第二十話【黒い理性、白い本能】
――――『エデン』本部・科学部。
要塞『ビッグブロック』を奪われても、カヲスの足取りに乱れはなかった。
科学部の研究室。複数のモニターには、先の戦いで確認された二つの特殊パーツ――『スバル』と『マーブラー』、そしてラヴド側で使用された三つの『フォー・パーツ』の戦闘データが並んでいる。
カヲスはそれらを眺めながら、過去の記録を一つずつ繋ぎ合わせていた。
始まりは、およそ百年前。
伝説のメダロッター、テンリョウ・イッキが宇宙へ旅立った時代。
当時、彼が宇宙人と接触したという噂は少なからず存在していた。そして、『マーブラー』と共に残されていた一つのメッセージ。
・
このパーツは私からの贈り物だ。
お前なら装備できるだろう。
いつか私の星に招待してやってもいいぞ。
…………ありがとう。
By マーブラー
・
カヲス:「…………」
カヲスは、その文章を何度目か分からないほど読み返す。
ここでいう「お前」とは、一体誰なのか。
もし、人間であるテンリョウ・イッキ本人ではなく――その相棒のメダロットへ向けられた言葉だとすれば。
いくつかの断片が、一つに繋がる。
カヲスは別の画面を呼び出した。
そこに表示されたのは、『レアメダル』に関する資料だった。
通常のメダルとは異なり、極めて強い自我と意志を持つ、希少なメダル。
そして、これまでに確認された『スバル』と『マーブラー』の挙動。
通常の機体が装備した場合、高すぎる負荷によって制御を失う可能性がある。だが、強い意志を持つレアメダルであれば、その異常な性能へ自らを同調させ、パーツを制御できるのではないか。
あくまで仮説。
しかし。
実戦記録は、その仮説を強く裏付けていた。
カヲス:「……なるほどな」
モニターへ映し出された、クロとシロの記録。
カヲス:「クロとシロ……あの二機がこれらを装備できたのは、偶然ではないというわけか」
カヲスは椅子へ深く腰掛けた。
レアメダル。
フォー・パーツ。
スバル。
マーブラー。
まだすべての謎が繋がったわけではない。だが、少なくともこれらが通常の兵器とは根本から異なる存在であることだけは確かだった。
その時。
研究室の扉が開いた。
ハードネステン:「カヲス様」
入室したのは、側近のハードネステンだった。
カヲス:「……何だ?」
ハードネステン:「戦況報告です」
カヲスはモニターから視線を外さない。
ハードネステン:「ビッグブロックは完全に陥落。ラヴド軍が要塞全域を掌握した模様です」
カヲス:「そうか」
短い返事。
ハードネステンは続ける。
ハードネステン:「また、ラヴド総帥ティレルビートルの戦死も確認されました」
カヲス:「…………」
それでも、カヲスの表情はほとんど変わらなかった。
敵の巨大要塞奪取。
ラヴド総帥の死。
戦況を大きく動かす報告であっても、彼はただ淡々と受け止めている。
しかし。
ハードネステン:「……もう一つ、報告があります」
カヲス:「何だ?」
ハードネステン:「撤退した兵たちの証言によれば――」
一瞬の間。
ハードネステン:「あの『ジョーカード』が、ラヴドへ戻ったとのことです」
カヲスの指が止まった。
ハードネステン:「…………」
ハードネステンも、それ以上は何も言わない。
やがて。
ゆっくりと、カヲスが顔を上げた。
先ほどまで何の感情も映していなかった瞳が、明らかに変わっている。
カヲス:「…………ジョーカード」
低い声。
その名を口にしただけで、押し殺していたものが滲み出した。
カヲス:「私の……唯一の親友を殺した男」
N・G・ライト。
九年前。
エデンを率い、そしてジョーカードによって倒された男。
カヲスの唯一の親友。
ジョーカードが生きている。
そして再び、ラヴドの側へ姿を現した。
カヲス:「…………」
カヲスは、モニターに映るジョーカードの記録を見つめていた。
その目には、先ほどまで存在しなかった激しい憎悪が宿っていた。
―
――――新ラヴド本部・『ビッグブロック』。
つい先日までエデン最大級の要塞だった場所は、すでにラヴドの新たな本拠地として動き始めていた。
プリミティベビー:「ローーーーーーラーーーー♪」
ローラ:「ぐはぁっ……!?」
勢いよく飛びついてきたベビーの体当たりを受け、ローラがよろめく。じゃれているだけとは思えないほど重い一撃だったが、今のローラにとっては、それすら愛おしいものだった。
ローラ:「……どうした、ベビー。そんなに騒いで」
プリミティベビー:「へへへ。ローラ、これ見て! 『昇格』だって!」
ベビーが誇らしげに一枚の通知を掲げる。
四級兵士から、二級兵士へ。
異例とも言える二階級の昇格だった。今回のビッグブロック制圧作戦で見せた『混乱行動』が、戦局を大きく動かした功績として認められたのである。
ローラ:「ほう! やったではないか、ベビー!」
プリミティベビー:「へへへ~♪」
さらにベビーは、もう数枚の通知を取り出した。
プリミティベビー:「それだけじゃないよ! ローラたちも!」
ローラ:「妾たちも?」
そこには、ワンダ、ディスト、ローラの三名についても昇格が記されていた。
新たな階級は――『一級兵士』。
前線での戦闘だけではなく、状況に応じた戦術判断や部隊指揮も任される立場である。
ディスト:「やったぁぁぁ!!」
通知を見るなり、ディストが跳び上がった。
ディスト:「一級だ! 一級兵士だよ、ワンダ!!」
無邪気に喜ぶディスト。
しかし。
ワンダ:「…………」
ワンダから返事はなかった。
その手には、一つのトランプケースが握られている。
ヴァレンが、ビーストマスターを通して彼女へ託したものだった。
ワンダ:「……ヴァレンが……逃げた……」
ディスト:「え?」
ワンダ:「……また、いなくなった……」
ワンダの顔から、すっかり血の気が引いていた。
ワンダ:「逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ…………」
ディスト:「わ、ワンダ……?」
同じ言葉を繰り返し続けるワンダを見て、ディストが困ったように顔を覗き込む。
ディスト:「大丈夫だよ。きっと、また会えるって」
ワンダ:「…………」
ディスト:「それより……読もうよ」
ディストが、彼女の握っているケースへ視線を向ける。
ディスト:「ヴァレンが残した『答え』を」
その言葉に、ワンダの口が止まった。
しばらくケースを見つめた後、ゆっくりと蓋を開く。
中に収められていたのは、五十四枚のトランプ。
一枚ずつ取り出してみれば、その裏側には細かな文字が記されていた。
九年間、誰にも語られることのなかった――。
ジョーカード失踪の理由。
―
~ Dear ワンダ ~
これを読んでいるってことは、俺はもうお前の前から消えてるだろうな。
九年前。N・G・ライトを倒した後、俺の心には何も残らなかった。
復讐を果たしたところで、失ったものが戻るわけじゃない。
その虚しさに耐えられなくなって、俺はラヴドを捨てた。あてもなく世界中を彷徨って――そしてある日、奴に出会った。
……カヲスだ。
エデン復活を企てていた奴の不意打ちを受けて、俺のメダルは真っ二つに破壊された。
本来なら、そこで俺は死んでいたはずだ。
けど。
奇跡だったのか、呪いだったのか。
俺は死なずに、二つの人格へ分かれた。
一方は、俺が持っていた『 理 性 』の塊。
それが――クロ。
もう一方は、俺が持っていた『 本 能 』の塊。
それが――シロだ。
シロが破壊と殺戮に狂ったのは、剥き出しになった本能を制御するものが何もなかったからだ。
クロは理性でシロを止めようとしながら、二機は無意識のうちに互いを求め続けていた。
元々、一つだったんだからな。
メッシュの攻撃で再び一つに戻れたのは、何気に皮肉な幸運ってやつだろう。
最後に一つ。
俺と一緒に戦おうなんて考えるな。
俺に関わった奴は、みんな死んでいく。
俺は――誰とも関わっちゃいけない。
『 不 幸 の メ ダ ロ ッ ト 』なんだからな。
~ By ヴァレン ~
―
ワンダ:「…………ヴァレン……」
最後のカードを読み終えたワンダの頬を、一筋のオイルが伝った。
ローラ:「……ワンダ」
ローラが静かに声を掛ける。
ローラ:「『不幸のメダロット』とは……どういう意味なのだ?」
ワンダ:「…………」
ワンダはカードを見つめたまま、すぐには答えなかった。
やがて。
ワンダ:「……ヴァレンが、まだ『ルクちゃん』のことを気にしてるのよ」
ローラ:「ルク……?」
初めて聞く名に、ローラが首を傾げる。
ワンダ:「あの子のことを……ずっと、自分のせいだって思ってる」
ワンダの声が僅かに震えた。
ローラはそれ以上、すぐには問いかけなかった。
だが。
ワンダと共に戦う仲間として。
そして今や、同じ一級兵士として。
ヴァレンを今なお縛り続けている過去を、知らないままではいられなかった。
ローラ:「……その」
ローラが少し言葉を選ぶ。
ローラ:「差し支えなければだが……聞かせてくれないか?」
ワンダ:「…………」
ワンダが顔を上げる。
ローラは真剣な眼差しで、彼女を見つめていた。
しばらくの沈黙。
やがてワンダは、静かに口を開いた。
ワンダ:「ヴァレンと私の、かつてのマスター――『宝条ルク』」
その名を口にした瞬間、ワンダの表情が僅かに曇る。
ワンダ:「……あの子の死が、今もヴァレンを縛り付けているんだと思う」
宝条ルク。
かつてワンダとヴァレンのマスターだった少女。
彼女と二機が共に過ごした、残酷で――それでも確かに幸せだった日々。
その記憶が、今。
ワンダの口から語られようとしていた。
第二十話【黒い理性、白い本能】終わり