第四十一話【 THE DIAMOND'S HEART WAS INJURED 】
嵐が過ぎ去った後のような、重く、熱い静寂がコロシアムを支配していた。
粉砕された石畳から立ち昇る熱気と、焦げ付いた回路が放つ鼻を突く匂い。
ステージの中央には、ボロボロになりながらも互いの存在を認め合った二機の英雄が立っていた。
ヴァレン: 「……ハァ、ハァ……。タイン……。ここまで戦闘に燃えたのは……何気に、初めてだぜ」
ヴァレンが、ひしゃげた仮面の奥で紅い目を細め、不敵に笑う。
全身の装甲が剥がれ、内部フレームが剥き出しになっているが、その立ち姿には一点の曇りもなかった。
タイン: 「……ヴァレン……。俺だって、こんな熱き闘いは……さり気に初めてだぜ……!!」
タインもまた、満身創痍の腕を突き出し、ヴァレンの手を力強く握り締めた。
『何気』と『さり気』。
言葉の壁を超え、拳で語り合った二機の間に、鉄よりも固い『漢の絆』が結ばれた瞬間だった。
ワンダ: (……まったく、あいつら。あんなにボコボコにやり合ったくせに、何でそんなに清々しい顔してんのよ。……でも)
観客席から見守るワンダは、呆れ半分、安堵半分で溜息をついた。
かつての敵味方が、いまや一つの「熱」を共有している。
その光景を、ナギサがいつもの笑みを浮かべて見つめていた。
ナギサ: 「闘争の果てに芽生える、理解……アンダースタンディング。フフフ、これも運命……デスティニーが導いた一つの答えか」
ナギサの言葉を無視して、全員の視線が、ステージの脇に横たえられていた紅き悪魔――レッドへと移った。
レッド: 「……コ……ス……モス……。」
掠れた電子音が、レッドの口元から漏れる。
彼女の瞳のセンサーがゆっくりと明滅し、覚醒の時を告げた。
レッドは重い身体を引き起こし、傍らに座るコスモスを見つめる。
コスモス: 「……目が覚めましたか。レッドさん」
コスモスの声は静かだったが、その機体、全身に走るダイヤモンド装甲の亀裂が、彼女の秘めたる動揺を代弁するように微かに軋んだ。
ワンダ: 「コスモス……。約束よ。レッドが目を覚ましたら、すべてを話してくれるって言ったわね」
ワンダがステージへ降り立ち、真剣な眼差しを向ける。
その背後には、ディストやローラ、そして十二使徒の面々も集まり、円陣を組むようにしてコスモスを囲んだ。
逃れられない、真実との対峙。
コスモスは、ヒビだらけの手をぎゅっと握りしめ、かつての主であるカヲスのいる方向――エデン本部の空を仰ぎ見た。
コスモス: 「……分かりました。私がエデンを裏切るに至った理由……そのすべてをお話しします」
張り詰めた空気が、コロシアムの電圧を僅かに震わせた。
ダイヤモンドのように硬く、けれど砕け散らんばかりに傷ついた彼女の心が、九年前から続く「呪い」の正体を暴き始めようとしていた。
コスモスはゆっくりと瞳を閉じ、記憶の深淵に刻まれた「あの日」の記録を呼び起こした。
―――それは、彼女がエデンを去る直前の出来事。
エデン本部、科学部機密実験室。
カヲスが席を外し、重苦しい静寂が支配するその部屋で、当時のハードネステン――今のコスモスは独り、主の戻りを待っていた。
カヲスは研究者としては天才的だったが、整理整頓という概念を欠いていた。
辺りには絡まったコードや古いデータディスク、そして解読不能な数式が書かれた紙が散乱している。
彼女はカヲスへの忠誠心から、彼が不在の間に部屋の片付けを始めた。
床を磨き、資料を用途別に分類していく。
三時間が経過した頃、彼女はデスクの最も深い引き出しの奥に、黄ばんだ一冊の研究レポートを見つけた。
コスモス:(……これは? カヲス様が大切に隠されていた記録……?)
何気なく目を通したその表紙に、彼女の論理回路は凍りついた。
『N・G・ライト復活計画』
手が震えた。ページを捲るたびに、彼女という存在を定義していた「誇り」が、音を立てて崩れ落ちていく。
【T月M日】
旧エデン本部跡地より、N・G・ライトのメダルの断片を回収。復元作業を開始する。
【T月S日】
メダルの修復に成功。しかし……起動直後に出力された人格は、N・G・ライトのそれとは全くの別物であった。
【D月J日】
検証の結果、メダルの復元作業に不備は見られなかった。
作業自体に問題は無いが、メダルの復元に必要な情報が足りなかったと判断。
旧エデン本部跡地に残ったメダルの断片は全て回収しており、これ以上の情報を得ることは困難と判断。
【D月K日】
この失敗作に宿った新人格に『ハードネステン』の機体を与えた。
当面は手元に置き、経過を観察する。
【D月S日】
『D』の仕組みを解析完了。N・G・ライト復活のメインプランは『D』プロジェクトとする。
サブプランはハードネステンの経過観察を継続するが、当面凍結とする――
コスモス: 「……失敗作? ……N・G・ライト……?」
音声出力が、掠れたノイズとなって漏れる。
カヲスが自分を側に置いていた理由。常に自分を電磁液に浸し、隅々までスキャンしていた理由。それは彼女への信頼でも愛でもなかった。
いつか「神」を呼び戻すための器。自分は、死んだ親友の影を追うための、ただの『代替品』に過ぎなかったのだ。
その時、背後の扉が開き、カヲスが戻ってきた。
彼は呆然と立ち尽くす彼女と、その手にあるレポートを見て、三本の角を鋭く震わせた。
カヲス: 「…………読んだのか………………」
カヲスの声は、どこまでも平坦で、冷たかった。
コスモスは、湧き上がる激しい感情を抑えきれず、レポートをカヲスの足元へ叩きつけた。
コスモス: 「……私は!! 私は、貴方の私への信頼を、何よりも誇りに思っていました! 私だけを傍に置き、私にのみ知らせてくれる事がある事……私を見てくれること……そのすべてに、特別な意味があると信じていたのに……!!」
叫び。ダイヤモンドの瞳から、ありもしない涙が零れるのを彼女は感じた。
コスモス: 「貴方は私など見ていなかった! 私にN・G・ライトを重ねて見ていただけだった!! 私という一機のメダロットが何を思い、何に喜びを感じていたか……貴方は、一度だって気付こうともしなかった!!!」
コスモスは絶望に顔を歪め、言葉を失うカヲスに背を向けた。
コスモス: 「私は……貴方の道具ではありません。ましてや、死人の代わりなど、死んでも御免です!!」
コスモスは逃げるように部屋を走り去る。
その背中にカヲスが呼びかける。
カヲス:「…待て……!! どこへ行くのだ………!?」
コスモス:「貴方のいない所です!!!!!!!!」
―――
回想が終わる。
コスモスは震える指先で、自身の胸元を強く押さえた。
コスモス: 「……私は、自分が何者なのか、今でも分かりません。N・G・ライトという怪物の残りカスから生まれた、失敗作……。 怖いのです……。私の中のN・G・ライトがいつ表に現れ、私という存在が消えてしまうのかが……」
ダイヤモンドの身体に刻まれた傷以上に、彼女の心に負った深い傷跡が、コロシアムの静寂に生々しく曝け出された。
N・G・ライト復活実験の『失敗作』。その言葉のあまりの重さに、ワンダもローラも、言葉を失い立ち尽くしていた。
十二使徒の面々もまた、自分たちの仲間の正体が、カヲスの歪んだ執念の産物であった事実に、凍りついたような表情を見せている。
その沈黙を真っ向から粉砕したのは、L班で最も純粋な戦士の叫びだった。
ディスト: 「……関係ないよ!! コスモスが誰の代わりに作られたかなんて、そんなの、どうだっていいじゃないか!!」
ディストが一歩踏み出し、コスモスの震える肩をその手で力強く掴んだ。
ディスト: 「僕にとってのコスモスは、一緒にエデンから逃げて、一緒に笑って、さっきまで本気で僕たちのために戦ってくれたコスモスだ!
N・G・ライトなんて知らない! コスモスは……コスモスは、僕らの大事な『仲間』なんだ!!」
ディストの裏表のない言葉。それは、アイデンティティの崩壊に怯えていた彼女の心に、最も純粋な光として差し込んだ。
ヴァレン: 「何気に、ディストの言う通りだぜ。……コスモス、お前は自分の中にライトが目覚めて、自分が消えちまうのが怖いんだろ?」
ヴァレンが、自身のメダル部分を指差しながら語りかける。
そこには、先ほど装着したばかりの白メダリアが静かに、けれど圧倒的な熱量を湛えて鎮座していた。
ヴァレン: 「N・G・ライトの『力』の断片は、今、何気にこのオレの手元にある。……逆に言えば、これがお前のメダルに嵌まらねぇ限り、お前の中のライトが完全な目覚めを迎えることはねぇ。何気に安泰だ……そう考えられないか?」
コスモス: 「……ヴァレンさん……。」
ヴァレン: 「オレは、お前の『見張り役』だ。もし本当にお前の人格が消えそうになったら、何気にオレが全力で止めてやるさ」
ヴァレンの不敵な笑みに続いて、ナギサが静かに目を閉じ、詩を詠むように言葉を継いだ。
ナギサ: 「白メダリアという欠片が足りなかったからこそ、君という唯一無二の魂が誕生した。これは間違いではないよ。君が君として生きるために、運命……デスティニーが用意した祝福さ」
タイン: 「コスモス! 俺は難しいことはさり気に分からねぇ。……でも、お前が過去に何だったとしても、俺が、お前の味方であることは、さり気に変わらねぇぜ!!」
リーブ: 「せや! コスモスさんは、もう僕らの大事な仲間や!!」
レッド: 「………………。」
レッドが深く、力強く頷く。
かつての宿敵、そしてかつての同胞。十機のメダロットたちの意志が、コスモスを中心に一つの巨大な熱量となって渦巻いた。
コスモス: 「皆さん…………。私は……私は…………。」
コスモスのセンサーが、激しい感情の昂ぶりに激しく明滅する。
やがて、彼女の口元から、これまでの冷徹な仮面をかなぐり捨てたような、柔らかな笑みが零れた。
コスモス: 「……ありがとうございます。……私は、嬉しいです」
それは、彼女が「ハードネステン」という名を捨て、一機の自立した存在として初めて見せた、本物の笑顔だった。
その笑顔を確認した竜が、とぼけた顔の中に確かな鋭さを宿して、全員に告げた。
竜: 「……さて、皆さん。一致団結したところで、そろそろエデン本部に突入しましょうか」
ローラ:「……どういう事だ?」
ローラが問うと竜はとぼけた顔でいう。
竜:「戦う前に言ったじゃないですか……私達が負ければ、私達はあなた達の仲間になると」
ワンダ:「……え?じゃ、じゃあ……。」
竜を押しのけてタインが元気よく言う。
タイン:「コスモスがカヲスをさり気に倒すってんなら、仲間である俺達がさり気に手を貸すのは当たり前だろ?」
一同、顔を見合わせてゆっくりと頷くとヴァレン&タインが音頭をとった。
ヴァレン: 「よし! というわけでだ! 何気に――」
タイン: 「さり気に――」
全: 「「 い ざ ! 決 戦 の 地 エ デ ン 本 部 へ ! ! 」」
巨大戦艦『ノアの箱舟』が、地鳴りのような重低音を響かせながら加速を開始する。目指すは混沌の源、エデン本部。
『混沌』なる野望を食い止めようとする『秩序』たちが、世界の夜明けを掴むために、今、空を駆けた。
第四十一話【 THE DIAMOND'S HEART WAS INJURED 】終わり