第三十三話【神と死神】
煤煙と静寂が、最上階の広間を重苦しく支配していた。
蹴り破られた巨大な扉の破片が床に転がり、
その土煙の向こう側――白銀の玉座に腰を下ろした「神」が、不敵な侵入者を黄金の瞳で見据える。
ライト:「死神……だと? ハッハッハッハッハ! ……貴様も〝神〟を名乗ってくれるのか?面白い」
N・G・ライトの声は、高貴な鐘の音のように広間に響き渡った。
司教の冠を戴き、背後の純白の翼を静かに休ませるその姿は、まさしく聖画から抜け出した救世主そのもの。
ヴァレン:「へッ。何気に笑えんのは今だけだぜ。……それに、お前は……神なんて高尚なもんじゃねえよ」
ヴァレンは一歩、また一歩と、N・G・ライトに向けて距離を詰める。
その機体から溢れ出す殺気は、広間の空気をチリチリと灼き焦がしていた。
ライト:「ほう……神である私が、神ではないと? では、貴様の言う『神』とは一体何なのだ?」
ヴァレン:「神ってのはな……誰に対しても平等に、残酷で非情な者のことを言うんだ。幸運も不幸も、命も死も、敵味方の区別なく機械的に振り撒く。それが『神』ってもんだ」
ヴァレンの言葉は、彼がこれまで歩んできた絶望の歴史そのものだった。
愛した者を奪われ、不幸の烙印を押され続けた彼にとって、神とは救いではなく、無慈悲なシステムに過ぎなかった。
ヴァレン:「……特定の種族にだけ肩入れして、自分たちの都合で世界を塗り替えようとするお前は、メダロットに『だけ』愛を注ぐお前は、何気に神の器じゃねぇんだよ」
その言葉に、N・G・ライトの瞳が細められた。黄金のレンズの奥で、不快な光が明滅する。
ライト:「……同じく神を名乗ってくれるメダロットが現れたと思ったのだが、残念だ……。ぬ? 貴様、どこかで見た覚えがあるな」
N・G・ライトはヴァレンの機体構成、そしてその瞳の奥にある「光」を深く観察した。
記憶の中から、九年前のあの日、自らの手を汚した数多の「ゴミ」の中から、一つの記録を抽出する。
ライト:「……思い出したぞ。宝条ルクの傍らにいた、メダロットか」
ヴァレン:「…………ッ!!」
その名が出た瞬間、ヴァレンのメダルが激しく唸り、全身の装甲が怒りに震えた。
冷却系が急激な負荷に追いつかず、機体から立ち昇る熱気が陽炎となって視界を歪める。
ヴァレン:「……気付くのが、何気に遅ぇんだよ。……あの日、お前が奪ったものの重さを、その薄汚ぇ頭に刻み込んでやるぜ」
復讐の火に焼かれるヴァレンに対し、N・G・ライトはさらに嘲笑を深めた。
彼は玉座からゆっくりと立ち上がり、純白の翼を大きく広げる。
ライト:「ハッハッハッハッハッ! 素晴らしい、実に素晴らしいぞ! 人間を愛しすぎたメダロットなど、神である私は掃いて捨てるほど見てきた。だが……貴様は、それらとは決定的に『 何 か 』が違うと感じていたが、ようやく正解に辿り着いた」
N・G・ライトの黄金の瞳が、ヴァレンのメダルの深淵を覗き込むように輝く。
ライト:「……間違いではないな。貴様はあの女を、単なる主として敬っていたのではない。貴様は……宝条ルクに『恋』をしていたのだな?」
ヴァレン:「…………!!?」
ヴァレンの思考回路が、一瞬にして真っ白に爆ぜた。
否定しようと開いた音声出力端子から漏れたのは、ただの無機質なノイズだった。
人間とメダロット。
そこに愛着や信頼が芽生えることはあっても、生物学的な「恋」などという感情が介在する余地はない――それがこの世界の常識。
だが、あの日ルクが最期に遺した唇の温もり、あの時感じた胸の疼きが、ライトの言葉を「真実」として肯定していた。
ライト:「ハッハッハッハッハッ!! 実に興味深い! 面白いぞ、死神!メダロットが人間に恋愛感情を抱くなど、論理の破綻、種の汚辱、まさに貴様こそ『神の特異点』!」
ライトは歓喜に震えるように翼を羽ばたかせ、ヴァレンに残酷な福音を投げかける。
ライト:「良かろう、その不条理に免じて、神である私から『最後の教え』を授けてやろう。神である私の、最後にして究極の発明……過去に起こった事実を物理的に消滅させる機械。名は……『DISAPPEARANCE』、通称〝D〟」
ヴァレン:「消滅……? D……?」
ライト:「そうだ。その場所は、我が友カヲスが知っている。……もっとも、貴様がここで、生き残れば、の話だがな」
ライトの全身から、それまでの余裕を削ぎ落とした純粋な殺気が溢れ出した。
ヴァレンもまた、乱れた演算を「殺意」の一点に収束させ、拳を握り直す。
ヴァレン:「……何気に、いいことを聞いたぜ。なら……お前を地獄へ送った後、何気にその『遺物』も拝ませてもらうとしようじゃねえか」
ライト:「ぬん!!」
静寂を切り裂いたのは、N・G・ライトの不可視の踏み込みだった。
司教冠が揺れたと思った次の瞬間、彼は既にヴァレンの背後へと回り込んでいた。
重力制御による完璧な制動。無防備なヴァレンの背中へ、右腕の『デストロイ』が深々と叩き込まれる。
ヴァレン:「――甘ぇんだよ、何気にな!!」
ヴァレンは衝突の寸前、機体を強引に捻って衝撃を逸らした。
背部装甲が削り取られ、激しい電磁火花が散る。だがヴァレンは怯まず、剥き出しの殺意を込めて右腕を突き出した。
ヴァレン:「サクリファイス!!」
自らのパーツを臨界点まで励起させ、爆発エネルギーへと変換する自壊攻撃。
ヴァレンの右腕が眩い光と共に霧散し、至近距離でN・G・ライトを飲み込んだ。
だが、光の爆風を切り裂き、N・G・ライトもまた同じ『サクリファイス』を放ち、二つの衝撃波が空中で激しく相殺される。
轟音。最上階の床が同心円状に陥没し、衝撃で窓ガラスの残骸が粉々に粉砕された。
土煙の中から現れたN・G・ライトは、左腕を失いながらも、その黄金の瞳に侮蔑の色を絶やしていなかった。
ライト:「復活行動を持たぬ貴様が、その手を使うか。……愚かな。自ら死期を早めただけではないか……」
ライトが司教冠の下で静かに念じると、頭部パーツ『セオロジー』が発光。
失われた左腕がナノマシンの再構成によって瞬時に復元されていく。
対するヴァレンの右腕は、ティンペットの骨組みを剥き出しにしたまま、黒く焦げ付いていた。
ヴァレン:(チッ……何気に反則級の性能だな。まともに撃ち合ってりゃ、何気に先にこっちがスクラップだぜ)
ヴァレンは僅かな隙を見逃さず、今度は左腕のサクリファイスを構えて肉薄した。
ライトの右腕が再びデストロイを振り下ろすが、ヴァレンはそれを正面から肩で受けて強引に押し通る。
ヴァレン:「もう一発……何気に食らっとけ!!」
ゼロ距離。ヴァレンの左腕が爆ぜる。
N・G・ライトの胴体に凄まじい衝撃が突き刺さり、流石の「神」も大きくよろめいた。
しかし、ヴァレンは既に両腕を失い、攻撃手段のすべてを使い果たしていた。
ライト:「二つとも使ってしまったか……。もはや貴様に、神である私を傷つける牙は残されておらん。……さて、どうするのかな?」
N・G・ライトは再び両腕を再生させ、優雅な仕草で翼を広げた。
圧倒的な再生能力の前に、ヴァレンは絶体絶命の窮地に立たされる。……だが、ジョーカードの瞳から紅い光は消えていなかった。
ヴァレン:「……ハハ。何気に、ここからが本当の『勝負』だぜ。……来い、死神。オレにその力を何気に貸しな」
両腕を失い、白煙を上げるティンペットを晒しながらも、ヴァレンは不敵に口端を吊り上げた。
その全身を、これまでとは比較にならないほど濃密な、絶対零度の冷気を孕んだ青白いオーラが包み込んでいく。
ヴァレン:「メダフォース発動!!『 ブ ラ イ ン ド ゲ ー ム 』!!!」
ヴァレンが低く囁くと同時に、月明かりの差し込む広間の天井が、底なしの影に飲み込まれた。
異界の門が開いたかのような錯覚。
暗闇の深淵から降り立ったのは、ボロボロの布切れを纏い、巨大な鎌を手にした「死神」の概念。
だが、今回の死神は審判を下すだけの傍観者ではなかった。
死神の影がヴァレンの背後に重なり、そのまま吸い込まれるように機体へと溶け込んでいく。
――ガ、ギギギィィィッ!!
ヴァレンの機体構造が、その異質なエネルギーによって強制的に再構築されていく。
その背中からは、漆黒の皮膜が星空を覆い隠す巨大なコウモリの翼が突き出し、
両腕には、深紅の不気味なルーンが脈動するように刻まれた、巨大なL字型の鎌剣が握られていた。
刃から立ち昇る紫の燐光と煙が、周囲の床をチリチリと腐食させていく。
ヴァレン:「……この技は、死神とオレを一時的に融合させる」
変貌を遂げたヴァレンの瞳は、爛々と紅い光を放っている。
その姿は英雄でも道化でもなく、夜の静寂の中に現れた、ただ「死」を運ぶためだけの機械。
ヴァレン:「だが、何気に『ギャンブル』には相応の代償が必要だろ?……四分四十四秒。その時間内にお前を倒せなければ、オレ自身の頭部が自壊して終わる。……最大最強の、命『賭け』の勝負だ」
死の宣告。ヴァレンの背後で、目に見えぬ砂時計が音を立てて落ち始めた。
ライト:「ほう……では、その背にある翼、本物かどうか……神である私が試してやろう」
N・G・ライトが純白の翼を激しく羽ばたかせ、天井を突き破って漆黒の夜空へと舞い上がった。
ヴァレンもまた、禍々しい翼を広げ、爆発的な推進力でその後を追う。
二つの影。
一方は星月夜に煌めく神々しき純白、一方は闇に溶け込み獲物を狙う呪わしき漆黒。
エデン本部の遥か上空、静止した時間のような冷たい夜の闇の中で、ついに最後の一分一秒を争う空中戦が幕を開けた。
地上数百メートルの高空。そこは、酸素の薄い冷気と、二機が発する凄まじい熱量がせめぎ合う極限の戦場だった。
星々の瞬きさえも、交差する剣閃と光条によってかき消されていく。
N・G・ライトの純白の翼が夜空に幾何学的な軌跡を描き、ヴァレンの漆黒の皮膜がそれを追う。
死神と化したヴァレンの振るうL字型の鎌剣が、空間そのものを切り裂くような紫煙を引いて「神」を追いつめていく。
だが、N・G・ライトもまた、王者の風格を崩さない。
ライト:「ほう……。死神の力、見掛け倒しではないようだな。だが……!」
ライトが空中で急制動をかけ、右手のデストロイをヴァレンの肩口へと突き立てた。
同時に、至近距離でサクリファイスが爆ぜる。
ヴァレンは衝撃を殺しきれず、漆黒の翼を乱して真っ逆さまにエデン本部の屋上へと叩きつけられた。
――ズ、ドォォォォォォンッ!!
大理石の床が砕け、土煙が舞い上がる。ヴァレンは立ち上がろうとしたが、回路を駆け巡る過負荷に膝を突いた。
ブラインドゲームの制限時間は、無情にも残り一分を切ろうとしている。
ライト:「……これまでか。所詮、貴様の執念などその程度。神を自称する私に届く道理はない。死ね。『宝条ルク』と同じ場所へ送ってやろう」
ライトが悠然と降下し、ヴァレンの体に指先を食い込ませる。
貫通の衝撃。ヴァレンの意識が暗転しかける。
ヴァレン:(……ルクの……仇……。ここで、何気に終わって……たまるかよ……!!)
暗れゆく意識の底で、ヴァレンは見た。
あの日、自分を庇って倒れた少女の、血に汚れながらも最高に美しかった笑顔を。
――『ヴァレン、あたしのこと……好き?』
その問いへの答えは、まだ何気に言い足りていない。
ヴァレン:「……う……うおおおおおおおおおあああああああっっっ!!!!」
絶叫。
死神の鎌剣から、かつてないほどの濃密な紫の燐光が噴き上がった。
ヴァレンはN・G・ライトの拘束を蹴りで強引に振り払うと、立ち込める煙幕トランプを数十枚同時に展開。
不意を突かれたライトが、一瞬だけ黄金の瞳を泳がせた。
ヴァレン:「ルクの……ルクの未来を奪ったお前を……何気に……地獄へ叩き落とすッ!!」
ヴァレンが影と化した。
一閃。ライトの左翼を根本から断ち切る。
再閃。右腕のデストロイを肘から先ごと両断する。
三閃、四閃――目にも留まらぬ連続斬撃が、神の装甲を分子レベルで腐食させ、塵へと変えていく。
N・G・ライトが誇る復活行動さえも、死神が運ぶ「不幸」には追いつかない。
ヴァレンは渾身の蹴りでN・G・ライトを地面にたたきつけた。
ヴァレン:「……これで何気に、チェックメイトだ!!」
背中から地面へと突き落とされたN・G・ライトは死を覚悟しながら、ノイズだらけの視界に映るヴァレンを見上げて思考する。
ライト:(『DISAPPEARANCE』を起動させるのはカヲスか……はたまたこの男か……)
全身の全エネルギーを鎌剣の先へと集束させ、ヴァレンは最短の軌道でライトの胸中央を目掛けて急降下する。
N・G・ライトはヴァレンの、そのはるか後方で静かに光る月を、どこか懐かしそうな目で見つめていた。
ライト:(神であるメダロット達の楽園を作り上げるために人類を滅ぼした。……その行動が正しかったのか、間違いだったのか――)
パリンッ、という、硝子が砕けるような澄んだ音が夜空に響いた。
N・G・ライトの核――メダルが、ヴァレンの刃によって真っ二つに両断されていた。
白銀の装甲が光の粒子となって霧散していく。死にゆく「神」の最期の想いが、微かに響いた。
ライト:(――『
N・G・ライトという名の不条理が、ついに世界から消失した。
ヴァレンは崩れ落ちる残骸の中に、一つだけ不自然に光り輝く物体を見つけた。
真っ二つに割れたメダルの傍ら。
そこには、周囲の夜の闇をすべて払い除けるような、清浄な輝きを湛えた白い珠――『白メダリア』が転がっていた。
ヴァレン:「…………。」
ヴァレンは無言でそれを拾い上げた。その直後、死神との融合が解除され、彼は漆黒の夜の静寂の中に一人取り残された。
――再び、現在へ。
エデン本部、リーダー執務室。
数刻前まではハードネステンが影のように控えていたその部屋は、今や凍てつくような孤独に支配されていた。
カヲスは、開かれた扉を、感情の読み取れない黒い瞳で見つめていた。
カヲス:「………………また……一人に……なってしまったな………………」
掠れた呟きが、広い室内に空虚に響く。
暗い洞窟から自分を引きずり出してくれたライトは、もういない。
最も信頼を寄せていた側近も、自らの元を去った。
カヲスの三本の角が、寒気に触れたかのように微かに震える。
その静寂を、乱暴な足音と複数の駆動音が踏みにじった。
入室してきたのは五機のメダロット。エデン軍の誇る最強の矛――『十二使徒』の生き残りたちだった。
カヲス:「……十二使徒か………………」
カヲスは視線だけを動かした。そこには、ビッグブロックで敗れた者たちを除く、現行最高戦力が揃っていた。
「カヲスさん! 僕ら、ハードネステンさんを連れ戻すチャンスが欲しいんや!」
一人の男は、感情を昂らせて叫ぶ。彼の黄色い装甲が、熱を帯びて僅かに軋んだ。
「ハードネステンさんを失うことは、エデンにとって大きな損失ですから」
また一人の女は、ポーカーフェイスを崩さずに、落ち着いた声で進言する。
「助け合うべき仲間を求めるのは、幸福への第一歩。それもまた一つの運命……デスティニー。僕も、彼女を迷いの中から連れ戻したい」
別の男が、春風のような笑みを浮かべて詩的に付け加えた。
「…………」
また別の女は、何も言わずにただ深く頷く。
「そういうわけだ!! 俺たちにさり気に、出撃許可をくれ!!」
最後の男が、苛立ちをぶつけるように床を強く踏み鳴らした。
五機から向けられる意志。カヲスはそれを、まるで自分には縁のない遠い国の出来事であるかのように見つめていた。
カヲス:「……構わん……。兵士は……好きなだけ連れてゆけ………………」
カヲスのあまりに無機質な許可。
五機は一瞬だけ互いに目配せをしたが、すぐに背を向けて疾走していった。
彼らが目指すのは、かつての同胞がいるはずのビッグブロック。
彼らを見送った後、カヲスはゆっくりと浮き上がり、執務室のさらに奥――科学部へと続く隠し通路へ足を進めた。
空調の音だけが響く実験室。そこには、九年前にライトから託された、あの禍々しい機械が鎮座していた。
カヲス:「……もうすぐ……『D』を起動させることができる。……もうすぐ……もうすぐだぞ…………ライト……」
カヲスは、黒く脈動する『黒メダリア』をコンソールへセットした。
すべては、あの日失われた「神」を取り戻すために。
カヲスの狂気にも似た執念が、暗い科学部の中で青白く発光していた。
第三十三話【神と死神】終わり