
帰る場所であり続けた場所。
そのすべてが、炎に包まれていた。
ワンダ:「……間に……合わなかった……」
呟きだけが、機内に落ちる。
誰も答えない。
ただ。
遠ざかる炎を見つめることしかできなかった。
第十八話【急げ! もっと急げ!】終わり
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[機体解説]
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【キャラクター名】
ティレルビートル
【機体名】
ティレルビートル
【公式/オリメダ区分】
公式(『メダロット4』など)
【モチーフ(型式)】
オオクワガタ型メダロット(KWG)
【パーツ】
[頭部]
スクワイア/敵影感知(とくしゅ)
[右腕]
リッパー/ソード(なぐる)
[左腕]
ハンガー/ソード(がむしゃら)
[脚部]
デパーチャー/二脚
【変形後】
[変形後ドライブA]
レーザー(うつ)
[変形後ドライブB]
ブレイク(うつ)
[変形後ドライブC]
ナパーム(ねらいうち)
[変形後脚部タイプ]
飛行
【備考】
公式『メダロット4』の機体設定を参照。