第四十三話【トゥルース、誇りを懸けて】
エデン本部の地下深く。
カヲスの玉座へと直通するその通路は、厚いコンクリートの壁に囲まれ、湿った冷気とカビの匂いが停滞する静寂の迷宮だった。
地上で鳴り響く『DancingMad』の狂気的な旋律も、ここまでは微かな地鳴りとしてしか届かない。
カヲス討伐隊の四機に対し、立ちはだかるのはトゥルースの三機。
地上の主力軍が命を懸けて三闘神像に挑む裏側で、この地下通路でもまた、エデンの「誇り」を懸けた最後の障害が、その牙を剥こうとしていた。
静まり返った地下通路。対峙する両陣営の間に、張り詰めた沈黙が流れる。
エデン本部は今、ラヴド主力軍の猛攻に晒され、その防衛システムである『DancingMad』さえも精鋭たちの手によって攻略されようとしていた。
デュオカイザー: 「ぅ~ん……。確かに任務は預かってきたけど~、十二使徒も全員寝返って、ラヴドの軍勢に攻め込まれて……。エデンももう終ゎりねぇ~。もぅ、ここで必死に任務をこなす意味もなぃゎょ~?」
デュオカイザーがわざとらしく肩をすくめ、セルヴォとビートに視線を送った。
ビート: 「……確かに。エデンという組織自体は、既に機能不全に陥っている」
セルヴォ: 「さて、その通りだが……。それでも任務は完璧にこなすのが――」
セルヴォは機体各部の駆動系をアイドリングさせ、重心を低く沈めた。
彼のセンサーには、諦めや虚無感など微塵もなかった。
セルヴォ&ビート&デュオカイザー: 「「「――トゥルースの『誇り』!!」」」
三機の声が重なった。
それは狂信的な忠誠ではない。
自分たちがプロの諜報員として、戦士として、この地獄のような日々を生き抜いてきた「証」を汚したくないという、あまりに純粋なエゴだった。
セルヴォ: 「さて、そういうわけだ。お前達とは妙な間柄だったが……ここでラストバトルといこうか。」
ビート: 「トゥルースの誇り……心して受け取れ」
デュオカイザー: 「じゃあゃりましょぅか♪」
デュオカイザーが指先を鳴らすと、「シュー」という噴出音と共に辺り一面にスモークがたかれ、三機の姿が地下通路の濃密な闇の中へと溶け込んでいった。
ワンダ: 「(……なんなの、この人たち。勝てる見込みなんてないのに、なんでそんなに格好つけてられるのよ……!)」
ワンダは、自分たちの常識が通用しない敵の放つ異様な威圧感に、震えるのを感じていた。
勝ち負けではなく、自らの『流儀』のために立ちふさがる、プロフェッショナル。
暗闇を舞台にした、最後の「足止め」が今、幕を開けようとしていた。
トゥルースが焚いたスモークにより地下通路の視界は最悪だった。
ワンダたちの視覚センサーは、増幅されたノイズの砂嵐を映し出すだけで、数メートル先にあるはずの壁すら捉えられない。
頼りになるのはアクティブ・ソナーの微かな反響と、自機の排熱ファンが鳴らす唸り音だけだった。
ディスト: 「……!? あれ……? 逃げた……!?」
ディストが焦燥に声を荒らげる。
この完全なる暗闇という環境下は、先のノアの箱舟での戦いとは違う困難を生んでいた。
ローラ: 「違う! 来るぞ!」
ローラの警告が完了するより、トゥルースの攻撃が届く方が速かった。
――ッ、ガガギィィィンッ!!
ディスト: 「うわぁっ!? な、なんだよ今の……っ!!」
不意打ち。
ディストの背後、何の予兆もなく現れたセルヴォが、ソードの一撃を叩き込み、反撃の隙を与える間もなく再び闇へと沈んでいった。
セルヴォ: 「さて、さすがにワンパンとはいかねえか。……だが、いつまでその集中力が続くかな?」
声が反響し、位置を特定させない。
今度はワンダの側面から、ビートのライフルが火を噴いた。
弾道計算をする暇もない。
ワンダは反射的に身を翻すが、装甲を鋭い熱量が掠めていく。
ビート: 「……逃がさんぞ」
闇を縫うように、二つの影が交互に襲いかかる。
彼らは決して深追いはしない。一撃を与え、相手が反撃の姿勢を取る瞬間に、足音を消して別の死角へと転移する。
それは、幾多の暗殺と潜入をこなしてきたトゥルースだけが到達し得る、洗練された『技術』の極致。
ローラ: 「落ち着こう……気を集中させれば、いつ何処から攻撃がくるかは分かるはずだ」
ローラが拳を握りしめ、闇を睨む。
一撃一撃のダメージは致命傷ではないが、目に見えぬ恐怖が確実に彼女たちの精神を、そして連携を蝕んでいく。
デュオカイザー: 「集~中~? さっせなぃゎょぅ!!」
闇のさらに奥底から、デュオカイザーの嘲笑と共にレーザーの閃光が放たれた。
ただの攻撃ではない。眩い光を断続的に放つことで、暗順応しかけていたL班の光学センサーを強制的にホワイトアウトさせ、同時に注意力を散漫にさせる――極めて悪趣味な『妨害』。
ディスト: 「……っ!! これじゃ狙い撃ちどころか、避けるのだって……あうっ!?」
再びセルヴォの刃がディストを襲う。
格上のトゥルース三機による、一切の慈悲を排した完璧な波状攻撃。
L班は今、トゥルースたちが築き上げた、出口のない死の迷宮に引き摺り込まれようとしていた。
相次ぐ不可視の斬撃。断続的にセンサーを焼き切らんとするデュオカイザーの閃光。
ディストの装甲が火花を散らし、ワンダの駆動系が疲弊の悲鳴を上げる。
L班の包囲網は既に崩壊寸前。絶望の闇が、彼女たちの心を飲み込もうとしていた。
ローラ: 「……案ずるな。妾が闇を払う!」
ローラの右腕『ダブレスト』のコアが、脈動するように深紅の輝きを放ち始める。
刹那。
ローラの右腕から、激しい爆鳴と共に紅蓮の業火が噴き上がった。
それは攻撃のための火炎ではない。地下通路の隅々までを白日の下に晒す巨大な『灯火』。
絶対的な闇に支配されていた迷宮が、一瞬にして朱に染まった。
セルヴォ: 「……な!? さて、……ずいぶん豪華な『松明』じゃねえか」
ビート: 「……隠れ蓑を奪われたか。……ぬうっ!」
光の中に曝け出されたのは、跳躍の途中にあったセルヴォと、ライフルの照準を定めていたビートの姿だった。
闇を失ったトゥルースに、もはやL班を翻弄する術はない。
ディスト: 「見える……! 見えるよ、ローラ!! くらえええええええッ!!」
ディストが地を蹴った。
これまでは恐怖で鈍っていた『エアスト』の爪が、最短の軌道を描いてセルヴォの胴体を狙う。
セルヴォ: 「……ッ! さて……、クッ! やるじゃねえか、ディスト!!」
セルヴォは咄嗟に身を捻ったが、ディストの放った衝撃波を殺しきれず、左腕の装甲に傷が入る。
ワンダ: 「これまでのお返しよ!! 逃がさないんだから!!」
ビートに対し、ワンダの『ソウス』が咆哮を上げた。
黄金のレーザーが真っ直ぐに闇を貫き、ビートの脚部を正確に捉える。
ビート: 「……!? ……ぬぅ、やるな、ワンダ」
ビートはよろめきながらも体勢を立て直し、賞賛を噛み殺すように唸った。
暗闇という優位を失い、さらに成長した二機の連携に、最強の諜報員たちが初めて後退を余儀なくされる。
ローラの掲げる「炎」が、冷たい通路を熱く焦がし、勝利への道筋を鮮やかに照らし出していた。
コスモス:「こちらは私に任せてください!」
光の境界線上にいる「女」に向かってコスモスが走る。
エデンの暗部を一手に担うトゥルースの長、デュオカイザー。
デュオカイザー:「ぁっら~? ネステンちゃん……ぁたしとサシでゃる気~?」
デュオカイザーが挑発的に腰をくねらせる。その瞳の奥には、かつての「お人形さん」が自らに銃口を向けていることへの、侮蔑と微かな好奇心が混じり合っていた。
コスモス:「……今の私はコスモス。貴女の知る私ではありません」
コスモスが低く、重厚な排気音と共に地を蹴った。
左腕のガトリング――『ブリリガーター』が火を噴く。
至近距離から放たれた弾丸の雨がデュオカイザーの装甲を叩くが、彼女はそれを嘲笑うように受け流した。
デュオカイザー:「痛ぃじゃなぃのょーー!!!」
デュオカイザーが叫ぶと同時に、右腕の『デットゴット』から大型ミサイルが射出された。
逃げ場のない狭い通路。コスモスは回避を捨て、ダイヤモンドの装甲でその爆発を真っ向から受け止めた。
――ズ、ドォォォォォォンッ!!
爆煙を切り裂き、コスモスが再び弾丸を浴びせる。
コスモス:「私はコスモス。……ダイヤモンドの身体は、この程度の衝撃では揺るぎません」
デュオカイザー:「ぁらぁら。ぉつむだけじゃなくて、体もかった~いのねぃ。……なら、これならどぅかしらぁ!?」
デュオカイザーの全身の砲門が一斉に展開された。大気が物理的な圧力を帯びて軋み、彼女を中心に莫大なエネルギーが渦巻く。
デュオカイザー:「『一斉射撃』!!!」
対するコスモスの周りにも、青白きメダフォースの奔流が噴き上がった。
自身のパーツ一つを触媒とし、蓄積した全闘志を一点に集束させる、コスモスの最大奥義。
コスモス:「『ジ・バク』!!!」
―――ド、オォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!
通路の壁が粉々に粉砕され、凄まじい衝撃波がワンダたちの居る場所まで吹き抜けた。
爆発の閃光が収まったとき、そこには互いに片膝を突き、激しく排熱の煙を上げる二機の姿があった。
デュオカイザー:「フッフッフッフッ……。……ぁんた、前はカヲス様にくっつぃてるだけの、空っぽな馬鹿女だと思ってたけど……」
デュオカイザーがコスモスを凝視した。
その言葉には、敵に対する憎しみではなく、一人の戦士としての「敬意」が混じっていた。
デュオカイザー:「今のぁんた……ぃぃ顔してるゎょ。その顔を忘れるんじゃなぃょ……コスモス」
デュオカイザーはそれだけ言い残すと、自らの損傷を顧みることもなく、スッと闇の中へと身を引いた。
コスモス:「……デュオカイザー、さん……」
かつての「エデン副官」に向けた言葉は、闇に溶けて消えた。
コスモスは、ジ・バクの反動でボロボロになった自らの拳を握りしめた。
ダイヤモンドは傷ついた。
けれど、そのひび割れた装甲の奥には、カヲスにもライトにも依存しない、彼女自身の「心」が確かに宿っていた。
激しい爆鳴の余韻が、狭い地下通路を震わせていた。
壁は焼け落ち、天井からは剥がれたコンクリートの破片がパラパラと降り注いでいる。
ローラによるファイヤー攻撃の炎も燃え尽き、そしてトゥルースによるスモーク装置が作動限界時間を迎えて、煙の排出を止めた。
熱せられた装甲の熱気と、焦げ付いたオイルの匂いが充満する中、セルヴォとビートが同時にバックステップを踏み、距離を取った。
セルヴォ: 「さて。……ビート、時間は?」
ビート: 「……戦闘開始から、三時間三十四分。戦闘後のスラフシステムによる回復も計算に入れると十分だ」
ビートは、一切の揺らぎがない動作で自身の内部時計を停止させた。
その報告を聞いたセルヴォは、深く熱い排気音を吐き出し、構えを解いた。
セルヴォ: 「さて、……ミッション・コンプリート。長らく付き合わせたが、俺たちの『足止め』任務は、これにてお開きといかせてもらうぜ」
ワンダ: 「……えっ!? 任務……? 足止めって、まだ決着はついてないじゃない!」
困惑するワンダ。彼女たちの論理では、戦いとはどちらかが機能を停止するまで終わらないものだった。
だが、目の前の二機に、もはや戦意の欠片も残っていない。
セルヴォ: 「さて、ワンダ、最初に言ったろ? 俺たちの任務は『足止め』なんだ。これ以上ここに留まって、死ぬまで戦う気はねえんだよ」
ビート: 「……俺たちの役割は果たした。……じゃあな」
セルヴォとビートは、闇に消えたデュオカイザーを追うようにして、静かに、そして迅速に通路の入り口側へと姿を消した。彼らが去った後の通路には、嵐が過ぎ去った後のような不思議な静寂が戻っていた。
その潔い引き際に、ローラは感嘆の溜息を漏らす。
ローラ: 「……敵ながら、見事なものだな」
コスモス: 「…………。」
コスモスは、自分の内側に残る熱を感じていた。
デュオカイザーが認めてくれた、自分の『顔』。
もはや迷いはない。一人の戦士として、一機の生命として、彼女は自分を生み出し、縛り続けてきた元凶と対峙する準備ができていた。
ディスト: 「行こう……みんな。カヲスが待ってる場所へ!」
ワンダ、ディスト、ローラ、そしてコスモスの四機は、再び走り出した。
エデンの心臓部へと続く最後の扉を目指して。
第四十三話【トゥルース、誇りを懸けて】終わり