【完結】DISAPPEARANCE   作:土地_0000

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第二十五話【不幸のメダロット~THE BIRTH OF "GOD" AND "LOVED"~】

第二十五話【不幸のメダロット~THE BIRTH OF "GOD" AND "LOVED"~】

 

 

 メダリンピックが終わってから、しばらくルクはマスコミに追い回され、

 ヴァレンも謎のメダロットとして何度も写真を撮られた。

 ほとぼりが冷めたのは3ヶ月くらいたってからである。

 

 元の平和な生活が戻りしばらく経ち、ルクの寝相の悪さにもヴァレンが慣れてきた頃だった。

 もうこの幸せな生活は終わらない。そう誰もが思っていた。

 

 しかし、幸福とは、これほどまでに脆く、砂の城のようなものだったのか。

 永遠に続くと思われた穏やかな午後は、唐突に断絶された。

 

 リビングのテレビが、突如として砂嵐に呑まれる。

 三十秒ほどの耳障りなノイズの後、画面に映し出されたのは、あまりに神々しく、

 そしてあまりに禍々しい白銀のメダロットだった。

 

『番組の途中だが、愚かな人間諸君、失礼する。私はエデンのリーダー、N・G・ライト』

 

 一切の感情を排した声。

 カメラが切り替わると、そこには「物」のように積み上げられた人間の死の山があった。

 

『今映っていたのはこのTV局の人間達だ。これでこの放送が冗談ではない事が分かって頂けたと思う』

 

 カメラが再びN・G・ライトへと切り替わる。彼は死の山を背に、微動だにせず空中に浮遊していた。

 

『我々は愚かな人間達に恨みを持つ者の集団、エデン。そして私がそのリーダー、N・G・ライトだ』

 

 ブゥン、と低い駆動音と共に、彼のバイザーの奥で眼光が鋭く明滅する。

 

『我々はこれより全人類に総攻撃を開始する。……ただし、安心したまえ』

 

 一瞬の静寂。彼は首をわずかに傾げ、どこか楽しげですらある声色で続けた。

 

『メダロット達の命だけは保障する。抵抗さえしなければな。神である私は、人類のいないメダロットだけの……神だけの新世界を創造しよう』

 

 画面がノイズで歪む中、彼の顔が画面いっぱいにアップになる。

 

『では愚かな人間諸君、死のカウントダウンをするがいい……』

 

 それが、地獄の幕開けだった。

 リミッターを解除し、生存本能を闘争本能へと書き換えられたエデン軍の侵攻は、数日のうちに文明を瓦礫へと変えた。

 そして、その魔の手はルクたちの住む街へも及んだ。

 

 

 

 

「神よ。まもなく、世界一のメダロッターがいるとされる区画に到達します」

 

 

ライト:「最もメダロットを使役する能力が高い個体か……。そいつだけは神である私だけで始末しよう……」

 

 街は火の海だった。

 エデンの兵士たちは、抵抗するパートナーメダロットたちに対し、頭部パーツのみを瞬時に粉砕して機能を停止させていく。

 それはN・G・ライトが命じた「愛ある破壊」――苦しみを知らぬうちに眠りにつかせるという、歪んだ神の慈悲だった。

 

 

 

 

 ルクの家の扉が、静かに、けれど逃れようのない重圧と共に開かれた。

 

 

ヴァレン:「ワンダ! ルクを連れて隠れてろ!!」

 

 ヴァレンは、震えるルクをワンダに託し、リビングの中央に立った。

 

ライト:「……滑稽だな。神が、人間を護って私を睨むか。だが、その瞳に宿る意志……嫌いではないぞ」

 

 目の前に立つのは、テレビで見た「神」、N・G・ライト。

 激突は一瞬だった。ヴァレンが渾身のサクリファイスを放とうとした瞬間、

 N・G・ライトは物理法則を無視したかのような機動でその懐に潜り込んだ。

 

 そして、掌を一瞬にして膨張させてヴァレンの胴体を掴み上げた。

 

ライト:「宝条ルクはどこだ」

 

ヴァレン:「誰が……お前なんかに……ッ!!」

 

ライト:「神である私はメダロットの殺しは嫌いなのだが、……仕方がない」

 

 N・G・ライトは、ヴァレンをそのまま背後の壁へと猛烈な勢いで叩きつけた。

 万力のような左手がヴァレンの肩を壁に固定し、ひしゃげるような金属音が室内に響き渡る。

 壁に縫い付けられ、身動きの取れなくなったヴァレン。

 その無防備に晒された――魂の核であるメダルへ向けて、

 N・G・ライトは右手の鋭利な人差し指をゆっくりと引き絞った。

 

ライト:「さらばだ、勇気ある愚者よ」

 

 突き出された指先は、まるで銀の槍だった。ヴァレンのメダルを貫き、一瞬で機能を停止させるための一撃。

 だが、その指先が金属の肌を捉える直前。

 

 ――滑り込む影があった。

 

「やめてえええええええええええええっ!!!」

 

 死角となっていたクローゼットから飛び出したルクが、壁とN・G・ライトのわずかな隙間に全力で飛び込んだのだ。

 彼女は、壁に固定されたヴァレンの胸を覆い隠すように、その細い腕で彼に抱きついた。

 

 ――グシャリ、と。

 

 突き出された指の軌道上に、彼女の身体が割り込む。

 その指先は、メダルではなくルクの背中——そして腹部を、容易く貫通していた。

 

ヴァレン:「…………ル、ク……?」

 

ルク:「へ……へへ……見てらんなくてさ……」

 

 目の前、わずか数センチ。

 ヴァレンのセンサーが見たのは、自分に抱きつき、苦痛に耐えながらも満足そうに微笑むルクの顔だった。

 N・G・ライトは、自らの指が貫いた「感触」の違いに、聖母のような慈愛の眼差しでそれを見つめ、静かに指を引き抜いた。

 

ライト:「……己の命を投げ出して、神(メダロット)を救うか。 見くびっていたようだ。貴様は……「愚かな」人間ではなかったようだな。喜べ。神である私が、人類で唯一、貴様だけは敬意に値すると認めてやろう。……さらばだ」

 

 ヴァレンを固定していた拘束が解け、二人は重なり合うように床へと崩れ落ちた。

 N・G・ライトは、まるで儀式を終えた司教のように静かにその場を去った。

 後には、崩れ落ちる少女と、彼女を受け止めることしかできない機械の身体が残された。

 

 

 

 

 血の匂い。焼けた鉄の匂い。

 ヴァレンは、力なく横たわるルクを必死に抱き寄せた。

 

ヴァレン:「ルク……!! おい、ルク!! 返事しろ!!」

ワンダ:「ルクちゃん!!ごめんなさい…私がしっかりルクちゃんを抑えてたら…。」

 

 もはやルクの瞳に光はなく、その身体はひどく重くなっていた。

 ワンダが狂ったように癒しの光を放ち続ける。

 けれど、抉られた肉体から溢れ出す命の奔流は、いかなる力をもってしても止めることはできない。

 

 悲しみ、絶望、そして自らの無力さへの怒り。ワンダの激情が限界を超えた、その時。

 ワンダの光学センサーの端から、一雫の液体が溢れ出した。通常の冷却液でも、オイルでもない。

 青白く、神々しい光を湛えた未知のエネルギーの雫。

 それが、ゆっくりとルクの頬へと落ちた。

 

ヴァレン:(ワンダが……メダロットの癖に涙を!?)

 

 直後、奇跡が起こった。

 死の深淵に沈んでいたルクが、大きく息を吸い込み、その瞳に再び確かな「生」の熱を宿したのだ。

 

ルク:「……ヴァ……レン……。ワンダ……」

 

ヴァレン:「ルク!! よかった……何気に、生きてたか!!」

 

 ルクは、自分を抱きしめるヴァレンを見つめ、静かに口端を吊り上げた。

 

ルク:「ううん…多分もう長くはないわ…ちょっとだけ…命が延び…ただけ…っぽい。ワンダが、ちょっとだけ……時間、くれたから……二人とも……最期は傍にいて……ね?」

 

 その姿は、あまりに凄惨だった。

 腹部には無惨な風穴が開き、衣服はどす黒い鮮血に染まり、鉄の匂いが立ち込めている。

 流し続けた涙の跡が、頬に付着した煤(すす)と混じり、彼女の顔をぐしゃぐしゃに汚していた。

 

 だが。

 

ルク:「もう死ぬのにね……凄く幸せなんだ……ヴァレンとワンダが……いてくれるからかな…?」

 

 血を吐きながら、涙に顔を歪めながら、それでも彼女が見せたその「笑顔」は。

 かつて栄光を極めたメダリンピックの表彰台で見せた笑顔よりも。

 どんな宝石よりも、どんな星空よりも。

 死の淵で汚れ果て、壊れかけながら微笑む彼女の姿は、ヴァレンの瞳に生涯で最高の「美」として焼き付いた。

 

ルク:「やっぱ……あたし……何度も言ってるけど……ワンダとヴァレンが大好き……」

 

 段々とルクの声が弱弱しく、小さくなっていったので二体はルクの口元に頭を近づけて声を聞かなければならなかった。

 

ルク:「そうだ……ヴァレンには最期に……聞きたい事があったの……」

 

ヴァレン:「最期なんて……そんな、そんなことを言うな!!」

ワンダ:「ルクちゃん、待ってもう一度今の涙出すから!!」

 

 狂ったように叫ぶヴァレン。

 先ほどの奇跡をもう一度起こそうと躍起になるワンダ。

 ルクは二体の肩にそっと手を置いて、自分の言葉を聞くようになだめる。

 

 そして、静かに、掠れた声で尋ねる。

 

ルク:「……ヴァレン……あたしのこと……好き……?」

 

ヴァレン:「……何気に、じゃない。……"絶対に"、好きだ。……俺は、ルクといる時が……世界で一番、幸せだった……!!」

 

 ヴァレンの慟哭に応えるように、ルクが最期の力を振り絞って身体を持ち上げた。

 

 ――触れた。

 

 冷たい金属の唇の跡に、血の味のする、けれど誰よりも温かい彼女の唇が重なった。

 唇を離すと、ルクはもう一度だけ、その汚れた顔で、世界で最も美しい――「生」の輝きに満ちた笑顔を見せた。

 

ルク:「嬉しい……。……ほんとに、しあ、わ………………」

 

 ルクの指から力が抜けた。

 握りしめていた温もりが、不自然なほど冷たい質量へと変わる。

 あの寝相の悪い、強情で逞しく、世界で一番不幸で――そして、世界で一番幸せだった少女の時間が、永遠に止まった。

 

ヴァレン:「ルク……? おい、ルク……!! 何気に返事しろよ!! ルクゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

 夕闇の迫る部屋。主(マスター)を失った機械の悲鳴が、廃墟となった街に響き渡った。

 

 

 数日後。

 瓦礫の山にポツリと一つ、簡素な墓標が立てられた。

 ヴァレンは墓の前で静かに手を合わせると、立ち上がり、ワンダに背を向けて言った。

 

ヴァレン:「……俺は、やっぱり死ぬべきだったんだ」

ワンダ:「……えっ?」

 

 ワンダが振り返った時、ヴァレンは既に弾丸のような速さで走り去っていた。

 主を失い、そしてその悲しみを共有する友が消え、ワンダは呆然と立ち尽くした。

 

 

 

 風を切る音が、鼓膜の奥で激しく鳴り響く。

 ヴァレンは全速力で駆けていた。向かう先は、かつて彼女に出会った、あの凍てつく冬の山だ。

 

 (……何が『最高のパートナー』だ)

 

 加速するたびに、論理回路が自らを激しく罵倒する。

 ルクが最期に残した「温もり」が、今も唇のセンサーに焼き付いて離れない。

 その熱が、冷たい金属の体躯を内側から焼き焦がしていくようだった。

 

 (俺は不幸のメダロットだ。自分と一緒にいればルクが幸せになれるなんて、そんな傲慢な幻想を抱いた瞬間に、俺が彼女を殺したんだ)

 

 視界がノイズで歪む。それは涙を知らぬ機械の、やり場のない激情の表れだった。

 かつてルクに強引に引きずり降ろされたあの山道を、今は自らの意志で逆流していく。

 周囲の景色は、N・G・ライトが望んだ通りの、生命の拍動が絶えた灰色の世界へと変わり果てていた。

 太陽を失ったヴァレンにとって、この荒廃した地球(ほし)の姿こそが、自分の内面そのものに思えた。

 

(待ってろ、ルク。今すぐ……お前のいない、この『不幸な世界』から消えてやるから)

 

 心臓であるメダルが限界を超えて唸りを上げる。

 彼は、自らの存在そのものが、彼女の人生に刻まれた唯一にして最大の「バグ」であったと確信していた。

 そのエラーを修正する唯一の手段は、自分自身の消滅以外にない。

 頂上が見えてくる。

 ヴァレンはかつて自殺を試みたあの場所へと辿り着くと、一切の躊躇なく自らのメダルを握り潰そうと手を振り上げた。

 

 

 だが、その腕を、二つの強力な圧力が制止した。

 

 

アークビートルD:『君。……今、何をしようとした?』

ティレルビートル:『死ぬ気か。ならばその命、N・G・ライトへの復讐に懸けないか?』

 

ヴァレン:「…………復讐?」

 

 赤と青の騎士。

 絶望の底で差し伸べられた二つの手――それが、反エデン組織『ラヴド』誕生の瞬間だった。

 

 

 

――そして再び、現在へ。

 

 

 

 荒廃した街。風化しつつある墓標の前に、ジョーカード――ヴァレンが立っていた。

 彼は静かに手を離し、誰にも見えぬ仮面の裏で、かつてのルクと同じ不敵な笑みを作った。

 

ヴァレン:「フゥ……。何気に寄り道が長すぎたな。……さて、黒メダリアと白メダリア、探しに行くとしますか」

 

 あの日、汚れ果てた顔で微笑んだ彼女が遺した、永遠の「愛」――

 それは「呪い」として、彼を繋ぎ止めていた。

 

 

第二十五話【不幸のメダロット~THE BIRTH OF "GOD" AND "LOVED"~】終わり

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