第四十一話【 THE DIAMOND'S HEART WAS INJURED 】
激闘の熱気がまだ残るコロシアム。
ヴァレンとタインの最終戦から少し時間が経ち、二機も最低限の修復を受けていた。先ほどまで拳を叩き込み合っていたとは思えないほど、今では互いに満足そうな顔をしている。
ヴァレン:「……ハァ、ハァ……。タイン……。ここまで戦闘に燃えたのは……何気に初めてだぜ」
ヴァレンが、まだ傷の残る仮面の奥で赤い目を細める。
タイン:「……ヴァレン……。俺だって、こんな熱き闘いは……さり気に初めてだぜ……!!」
タインが腕を差し出した。
ヴァレンも応じる。
二機の手が、固く握られた。
『何気』と『さり気』。
言葉では到底説明できないものを、拳だけで確かめ合った二機の間に、鉄よりも固い『漢の絆』が生まれていた。
ワンダ:(……まったく、あいつら。あんなにボコボコにやり合ったくせに、なんでそんなに清々しい顔してんのよ……)
ワンダは呆れたように溜息をつく。
しかし。
ワンダ:(……まあ、悪くないか)
敵味方に分かれていた二機が、今では互いを認め合っている。
その光景を、ナギサが穏やかな笑みで眺めていた。
ナギサ:「闘争の果てに芽生える、理解……アンダースタンディング。フフフ……これもまた、運命……デスティニーが導いた一つの答えか」
誰も反応しなかった。
なぜなら、全員には、まだ聞かなければならない話が残っていたからだ。
視線が一斉にコスモスへ集まる。
ワンダ:「……コスモス」
コスモス:「…………」
ワンダ:「今度こそ、聞かせてもらうわよ」
コスモスは静かに頷いた。
第五回戦が始まる直前、彼女が口にしようとしてヴァレンとタインの乱入によって中断された話。
コスモス:「……分かりました」
コスモスは、自らの胸元へ手を添えた。
コスモス:「私がエデンを裏切るに至った理由……そのすべてを、お話しします」
ワンダ。
ディスト。
ローラ。
ヴァレン。
そして、かつて十二使徒として共に戦った者たち。
誰一人として口を挟まない。
コスモスは目を閉じた。
自分という存在を根底から揺るがした。
あの日の記憶を、ゆっくりと呼び起こしていく。
――――それは、彼女がエデンを去る直前のこと。
――――エデン本部・科学部機密実験室。
カヲスが席を外した研究室で、当時のハードネステン――現在のコスモスは、主の帰りを待っていた。
研究者としてのカヲスは天才的だった。
だが研究以外のこととなると、話は別である。
室内には絡み合ったコード。
古いデータディスク。
正体不明の機械部品。
さらに、本人にしか理解できないような数式が書き殴られた紙まで、至る所へ散乱していた。
コスモス:「…………」
ハードネステンは部屋を見渡した。
コスモス:(……少し整理した方がよいですね)
カヲスへの忠誠心から、彼女は主が戻るまでの間に研究室を片付けることにした。
床を清掃し、散らばった資料を用途ごとに分類していく。
そして三時間ほど経った頃だった。
デスクの奥。
普段ほとんど使われていない引き出しの最深部から、一冊の古びた研究レポートが見つかった。
コスモス:「……?」
表紙を見る。
そこに記されていた文字を読み、彼女の動きが止まった。
『N・G・ライト復活計画』
コスモス:「…………」
何気なく開いたはずだった。
しかし。
一ページ。
また一ページ。
読み進めるほどに。
彼女の中で何かが崩れていった。
【T月M日】
旧エデン本部跡地より、N・G・ライトのメダルの断片を回収。
復元作業を開始する。
【T月S日】
メダルの修復に成功。
しかし、結果としては失敗作と言わざるを得ない。
起動直後に出力された人格はN・G・ライトのものとは全く異なっていた。
【D月J日】
検証の結果、復元作業そのものに不備は確認されなかった。
復元に必要な情報が不足していたものと判断する。
旧エデン本部跡地に残されていたメダルの断片はすべて回収済み。
現状、これ以上の情報を得ることは困難。
【D月K日】
復元されたメダルに生じた新人格へ『ハードネステン』の機体を与えた。
当面、手元に置き経過を観察する。
【D月S日】
機械『D』の解析を完了。
N・G・ライト復活については、『D』の利用を主軸とする。
ハードネステンについても経過観察は継続するが、当面は凍結とする――
コスモス:「…………」
最後の行まで読み終えた。
手が震える。
コスモス:「……失敗作……?」
もう一度。
書かれている内容を確認する。
コスモス:「……N・G・ライト……?」
自分は、N・G・ライトのメダルから作られた。
しかし、N・G・ライトにはならなかった。
だから。
『ハードネステン』という身体を与えられ。
カヲスの傍で経過を観察され続けていた。
コスモス:「…………」
これまでの記憶が、次々と頭を過ぎる。
カヲスは自分を傍へ置いた。
何度も自分の身体を調べた。
電磁液へ浸し、内部の隅々までスキャンした。
それらを彼女はずっと自分への信頼なのだと思っていた。
特別な存在として認められている証なのだと。
だが。
この記録を読んだ今、そう思うことなどできなかった。
コスモス:(……私は……)
自分自身を見ていたのではない。
自分の中に残るN・G・ライトの痕跡を見ていただけなのではないか。
自分は。
死んだ親友を取り戻すために作られた。
ただの代替品だったのではないか。
そうとしか思えなかった。
その時。
研究室の扉が開いた。
カヲス:「…………」
戻ってきたカヲスが、立ち尽くすハードネステンを見る。
そして、その手にある研究レポートへ視線を移した。
カヲス:「…………読んだのか………………」
ハードネステンの手が震えた。
次の瞬間。
レポートを床へ叩きつける。
コスモス:「……私は!!」
カヲス:「…………!」
コスモス:「私は、貴方の私への信頼を……何よりも誇りに思っていました!!」
普段の彼女からは考えられないほど大きな声だった。
コスモス:「私だけを傍に置き……私にだけ知らせてくれることがあること……私を見てくれること……そのすべてに、特別な意味があると信じていたのに……!!」
声が震える。
目の奥が熱かった。
まるで涙が溢れそうだった。
コスモス:「貴方は……私など見ていなかった!!」
カヲス:「…………」
コスモス:「私にN・G・ライトを重ねて見ていただけだった!!」
抑え込んでいた感情が、一気に溢れる。
コスモス:「私という一機のメダロットが何を思い……何に喜びを感じていたか……」
カヲスを睨む。
コスモス:「貴方は、一度だって気付こうともしなかった!!!」
カヲス:「…………」
カヲスは何も答えられない。
その沈黙さえ、今のハードネステンには、肯定にしか聞こえなかった。
コスモス:「……私は……」
ハードネステンが背を向ける。
コスモス:「貴方の道具ではありません」
振り返らない。
コスモス:「ましてや……死人の代わりなど、死んでも御免です!!」
研究室を飛び出す。
カヲス:「……待て……!!」
背後から声が飛んだ。
カヲス:「どこへ行くのだ………!?」
ハードネステンは走りながら叫んだ。
コスモス:「貴方のいない所です!!!!!!!!」
――――
回想が終わる。
コスモスは、自らの胸元を強く押さえた。
コスモス:「……私は、自分が何者なのか……今でも分かりません」
誰も口を挟まない。
コスモス:「N・G・ライトという怪物の残りカスから生まれた……失敗作」
ワンダ:「…………」
コスモス:「怖いのです……」
声が僅かに震えた。
コスモス:「いつか私の中からN・G・ライトが現れて……私という存在が消えてしまうのではないかと……」
コスモスは自分自身を抱くように腕を寄せた。
コスモス:「今の私が……全部、なくなってしまうのではないかと……」
ダイヤモンドの身体に刻まれた傷。
それ以上に深い傷が、彼女の心には残されていた。
N・G・ライト復活実験の『失敗作』。
その言葉の重さに。
ワンダも。
ローラも。
かつての十二使徒たちも。
すぐには何も言えなかった。
だが。
ディスト:「……関係ないよ!!」
沈黙を破ったのはディストだった。
コスモス:「…………?」
ディスト:「コスモスが誰の代わりに作られたかなんて……そんなの、どうだっていいじゃないか!!」
ディストが一歩前へ出る。
コスモスの肩を強く掴んだ。
ディスト:「僕にとってのコスモスは、一緒にエデンから逃げて、一緒に笑って……さっきまで、本気で僕たちのために戦ってくれたコスモスだ!」
コスモス:「ディストさん……」
ディスト:「N・G・ライトなんて知らない!」
迷いのない目だった。
ディスト:「コスモスは……コスモスは、僕らの大事な『仲間』なんだ!!」
コスモス:「…………!」
それは、難しい理屈など何一つない言葉だった。
だからこそ、コスモスの心へ真っ直ぐ届いた。
ヴァレン:「何気に、ディストの言う通りだぜ」
ヴァレンが口を開く。
ヴァレン:「……コスモス。お前、自分の中にライトが目覚めて、自分が消えちまうのが怖いんだろ?」
コスモス:「…………はい」
ヴァレンは自らのメダル付近を指した。
そこには、白メダリアが収められている。
ヴァレン:「何気に考えてみろ」
白メダリアを指先で軽く示す。
ヴァレン:「N・G・ライトから欠けた一片は、今こうしてオレが持ってる」
コスモス:「…………」
ヴァレン:「そして、お前はその欠けた状態のメダルから生まれた。それでも今まで、何気にお前はライトにはなってねぇ」
ヴァレンが笑う。
ヴァレン:「なら、少なくともこれをお前のメダルに嵌めでもしない限り、何気に今すぐN・G・ライトが完全復活するなんて話にはならねぇだろ」
コスモス:「……ヴァレンさん……」
ヴァレン:「それに」
ヴァレンが自分の胸を叩く。
ヴァレン:「オレはお前の『見張り役』だ」
コスモス:「…………」
ヴァレン:「もし本当に、お前の中で何か起きたら……その時は何気にオレが全力で止めてやる」
いつもの不敵な笑み。
ヴァレン:「だから、今から一人で怖がってんじゃねぇよ」
コスモス:「…………」
続いてナギサが静かに目を閉じた。
ナギサ:「もし……」
穏やかな声。
ナギサ:「白メダリアという欠けた一片が足りなかったからこそ、君という唯一無二の魂が生まれたのなら……」
ナギサが微笑む。
ナギサ:「それは間違いなどではないよ」
コスモス:「…………」
ナギサ:「君が君として生きるために、運命……デスティニーが用意した祝福なのかもしれない」
タイン:「コスモス!」
タインが勢いよく声を上げた。
タイン:「俺は難しいことは、さり気に分からねぇ!」
コスモス:「…………」
タイン:「でも、お前が過去に何だったとしても……俺がお前の味方なのは、さり気に変わらねぇぜ!!」
リーブ:「せや!」
リーブも頷く。
リーブ:「コスモスさんは、もう僕らの大事な仲間や!!」
レッドも。
何も言わず。
深く頷いた。
コスモス:「…………」
かつての敵。
今の仲間。
そして、かつて共に戦った十二使徒。
九機のメダロットたちが。
今。
コスモス自身を見ている。
コスモス:「皆さん…………」
目が激しく明滅する。
コスモス:「私は……私は…………」
言葉が詰まる。
それでも。
やがて。
コスモスの口元に、柔らかな笑みが浮かんだ。
コスモス:「……ありがとうございます」
静かに。
しかし。
はっきりと。
コスモス:「……私は、嬉しいです」
ハードネステンという過去を捨て、自ら『コスモス』という名を選んだ一機のメダロット。
その彼女がようやく、自分自身として笑った。
その時。
竜:「……では」
一同が竜を見る。
竜:「皆さん。一致団結したところで、そろそろエデン本部へ突入しましょうか」
ローラ:「……どういうことだ?」
ローラが首を傾げる。
竜はいつものとぼけた顔で答えた。
竜:「戦う前に言ったじゃないですか」
少しだけ間を置く。
竜:「私たちが負ければ、私たちはあなたたちの仲間になる、と」
ワンダ:「……え?」
ワンダが目を瞬く。
ワンダ:「じゃ、じゃあ……」
タイン:「そういうことだ!」
タインが勢いよく口を挟んだ。
タイン:「コスモスがカヲスをさり気に倒すってんなら、仲間である俺たちが、さり気に手を貸すのは当たり前だろ?」
コスモス:「皆さん……」
リーブが笑う。
ナギサが頷く。
レッドも静かに同意を示す。
竜は当然だと言わんばかりの顔をしていた。
ワンダたちも、一機ずつゆっくりと頷いていく。
最後にヴァレンとタインが前へ出た。
ヴァレン:「よし! というわけでだ! 何気に――」
タイン:「さり気に――!!」
全員が声を合わせた。
全:「「 い ざ ! 決 戦 の 地 エ デ ン 本 部 へ ! ! 」」
巨大戦艦『ノアの箱舟』が、地鳴りのような重低音を響かせる。
進路を変え。
加速を開始した。
目指すは。
エデン本部。
『混沌』の名を掲げる者に立ち向かう。
新たな『秩序』たち。
決戦の地へ向けて。
巨大戦艦は空を駆けた。
第四十一話【 THE DIAMOND'S HEART WAS INJURED 】終わり