【完結】DISAPPEARANCE   作:土地_0000

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第三十一話【COSMOS】

第三十一話【COSMOS】

 

 

 エデンから奪取した要塞拠点『ビッグブロック』。

 急造の修復跡が痛々しく残るその最深部には、

 かつての主であった十二使徒たちの残した、冷え切った殺気の余韻がまだ微かに漂っていた。

 

 帰還したワンダ、ディスト、ローラの三機には待機命令が下された。

 救出されたハードネステンは、ヴァレンの要請により、厳重な監視下で整備室へと運び込まれる。

 そして今、仮設司令室の重厚な防音扉の向こう側では、ラヴドの未来を左右する「三機」が対峙していた。

 

ヴァレン:「……で? 何気に白メダリアがここにあるってのは、ハッタリじゃねぇんだな?」

 

 ヴァレンが、司令机に腰掛けるようにして尋ねる。

 その態度は不遜だが、センサーの焦点は、部屋の中央に置かれた電磁遮蔽ケースに釘付けになっていた。

 

ビーストマスター:「ええ。事実です。……これが、貴殿が九年前に失い、我々が回収した『白メダリア』です」

 

 リーダー代行・ビーストマスターが静かにケースのロックを解除した。

 防護ガラスがスライドし、中から現れたのは、周囲の光をすべて吸い込み、清浄な白へと変換して吐き出しているような珠――白メダリアだった。

 かつての「神」N・G・ライトの断片。ただそこにあるだけで、部屋の出力モニターが異常な数値を叩き出し、空気が静電気を帯びてパチパチと爆ぜる。

 

ヴァレン:「…………。何気に、本物だな」

 

 ヴァレンの声に、これまでにない真剣な響きが混じる。

 その様子を、漆黒の格闘機・ブラックメイルが腕を組み、仁王立ちで睨みつけていた。

 

ブラックメイル:「英雄さんにゃあ、是非ともラヴドを背負って欲しかったんだがぁ~…なッ。どうやら、座り心地のいい椅子には興味がねぇようだなッ!」

 

ヴァレン:「何気に、窮屈なのは苦手なんだわ」

 

ブラックメイル:「ケッ。……リーダーになれとは言わねぇ~…ぞッ。だが、ラヴドに協力してエデンを叩くってんなら、その珠はくれてやるぅ~……ぞッ!!」

 

 ブラックメイルの荒々しい、けれど打算のない提案。

 ヴァレンはしばらく沈黙し、手の中のサイコロを転がすように思考を巡らせた。

 やがて、彼は肩をすくめて白メダリアを手に取った。

 

ヴァレン:「……何気に、商談成立だな」

 

 ヴァレンは『白メダリア』を手に取り、その輝きを眺める。

 

ビーストマスター:「……そのメダリアは我々ラヴドでは『N・G・ライト』の力の一部だと推測しています。 そして、もう一つの『黒メダリア』はあなた自身の力の一部……」

 

ヴァレン:「え、なんで分かったの? 何気に頭いいよな、お前ら」

 

 ヴァレンは背中に手を回すと、自身の機体構造の奥深く――メダルの補助スロットに、迷いなくその白い結晶を押し込んだ。

 

 ――ガヂィッ!!

 

 接続の瞬間、ヴァレンの全身を凄まじい閃光が駆け抜けた。

 排熱ダクトから白煙が噴き出し、関節の隙間から青白い放電が漏れる。

 ビーストマスターのセンサーが、ヴァレンから溢れ出すエネルギーの質が、一瞬にして書き換えられたことを検知した。

 N・G・ライトの力の奔流。

 そのあまりの巨大さに、並の機体であれば論理回路が焼き切れていただろう。

 だが、ヴァレンは平然とした顔で首を鳴らした。

 

ヴァレン:「……フゥ。ちょっとだけ強くなったぜ」

 

 「ちょっと」どころではないはずだ。

 かつて人類の歴史を終わらせた力の断片だ。

 

 しかし、ヴァレン曰く「ちょっと」だけに調整しておくくらいが丁度いいらしい。

 といっても並のメダロットではその調整が難しいのだが。

 

 

 ―

 

 

 ビッグブロックの一角にある整備室。

 微かに焦げたオイルの匂いが混ざり合うその場所で、ハードネステンは意識を覚醒させた。

 視界を覆うノイズが徐々に晴れ、最初に捉えたのは、見慣れぬ高い天井と、自身の修復を終えて待機状態にあるメンテナンス・アームだった。

 

ハードネステン:「……ここは……」

 

 彼女が半身を起こし、周囲を警戒するようにセンサーを走らせる。その動作に合わせるように、部屋の奥の暗がりから、幾重ものコードを引きずる重厚な足音が近づいてきた。

 

ビーストマスター:「……目が覚めましたか。その様子では、記憶回路や基本出力に支障はなさそうですね」

 

 現れたのは、全身に無数の砲門を秘めたメダロット。

 洗練された立ち振る舞いの中に、隠しきれない威圧感――ラヴドの新リーダー代行、ビーストマスターだった。

 

ビーストマスター:「どうも、初めまして。私は新ラヴドリーダー代行、ビーストマスターです。以後、お見知りおきを」

 

 彼は慇懃に挨拶をしたが、そのレンズの奥にある光は、獲物を解剖するかのように冷徹だった。

 ハードネステンはその威圧感に一瞬だけ身を強張らせたが、すぐにエデンのNo.2であった頃の冷静さを取り戻した。

 

ハードネステン:「……ラヴドの新たな『長』ですか。……そうですか。それで、私をこれからどうするつもりです?」

 

ビーストマスター:「それを決める前に、二、三、質問をさせて頂きたい。 ……まず、貴方は何故エデンを裏切り、あのような執拗な攻撃を受けていたのですか?」

 

ハードネステン:「……それは、私がエデンを裏切ったからです。それ以上の理由はありません」

 

 ハードネステンは淡々と、突き放すように答えた。ビーストマスターのレンズが、僅かに細められる。

 

ビーストマスター:「私の問いが足りなかったようですね。……何故、貴方はエデンを裏切ったのですか? 」

 

 彼女は深く沈黙し、何かを噛みしめるように視線を床へ落とした。

 

ハードネステン:「…………それについては、答えたくありません」

 

ビーストマスター:「……答えたくない、ですか。構いませんよ。では、次の質問です。 貴方はこの後、どうするおつもりで?」

 

ハードネステン:「……できるならば。……ラヴドへ、入隊したい」

 

 その意外な回答に、ビーストマスターだけでなく、影で控えていたブラックメイルも驚きのあまり微かに駆動音を漏らした。

 自由を求めるでもなく、死を願うでもなく、かつての敵の門を叩く。

 それはあまりに合理性を欠いた申し出だった。

 

ビーストマスター:「……何故ですか? 貴方は我々の同胞を数多く葬ってきたはずだ」

 

ハードネステン:「……カヲスを倒すためです。それ以外に、私が生きる理由はもうありません」

 

 その言葉と共に彼女が顔を上げた。

 そこにあるのは、迷いではなく、愛憎が煮詰められた果ての、純粋な『復讐』の炎だった。

 

ビーストマスター:「……しかし、貴方は元・エデンの幹部。 カヲスが仕掛けた精巧なスパイである可能性も、論理的に否定できない。 ……そのような危険な存在を、易々と我が軍へ受け入れるわけにはいきませんね」

 

拒絶。ビーストマスターの口から漏れた冷徹な一言が、整備室の空気を凍りつかせた。

ハードネステンが唇を噛み、反論の言葉を探して視線を鋭くさせた、その瞬間。

 プシューという軽快な排気音と共に、自動ドアが勢いよくスライドした。

 

ヴァレン:「はーいはーい。何気にいい考えがあるぜ、そこな新リーダーさんよ」

 

 部屋に入ってきたのは、先ほど自身のメダルに白メダリアを組み込んだばかりのヴァレンだった。

 彼の全身からは、調整を終えたばかりのエンジンのように、隠しきれない高出力の余波が陽炎となって揺らめいている。

 

ビーストマスター:「……英雄殿。許可なく司令部直轄の整備室へ立ち入るのは、マナーに欠けますね」

 

 ビーストマスターが首を回し、ヴァレンを牽制するように睨む。

 しかし、ヴァレンは意に介さず、ひょいと肩をすくめてハードネステンの横へと並び立った。

 

ヴァレン:「いいじゃねえか。白メダリアの調子も何気に上々だ。で、話は聞いてたぜ。 コイツがスパイかもしれないから、ラヴドには入れられねぇ……だろ?」

 

ハードネステン:「……貴方……」

 

 ハードネステンは、自分を窮地から救い出した「死神」を複雑な眼差しで見つめた。

 ヴァレンは彼女にウィンク(……に類するレンズの点滅)を一つ送ると、

 ビーストマスターへ向け、懐から取り出したトランプを一枚、指先で弄びながら提案した。

 

ヴァレン:「オレがコイツの『見張り役』になる。……ってのはどうだ? 常にオレの目の届く範囲に置いておく。もしコイツが変な動きを見せたら、その時はオレが責任を持ってスクラップにしてやるよ」

 

ビーストマスター:「……貴殿が、彼女を監視すると?」

 

ヴァレン:「あぁ。これがオレがラヴドに協力するための何気ない『追加条件』だ。コイツを追い出すってんなら、オレも今すぐここを出ていく。 ……どうする? 選ぶのはアンタだぜ、ビーストマスター」

 

 ヴァレンの言葉は、一見すれば軽薄な思いつきのように聞こえる。

 だが、ビーストマスターはその裏にある「拒絶を許さない意志」を正確に読み取った。

 今のラヴドには、白メダリアを制御下に置くジョーカードの力が必要不可欠だ。

 その彼が、敵の重鎮であるハードネステンの身元を引き受けると言っている。

 それは、保安上のリスクと、最大級の戦力を天秤にかける、極めてハイリスクなギャンブルだった。

 

ビーストマスター:「…………」

 

 整備室に沈黙が降りる。数秒の計算の後、ビーストマスターは排熱音を一つ吐き出し、承諾の意を示した。

 

ビーストマスター:「分かりました。……英雄殿の身元保証を条件に、ハードネステンのラヴド軍への暫定入隊を許可しましょう。 ……ただし、彼女の行動範囲は常に貴殿の監視下に置くこと。異論はありませんね?」

 

ハードネステン:「……感謝します。私は、期待を裏切るような真似はしません」

 

 ハードネステンは深く、重厚な金属音を立てて一礼した。

 その背中を、ヴァレンが「何気に堅苦しいねぇ」と笑いながら叩いた。

 

ヴァレン:「よし! 何気に商談成立だ。……それじゃあブラックメイル、アンタも納得だろ?」

 

ブラックメイル:「リーダーが決めた事なら文句は言わねぇ~…ぞッ! だが、もしコイツが裏切ったら、俺も黙っちゃいねえからぁ~…なッ!!」

 

 ブラックメイルの荒々しい激励を受け、ハードネステンの正式な「転向」が、この場で決定した。

 

 

ヴァレン:「……それで何気に悪いんだが、このお嬢さんと何気に二人っきりで話がしたい。五分くらい、席を外してくれねえか?」

 

 ヴァレンの唐突な申し出に、その場にいた全員が首を傾げた。

 疑念の色を隠さないビーストマスターに対し、ヴァレンは「何、隠し事の相談よ」と、人を食ったような笑みを浮かべる。

 そんなに正直に「隠し事」を公言するやつがあるか、と呆れながらリーダー代行と黒い悪魔が退室すると、

 整備室の厚い防音扉が重々しく閉まった。

 

 室内に残されたのは、診察台に腰掛けたハードネステンと、その正面で壁に寄りかかるヴァレン。

 ヴァレンは一歩も動かず、扉の外に気配がないことを念入りに確認すると、それまでの飄々とした空気を完全に霧散させた。

 レンズの奥にある光が、絶対的な零度まで冷え切る。

 

 ヴァレンは懐から白紙のトランプを取り出し、そこに何かを書きこむと、ハードネステンに手渡す。

 

 "『DISAPPEARANCE』を知ってるか?"

 

 トランプに書かれた禁忌の単語を目にした瞬間、ハードネステンの機体が微かに震えた。

 彼女は驚愕に目を見開き、目の前の「道化」が深淵を見ていることを悟った。

 

ハードネステン:「……詳細は知りませんが、存在だけは」

 

ヴァレンはすぐにもう一枚のトランプをハードネステンに手渡す。

 

 "黙っておいた方がいい、あれの存在はラヴドとエデンがどうこういう規模の話じゃなくなっちまう"

 

 ヴァレンの言葉は、単なる監視の宣言ではなく、破滅を食い止める者としての重い警告だった。

 ハードネステンは、彼が「英雄」と呼ばれる本当の理由の一端に触れた気がして、静かに頷いた。

 

ハードネステン:「……肝に銘じておきます」

 

ヴァレン:「……よし。何気に話の分かるお嬢さんで助かるぜ。……ついでに聞いてやるが、何でエデンを抜けた?

     あのカヲスに反旗を翻すなんて、何気に相当な理由があるだろ」

 

 ヴァレンの問いに、ハードネステンは再び視線を逸らした。

 やはり、それだけは他人に安易に吐き出せるほど軽い傷ではなかった。

 

ハードネステン:「………………すいません。それだけは」

 

ヴァレン:「…………。まぁ、いいさ」

 

 ヴァレンはそう言うと、再びいつもの軽薄な仮面を被り直した。

 五分の時間は、まもなく過ぎようとしていた。

 

 

 ―

 

 ビッグブロック内部、L班の待機区画。

 急造の資材が積み上げられた通路にて、

 ビーストマスターは待機を命じられていたワンダ、ディスト、ローラへの説明を行っていた。

 

ビーストマスター:「――――という訳で英雄ジョーカードを、空席となっていたL班班長として受け入れます」

 

 それを聞いてワンダの顔が綻ぶ。

 長年、離れ離れになっていた旧知の友と再び共闘できることに喜びを隠しきれなかった。

 

 その様子をみたビーストマスターはニコリと笑う。

 

ビーストマスター:「ワンダさん……今度こそ、彼が逃亡しないように『厳重』な監視をお願いしますね」

 

 その口調は軽やかで、何気ないものだった。

 しかし、その場にいた三機はその言葉の裏にもっと別の意味が含まれているように感じた。

 

ビーストマスター:(英雄ジョーカード、筆談をしてまでハードネステンと何を会話していたのか分かりませんが……彼もまた重大な『監視対象』と考えるべきだ)

 

 ビーストマスターはヴァレンとハードネステンの密談を疑っていた。

 しかし、現状のラヴドにおいてその戦力を失うのはあまりにも惜しい。

 そこで、『ヴァレンがハードネステンを監視する』一方で、『L班がヴァレンを監視する』という状況を作りたかったのだ。

 

 そんな新リーダーの意図を理解したのか、していないのか。

 ワンダは無邪気な笑顔で答える。

 

 

ワンダ:「全くですね!……でも大丈夫。あいつはふざけたヤツですけど、筋は通すタイプですから!」

 

 

 すると二組の足音が近づいてきた。

 一つは軽やかでどこか不規則な、もう一つは重厚で、迷いを押し殺すような硬い響き。

 

 その足音を聞くとビーストマスターは「では私はこれで」と言い残し、早急にその場を後にした。

 ワンダ、ディスト、ローラの三機は、ビーストマスターに敬礼をして見送り、足音の方を向いた

 

ヴァレン: 「よっ。待たせたな、お前ら。何気に重要会議が長引いちまってよ」

 

 振り返ると、いつもの調子のヴァレンがひょいと手を挙げて現れた。

 ワンダが駆け寄ろうとしたその時、彼の背後から現れた「影」を見て、彼女の動きが凍りついた。

 

ワンダ: 「……っ!?」

 

ディスト: 「う、うわわっ!? なんで、なんでその人がここに!?」

 

 ディストが反射的にエアストの爪を構え、数歩後ずさる。

 そこに立っていたのは、つい先ほどまで死闘を演じていたエデンの副官――ハードネステンだった。

 煤に汚れ、ひび割れたダイヤモンドの装甲が、室内の蛍光灯を鈍く反射している。

 

ヴァレン: 「落ち着けって。 今日からコイツはL班の『新入り』だ。オレが監視役になることで、上層部も何気に納得させたぜ」

 

ワンダ: 「新入り……? 冗談でしょ!? だってこの人、エデンの……No.2だったのよ!?」

 

 ワンダの声が上ずる。これまでどれほどの仲間が彼女の指揮によって傷ついてきたか。

 その憎しみを一瞬で拭い去ることなど不可能だった。

 

ハードネステン: 「………………。」

 

 ハードネステンは何も言わず、ただ深く頭を下げた。

 傲慢な副官としての面影はなく、そこにあるのは、行き場を失い、

 それでも戦うことを選んだ一機のメダロットとしての、痛々しいまでの静寂だった。

 

ハードネステン: 「今回、ラヴド軍L班に所属することになった、ハードネステンです。 ……これまで敵対していた私を受け入れられないのは分かっています。ですが……」

 

 彼女が顔を上げ、ワンダたちの瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

ハードネステン: 「……私は、カヲスを倒したい。そのためなら、いかなる処罰も、いかなる蔑みも受け入れます」

 

 その必死な、けれど温度のない声に、ワンダとディストが気圧される。

 凍りついた沈黙を破ったのは、これまで黙って事の成り行きを見守っていたローラだった。

 ローラは静かな足取りで、ハードネステンの目の前へと歩み出た。

 

ディスト: 「ロ、ローラ……?」

 

 ローラは躊躇うことなく、右手を差し出した。

 

ローラ: 「オーロラクイーンのローラだ」

 

 ハードネステンが、驚愕に目を見開く。差し出されたのは、拳ではなく、手。

 ローラはかつて自分の判断ミスで親友を失い、冷徹な殻に閉じこもっていた頃の自分を、目の前の敵将に重ねていた。

 

ローラ: 「貴殿の瞳にあるのは、嘘ではない。……かつての妾も、そのように暗い淵を見ていた。

    救われたいと願う者に、昨日の敵味方は関係ない。共に戦おう」

 

ハードネステン: 「…………。ありがとうございます……。本当に……」

 

 ハードネステンが震える手で、ローラの鋼鉄の手を握り返した。

 カチリ、と金属が触れ合う冷たい音が、L班という一つの「家」に新たな家族が加わったことを告げる。

 

ワンダ: 「……もう! ローラがそこまで言うなら、私はもう何も言わないけど……」

 

ディスト: 「う、うん。ローラが決めたことなら、僕も信じるよ」

 

 まだ疑念は消えていない。けれど、ローラが示した慈愛という名の「秩序」が、バラバラになりかけたL班の心を一つに繋ぎ止めていた。

 

 

 ローラとの握手を経て、張り詰めていた空気は僅かに和らいだ。

 しかし、依然として「ハードネステン」という名は、この場において異質な響きを残していた。

 かつてのエデン軍No.2、指導者カヲスの忠実な代行者。

 その名が呼ばれるたび、ワンダたちの脳裏にはエデンの冷徹な進撃が想起されてしまう。

 

 その沈黙を、ディストが唸り声を上げながら強引に突き破った。

 

ディスト: 「うーん……。ハードネステン……ハードネステン……。ダメだ、やっぱり呼びにくい!!」

 

ワンダ: 「……はぁ?」

 

ヴァレン: 「いきなり何を言い出すんだお前は」

 

 呆れ顔の仲間たちを余所に、ディストは頭部パーツをポリポリと掻きながら、至極真面目な顔でハードネステンを見上げた。

 

ディスト: 「だって長いし、なんだかカチカチしてて呼びにくいんだもん。せっかくL班の仲間になったんだから、もっとこう……親しみやすいあだ名にしようよ!」

 

 ディストはニコニコ笑ってワンダの隣に立つと、自分とワンダを指さして自己紹介した。

 

ディスト:「僕はディストスターのディスト! こっちはワンダエンジェルのワンダ! ね?呼びやすいでしょ?」

 

 あまりに無邪気で、空気を読まない提案。

 だが、その言葉を受けたハードネステンは、何かに救われたような表情で目を伏せた。

 

ハードネステン: 「……そうですね。ディストさんの言う通りかもしれません。 私も、自分自身のケジメとして……過去の自分とは決別し、新たな名で歩みたいと思っていました」

 

 彼女にとって、「ハードネステン」という名はカヲスから与えられた機体名に過ぎなかった。

 カヲスに管理されていた日々の象徴。

 その名を捨て去ることは、カヲスのための自分を捨て、自分自身として生きるための、最初の儀式だった。

 

ヴァレン: 「何気に、いい考えじゃねぇか。新しい名前……自分自身の志を一番強く表す言葉、何気に考えてみろよ。あ、ちなみにジョーカードのヴァレンでーす♪」

 

 ヴァレンが促すと、彼女は静かに瞳を閉じ、自らの内側に問いかけた。

 カヲス――それはかつての主の名であり、古の言葉で『混沌』を意味する。

 ならば、その対極に立つ者は。

 愛憎の渦に飲まれることなく、自らの意志で戦場に規律を、世界に調和をもたらす者としての名は。

 

 彼女はゆっくりと目を開け、かつての宿敵であり、今は自らを受け入れてくれた仲間たちを真っ直ぐに見据えた。

 

ハードネステン: 「……カヲス。あの男を倒すため、そして私が私として生きるために。これからは……」

 

 彼女の声は、かつての無機質な音声出力ではなく、確かな熱量を持って響いた。

 

 

「『 コ ス モ ス 』。これからは、私のことはコスモスとお呼びください」

 

 

 コスモス――混沌を否定し、星々の運行のごとき『秩序』を刻む者。

 

ワンダ: 「コスモス……。うん、いい名前ね! これからよろしく、コスモス!」

 

ディスト: 「バッチリだよ! コスモス、これから一緒に頑張ろうね!」

 

ヴァレン: 「よし! これで何気にニューL班、全員集合だな」

 

 英雄ジョーカードの帰還。そして、エデンの盾を捨てた『コスモス』の合流。

 ラヴド軍L班。かつてないほどに歪で、そして力強い新たなチームが、混沌とした戦争の終焉に向けて歩み出した。

 

 

第三十一話【COSMOS】終わり

 

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