第二十九話【DISAPPEARANCE】
白メダリア。
九年前、ジョーカードがN・G・ライトのメダルを破壊した際、その中心核から生まれたとされる未知の物質。
一級兵士となったワンダ、ディスト、ローラによってすすたけ村から持ち帰られたそれは、直ちに新ラヴド軍本部『ビッグブロック』の仮設指令室へ運び込まれた。
強化ガラスと電磁シールドに囲まれたチャンバーの中で、白い珠は周期的な明滅を繰り返している。
解析モニターに映し出されているのは、通常のメダリアとは比較にならないほど巨大なエネルギー反応だった。
それがN・G・ライトの力をどれほど受け継いでいるのか。
何のために生まれたものなのか。
現在の解析だけでは、そこまで断定することはできない。
だが少なくとも――極めて危険な物体であることだけは間違いなかった。
――――新ラヴド本部『仮設指令室』。
ホログラムの青白い光が室内を照らす中、リーダー代行となったビーストマスターは、モニターに表示された解析結果を見つめていた。
ビーストマスター:「……現在までの解析では、このメダリアから放出される膨大な指向性エネルギーを、我々の制御システムで完全に御することは困難です」
画面を切り替える。
ビーストマスター:「無理に装備すれば、機体へどのような影響が出るかも分かりません。少なくとも、現時点でラヴド側から適合者を選ぶのは危険でしょう」
その隣に立っていたブラックメイルが、ちらりとビーストマスターを見る。
ビーストマスター:「…………」
何とも意味ありげな視線だった。
まるで――。
『お前みたいな化け物じみた機体なら、案外いけるんじゃねぇ~…かッ?』
そう言われている気がした。
ビーストマスターは心底嫌そうな目でブラックメイルを睨み返す。
ブラックメイル:「…………」
ブラックメイルもすぐに顔を背けた。
どうやら本人も、自分で試す気は微塵もないらしい。
二機は揃って小さく溜息を吐いた。
ビーストマスターは、こほん、と咳払いを一つしてから、待機していたL班へ向き直る。
ビーストマスター:「……結論を申し上げます」
ワンダ、ディスト、ローラが姿勢を正す。
ビーストマスター:「白メダリアは、九年前に英雄ジョーカードが戦場から持ち帰ったとされています。そして現在、本人がこれを探している」
ワンダ:「ヴァレンが……」
ビーストマスター:「我々には扱いきれず、彼自身が必要としている。ならば、英雄へ返還するのが現状では最も妥当でしょう」
ビーストマスターは白メダリアを見つめた。
ビーストマスター:「諸君に新たな任務を命じます。英雄ジョーカードを発見し、この白メダリアを届けてください」
そして僅かに間を置く。
ビーストマスター:「そのうえで、改めてラヴドへの正式な協力を求める。……頼みましたよ、L班の諸君」
ワンダ:「了解しました!」
ワンダが勢いよく答える。
ワンダ:「ヴァレンのやつ、またどこかでフラフラしてるんだろうけど……今度こそ逃がさないわ。絶対に見つけ出してみせる!」
行方の知れない親友。
そして、ラヴドの今後を左右しかねない任務。
ワンダたちは白メダリアを携え、再びビッグブロックを発った。
―
――――同時刻。鬱蒼とした深い森。
巨木が空を覆い、昼間ですら薄暗い森の中を、二機のメダロットが歩いていた。
セルヴォ:「さて……楽しかった休暇も、いよいよおしまいか」
セルヴォが気だるそうに呟く。
酒場。
粉々になった『ヘベレケスペシャル』。
メダプルート。
そして、ラヴドL班との奇妙な共闘。
休暇と呼ぶには少々刺激の強すぎる十日間だった。
ビート:「また地獄へ戻るだけだ」
ビートは周囲を警戒しながら歩き続ける。
ビート:「……あの酒の残り、いつかまた飲めるといいな」
セルヴォ:「さて……そうだな」
二機はエデン本部への帰路にあった。
ラヴド側の哨戒部隊と無用な接触を避けるため、人通りのほとんどない森を抜ける道を選んでいる。
その中ほど。
少し開けた場所へ差しかかった時、セルヴォが足を止めた。
セルヴォ:「……さて?」
広場の中央。
苔むした巨大な倒木の上に、一機のメダロットが腰掛けていた。
カラン。
カラン。
手元で、六面体のサイコロを弄んでいる。
セルヴォ:「さて……アンタ、何してんだ?」
声を掛けられても、男は二機を見なかった。
サイコロを手の甲で受け止め、その出目を眺めながら答える。
ヴァレン:「……ここから右に行くべきか、左に行くべきか」
サイコロを摘み上げる。
ヴァレン:「何気にサイコロで決めてたところよ。……何気に、運命を信じてるもんでな」
ビート:「…………」
その独特な話し方。
ビートの雰囲気が一変した。
ビート:「待て、セルヴォ」
セルヴォ:「あ?」
ビート:「……こいつ、ジョーカードだ」
セルヴォの目が鋭くなる。
九年前。
N・G・ライトを倒した英雄。
そして、ラヴド創設者の一機――ジョーカード。
セルヴォ:「さて……」
相手を見回す。
セルヴォ:「まさか英雄様が、こんな薄汚い森の真ん中で道に迷ってるとはな。サイコロに頼らなきゃならないほど、ラヴドの未来は暗いのかい?」
ヴァレンがようやく二機を見る。
その顔には、人を食ったような笑みが浮かんでいた。
ヴァレン:「よく見りゃ、アンタら何気に『トゥルース』か」
セルヴォ:「知ってるのかい?」
ヴァレン:「何気に有名だろ?」
セルヴォ:「諜報を専門としてやってる身としては、有名ってのはやりづらくて仕方ねぇ」
セルヴォは、フッ……と笑った。
(そうだったとしても自分達の任務遂行には何の問題もないが)とでも言いたげに。
その自信とは裏腹に、視線だけは油断なくヴァレンの全身を追っている。
ヴァレン:「……何気に俺を消しに来る任務でも預かってきたか?」
セルヴォ:「さて、生憎だが、俺たちは休暇最後の帰り道でね」
肩をすくめる。
セルヴォ:「戦闘は給料が出る時にしかやらない主義だ。……平和的に休もうぜ、英雄さん」
ヴァレンはしばらくセルヴォを見ていたが、やがて毒気を抜かれたように笑った。
ヴァレン:「そうだ……。平和的ってんなら」
サイコロを軽く放る。
ヴァレン:「何気に『情報交換』でもしないか?」
風が吹く。
三機の間を通り抜け、木々の葉をざわめかせた。
ヴァレン:「俺は今、『白いメダリア』と『黒いメダリア』を何気に探してるんだ」
サイコロが倒木の上を転がる。
ヴァレン:「もしアンタらが何か知ってるなら、何気に教えてほしい」
セルヴォとビートが視線を交わす。
つい先日。
すすたけ村で、白い珠を巡る騒動に巻き込まれたばかりだった。
ビート:「……白いメダリア」
ビートが淡々と答える。
ビート:「さぁ、知っていたとしても、敵へ話すわけにはいかないな」
ヴァレン:「…………」
ヴァレンの笑みが消えた。
それだけだった。
だが、セルヴォとビートは同時に警戒を強める。
九年前にN・G・ライトを倒した男。
本気で敵対すれば、無傷では済まない。
セルヴォ:「さて」
セルヴォが口を挟む。
セルヴォ:「だが、プライベートで知り得た情報は別かもな」
ヴァレンが僅かに目を細めた。
セルヴォ:「白い方なら、ラヴドの連中が村で回収していったぜ」
ヴァレン:「……ほう」
セルヴォ:「近いうち、アンタの耳にも入るだろうよ」
そこでセルヴォは言葉を切った。
セルヴォ:「さて……問題は黒い方だが」
ヴァレンは答えを待ちながら、サイコロを放り上げては受け止めている。
セルヴォ:「その前に」
ヴァレン:「あ?」
セルヴォ:「『情報交換』つーからには、そっちも何か教えてくれねぇとな」
相手は英雄ジョーカード。
ティレルビートルと対峙した時にも似た、喉元へ刃を突きつけられているような緊張はある。
それでもセルヴォは態度を変えなかった。
ヴァレン:「……分かった」
ヴァレンが頷く。
ヴァレン:「特別に教えてやるぜ」
セルヴォ:「さて?」
ヴァレン:「初代ポ〇モンでバグ技を使って――」
ヴァレンが胸を張る。
ヴァレン:「『けつばん』を作る方法をな!!」
セルヴォ:「……やったぜ!」
一瞬だけ食いつき。
セルヴォ:「……って、興味ねぇっつーの!!」
セルヴォの叫びが森に響いた。
ビート:「帰るぞ」
セルヴォ:「さて、そうしよう」
ヴァレン:「待て待て! 何気に冗談だよ!」
立ち去ろうとした二機を、ヴァレンが慌てて呼び止める。
セルヴォとビートは露骨に嫌そうな顔をしながら、再び倒木の前へ戻った。
セルヴォ:「さて……次ふざけたら帰るからな」
ヴァレン:「分かったって」
そして。
ヴァレンの表情から、ふざけた色が消えた。
ヴァレン:「……『D』っていうヤベーシロモノがある」
セルヴォ:「…………」
ビート:「…………」
二機の反応が、僅かに変わった。
それをヴァレンは見逃さなかった。
ヴァレン:「……まさか、何気に知ってんのか?」
少し意外そうに二機を見る。
ヴァレン:「流石はエリート諜報部トゥルース」
セルヴォ:「……奇妙な記録を見ただけだ」
セルヴォの声から、軽さが消える。
セルヴォ:「アンタ……『D』について何を知っている?」
ヴァレン:「…………」
ヴァレンは黙った。
しばらくして。
静かに口を開く。
ヴァレン:「D……正式名称は――」
森の中。
その言葉が、はっきりと響く。
ヴァレン:「『DISAPPEARANCE』」
セルヴォ:「…………」
ヴァレン:「N・G・ライトが遺した最後にして究極の、何気なる発明品だ」
セルヴォとビートは何も言わない。
ヴァレン:「その効果は――」
一度、言葉を切る。
ヴァレン:「過去に起こった事実を、物理的に『消滅』させること」
セルヴォ:「……何?」
ヴァレン:「破壊じゃねぇ」
ヴァレンの声は静かだった。
ヴァレン:「その事象そのものが、最初から歴史に存在しなかったことになる」
ビート:「…………」
ヴァレン:「どういう原理なのかは、俺も知らねぇ。だが、起動にはとんでもないエネルギーが必要だ」
サイコロを握る。
ヴァレン:「少なくとも、今までは一度も成功してねぇはずだ」
セルヴォ:「さて……」
セルヴォが険しい顔になる。
セルヴォ:「過去の事実を消滅させる……だと?」
科学部で目にした、巨大な十字架型の機械。
セルヴォ:「じゃあカヲスさんは……歴史を書き換えようとしてるってのか?」
ヴァレン:「おそらくな」
ヴァレンはそう答えた直後。
ヴァレン:「ま、何気に言いふらしちゃっていいよ~ん♪」
急に剽軽な声へ戻った。
セルヴォ&ビート:「……言えるわけがない」
二機の返答は同時だった。
そんなものが実在すると世間へ知れ渡れば、何が起こるか分からない。
過去そのものを消せる装置。
そして、それをエデンのリーダーが保有しているという事実。
一般兵や外部へ軽々しく漏らせる情報ではなかった。
少なくとも、この内容を扱えるのは主任デュオカイザーをはじめとした、ごく限られた者だけだろう。
それが分かっていて、ヴァレンはこの情報を提示した。
セルヴォが目を細める。
ヴァレン:「……で?」
ヴァレンがサイコロを指先で回す。
ヴァレン:「何気に黒メダリアについては、どう思う?」
セルヴォ:「…………」
セルヴォは少し考えた。
今聞かされた『D』の情報は、あまりにも大きい。
ならば、こちらもそれに釣り合う札を切る。
セルヴォ:「エデン本部・科学部だ」
ヴァレン:「…………」
セルヴォ:「さて……つまり」
セルヴォがヴァレンを見る。
セルヴォ:「カヲスさんの手元にあるってことだな」
ヴァレンの目つきが変わった。
ヴァレン:「……何気にメンドクセエことになってやがんな」
小さくぼやく。
その時だった。
ピピピピッ――。
ビートの腕部から、緊急通信を知らせる電子音が鳴った。
ビート:「……俺だ」
通信を受ける。
ビート:「…………」
表情が変わった。
ビート:「……!? 了解。直ちに」
通信を切る。
セルヴォ:「さて?」
セルヴォが尋ねる。
セルヴォ:「仕事か、ビート」
ビート:「……ああ」
短く答える。
ビート:「休暇は、今この瞬間に終わった」
セルヴォ:「任務内容は?」
ビート:「……裏切り者の捕獲だ」
セルヴォ:「さて?」
セルヴォが眉をひそめる。
セルヴォ:「捕獲?」
ビート:「ああ」
セルヴォ:「処刑の間違いじゃねぇのか?」
裏切り者を追跡する任務なら、通常は抹殺を命じられることが多い。
それを今回は、わざわざ『捕獲』。
何か特別な事情がある。
セルヴォは経験からそう察した。
セルヴォ:「で」
一歩、ビートへ近付く。
セルヴォ:「その裏切り者ってのは……どこのどいつだ?」
ビートは僅かに黙った。
そして。
予想もしなかった名を口にする。
ビート:「…………ハードネステンだ」
第二十九話【DISAPPEARANCE】終わり