第三十四話【ブラックメイルの奇策】
第三十四話【ブラックメイルの奇策】
奪取した要塞『ビッグブロック』の深部。かつての主であった十二使徒たちの残滓を完全に拭い去った司令室は、
今やラヴド軍の揺るぎない心臓部として機能していた。
無数のモニターが青白い光を放ち、戦況の変化を刻一刻と映し出す。その中心で、ラヴドのツートップが並び立っていた。
ブラックメイル:「……英雄も仲間に引き入れたってことは、そろそろエデンとの決着をだぁ~…なッ」
ブラックメイルが、拳を握りしめながら低く唸った。
そのセンサーには、長引く膠着状態への苛立ちと、決戦を渇望する闘争心が宿っている。
ビーストマスター:「ええ。我々がこの要塞を制圧した時点で、長らく続いた睨み合いは終わっています」
ビーストマスターは冷静に、指先でコンソールを叩きながら答えた。
リーダー代行としての激務は彼に多大な負荷をかけていたが、その立ち振る舞いには参謀としての気品が漂っていた。
ブラックメイル:「ハッ、なら話は早いぃ~…なッ。一気にエデン本部まで攻め落とすぅ~…ぞッ!」
ブラックメイルが不敵な笑みを浮かべた、その刹那。
―――ウ、ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!!!!!
司令室全体の空気が震えるほどの、凄まじい警報が鳴り響いた。
赤色の警告灯が激しく明滅し、静寂を無慈悲に粉砕する。
『敵戦艦発見。敵戦艦発見。本要塞に超巨大熱源の接近を確認。』
ブラックメイル:「……おうおう。エデンのやつらも、大人しく死ぬ気はねぇってことぉ~…かッ!」
ビーストマスター:「このタイミングで奇襲ですか……!」
二機がモニターへ視線を投げた瞬間、そこに映し出された光景に、流石のビーストマスターも息を呑んだ。
ビッグブロックの真上の空。雲を割って現れたのは、空飛ぶ鉄の塊だった。
幾重にも重なる重厚な防護装甲、全身から突き出したハリネズミのような対空砲火。
その巨体が太陽を遮り、要塞に巨大な死の影を落としていく。
巨大戦艦が、重低音を響かせながら降下を開始する。
ハッチが次々と開放され、そこから無数の黒い影――エデンの降下兵たちが、雨のようにビッグブロックへと降り注いだ。
―
要塞『ビッグブロック』の最上階展望デッキ。
吹き抜けとなったその場所に集まったL班の面々は、頭上に迫る「絶望」を仰ぎ見ていた。
ディスト:「うわッ! 何、あのでっかいの!? 空が……空が全部隠れちゃうよ!」
ディストが震える指で空を指差す。そこには、太陽を完全に遮り、要塞全域を夜のような闇へと沈める鋼鉄の巨躯があった。
元・エデンの副官であるコスモスが、そのセンサーを険しく細めて、戦艦の正体を告げる。
コスモス:「あれは……十二使徒専用巨大戦艦『ノアの箱舟』。……この移動要塞を以て我々の本陣を直接叩き潰すつもりです」
『ノアの箱舟』の下部ハッチが開き、そこから無数のエデン兵が降下を開始していた。
要塞の防衛網が火を噴くが、圧倒的な物量を前に戦況は一瞬で塗り替えられていく。
ヴァレン:「おい。ブラックメイル、敵さんは何気にゾロゾロ出てきてんのに、何でラヴドの軍団は出撃しねぇんだ?」
ヴァレンが背後の階段から上がってきた影に問いかける。
そこには、普段の荒々しさを冷徹な決意で塗り固めたブラックメイルの姿があった。
ブラックメイル:「出撃させたくても、もうここにはいねぇ……ラヴドの主力は全員、たった今、エデン本部に向かわせたぁ~…ぞッ!!」
ワンダ:「……えっ!? 『全軍』出撃させたってこと!?」
驚愕に叫ぶワンダに、ブラックメイルは不敵な笑みを向けて頷いた。
ブラックメイル:「今ここに残っているのは、俺とビーストマスター……そして、お前らだけだぁ~…ぞッ!」
ヴァレン:「あぁ!? 何気に正気かよ。この大群を、俺たちだけで相手にするってのか?」
ブラックメイル:「安心しろ、秘策がある。……それよりお前ら、モタモタしてる暇はねぇ~…ぞッ」
ブラックメイルが、頭上の巨大戦艦を指差した。
ブラックメイル:「お前らにはあの『ノアの箱舟』に乗り込んでくれ!恐らくあそこには、十二使徒の生き残りが潜んでいる。……奴らを叩き潰して、その戦艦をまるごとパクゥ~…れッ!」
ローラ:「つまり……妾達が十二使徒を、御二方が外の軍。そして残りは本部を叩くと……?」
ローラは限りなく好意的に、このブラックメイルの奇策、と呼べるかどうかも分からない無茶苦茶な作戦を解釈した。
ブラックメイル:「その通り。そしてお前達は十二使徒に勝ったらノアの箱舟パクッてエデン本部に行くんだぁ~…ぞッ」
ブラックメイルのこの作戦は、以前トゥルースによるラヴド本部爆破に近い作戦だった。
つまり、エデン軍がビッグブロックを攻め立てている間、本部の守備は手薄になるのでそこを叩くわけだ。
ブラックメイルは親指で後方に待機していたジェット機を指す。
この地上の大群をどう対処するのか、と惑いながらも、L班の面々は駆け出した。
要塞を埋め尽くす敵の大群を背に、一筋の光が『ノアの箱舟』へと向かって突き進んでいく。
―
巨大な城壁に守られた『ビッグブロック』の正面城門。
その重厚な鉄扉の前で、ラヴドの「最強」と「最凶」が、押し寄せる軍勢を迎え撃とうとしていた。
地平線を埋め尽くさんとするエデン軍の兵士たち。
降下ポッドから吐き出された増援が合流し、その数は数万を容易に超えている。対するは、たったの二機。
ビーストマスター:「……全軍をエデン本部へ向かわせました。しかし、ブラックメイルさん」
ビーストマスターが、全身の砲門を冷却しながら、隣に立つ漆黒の悪魔へ問いかけた。
その声音には、一級兵士としての覚悟の中にも、拭いきれない懸念が混じっている。
ビーストマスター:「本当に、我々二機だけでこの狂乱の群れを押し留める『秘策』とやらがあるのですね? ただの精神論ではないですね?」
ビーストマスターは、ブラックメイルの無鉄砲さを熟知していた。
だが、これまでの死線を共にしてきた経験が、この男が土壇場で「何もない」という事はないと信じている……はずだ。
ブラックメイル:「完璧だぁ~…ぞッ」
ブラックメイルが言葉を切ると同時に、重厚な城門が轟音と共に開放された。
目の前には、獲物を見つけた猛獣のごとく殺到するエデン軍の先陣。
ビーストマスターが四方八方から向かってくる軍勢に自らの武装を向けながら言う。
ビーストマスター:「さぁ、ブラックメイルさん! どうするんですか!?」
ブラックメイル:「――こうするんだぁ~……ぞッッ!!!!!」
――ドゴォォォンッ!!
ブラックメイルの右拳が、無防備なビーストマスターの側頭部を真っ向から撃ち抜いた。
凄まじい金属衝突音。衝撃でビーストマスターの機体が大きく揺らぎ、そのバイザーに走る青い光が一瞬で消失する。
ビーストマスター:「……ガ、……ハッ………………」
攻撃を仕掛けていたエデン兵たちが、「仲間割れ」に呆気に取られ、足を止めた。
ブラックメイルは、糸の切れた人形のように項垂れるビーストマスターを一瞥し、背中を向けて軽やかに後退した。
そのまま、ビーストマスター一人を残して城門を閉じてしまった。
ブラックメイル:「さ、お前らも殺される前に逃げた方がいいぃ~…ぞッ。……ビーストマスターにな」
静寂。
ビーストマスターの機体から、それまでの理知的な駆動音が消え、代わりに地を這うような重低音の振動が漏れ出した。
小刻みに震える巨躯。やがて、そのバイザーが不気味に明滅し――血のようにどす黒い紅に染まった。
ビーストマスター:「……ハ……ハカ……イ………………」
音声出力が、人知を超えたノイズに変換される。
その聡明な頭脳の深淵に隠し持っていた、絶対に解いてはならない封印。
ブラックメイルだけが知る、最強の参謀を「怪物」へと変えるための、暴力的なスイッチ。
ビーストマスター:「ハ カ イ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! 」
爆ぜた。
ビーストマスターの全砲門が、冷却も待たずに火を噴いた。
至近距離にいたエデン兵たちが、悲鳴を上げる間もなく光の奔流に飲み込まれ、粒子となって霧散していく。
一機の「参謀」が消え、そこにはただ、眼前のすべてを灰にするまで止まらない『無差別破壊装置』が君臨していた。
ブラックメイル:「うわぁ……やっぱアイツこわー。ビッグブロックの方が耐えきれるか心配だぁ~…ぞッ」
ブラックメイルは避難した物陰から、その地獄絵図を眺めていた。
自らやっておきながらなんだが、ドン引きしている。
しかし、ラヴド軍の勝利のため、そしてこの要塞を護るため。
「最凶」が選んだ手段は、味方をも恐怖させる究極の毒薬だった。
上空。吹き荒れる烈風を突っ切り、一機の小型ジェット機が巨大な影に向かって肉薄していた。
視界を埋め尽くすのは、雲海を裂いて進む鋼鉄の絶壁。
要塞『ビッグブロック』を見下ろす戦艦――エデン軍の戦艦『ノアの箱舟』である。
ディスト: 「うわぁ……。近くで見ると、本当にとんでもない大きさだね。これ、本当にパクれるのかなぁ?」
ディストが窓に張り付き、驚嘆の声を上げる。背後のハッチが開くと、気圧差による凄まじい風切り音が機内に鳴り響いた。
コスモス: 「……甲板に熱源を確認。数は五。……全員十二使徒です」
コスモスの声は硬かった。カヲスへの愛憎を胸に秘め、裏切り者としてかつての仲間と刃を交える覚悟。
ジェット機が戦艦の広大な飛行甲板へと強引に着艦する。
タイヤが焼ける焦げた匂い。火花を散らして機体が停止し、ハッチからラヴド軍L班の戦士たちが鉄の床へと降り立った。
そこには、静寂だけが横たわっていた。
戦艦から吐き出された降下兵たちは既に地上へ降り、現在この甲板を守護しているのは、わずか五機の「怪物」のみ。
メタル・ビートル、ブラックスタッグ、パーティクル、ブロッソメイル、グレイン。
ビッグブロックにて散った6体とコスモスを除く、十二使徒の生き残りたちがそこにいた。
「……来はりましたね」
メタル・ビートルが、感情の滲む声で呟く。
その隣では、ブラックスタッグが、ポーカーフェイスでセンサーの焦点を合わせた。
「……来なければ、こちらから要請するつもりでしたが、手間が省けましたね」
「哀しき運命…デスティニーが、僕らを再び一つの場所に導いたか……」
パーティクルが、春風のような笑みを湛えて詩的に語りかける。
その一方で、ブロッソメイルは一言も発さず、ただ紅い瞳でコスモスを凝視していた。
「おっ! 敵さんがさり気に降りてきたぜ」
グレインが、好戦的な笑みを浮かべてL班の面々を指差した。
甲板の上、一触即発の緊張が走る。
コスモスを連れ戻そうとするエデン最強の矛たち。
彼女を守り、戦艦を奪取せんとするラヴドL班。
地上でビーストマスターが「破壊の権身」となって暴れ回る裏で、
空の覇権を懸けたもう一つの、そして最も「個人的」な戦いが今、幕を開けようとしていた。
第三十四話【ブラックメイルの奇策】終わり