第二十九話【DISAPPEARANCE】
白メダリア。
かつて人類を滅亡に導いた自称「神」、N・G・ライトのメダルが砕け散った際、その膨大な力の奔流が結晶化したとされる、未知の特異点。
一級兵士へと昇格したワンダ、ディスト、ローラの三機によって持ち帰られたその「切り札」は、
直ちに新ラヴド軍の本拠地『ビッグブロック』内の仮設指令室へと運び込まれた。
強化ガラスの隔壁を隔て、厳重な電磁シールドが施されたチャンバーの中で、白い珠は静かに、
けれど心臓の鼓動を思わせる周期で力強く明滅していた。
解析モニターには、既存のメダロット工学の数値を遥かに逸脱した高エネルギー反応が、激しい断層のような波形となって踊り続けている。
この極小の結晶体の中に、一個の文明を終わらせるほどの破壊の力が凝縮されている――
その仮説が「真実」であることを、数値を直視した技術兵たちは沈黙を以て認めざるを得なかった。
同時に、司令部はこの「神の断片」を前にして、極めて困難な決断を迫られていた。
――――新ラヴド本部『仮設指令室』
ホログラムの明かりが青白く室内を照らす中、リーダー代行となったビーストマスターが、
モニターに映る白メダリアの解析データを見つめていた。
ビーストマスター: 「……解析結果を見る限り、このメダリアから溢れ出す膨大な指向性エネルギーを、現在の我々の制御システムで御し切ることは不可能です。……これに耐え、その強大な『力』をねじ伏せられる機体は、現時点のラヴド軍には存在しません」
その言葉の裏にある「懸念」を察し、傍らに立つブラックメイルが、ニヒルな笑みを浮かべながらビーストマスターを見た。
その視線は、「お前のような化け物じみた機体なら、装備できそうだがな」という無言の皮肉を含んでいた。
ビーストマスターは、心底げんなりとした目をブラックメイルに向け、沈黙のまま睨み返す。
ビーストマスター: (……お断りですよ。こんなよく分からない代物を、私に背負わせようとしないでください)
ブラックメイル: (……ケッ、俺だって御免だぁ~…ぞッ。そんな不気味なもん、触れたくもないぃ~…ぜッ)
最強と最凶。
ラヴドの屋台骨を支える二機は、鏡合わせのように同時に溜息をつくと、
顔を引き攣らせたまま、どこか滑稽な合意の笑みを交わした。
ビーストマスターはこほん、と無機質な咳払いを一回だけ挟み、任務を待つL班の三機に向き直った。
ビーストマスター: 「……結論は出ました。この力は、本来あるべき持ち主……英雄ジョーカードに委ねるのが、戦略上最も合理的かつ唯一の選択でしょう」
かつて神を屠った英雄。彼ならば、この「神の断片」をも使いこなせるはずだ。
ビーストマスター: 「諸君に、新たな任務を拝命する。……英雄ジョーカードの捕捉、および再勧誘。この白メダリアを彼に届け、ラヴドへの正式な復帰を取り付けてほしい。……頼みましたよ、L班の諸君」
ワンダ: 「了解しました! ヴァレンのやつ、また何処かでフラフラしてるんだろうけど……。
今度こそ逃がさないわ。絶対に見つけ出してみせる!」
ワンダは気合を入れ直すように、自らの青い装甲を力強く叩いた。
一級兵士としての重責。
そして何より、行方知れずの「親友」を案じる熱い想いを胸に、彼女たちは再び、硝煙の残る外界へと飛び出した。
―
――――同時刻、鬱蒼とした深い森。
巨木が天を覆い、昼間でも薄暗いその森の中を、二つの影が静かに歩を進めていた。
セルヴォ: 「さて……。楽しかった休暇も、いよいよおしまいか」
セルヴォが、未だに少しだけアルコールの香りが残る指先を弄びながら、気だるそうに呟いた。
酒場の爆発、そしてL班との共闘。休暇と呼ぶには刺激が強すぎた十日間を振り返り、彼は微かに笑みを浮かべる。
ビート: 「また、地獄へ戻るだけだ。……あの酒の残り、いつかまた飲めるといいな」
ビートは相変わらず背筋を伸ばし、周囲の動向を熱源センサーで監視しながら答えた。
エデン軍の本拠地へと続く帰路。ラヴド軍の哨戒網を避けるため、彼らは極力人通りのない、この深い森を抜けるルートを選んでいた。
森の中間地点。湿った空気が淀む、少し開けた広場に差し掛かったとき、セルヴォが不意に足を止めた。
広場の中央、苔むした巨大な倒木の上に腰を下ろし、カラン、カラン……と、静寂の中に不規則な音を響かせる「先客」がいたのだ。
先客――ヴァレンは、二人の方を見ようともせず、手元で六面体のサイコロを弄んでいた。
セルヴォ: 「さて、……あんた何してんだ?」
セルヴォは、警戒心を隠しながらも飄々とした調子で声をかけた。
ヴァレンはサイコロを手の甲で受け止め、その出目をじっと見つめながら、独り言のように答えた。
ヴァレン: 「……ここから右に行くべきか、左に行くべきか。何気にサイコロで決めてたところよ。……何気に、運命を信じてるもんでな」
その独特な声音。その言葉の癖。
聞いた瞬間、ビートの機体各部の駆動音が、休止モードから戦闘モードへと瞬時に切り替わった。
ビート: 「……待て、セルヴォ。……こいつ、ジョーカードだ」
セルヴォのレンズが鋭く絞られる。
そこにいたのは、ラヴドの旗印であり、エデンにとって最大の懸案。九年前にN・G・ライトを屠った生きる伝説。
セルヴォ: 「さて、……まさか、ラヴドの英雄様が、こんな薄汚い森の真ん中で道に迷ってるとはな。サイコロに頼らなきゃならないほど、ラヴドの未来は暗いのかい?」
ヴァレンは、ようやく二人の方を向き、人を食ったような不敵な笑みを浮かべた。
ヴァレン: 「よく見りゃ、アンタら何気に『トゥルース』か」
セルヴォ: 「知ってるのかい?」
ヴァレン:「何気に有名だろ?」
セルヴォ:「諜報を専門としてやってる身としては、有名ってのはやりづらくて仕方ねえ」
(そうだったとしても自分達の任務遂行には何の問題もないが)とでも言いたげにセルヴォはフッ……と笑う。
その視線はヴァレンの全身をくまなくスキャンし、戦闘の予兆を探っていた。
ヴァレン: 「……何気に俺を消しに来る任務でも預かってきたか?」
セルヴォ: 「さて、生憎だが、俺たちは休暇明けの帰り道でね。戦闘は給料が出る時にしかやらない主義だ。……平和的に休もうぜ、英雄さん」
ヴァレンはしばらくセルヴォの瞳の奥を観察していたが、やがて「フッ」と毒気を抜かれたように笑った。
ヴァレン: 「そうだ……。平和的ってんなら、何気に『情報交換』でもしないか?」
深い森を吹き抜ける夜風が、木の葉を激しくざわめかせる。
三体のメダロットが対峙する広場には、一触即発の緊張感と、それとは相反する奇妙な静寂が同居していた。
ヴァレン: 「……俺は今、『白いメダリア』と『黒いメダリア』を何気に探してるんだ。
もしアンタらがそれについて何かに知ってるなら、何気に教えてほしい」
ヴァレンが指先でサイコロを弾く。カラン、と乾いた音が倒木の上で跳ねた。
ビートは無言でセルヴォへ視線を送り、セルヴォは僅かに肩をすくめて応じた。
一級兵士となったL班との共闘で、彼らは「それ」を目にしていた。
ビート: 「……白いメダリア。任務中に知り得た情報を、敵に話すわけにはいかないな」
ビートが冷徹に告げた瞬間、ヴァレンの瞳から温度が消えた。
握りしめる金属の指先がギチリと軋み、広場全体の空気が物理的な重圧を伴って凝縮される。
もしここで「不実」を貫けば、即座にこの森が墓場に変わる――そんなヒリついた殺気がトゥルースの二機を包み込んだ。
セルヴォ: 「さて、だが、プライベートで知り得た情報は別かもな」
セルヴォは内心の冷や汗を押し隠し、飄々とした調子でヴァレンの殺気をいなした。
ヴァレンが僅かにそのプレッシャーを緩めたのを確認し、彼は言葉を続ける。
セルヴォ: 「白い方なら、ラヴドの連中が村で回収していったぜ。近いうちあんたの耳にも入るだろうよ。……そして、黒い方だがな」
セルヴォは言葉を切り、すすたけ村で回収されたという黒いメダリアの情報を思い返しながらヴァレンを見る。
ヴァレンはサイコロを拾い上げると、上に放り投げてはキャッチして、放り投げてはキャッチしてを繰り返している。
セルヴォ: 「……さて、『情報交換』つーからにはそっちも何か教えてくれねーとな」
目の前にいる男を本気で怒らせれば、自分達はただでは済まないだろう。
セルヴォは、ティレルビートルを前にしたときのような、喉元に刃を突きつけられている感覚を覚えながら交渉を切り出した。
それに対するヴァレンの答えは、あまりに人を食ったものだった
ヴァレン: 「……特別に教えてやるぜ。……初代ポ〇モンでバグ技を使って、『けつばん』を作る方法をな!!」
セルヴォ: 「……やったぜ! ……って、興味ねえっつーの!!」
夜の森に、セルヴォの魂のツッコミが響き渡る。
呆れ果てたセルヴォとビートが露骨に不機嫌な顔で立ち去ろうとするのを見て、
ヴァレンは「待て待て、何気に冗談だよ」と慌てて二人を引き留めた。
二機が苦虫を噛み潰したような顔で交渉のテーブル――苔むした倒木へと戻る。
その瞬間、ヴァレンの瞳から「ふざけ」の残滓が完全に消え去った。
ヴァレン: 「……『D』っていうヤベーシロモノがある」
その言葉が出た瞬間、セルヴォとビートの機体が微かに震えた。
自分たちが多大なリスクを背負って科学部の奥底で盗み見た、あの禁忌のコードネーム。
それを目の前の男が当然のように口にしたからだ。
その様子を見たヴァレンは少し意外そうな顔をする。
ヴァレン: 「……まさか何気に知ってんのか? 流石はエリート諜報部トゥルース」
セルヴォ: 「……科学部で奇妙な記録を見ただけだ。……アンタ、『 D 』について何を知っている?」
セルヴォの声から軽薄さが消える。
ヴァレンは長く、重い沈黙を守った後、これまで誰にも語ってこなかった禁忌の知識を、囁くように口にした。
ヴァレン: 「D……正式名称は、『 D I S A P P E A R A N C E 』……N・G・ライトが遺した最後にして究極の、何気なる発明品だ」
その名の響きだけで、森のざわめきが止まった気がした。
ヴァレン: 「その効果は、過去に起こった事実を物理的に『消滅』させること。破壊なんかじゃねぇ……最初からその事象自体が、歴史から無かったことになるんだよ。どういう原理かは知らねぇが、起動にはとんでもないエネルギーが必要で、今までは一度も成功したことはねぇはずだ」
セルヴォ: 「さて……。過去の事実を消滅、だと……? じゃあカヲスさんは、歴史を書き換えようとしてるってのか」
ヴァレン: 「おそらくな。……ま、何気に言いふらしちゃっていいよ~ん♪」
ヴァレンは剽軽な声で茶化したが、二機の表情は鉄のように重苦しかった。
セルヴォ&ビート:「……言えるわけがない」
そんな代物がこの世にあると明るみになれば、均衡は崩れ、今以上の地獄が世界を覆い尽くす。
何よりカヲスがそんな秘密を抱えていると判明すれば、エデン内部でさえ凄まじい粛清の嵐が吹き荒れるだろう。
この情報は絶対に誰にも漏らすことはできない。
それが分かっていて、ヴァレンはこの情報を投げ与えたのだ。
この『真実』の重みを理解できるトゥルースにだからこそ。
ヴァレン:「……で? 何気に黒メダリアについてはどう思う?」
セルヴォ: 「エデン本部・科学部だ。さて……つまりは、カヲスさんの手元にあるってことだな」
セルヴォはあっさりと「答え」を返した。
ヴァレンが「どうせ拡散できない情報」だと確信して話したように、
セルヴォも「知ってても、知らなくてもいずれはエデン本部に攻めてくる」事を知っていて話したのだ。
あまりに具体的で、あまりに容易ではない情報に、ヴァレンのレンズが鋭く光る。
ヴァレン: 「……何気にメンドクセエことになってやがんな」
ヴァレンが小さくぼやいた、その時だった。
ビートの腕部から、静寂を切り裂く無機質な電子音が鳴り響いた。緊急通信。
ビート: 「……俺だ。…………!? 了解。直ちに」
ビートは極めて短い相槌だけで通信を切り、その表情をこれまでにないほど険しくさせた。
セルヴォ: 「さて? 仕事か、ビート」
ビート: 「……ああ。……休暇は、今この瞬間に終わった。……裏切り者の捕獲だ」
セルヴォ: 「さて? 捕獲、だと? 処刑の間違いじゃねえのか?」
セルヴォは訝しげに眉をひそめた。
通常、トゥルースに下される粛清命令は、例外なく「死」を意味する。
生け捕りという指示の背後には、何か口外できぬ特別な理由があることを、彼は本能で察知した。
セルヴォ: 「で、その裏切り者ってのは……どこのどいつだ?」
ビートは重い口を開き、予想だにしない名を口にした。
ビート: 「…………ハードネステンだ」
第二十九話【DISAPPEARANCE】終わり