第三十二話【神と混沌】
――――遡ること九年前
当時のエデンリーダーはN・G・ライト。
ラヴドリーダーはアークビートルD。
空は、燃え盛るような紅蓮に染まっていた。
かつてN・G・ライトが築き上げた至高の聖域――旧エデン本部。
白銀の尖塔がそびえ立つその美しき要塞は今、ラヴド軍による怒涛の総攻撃を受け、無残な崩壊の音を立てていた。
爆煙が渦巻き、大気には焼き切れた配線と高熱の装甲が放つ、刺すような異臭が立ち込めている。
要塞の最上階、外壁が崩落し吹き抜けとなった展望回廊に、二機の影があった。
ライト:「……神である私は、神であるメダロットたちのために、愚かな人類を滅ぼした。 そして、この地にメダロットだけの平和な楽園を創りたかったのだ」
自称「神」、N・G・ライト。
司教の冠を戴き、純白の鋭い翼を背負ったその姿は、逆光の中で神々しく、そして痛々しいほどに孤独に見えた。
彼は眼下で繰り広げられる惨劇――本来であれば手を取り合う同胞であるべきメダロット達が、ラヴドという名の旗の下に集い、
互いの機体を破壊し合っている地獄図を、感情を削ぎ落とした瞳で見下ろしていた。
ライト:「しかし、現実はどうだ。手を取り合い、助け合うべきメダロットたちが、殺し合いをしている。 ……ここは、私が夢見た楽園とは程遠い、ただの屠殺場ではないか」
常に尊大であった「神」の口から漏れた、初めての弱音。その背中を、カヲスは黙って見つめていた。
カヲスの白い龍のような上半身が、吹き込む風に揺れる。
彼にとって、目の前の男はただのリーダーではなかった。
あの暗い洞窟から自分を引きずり出し、名前という「魂」を与えてくれた唯一無二の光。
カヲス:「……私は……お前が悪だとは思わない。……何と言われようと、お前は私にとっては…………唯一の、『神』だ……」
カヲスの静かな、けれど熱を帯びた肯定。
その言葉を受け、N・G・ライトは微かに翼を震わせた。
階下からは、城門が破られたことを告げる凄まじい轟音が響いてくる。
ラヴド軍の潮流は既に本部の心臓部を蝕んでおり、防衛ラインは砂上の楼閣のごとく崩れ去っていた。
エデン軍の敗北は、もはや時間の問題ではなく、決定した「事実」だった。
ライト:「もはや、エデンも終焉を迎える。……カヲス、全メダロットに退却命令を出せ。 これ以上、我が愛する同胞たちが無為に散るのを見てはいられん」
カヲス:「それならば……すでに出している…………。しかし……誰も逃げる者はいなかった……」
ライト:「……何だと?」
驚愕に振り返るライトに対し、カヲスは無機質なモニター群の一つを指差した。
そこには手足を失い、装甲を剥がされながらも、這いつくばってラヴド軍の足に噛み付こうとするエデン兵たちの姿が映し出されていた。
彼らは死を恐れていなかった。
ライトが掲げた理想のため、その理想を体現した「神」を守るためだけに、自らの存在を投げ打っていたのだ。
ライト:(……愚かな。……何と、愚かで……愛おしい……)
ライトは再び眼下の戦場へと目を向けた。
その瞳に宿ったのは、支配者としての欲ではなく、自分を信じて散りゆく者たちへの、狂おしいほどの情愛だった。
エデン本部の陥落と共に、彼の「楽園」は消え去る。けれど、その最期には、彼が与えた意志が確かにそこにあった。
足下から伝わる振動が、次第に大きくなっていく。
城壁が砕け、防衛ラインが突破されるたびに、旧エデン本部の尖塔は断末魔のような軋みを上げて揺れた。
ライトは、自身の前腕パーツに隠していた一枚の地図と、高度に暗号化されたデータチップを取り出した。
ライト:「カヲス。貴様は神である私の大親友だ。……貴様だけでも、ここから逃げろ」
その言葉は命令ではなく、友への切実な願いだった。
だが、カヲスは一歩も動かず、その三本の角を険しく逆立てた。
カヲス:「……私も……最期まで戦う。……お前は、私の唯一の友人だ。……友を見捨てて生き延びる思考など…………私には無い」
カヲスの拒絶。それは、かつて暗闇の洞窟で彼に差し伸べられた手への、彼なりの誠実な答えだった。
しかし、ライトはその忠誠を、静かな声で撥ね退けた。
ライト:「ならぬ。カヲスよ……この場所に、神である私の最後の、発明品が隠してある。」
ライトはカヲスの手を強引に掴み、地図とチップをその掌の中に握り込ませた。
ライト:「名は、……『DISAPPEARANCE』。過去に起こった事実を消滅させることができる代物だ」
その名の響きに、カヲスのセンサーが戦慄に震える。過去を書き換えるのではなく、無に帰す力。
ライト:「現物を見れば、貴様になら原理が分かるはずだ。……私に代わって、それを完成させ、使いこなしてほしい。」
カヲス:「…………しかし……。お前は……どうする気だ……?」
カヲスの問いに、ライトは再び眼下の戦場に目を向けた。
そこでは、自らを護るためにスクラップにされていく忠実な兵士たちの断末魔が絶えず響いている。
ライト:「戦うさ。……そうでなければ、神である私のために命を投げ出した同志たちに、申し訳が立たぬ。 ……彼らの最後を看取るのが義務だ」
ライトの背負った翼が、排熱の熱を帯びて白銀の光を放つ。彼はカヲスの背を、翼で力強く押し出した。
ライト:「さあ行け、カヲスよ! 神である私のために、……生きるのだ!!!」
ライトは無理やりカヲスを展望回廊の非常脱出路へと突き飛ばすと、司令室の重厚な防壁扉を完全に遮断した。
ガシャン、という冷たいロックの音が、二機の運命を完全に分断した。
カヲスは、閉ざされた扉を前にして、しばらくの間、機能停止したかのように立ち尽くしていた。
しかし、壁を隔てた向こう側から聞こえてくる激しい戦闘音に我に返り、彼は走り出した。
手の中に握られた地図は、あまりに冷たかった。
―
旧エデン本部、中層大回廊。
そこは、硝煙と放電が渦巻く鉄の地獄と化していた。
エデン軍の決死の防衛線が幾重にも敷かれ、無数の弾丸が雨あられと降り注ぐ。
だが、その防壁を真っ向から粉砕し、強行突破する三つの影があった。
先陣を切るのは、紅蓮の重装甲を纏うアークビートルD。
そして、その背後をコバルトブルーのティレルビートルが、左右をジョーカードのヴァレンが固める。
後に『ラヴド創設の三英雄』と称えられる彼らの連携は、緻密にして苛烈。
エデンの一般兵がどれほど数を投入しようとも、その歩みを止めることは叶わない。
アークビートルDとティレルビートルの二機は、押し寄せる敵の大群を見据え、互いのセンサーを同期させた。
ティレル:「アーク! やるぞ!」
アークD:「ええ、分かっています!」
二機のメダフォースが共鳴し、空間が震えるほどの高エネルギー反応を叩き出した。
アークD&ティレル:「「メダユナイト!!マスタービートル!!」」
激しい閃光と共に、二機の装甲が分解・再構成され、一つの巨大な影へと変貌を遂げた。
最強の射撃能力と最強の格闘能力が一つに溶け合った、究極の合体形態。
そこに立つのは、一機で戦況を完全に掌握する『マスタービートル』であった。
マスタービートル:「ジョーカード! ここは我々に任せて、君はN・G・ライトの所へ!!」
重厚な二重音声が回廊に響き渡る。
マスタービートルが放つ高出力のマスターサンダーが、行く手を塞いでいたエデン兵の一団を、その装甲ごと一瞬で蒸発させた。
ヴァレン:「へいよー! 了解だ。何気に派手なことやってくれるぜ、あのお二方は」
ヴァレンは軽やかな身のこなしで、マスタービートルが開いた「穴」を抜けていく。
背後からは、マスタービートルの圧倒的な蹂躙音が聞こえてくる。瓦礫を粉砕する駆動音、大気を焼く雷の咆哮。
ヴァレンは一瞬だけ背後を振り返り、仮面の裏で不敵に笑った。
ヴァレン:「(何気にすげぇよなー、あの二体は。オレも合体とかしてみてぇもんだ。……いや、何気に『合体』じゃカブるから、『分裂』とかの方がオレには何気に似合ってるかもな)」
そんな予言めいた冗談を思考の端に浮かべながら、ヴァレンはN・G・ライトが待つ最上階へと続く階段を駆け上がった。
立ちはだかるエデン兵たちを、ある時はトランプ型の煙幕で翻弄し、ある時はサクリファイスで強引に排除する。
やがて、その頂。
すべての悲劇の元凶であり、人類の未来を消滅させた「神」が待つ扉が、ヴァレンの目の前に現れた。
螺旋階段を登り切った先。最上階の回廊は、外壁が失われ、燃えるような夕闇と階下からの戦火に照らされていた。
その突き当たりに鎮座する、彫刻が施された巨大な鋼鉄の扉。
そこから漏れ出す圧迫感は、もはや物理的な質量を持ってヴァレンの歩みを阻もうとしていた。
ヴァレンは一歩も引かず、全身の駆動系を限界まで励起させた。
ヴァレン:(やっと会えるな……N・G・ライトォォォォ!!)
――ドォォォォォォォォンッ!!
渾身の蹴撃が、防壁としての機能を失った扉を粉砕した。
舞い上がる煤煙と火花。その向こう側、静寂が支配する玉座の間に、その男は立っていた。
白銀の装甲に、教皇を思わせる司教冠。
背後に広がる純白の翼は、逃れようのない運命を象徴するかのように美しく、そして残酷な影を床に落としている。
自称「神」、N・G・ライト。
彼は侵入者――自らの喉元まで辿り着いた唯一のメダロットを、感情の失せた黄金の瞳で見据えた。
ライト:「……神である私の聖域へ、とうとう辿り着く者が現れたか」
N・G・ライトの声は、静寂そのものだった。その響きには一抹の揺らぎもない。
彼はゆっくりとヴァレンの方へ向き直った。
ライト:「神である私に対峙した貴様は……一体、何者だ?」
ライトの問いかけ。それは強者のみが許される、慈悲に似た確認だった。
対するヴァレンは、仮面の奥で燃えるような紅い光を宿した。
ルクを失ったあの日から、この瞬間のために生きてきた。
アークビートルDとティレルビートルに鍛え上げられた、その強大な力を全てここにぶつける為のモノ。
ラヴドの掲げた大義名分は、今の彼には何の意味も持たない。
ただ、目の前の傲慢な「神」を地獄へと引きずり下ろす。それだけが、彼の全思考を支配する唯一の論理。
ヴァレンは、静かに、けれど逃れようのない死の宣告を口にした。
ヴァレン:「……『 死 神 』」
その一言が、エデン本部の頂上に冷たく響き渡った。
神と死神。
二つの異質な「理」が激突する、終焉の戦いの幕が上がろうとしていた。
第三十二話【神と混沌】終わり