第二十七話【トゥルース、休暇中】
――――新ラヴド軍本部・『ビッグブロック』。
司令官室の大型モニターに、一件の通信ログが表示されていた。
発信元は――すすたけ村。
かつてワンダたちが『ソウス』を回収した際に出会った、あの老人メダロットたちから送られてきたものだった。
『……ラヴドの天使様、聞こえるかの? 先日、村の裏手にある古い祠から、妙なものが見つかりましてな』
映像の向こうで、老人が何かを大事そうに抱えている。
『真っ白に透き通っておって、見たこともないほどの熱量を放つ……「メダリア」のような珠ですじゃ。村の衆とも相談したんじゃが、これはあんた達に預けるのが一番じゃろうという話になりましてな』
通信が終わる。
ビーストマスターはしばらく画面を見つめてからログを閉じ、デスクの前に並ぶ三機へ向き直った。
ワンダ。
ディスト。
ローラ。
新たに一級兵士となったL班の三機だった。
ビーストマスター:「……状況は理解しましたね」
ワンダ:「はい」
ビーストマスター:「これは軍用の暗号回線ではなく、すすたけ村から送られた一般通信です。すでにエデン側へ傍受されている可能性があります」
ディスト:「じゃあ、エデンも村へ向かってるかもしれないってこと?」
ビーストマスター:「その可能性を考慮すべきでしょう」
ビーストマスターが、先ほどの映像を再び静止画で表示する。
老人の手には、白く透き通った小さな物体が映っていた。
ビーストマスター:「これが本当に『白メダリア』であるかは、まだ確認できていません。しかし、特徴はティレルビートル前リーダーの遺録と一致する部分が多い」
ローラ:「……ならば、確かめに行けばよいのですね」
ビーストマスター:「ええ。諸君ら一級兵士としての最初の任務は、白メダリアと思われる物体の確認および確保。そして、すすたけ村の住民の保護です」
ビーストマスターの声が僅かに強まる。
ビーストマスター:「エデンに先を越されるわけにはいきません。直ちに出撃を」
ワンダ:「了解しました!」
ワンダは敬礼した後、少しだけ表情を緩めた。
ワンダ:「……あのお爺さんたち、またお宝見つけたんだ。相変わらずというか……」
ディスト:「本物かは分かんないけどね」
ローラ:「行けば分かる。急ぐぞ」
こうして三機は最新鋭の輸送機へ乗り込み、再び懐かしいすすたけ村を目指した。
―
――――「エデン」本部・リーダー室。
静かな室内へ、やけに派手な電子音が響いた。
デュオカイザー:「カヲス様ぁ〜♪ 失礼しちゃぅゎねぃ。ぉ仕事中にごめんなさ〜ぃ♪」
入ってきたのは、エデン軍リーダー直下諜報部『トゥルース』の主任――デュオカイザーだった。
相変わらず、戦争中とは思えないほど陽気な調子である。
カヲスは端末から目を離すこともなく、短く答えた。
カヲス:「……何だ。私は……忙しい…………」
デュオカイザー:「ぁらぁ、冷たぃゎねぃ」
デュオカイザーは気にした様子もなく、カヲスの机へ身を乗り出す。
デュオカイザー:「例の『本部爆破』、完璧にこなしたゥチの可愛い部下たちのことょ。ねぇカヲス様。そろそろ『ご褒美』、頂いてもぃぃかしらぁ?」
ようやくカヲスの手が止まった。
トゥルースは、エデン軍リーダー直下に置かれた諜報部である。
一般部隊とは異なる独立した指揮系統を持ち、通常の兵士たちのように戦功によって階級を上げていく組織ではない。
その代わり、大きな任務を成功させれば、内容に応じた報酬がリーダーの裁量によって与えられることがあった。
デュオカイザー:「ぁの子たち、ボロボロになりながらラヴドのリーダーまで始末してきたのょ? ……まさか何も無しってことは、ぁ・り・ぇ・な・ぃ……ゎょねぇ~?」
カヲス:「…………」
カヲスはしばらく黙り込んだ。
カヲス:「……分かった」
デュオカイザー:「ぁら♪」
カヲス:「セルヴォとビートに……十日間の完全休暇を与える」
デュオカイザー:「まぁ♪ 流石はカヲス様ぁ!」
カヲス:「……その間……君も私の前に現れないのなら……追加で五日増やしてもいいが?」
デュオカイザー:「ぁらん! 流石はカヲス様、話が早ぃわねぃ♪」
こうして、泥沼の戦争の最中にあっては珍しい『完全休暇』が、二機の諜報員へ与えられた。
……なお、セルヴォとビートの休暇期間は、そのまま十日間だった。
―
――――すすたけ村。
エデンとラヴド、二つの勢力圏の境界近くに位置する小さな村。
メタルビートルとエデンとの間では、『村の安全を守る』という約束が交わされていたが、それは個人とエデンとの間に結ばれたものだった。
実際、フォー・パーツを巡る作戦では一度その約束を踏み越えられ、村そのものが戦場となっている。
それでも、その時に住民の死者は出なかった。
完全に無視されているわけではない。
だが、軍事作戦上の都合が生じれば、個人との約束よりそちらが優先される。
そんな――守られているようで、決して盤石ではない平穏の中で、すすたけ村は今も存在していた。
その村の片隅。
古びた酒場『アンティーク・オイル』のカウンターに、二機のメダロットが並んでいた。
セルヴォ:「さて……やっぱ休暇っつったら、すすたけ村だよな」
ビート:「ああ、そうだな」
セルヴォとビート。
つい先日まで命懸けでラヴド本部へ潜入していた二機は、諜報員としての顔を完全に脱ぎ捨て、今はただの客としてカウンターに座っていた。
セルヴォが、一本のボトルを静かに置く。
セルヴォ:「さて……これが闇市で三百万はする珍品だ」
ビート:「ほう」
セルヴォ:「一世紀前――まだ人間とメダロットが『お友達』だった時代に作られた、伝説のヴィンテージオイル……『ヘベレケスペシャル』」
色褪せたラベルが、その年月を物語っている。
今では製法そのものが途絶えたとも言われる希少品だった。
二機は慎重にグラスへ黄金色のオイルを注ぐ。
カチン。
軽くグラスを合わせると、澄んだ金属音が店内へ響いた。
ビート:「…………」
ビートが一口飲む。
ビート:「美味いな。今の戦場に溢れている粗悪な代替品とは、まるで違う」
セルヴォ:「さて、だろ?」
セルヴォも満足そうにグラスを傾ける。
セルヴォ:「ビート。あんたと組んで随分経つな」
ビート:「急にどうした」
セルヴォ:「さて……仕事は地獄だが、こういう瞬間のために生きてるんだよな、俺たちは」
ビート:「…………」
ビートは僅かにグラスを持ち上げた。
ビート:「否定はしない」
二機はそのまま、静かにヴィンテージオイルを味わっていた。
その頃――。
―
すすたけ村の入口から少し離れた外周部。
輸送機を降りたワンダ、ディスト、ローラの三機は、村へ向かう途中で足を止めていた。
ワンダ:「…………」
茂み。
岩陰。
壊れかけた建物の影。
そこから、次々とメダロットが姿を現す。
十数機。
エデンの一般兵だった。
村へ直接踏み込むことはせず、その外周でラヴドが現れるのを待ち伏せていたらしい。
「見つけたぞ! ラヴドのフォー・パーツ持ちだ!」
「こいつらの首を獲れば、俺たちだって昇進できるぜ!」
エデン兵たちが武器を構える。
かつて初めてこの村を訪れた時なら、ワンダたちも動揺していたかもしれない。
だが。
今は違った。
ワンダ:「…………」
ワンダは相手の構えを見回した。
ワンダ:「悪いけど……その構え方見るに、あんまり強くなさそう」
「何だと!?」
ワンダ:「やめた方がいいと思うけど」
「舐めやがって! やれ、者共ッ!!」
一斉に火器が火を噴いた。
複数のミサイルが三機へ迫る。
ディスト:「遅い!」
ディストが右腕を上げた。
アウェイビーム。
閃光が走る。
一発。
二発。
三発。
迫っていたミサイルが、狙い澄ました射撃によって次々と空中で撃ち抜かれた。
「なっ――!?」
ディスト:「まだだ!」
間髪入れず、もう一射。
光線が敵機の右腕を正確に捉え、射撃パーツを焼き切る。
「ぐあっ!!」
武器を失った兵士が後退する。
かつて狙った相手にろくに当てられなかった『当たらない狙撃手』の姿は、もうどこにもなかった。
ローラ:「妾も行くぞ」
ローラが地を滑るように敵陣へ踏み込んだ。
ローラ:「……凍りつけ」
左拳が地面すれすれを薙ぐ。
極低温の波動が敵陣へ広がった。
「うわっ!?」
「脚が……!」
三機の脚部が一瞬にして凍結し、その場から動けなくなる。
ローラ:「遅い」
続けて一機を拳で弾き飛ばし、その勢いのまま次の敵へ向き直る。
無駄のない動きだった。
ワンダ:「よーし……私も!」
ワンダが左腕を掲げる。
ワンダ:「ソウス――変換!!」
回復能力を攻撃用レーザーへ変換。
閃光が走った。
一機。
さらに一機。
敵の頭部パーツを正確に撃ち抜き、次々と機能停止へ追い込んでいく。
「くそっ……!」
「強すぎるだろ、こいつら……!」
数で押そうとしていた兵士たちは、完全に戦意を失っていた。
それから僅か数十秒。
十数機いた監視部隊は、ほぼ全機が戦闘不能となった。
ワンダ:「…………」
ワンダが周囲を見回す。
ディストもローラも、大きな損傷はない。
ワンダ:「……なんか、あっさりだったね」
ディスト:「うん……」
ワンダ:「ひょっとして私達って……」
少しだけ嬉しそうに笑う。
ワンダ:「強くなった?」
―
一方。
酒場『アンティーク・オイル』。
「た、大変です!!」
入口の扉が勢いよく開いた。
逃げ延びた一機のエデン兵が、息を切らしながら店へ飛び込んでくる。
「トゥルースのお二人ですよね!? 今、村の入口近くで例の三機組と戦闘になって、我が軍が……!」
セルヴォとビートが振り返る。
だが。
二機とも、グラスを置かなかった。
セルヴォ:「さて、だからどうした」
「……は?」
セルヴォ:「俺たちは、休暇中だ」
「な、何を言ってるんですか!? 緊急事態ですよ!」
兵士が声を荒らげる。
「トゥルースはプロフェッショナルだと聞いていたが、同胞を見殺しにするんですか!?」
セルヴォの動きが止まった。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと、グラスをカウンターへ置く。
「…………」
それだけで、兵士が口を閉ざした。
セルヴォ:「さて」
セルヴォが振り返る。
セルヴォ:「俺たちは公私混同をしない」
「…………」
セルヴォ:「仕事とプライベートの間には、鉄より固い線を引く。そして仕事なら仕事を。休むと決めたなら休暇を。どちらも完璧にやり遂げる」
僅かに間を置く。
セルヴォ:「さて、それが俺たちの言う『プロフェッショナル』だ」
「いや、でも――」
ビート:「それ以前の問題だ」
ビートが淡々と口を開く。
ビート:「お前達一般兵に、エデン軍リーダー直下諜報部である俺たちへの指揮権はない」
「…………」
ビート:「邪魔をするな」
「は、はい……!」
兵士は完全に気圧され、逃げるように酒場を飛び出していった。
扉が閉まる。
静寂が戻った。
セルヴォ:「…………」
セルヴォがグラスへ手を伸ばす。
セルヴォ:「さて……酒が不味くなる前に、二杯目といくか。相棒」
ビート:「ああ」
ビートも自分のグラスを差し出した。
ビート:「戦場に戻れば、また地獄が待っているからな」
セルヴォ:「さて、その通り」
黄金色のヴィンテージオイルが、再び二つのグラスへ注がれる。
カチン。
すすたけ村の小さな酒場に、澄んだ音が響いた。
第二十七話【トゥルース、休暇中】終わり