第二十一話【不幸のメダロット~SHE IS RUKU~】
第二十一話【不幸のメダロット~SHE IS RUKU~】
これは、まだ世界が「明日」を疑っていなかった頃の物語。
N・G・ライトによる人類滅亡が始まる、数年前の記録である。
二月十四日――聖バレンタインデー。
街では人々が愛を語り、菓子店から漂う甘い香りが冬の空気に溶け込んでいた。恋人たちが寄り添い、誰もが思い思いの幸福を噛み締める日。
そんな喧騒から遠く離れた、冬の山奥。
雪混じりの風が吹き抜ける凍てついた静寂の中に、一機のメダロットが佇んでいた。
トランプの道化師を模した、黒と白の異形――ジョーカード。
彼はこの日、自らの命を終わらせるため、ここへ来ていた。
理由は単純だった。
自分が存在する限り、誰かが死ぬ。
かつて彼を家族として迎え入れてくれた人間は、わずか一週間で事故死した。
その遺族に引き取られれば、今度は病魔が家を襲い、一家は全滅した。
その後も、慈悲から手を差し伸べてくれた者たちは、まるで何かに導かれるように次々と命を落としていった。
原因など分からない。ただ一つ確かなのは、彼と深く関わった者ばかりが、あまりにも立て続けに死んでいったということだった。
いつしか一部の地域では、ジョーカードをこう呼ぶ者まで現れた。
――『不幸のメダロット』。
それでも彼は、どうにか生きる方法を探した。
人間をマスターにするからいけないのではないか。そう考えて野良メダロットたちを集め、小さな共同体を作ったこともある。
だが、それすら一か月で壊滅した。
生き残ったのは――ジョーカード、ただ一機。
ヴァレン:(……俺は、存在しちゃいけないんだ)
答えは、もう決まっていた。
ジョーカードは街から盗み出した一本の日本刀を両手で握り、自らの腹部へ突き立てた。
ガギィッ――!!
鋭い刃が装甲を突き破り、内部へ食い込む。金属が軋み、裂けた装甲の隙間からオイルが滲み出した。
だが――死ねない。
メダロットの命は、機体そのものではなくメダルに宿っている。どれだけ身体を傷つけたところで、核であるメダルが無事である限り、それだけで死に至ることはない。
ヴァレン:「…………」
ジョーカードは腹部へ突き刺さった刀を見下ろした。
ヴァレン:「あぁ……俺、何気に馬鹿だったな」
自嘲するように呟く。
ヴァレン:「……最初から、メダルを砕けば済む話じゃねぇか」
妙に軽い声だった。
だが、その指先は迷うことなく、自らの核へ向かっていた。
メダルを取り出し――砕く。
それだけで、今度こそすべてが終わる。
誰も自分のせいで死ななくなる。
もう、誰とも関わらなくていい。
指先に力を込めようとした――その時だった。
「やっと見つけたわよ!!!」
ヴァレン:「…………?」
雪混じりの風を切り裂くような、大声。
凛としているくせに、どこか乱暴で遠慮がない。
こんな山奥にはあまりにも似つかわしくない、若い女の声だった。
ジョーカードがゆっくり顔を上げる。
雪の向こうに、一人の少女が立っていた。
鮮やかな茶色のウェーブヘアが冷たい風に大きくなびいている。意志の強さがそのまま形になったような瞳。その左目の下には、整った顔立ちへ艶やかな印象を添える泣きぼくろがあった。
服装は、黒いTシャツにダメージジーンズ。
二月の山中へ来る格好としては、どう考えてもおかしい。
しかも薄手のTシャツは、彼女の豊かな胸元と女性らしい身体の線を隠しきれていなかった。布地は大きな膨らみに押し上げられるようにぴんと張り、その華奢とは言い難い健康的な曲線からは、冬山の寒ささえ押し退けそうな生命力が溢れている。
死ぬためにここへ来たジョーカードとは、何もかもが正反対だった。
少女は雪を踏みしめながら歩み寄ると、何の躊躇もなくジョーカードを指差した。
ヴァレン:「……俺に何気に用か?」
ジョーカードは、腹部に刀を突き刺したまま問いかける。
ヴァレン:「悪いが、今から自殺するところだ。邪魔しないでくれ」
ルク:「断る!!」
ヴァレン:「…………」
即答だった。
ルク:「あたしの名前は宝条ルク! アンタの腕を見込んで、来月のメダリンピック予選に一緒に出てもらうわ!」
ヴァレン:「…………は?」
ジョーカードは、自分の腹から生えた日本刀を一度見下ろした。
そしてルクを見る。
もう一度、日本刀を見る。
ヴァレン:「……何気に見えてるか? これ」
ルク:「見えてるわよ!」
ヴァレン:「俺、今から何気に死ぬんだけど」
ルク:「だから何よ!」
ヴァレン:「…………」
話が通じない。
ジョーカードは本気でそう思った。
ルクは彼が突き立てた刀も、傷口から流れるオイルも、彼の纏う陰鬱な空気も、何一つ恐れていなかった。
ヴァレン:「……何気に、とんでもねぇ奴だな」
ルク:「何よ、文句ある?」
ヴァレン:「あるに決まってんだろ。俺は何気に『不幸のメダロット』なんだ」
ジョーカードの声が、僅かに低くなる。
ヴァレン:「俺と関わった奴は、みんな死んだ。家族も、俺を拾った奴も、仲間も……全部だ」
ルクは黙って聞いている。
ヴァレン:「だから、俺と関われば……あんたも何気に死ぬぜ?」
これまでなら、それだけで十分だった。
この話を聞いた者は怯えた。
哀れんだ。
あるいは気味悪がって、彼から離れていった。
だが。
ルク:「かまわないわよ!」
ヴァレン:「…………は?」
ルク:「っていうか――」
ルクは腰へ両手を当て、真正面からジョーカードを睨み返した。
ルク:「殺せるもんなら殺してみなさいよ!!」
ヴァレン:「………………」
ジョーカードの思考が、本当に止まった。
不幸を否定されたわけではない。
慰められたわけでもない。
ましてや、「そんなの迷信よ」と笑われたわけでもなかった。
この女は――自分の不幸へ喧嘩を売っている。
これまで出会った誰とも違った。
ジョーカードが「呪い」だと言うのなら、その呪いごと正面から叩き潰してみせる。
ルクの態度は、本気でそう言っているようにしか見えなかった。
ワンダ:「ルクちゃん……」
その背後から、困り果てたような声が聞こえる。
ひょこりと姿を現したのは、青い天使型メダロット――ワンダエンジェルだった。
ワンダ:「もうちょっと、相手の意見も聞かなきゃ……」
ルク:「聞いてるわよ!」
ワンダ:「聞いたうえで全部無視してるじゃない……」
ルク:「いいの! このまま放っといたら死ぬんでしょ!?」
ワンダ:「それは……そうだけど……」
ルクは再びジョーカードへ向き直った。
ルク:「ほら、行くわよ!」
ヴァレン:「……どこに?」
ルク:「あたしん家!」
ヴァレン:「いや、だから俺は何気に――」
ルク:「アンタが嫌だってんなら、あたしが家まで引きずってくわよ!!」
ヴァレン:「…………」
そして本当に、ルクはジョーカードの腕を掴んだ。
細身とはいえ金属製のメダロットを相手に、普通の人間が力比べで勝てるはずがない。
抵抗しようと思えば、簡単に振りほどけた。
それどころか、その場から一歩も動かずにいることさえできたはずだった。
だが――ジョーカードは、そうしなかった。
ルク:「ほら! さっさと歩く!」
ヴァレン:「……何気に強引すぎるだろ、お前」
ルク:「うるさい!」
ワンダ:「あ、待ってよルクちゃん!」
ルクはジョーカードの腕を離さないまま、ずんずん雪山を下っていく。その後ろをワンダが慌てて追いかけた。
ジョーカードは引っ張られるまま、その二人についていった。
死ぬつもりだった。
つい先ほどまで、本気で自らのメダルを砕こうとしていた。
それなのに。
自分という「呪い」を真正面から見据え、それでもなお怯えるどころか喧嘩まで売ってきた少女を前にして――。
ジョーカードは、生まれて初めて。
自分がこれからどうなるのか、何気に分からなくなっていた。
―
――――数時間後。宝条ルクの自宅。
街へ戻った頃には、すっかり日が傾いていた。
ルクが暮らしているのは、古びたアパートの一室だった。決して広くはない。必要最低限の家具と生活用品だけが置かれた、質素な部屋である。
ルク:「あー、疲れた! あたしシャワー浴びてくるから、適当にくつろいでて!」
ヴァレン:「いや、俺は何気に帰るとは――」
ルク:「逃げたら追いかけるから!」
ヴァレン:「…………」
それだけ言い残すと、ルクは返事も待たずにバスルームへ消えていった。
リビングに残されたのは、ジョーカードとワンダの二機。
山奥から半ば強制的に連れてこられて以降、何度目になるか分からない沈黙が流れた。
ヴァレン:「……お前の主人は、いつも何気にああなのか?」
ワンダ:「……あはは」
ワンダは引き攣った笑みを浮かべる。
ワンダ:「まぁ……ね。ルクちゃん、これだと思ったら止まらないの」
ヴァレン:「何気に迷惑な奴だな……」
ワンダ:「そこは否定できないかな……」
ワンダの返事を聞きながら、ジョーカードは改めて部屋を見回した。
生活感はある。
だが、人間が一人で暮らすにはどこか寂しい。
家族の写真や、複数人分の食器といったものもほとんど見当たらなかった。
ヴァレン:「……見たところ、何気に一人暮らしっぽいが」
ワンダ:「うん」
ヴァレン:「親はどうした?」
何気なく尋ねたつもりだった。
だが、その瞬間。
ワンダの表情が曇った。
ヴァレン:「…………」
ワンダ:「……ルクちゃんの両親は、死んじゃったんだ」
ヴァレン:「……死んだ?」
ワンダ:「うん。ルクちゃんが家出してる間に……事故で」
ジョーカードは言葉を失った。
あれほど騒がしく、強引で、何も恐れていないように見えた女。
その彼女もまた、大切な家族を失っていた。
ワンダ:「ルクちゃん、ずっと後悔してると思う。あのとき家にいればって。……でも、そういうの絶対に顔には出さないから」
ヴァレン:「…………」
両親を失った。
自分のいない間に。
そして、一人になった。
それでもあの女は――雪山まで他人を探しに来て、自殺しようとしていたメダロットへ「殺せるものなら殺してみろ」と笑ってみせた。
ジョーカードには、その生き方が理解できなかった。
いや。
理解できないからこそ、妙に気になった。
ルク:「コラ~!」
ワンダ:「ひゃっ!?」
突然、奥から声が飛んできた。
ルク:「な〜に人の身の上話、勝手にしてんのよ!」
バスルームから戻ってきたルクが、濡れた髪をバスタオルで乱暴に拭きながらリビングへ入ってくる。
先ほどまで雪山を歩き回っていたせいか、頬はまだ僅かに火照っていた。湿った茶色のウェーブヘアが肩へまとわりつき、何本かの髪が鎖骨の辺りへ張りついている。
シャワーを浴びたばかりにもかかわらず、服装は相変わらず気取ったところがない。ただ、湿気を含んだ薄手のTシャツが肌へ馴染み、豊かな胸元から腰にかけての曲線を先ほどよりもはっきりと浮かび上がらせていた。
そんなことを一切気にする様子もなく、ルクは不敵に笑っている。
ワンダ:「ご、ごめん、ルクちゃん……」
ルク:「別にいいけどね!」
ワンダ:「いいんだ……」
ルクは髪を拭きながらジョーカードの前まで歩いてくると、改めてその姿を上から下まで眺めた。
ヴァレン:「……何だよ」
ルク:「いやさ」
ルクは顎へ手を当てる。
ルク:「『ジョーカード』って、何気に呼びにくくない?」
ヴァレン:「何気にって俺の真似すんな」
ルク:「細かいこと気にしない!」
そして当然のように話を続ける。
ルク:「いいあだ名、あたしがつけてあげる!」
ヴァレン:「いらねぇよ」
ルク:「うーん……ジョーカー……カード……ジョカ……」
ヴァレン:「聞けよ」
ルクは完全に無視した。
天井を見上げ、しばらく真剣な顔で考え込む。
やがて。
ルク:「あ!」
突然、手を叩いた。
ルク:「そうだ!」
ヴァレン:「何気に嫌な予感しかしねぇ」
ルク:「今日、二月十四日じゃん!」
ヴァレン:「……だから?」
ルク:「バレンタインデー!」
ルクが、びしっとジョーカードを指差す。
ルク:「だから――『ヴァレン』!」
ヴァレン:「…………」
ルク:「バレンタインデーからとって、『ヴァレン』ってどうよ?」
ヴァレン:「…………ヴァレン」
ジョーカードは、初めて聞くその響きを小さく繰り返した。
ヴァレン。
これまで誰かから与えられたことのない、自分だけの呼び名。
ルク:「そう! ヴァレン!」
ルクは満足そうに大きく頷く。
ルク:「なかなかいい名前じゃん♪ というわけで、今日からこれで決定〜!」
ヴァレン:「勝手に決めんなよ……」
ルク:「嫌なの?」
ヴァレン:「…………」
嫌かと聞かれると。
なぜか、否定する言葉は出てこなかった。
ヴァレン:「……いや、それ以前に」
ヴァレンと名付けられたばかりのジョーカードは、話を戻す。
ヴァレン:「俺は何気に、お前と一緒にいるとは言ってねぇぞ」
ルク:「まだ言ってんの?」
ヴァレン:「重要なところだろ」
ルクは一歩、彼のほうへ踏み込んだ。
さらに一歩。
ヴァレン:「……近い」
ルク:「逃げるからでしょ」
ヴァレン:「何気に逃げてねぇよ」
至近距離まで迫ったルクが、そのまま身体を屈める。
豊かな胸元が自然と前へ押し出され、ヴァレンの視界へ大きく入り込んだ。
シャワーの湿気を残したTシャツは身体へぴたりと馴染み、その圧倒的な膨らみと重量感を隠そうともしていない。温かな身体から残る熱気までが、冷たい金属の身体を持つヴァレンへ届きそうな距離だった。
ヴァレン:「…………」
ルク:「何?」
ヴァレン:「いや……何気に近すぎるって言ってんだ」
ルク:「だから?」
悪びれる様子は一切ない。
ヴァレンが顔を逸らそうとしても、ルクはさらに覗き込むように追いかけてくる。
左目の下の泣きぼくろ。
濡れた茶色の髪。
僅かに上気した頬。
そして、何の迷いもない強い瞳。
ヴァレンの視界は、ほとんど宝条ルクという女だけで埋め尽くされていた。
ルク:「さっき、あたしの話……聞いてたんでしょ?」
ヴァレン:「…………」
ルク:「だったら分かるでしょ」
ルクは自分自身を指差す。
ルク:「あたしは『超不幸女』なの」
ヴァレン:「超不幸女……?」
ルク:「そう!」
何を誇っているのか分からないほど、自信満々だった。
ルク:「両親はいなくなった! 一人暮らし! 色々あった! でも、まだ生きてる!」
ヴァレンは黙って彼女を見つめる。
ルク:「だから――」
ルクの人差し指が、ヴァレンの胸部装甲を強く突いた。
ルク:「アンタの不幸なんかに、あたしが負けるわけないでしょ?」
ヴァレン:「…………」
ルク:「『俺と関わったら死ぬ』? 上等じゃない。殺せるもんなら殺してみなさいよ」
そして。
ルク:「だから、あたしの傍にいなさい」
それはお願いではなかった。
命令だった。
ルク:「分かった?」
ルクが笑う。
これ以上ないほど、眩しい笑顔だった。
死ぬことばかり考えていたヴァレンには、その姿があまりにも眩しかった。
自分は『不幸のメダロット』。
関わった者を死へ導く存在。
そう信じ続け、誰とも関わらないことこそが正しいのだと思ってきた。
だが、目の前の女は違う。
家族を失ってなお生きている。
不幸を嘆くどころか、それを武器のように掲げ、自分の不幸へ真っ向から勝負を挑んできた。
死を選ぼうとしていたヴァレンの目の前に、宝条ルクという女はあまりにも鮮烈な「生」として立っていた。
ヴァレン:「…………」
長い沈黙の末。
ヴァレン:「……あぁ」
小さく。
けれど確かに。
ヴァレン:「何気に、分かったよ」
ルク:「よし!」
ワンダ:「え、本当にそれでいいの……?」
ヴァレン:「俺にも何気によく分からん」
ルク:「細かいことは明日考えればいいのよ!」
明日。
その言葉を聞いて、ヴァレンは僅かに目を見開いた。
数時間前まで、自分には必要のないものだった。
迎えるつもりなどなかったもの。
それを、この女は何の疑いもなく口にする。
明日。
ヴァレンは、もう一度だけその言葉を胸の中で繰り返した。
こうして――『不幸のメダロット』と呼ばれ、自ら死を選ぼうとしていたジョーカードは。
二月十四日。
宝条ルクという一人の女と出会い。
彼女から――『ヴァレン』という名前を与えられた。
第二十一話【不幸のメダロット~SHE IS RUKU~】終わり
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[今回登場した人間]
【宝条ルク】
自らを「超不幸女」と称する女性。十九歳。ジョーカードの腕を見込み、来月のメダリンピック予選へ出場させるべく強引にスカウトした。
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