第三十三話【神と死神】
煤煙と静寂が、最上階の広間を重苦しく支配していた。
蹴り破られた巨大な扉の破片が床に散らばり、その向こうで白銀の装甲を纏った『神』が侵入者を見据えている。
ライト:「死神……だと?」
N・G・ライトが僅かに目を細めた。
ライト:「ハッハッハッハッハ! ……貴様も『神』を名乗ってくれるのか? 面白い」
司教冠を戴き、背には純白の翼を広げている。
対するヴァレンは一歩、また一歩と距離を詰めていった。
ヴァレン:「へッ。何気に笑えんのは今だけだぜ」
ライト:「…………」
ヴァレン:「それに、お前は……神なんて高尚なもんじゃねぇよ」
ライト:「ほう?」
ライトが興味深そうにヴァレンを見る。
ライト:「神である私が、神ではないと?」
ヴァレン:「あぁ」
ライト:「では、貴様の言う『神』とは何なのだ?」
ヴァレンは足を止めた。
ヴァレン:「神ってのはな……」
一瞬だけ、遠い過去を見るように目を伏せる。
ヴァレン:「誰に対しても平等に、残酷で非情な者のことを言うんだ」
ライト:「…………」
ヴァレン:「幸運も不幸も。命も死も。敵味方の区別なく、無差別に振り撒く」
一歩。
ヴァレン:「それが『神』ってもんだ」
ライトは黙って聞いている。
ヴァレン:「特定の種族にだけ肩入れして、自分たちの都合で世界を塗り替えようとするお前は――」
ヴァレンの赤い目がライトを睨みつける。
ヴァレン:「メダロットに『だけ』愛を注ぐお前は、何気に神の器じゃねぇんだよ」
ライト:「…………」
僅かな沈黙。
やがてライトは、小さく笑った。
ライト:「同じく神を名乗ってくれるメダロットが現れたと思ったのだが……残念だ」
その視線が、改めてヴァレンの全身へ向けられる。
ライト:「……ぬ?」
ヴァレン:「?」
ライト:「貴様……どこかで見た覚えがあるな」
ライトは記憶を辿った。
かつて、自らの手で殺した多くの人間たち。
その中の一人。
ライト:「……思い出したぞ」
ヴァレン:「…………」
ライト:「宝条ルクの傍らにいたメダロットか」
ヴァレン:「…………ッ!!」
その名を聞いた瞬間。
ヴァレンの表情が変わった。
両拳が強く握られる。
ヴァレン:「……気付くのが、何気に遅ぇんだよ」
ライト:「…………」
ヴァレン:「あの日、お前が奪ったものの重さを……その薄汚ぇ頭に刻み込んでやるぜ」
だが。
ライトは笑った。
ライト:「ハッハッハッハッハッ! 素晴らしい!」
ヴァレン:「……何がおかしい」
ライト:「人間を愛しすぎたメダロットなど、神である私は数え切れぬほど見てきた」
ライトが一歩前へ出る。
ライト:「だが、貴様はそれらとは何かが違うと思っていた」
ヴァレン:「…………」
ライト:「今、ようやく分かったぞ」
黄金の目がヴァレンを捉える。
ライト:「貴様はあの女を、ただの主として慕っていたのではない」
ヴァレン:「……?」
ライト:「貴様は――」
一拍。
ライト:「宝条ルクに『恋』をしていたのだな?」
ヴァレン:「…………!!?」
ヴァレンは絶句した。
ヴァレン:「な……」
否定しようとして。
言葉が続かなかった。
ルクと過ごした日々。
彼女の笑顔。
自分を庇って倒れた姿。
そして。
最期に交わした口づけ。
それが『恋』だったのか。
ヴァレン自身、これまで明確な言葉にしたことはなかった。
ライト:「ハッハッハッハッハッ!!」
ライトが愉快そうに笑う。
ライト:「メダロットが人間へ、そこまで強い恋情を抱くとは……実に興味深い!」
ヴァレン:「…………」
ライト:「面白いぞ、死神!」
ヴァレン:「……うるせぇ」
ヴァレンが低く吐き捨てる。
ライト:「良かろう。その不条理に免じて、神である私から一つ教えてやる」
ヴァレン:「……何?」
ライト:「神である私の、最後にして究極の発明」
ライトが静かに告げる。
ライト:「過去に起こった事実を、物理的に『消滅』させる機械」
ヴァレン:「消滅……?」
ライト:「名は『DISAPPEARANCE』。通称――『D』」
ヴァレン:「……D」
ライト:「その場所は、我が友カヲスが知っている」
ライトが翼を広げる。
ライト:「もっとも――」
空気が変わった。
ライト:「貴様がここで生き残れなければ意味のない話だがな」
ヴァレン:「…………」
ヴァレンも拳を握り直す。
ヴァレン:「何気に、いいこと聞いたぜ」
赤い目が細められる。
ヴァレン:「なら、お前を地獄へ送った後……その『遺物』も何気に拝ませてもらうとしようじゃねぇか」
ライト:「ぬん!!」
ライトが消えた。
ヴァレン:「……!」
次の瞬間には、ヴァレンの背後。
右腕『シンナイト』。
デストロイが、ヴァレンの背中へ叩き込まれる。
ヴァレン:「――甘ぇんだよ、何気にな!!」
ヴァレンは直撃の寸前で身体を捻った。
背部装甲が大きく削られ、火花が飛び散る。
だが。
そのまま振り返る。
ヴァレン:「サクリファイス!!」
右腕が輝いた。
自身のパーツを犠牲にして放つ、自壊攻撃。
右腕が爆ぜる。
ライト:「!」
ライトも即座に左腕『パニッシュゴッド』を向けた。
ライト:「サクリファイス!!」
二つの爆発が正面から激突する。
――ドォォォォォンッ!!
凄まじい衝撃が広間を揺らした。
床が砕け。
壁面に亀裂が走る。
煙の向こう。
ヴァレン:「…………」
ヴァレンの右腕は失われていた。
そして。
ライトの左腕も消し飛んでいる。
ライト:「復活行動を持たぬ貴様が、その手を使うか」
ヴァレン:「…………」
ライト:「愚かな。自ら死期を早めただけではないか」
ライトの頭部『セオロジー』が光る。
――復活。
失われていた左腕が再び形を取り戻していく。
ヴァレン:(チッ……)
ヴァレンが舌打ちする。
ヴァレン:(何気に反則級の性能だな。まともに撃ち合ってりゃ、こっちが先にスクラップだぜ)
再生を終えたライトが、右腕のデストロイを構える。
だが。
ヴァレンは逃げなかった。
残された左腕を構え、一気に距離を詰める。
ライト:「愚かな!」
デストロイが振り下ろされる。
ヴァレンは肩で受けた。
ヴァレン:「ぐっ……!」
装甲が砕ける。
それでも前へ出る。
ヴァレン:「もう一発――」
ゼロ距離。
ヴァレン:「何気に食らっとけ!!」
左腕が光った。
――サクリファイス。
爆発。
ライト:「ぐっ……!」
至近距離からまともに受けたライトが、大きく吹き飛ばされる。
ヴァレンもまた。
これで両腕を失った。
ライト:「…………」
倒れたライトが、ゆっくりと起き上がる。
再び頭部『セオロジー』が光った。
復活。
ヴァレンの攻撃によって受けた損傷が、みるみる修復されていく。
ライト:「……二つとも使ってしまったか」
ヴァレン:「…………」
ライト:「もはや、通常の攻撃で神である私を倒す術はあるまい」
ライトが翼を広げる。
ライト:「……さて、どうするのかな?」
ヴァレンは両腕を失ったまま立っていた。
だが。
その目から、戦意は消えていない。
ヴァレン:「……ハハ」
ライト:「?」
ヴァレン:「何気に、ここからが本当の『勝負』だぜ」
ヴァレンが顔を上げる。
ヴァレン:「来い、死神」
一拍。
ヴァレン:「オレにその力を……何気に貸しな」
ヴァレンの周囲に青白い光が集まり始めた。
ライト:「……?」
ヴァレン:「メダフォース発動!!」
光が一気に広がる。
ヴァレン:「『 ブ ラ イ ン ド ゲ ー ム 』!!!」
広間が闇に沈んだ。
その奥。
巨大な鎌を持つ、死神のような影が現れる。
死神はゆっくりとヴァレンへ近付き。
その身体へ重なる。
――ガ、ギギギィィィッ!!
ヴァレンの姿が変わっていく。
失われていた両腕を含め、機体が新たな形へと再構築される。
背中からは巨大な漆黒の翼。
両腕には、L字型の鎌剣。
紫の光を纏った刃が、闇の中に浮かび上がる。
ライト:「…………」
ヴァレン:「……この技は」
変貌したヴァレンが鎌剣を構える。
ヴァレン:「死神とオレを、一時的に融合させる」
ライト:「ほう……」
ヴァレン:「ただし」
ヴァレンが笑う。
ヴァレン:「何気に『ギャンブル』には、相応の代償が必要だろ?」
ライト:「…………」
ヴァレン:「四分四十四秒」
鎌剣をライトへ向ける。
ヴァレン:「その時間内にお前を倒せなければ……オレ自身の頭部が自壊して終わる」
ライト:「…………」
ヴァレン:「最大最強の、命『賭け』の勝負だ。……勝率は何気に87.5%くらいはあると思うぜ」
ライトが笑った。
ライト:「良かろう」
純白の翼を広げる。
ライト:「では、その背にある翼が本物かどうか……神である私が試してやろう」
ライトが飛び上がった。
最上階の崩れた天井を抜け、夜空へ舞い上がる。
ヴァレン:「逃がすかよ!」
ヴァレンも漆黒の翼を広げ、その後を追った。
二つの影が、夜空へ飛び出す。
純白。
漆黒。
地上数百メートルの高空で。
神と死神の戦いが始まった。
ライト:「ほう……!」
ライトが急旋回する。
ヴァレンの鎌剣が、その直後を斬り抜けた。
ライト:「見掛け倒しではないようだな!」
ヴァレン:「何気にそりゃどうも!」
ヴァレンが翼を大きく広げ、再び追う。
鎌剣。
デストロイ。
二つの攻撃が夜空で激突する。
火花が散る。
一撃。
二撃。
三撃。
ヴァレンが斬り込む。
ライトがかわす。
純白と漆黒の翼が交差する。
だが。
ライト:「甘い!」
ヴァレン:「……!」
ライトが空中で急制動した。
ヴァレンの死角へ回り込む。
右腕『シンナイト』。
デストロイが肩口へ叩き込まれた。
ヴァレン:「ぐっ!!」
続けざまに。
左腕『パニッシュゴッド』が輝く。
ライト:「サクリファイス!!」
至近距離で爆発。
ヴァレン:「うおっ!?」
ヴァレンは漆黒の翼を大きく乱し、そのままエデン本部の屋上へ叩き落とされた。
――ズドォォォォォンッ!!
床が砕ける。
大量の土煙が舞い上がった。
ヴァレン:「……ぐっ……」
ヴァレンが起き上がろうとする。
だが。
膝をついた。
ブラインドゲームの制限時間は、すでに残り一分を切ろうとしている。
その上空。
ライトがゆっくりと降下してくる。
ライト:「……これまでか」
ヴァレン:「…………」
ライト:「所詮、貴様の執念などその程度」
ヴァレンの前へ降り立つ。
ライト:「死ね」
一歩。
ライト:「『宝条ルク』と同じ場所へ送ってやろう」
ヴァレン:「……!」
ライトの手が変形した。
指先が鋭く伸び。
槍のように。
ヴァレンの胴体を貫いた。
ヴァレン:「がっ……!!」
身体が大きく揺れる。
意識が遠のいていく。
ヴァレン:(……ルクの……)
視界が霞む。
ヴァレン:(……仇……)
力が抜けていく。
ヴァレン:(ここで……何気に終わって……)
その時。
薄れゆく意識の中で。
ヴァレンは、一人の少女を見た。
血に汚れながらも。
最後まで、自分へ笑いかけていた少女。
宝条ルク。
――『ヴァレン、あたしのこと……好き?』
ヴァレン:「…………」
まだ。
あの問いへの答えを。
何気に、言い足りていない。
ヴァレン:「……う……」
ライト:「?」
ヴァレン:「うおおおおおおおおおあああああああっっっ!!!!」
ヴァレンが叫んだ。
鎌剣が強く光る。
ライト:「何!?」
ヴァレンがライトを蹴り飛ばした。
同時に、無数の煙幕トランプを周囲へばら撒く。
白煙が二機を包んだ。
ライト:「ぬっ……!」
一瞬。
ライトがヴァレンを見失う。
ヴァレン:「ルクの……」
煙の向こうから声がした。
ヴァレン:「ルクの未来を奪ったお前を……」
漆黒の影が走る。
ヴァレン:「何気に……地獄へ叩き落とすッ!!」
一閃。
ライトの左翼が切断された。
ライト:「ぐっ!?」
頭部『セオロジー』が光る。
復活が始まる。
だが。
その修復を待たず、ヴァレンが再び斬り込む。
二閃。
右腕『シンナイト』が斬り落とされた。
ライト:「ぬぅっ!?」
三閃。
胸部装甲へ深い斬撃。
四閃。
さらに鎌剣が走る。
ライトの復活が追いつかない。
ヴァレン:「まだだ!!」
ヴァレンが渾身の蹴りを叩き込んだ。
ライト:「ぐっ……!」
ライトの身体が吹き飛ぶ。
そのまま。
エデン本部の屋上へ、背中から叩きつけられた。
ヴァレン:「…………」
ヴァレンが上空からライトを見下ろす。
ヴァレン:「これで何気に……」
鎌剣を構える。
ヴァレン:「チェックメイトだ!!」
ライト:「…………」
倒れたライトは、ノイズの走る視界でヴァレンを見上げていた。
そして。
ライト:(『DISAPPEARANCE』を起動させるのは……)
漆黒の翼。
迫り来る死神。
ライト:(カヲスか……)
一瞬。
かつての友の姿が脳裏をよぎる。
ライト:(はたまた……この男か……)
ヴァレンが急降下する。
鎌剣の先端へ、残された力を集めて。
一直線に。
ライトの胸部中央へ。
ライト:「…………」
ライトは抵抗しなかった。
ヴァレンのさらに向こう。
夜空に浮かぶ月をどこか懐かしそうな目で見つめていた。
ライト:(神であるメダロットたちの楽園を作り上げるため……)
純白の翼。
エデン。
カヲス。
これまでのすべてが脳裏を過ぎる。
ライト:(神である私は、人類を滅ぼした)
鎌剣が迫る。
ライト:(……その行動が正しかったのか)
あと僅か。
ライト:(間違いだったのか――)
そして。
――パリンッ。
硝子が割れるような澄んだ音が、夜空へ響いた。
ヴァレンの鎌剣が。
N・G・ライトの胸部を貫き。
その奥にあるメダルを、真っ二つに断ち切っていた。
ライト:「…………」
メダルが割れた。
もう。
復活は起こらない。
N・G・ライトの身体から力が抜けていく。
その最期。
ライト:(――『運命(ギャンブル)』に……)
ヴァレンを見た。
ライト:(判断を委ねるとしよう……)
ライトの目から、光が消えた。
N・G・ライトの命は。
ここで終わった。
ヴァレン:「…………」
その時だった。
割れたメダル。
その中心から。
一筋の白い光が漏れ出した。
ヴァレン:「……?」
光は散らなかった。
宙に集まり。
凝縮され。
やがて。
一つの小さな白い珠となって、床へ落ちた。
カラン――。
ヴァレン:「…………」
ヴァレンは黙って、それを拾い上げる。
白く輝く珠。
この時のヴァレンには、それが何なのか分からなかった。
ただ。
N・G・ライトのメダルから生まれたものだということだけは、確かだった。
その直後。
戦闘に勝利したことを認識した瞬間、ブラインドゲームが解除された。
漆黒の翼が消え。
鎌剣も消失する。
ヴァレンは白い珠を握ったまま、静かな夜空を見上げた。
―
――――再び、現在。
エデン本部、リーダー執務室。
数刻前まで、ハードネステンが傍らに控えていた部屋。
今。
そこにいるのはカヲスだけだった。
カヲス:「…………」
カヲスは、開かれた扉を見つめている。
長い沈黙。
カヲス:「…………また……」
小さな声が漏れた。
カヲス:「一人に……なってしまったな…………」
暗い洞窟から自分を連れ出してくれたライトは、もういない。
そして。
最も信頼していたハードネステンも、自らの元を去った。
カヲス:「…………」
その静寂を破るように。
複数の足音が近付いてきた。
五機のメダロットが、執務室へ入ってくる。
エデン軍十二使徒の生き残りたち。
カヲス:「……十二使徒か…………」
五機を見る。
「カヲスさん!」
黄色い装甲の男が一歩前へ出た。
「僕ら、ハードネステンさんを連れ戻すチャンスが欲しいんや!」
その隣。
一人の女が落ち着いた声で続ける。
「ハードネステンさんを失うことは、エデンにとって大きな損失ですから」
「助け合うべき仲間を求めるのは、幸福への第一歩。それもまた一つの運命……デスティニー」
別の男が微笑む。
「…………」
もう一人の女は何も言わず、ただ頷いた。
そして。
「そういうわけだ!!」
最後の男が前へ出る。
「俺たちに、さり気に出撃許可をくれ!!」
カヲス:「…………」
カヲスは五機を見た。
ハードネステンを連れ戻したい。
その意志だけは、十分に伝わった。
カヲス:「……構わん……」
淡々と答える。
カヲス:「兵士は……好きなだけ連れてゆけ…………」
「ありがとうございます!」
五機は一斉に踵を返した。
目指す場所は。
かつての同胞がいるはずの、ビッグブロック。
足音が遠ざかっていく。
カヲス:「…………」
再び。
カヲスは一人になった。
しばらくして。
ゆっくりとその場を離れる。
執務室の奥。
科学部へと続く隠し通路。
その先にある実験室へ。
カヲスが入る。
室内の中央。
九年前。
N・G・ライトから託された巨大な機械が鎮座していた。
――『D』。
カヲス:「…………」
その傍らには。
エネルギー増幅のため接続された、ノルス。
そして。
すすたけ村で回収され、解析を続けてきた黒メダリア。
カヲスは黒メダリアを、所定の位置へセットする。
モニターに数値が表示される。
カヲス:「……これなら…………」
視線を上げる。
カヲス:「『D』を……起動できるところまで……近付ける…………」
巨大な機械を見る。
カヲス:「もうすぐだ…………」
一歩。
『D』へ近付く。
カヲス:「もうすぐ…………」
そして。
誰もいない実験室で。
カヲス:「…………ライト……」
その名を、静かに呼んだ。
第三十三話【神と死神】終わり