第十九話【第三の創設者ジョーカード】
ラヴド本部が灰燼に帰した、その直後。
エデンから奪取した要塞『ビッグブロック』の司令室には、重い沈黙が横たわっていた。
メインモニターには、先ほど本部から転送された膨大なデータの一覧が並んでいる。
戦闘記録。
兵器情報。
各地の拠点情報。
研究成果。
そして、これまでラヴドが積み重ねてきた数々の記録。
ティレルビートルが、自らの命と引き換えに残したものだった。
ブラックメイル:「………………」
ビーストマスター:「……黙り込まないでください」
ビーストマスターが静かに声を掛ける。
ビーストマスター:「……貴方らしくもない」
ブラックメイルは鼻を鳴らしただけで、何も答えなかった。
ラヴド総帥――ティレルビートルの戦死。
そして最後に託された、
『これからは、お前たちがラヴドを背負うんだ』
という言葉。
エデンとの戦争は、まだ終わっていない。
むしろ、ここからが正念場だった。
それでも今だけは、二機ともすぐに言葉を見つけることができなかった。
その時。
プシュー――。
乾いた排気音と共に、司令室の扉が開いた。
ヴァレン:「まぁ、あれだけの爆発で、これだけのデータを吸い上げられたんだ」
軽い声。
ヴァレン:「何気に儲けモンじゃねぇの?」
ブラックメイル:「…………あぁ?」
ブラックメイルが、ゆっくりと振り向く。
そこに立っていたのは、白と黒を基調とした道化師のようなメダロットだった。
頭部や装甲には、トランプのスートを思わせる意匠。
赤く輝く瞳。
そして、この場の重苦しい空気などまるで気にしていないような笑み。
ヴァレンだった。
ブラックメイル:「てめぇ……今、何つったぁ~……?」
ヴァレン:「いや、だから何気に――」
ビーストマスター:「待ってください」
ビーストマスターが二機の間へ割って入る。
ヴァレンを正面から見据えた。
ビーストマスター:「……失礼ですが、貴殿は何者ですか?」
ヴァレン:「あん?」
ビーストマスター:「現在のラヴドは警戒態勢にあります。明確、かつ迅速に自己紹介を願いたい」
当然の反応だった。
九年前。
N・G・ライトが倒れ、大戦が終結した直後。
その英雄は、忽然と姿を消した。
以後、ジョーカードの名はラヴドの現役名簿から外れている。
彼を実際に知る者も、今ではごく僅か。
まして、目の前にいる道化師のような男と、歴史に名を残す英雄が同一人物だと一目で分かる者など、ほとんどいなかった。
ヴァレン:「……なるほどな」
ヴァレンは口元に笑みを浮かべた。
ヴァレン:「何気に名刺を忘れてた」
右手を持ち上げる。
パチンッ。
指を鳴らした。
ブラックメイル:「……?」
ビーストマスター:「……何を?」
いつの間にか、ヴァレンの指の間には二枚の白いカードが挟まれていた。
ヴァレン:「ほらよ」
軽く投げる。
二枚のカードが宙を舞い、それぞれブラックメイルとビーストマスターの前へ落ちた。
真っ白なトランプ。
文字も。
絵柄も。
何一つ描かれていない。
ブラックメイル:「何だぁ~……これ?」
ブラックメイルが訝しげに覗き込む。
その瞬間。
パチンッ。
再び、ヴァレンが指を鳴らした。
白かったカードの表面へ、黒い文字が滲み出す。
『 ト ラ ン プ の ジ ョ ー カ ー 型 メ ダ ロ ッ ト 』
そして、その下に。
『 何 気 な る ギ ャ ン ブ ラ ー 、 ジ ョ ー カ ー ド 』
ブラックメイル:「…………」
ブラックメイルの目が見開かれた。
ブラックメイル:「ジョー……カぁ……ッ、ドッ!?」
ビーストマスター:「……まさか……!」
普段は冷静なビーストマスターも、その名を前にして言葉を失った。
アークビートルD。
ティレルビートル。
そして――ジョーカード。
かつて、人間を滅ぼしたエデンへ反旗を翻し、ラヴドを創設した三機。
その名は、先ほど本部から転送された記録にも刻まれている。
そして、ラヴドに所属する者であれば知らぬ者のない名だった。
九年前。
N・G・ライトを倒し、大戦を終結へ導いた男。
戦後、忽然と姿を消した『ラヴドの英雄』。
そのジョーカードが――。
今、二機の目の前で何気なく笑っていた。
ビーストマスター:「……貴殿が、生きていたとは……」
ビーストマスターは、しばらくヴァレンを見つめていた。
だが。
すぐに表情を引き締める。
ビーストマスター:「……それならば、話は早い」
ヴァレン:「あ?」
ビーストマスター:「ティレルビートル亡き今、ラヴドには新たな指揮官が必要です」
ビーストマスターが一歩前へ出る。
ビーストマスター:「創設者であり、前大戦を終結へ導いた英雄」
一瞬の間。
ビーストマスター:「今のラヴドを率いるに相応しいのは、貴殿しかいません」
ヴァレンの笑みが止まった。
ビーストマスター:「どうか、新たなリーダーに――」
ヴァレン:「……何気にパスだ」
ビーストマスター:「…………」
あまりにも早い返答だった。
ビーストマスター:「……はい?」
ヴァレン:「だから、パス」
ヴァレンは面倒そうに手を振る。
ヴァレン:「何気に俺、そういうの向いてねぇんだよ」
ビーストマスター:「しかし!」
ビーストマスターが食い下がる。
ビーストマスター:「今のラヴドには旗印が必要です! 貴殿が戻ったと知れば、兵たちの士気も――」
ヴァレン:「悪いが」
ヴァレンが言葉を遮った。
ヴァレン:「何気に俺も忙しいんだよ」
ビーストマスター:「……忙しい?」
ヴァレン:「あぁ」
そこで何かを思い出したように、ヴァレンが懐へ手を入れる。
ヴァレン:「そうだ。何気に俺からも一つ頼みがある」
取り出したのは、一つのトランプケースだった。
それをビーストマスターへ放る。
ビーストマスター:「……これは?」
受け取ったケースを、ビーストマスターが見つめる。
ヴァレン:「ワンダエンジェルに渡してくれ」
ビーストマスター:「ワンダエンジェルに?」
ヴァレン:「あぁ」
ヴァレンはいつもの軽い調子で答える。
ヴァレン:「中身は何気に勝手に見たって構わねぇよ」
だが。
続く言葉だけは、少し違った。
ヴァレン:「俺がN・G・ライトを倒した後――」
赤い瞳が、僅かに細められる。
ヴァレン:「なんで姿を消したのか」
一瞬の間。
ヴァレン:「その理由が、何気に書いてある」
ビーストマスター:「…………」
ビーストマスターは、手の中のケースへ視線を落とした。
九年前。
前大戦を終わらせた直後に姿を消した英雄。
その空白の理由が、この中にある。
だが。
それ以上を問いただすより先に、ヴァレンは踵を返した。
ブラックメイル:「……おい」
これまで黙っていたブラックメイルが、低い声を上げる。
ブラックメイル:「待てぇ~……よッ!」
ヴァレンが振り返る。
ヴァレン:「何だ?」
ブラックメイル:「忙しいって……何処へ行くつもりだぁ~……ッ!?」
ヴァレン:「…………」
ヴァレンは少し考える素振りを見せた。
そして。
ヴァレン:「……バグ技で『けつばん』を作る方法を広めてくるんだ」
ビーストマスター&ブラックメイル:「「 う そ つ け ! ! ! 」」
司令室に、二機の声が響き渡った。
ヴァレン:「ケラケラケラ!」
ヴァレンが腹を抱えるように笑う。
ヴァレン:「冗談だよ」
ブラックメイル:「こんな時にくだらねぇ嘘ついてんじゃねぇ~……ぞッ!」
ヴァレン:「まぁまぁ」
ひとしきり笑ったあと、ヴァレンはようやく答えた。
ヴァレン:「本当はな」
笑みを残したまま。
ヴァレン:「探し物だ」
ビーストマスター:「……探し物?」
ヴァレン:「あぁ」
ヴァレンが二本の指を立てる。
ヴァレン:「『白メダリア』と――」
一本。
ヴァレン:「『黒メダリア』」
もう一本。
ビーストマスター:「メダリア……?」
ブラックメイル:「白に……黒だぁ~……?」
二機が顔を見合わせる。
どちらにも、心当たりはなかった。
ヴァレン:「お前らも見つけたら、何気に教えてくれよな」
ビーストマスター:「待ってください。その二つは一体――」
言いながら顔を上げる。
だが。
ビーストマスター:「……?」
そこに、ヴァレンの姿はなかった。
いつの間にか、司令室を出ていたらしい。
ブラックメイル:「…………」
ブラックメイルが扉を見る。
ブラックメイル:「白に、黒だぁ~……?」
眉をひそめる。
ブラックメイル:「一体、何のことだか分かりゃしねぇ~……ぞッ」
ビーストマスター:「……私にも分かりません」
ビーストマスターは、ヴァレンから受け取ったトランプケースを見下ろした。
その中には。
九年間、語られることのなかった英雄の記録が残されている。
そして。
ヴァレンが最後に残した、二つの名前。
『白メダリア』。
『黒メダリア』。
ビーストマスター:「……ですが」
ゆっくりと顔を上げる。
ビーストマスター:「一つだけ、確かなことがあります」
ブラックメイル:「……あぁ?」
ビーストマスター:「あの英雄が戻ってきた」
静かに言う。
ビーストマスター:「それだけで、この絶望的な戦況に新たな『変数』が生まれたのは事実です」
ブラックメイル:「…………」
ブラックメイルは答えない。
ただ、ヴァレンが消えた扉を睨んでいた。
白メダリア。
黒メダリア。
二つの聞き慣れない名だけが、司令室に残された。
第十九話【第三の創設者ジョーカード】終わり