第四十四話【妖星乱舞 ~第一楽章~ 】
エデン本部、北の果て。
吹き荒れる夜風に乗って、重厚なパイプオルガンの旋律――『DancingMad』の音が、大気を物理的に震わせていた。
暗雲を切り裂いて降下した二つの光条が、砂塵を巻き上げて北塔の広場にて戦っている。
―――ズ、ドォォォォォォォォォンッッ!!!!!
『鬼神像』から振り下ろされた拳が、リーブたちが先ほどまでいた石畳を粉々に粉砕した。衝撃波だけで広場に巨大なクレーターができ、爆風がリーブの華奢な機体を激しく揺さぶる。
巨躯から放たれる圧倒的な暴力。
リーブは即座に回避を優先したが、鬼神像の猛攻は止まらない。重厚な足音が地鳴りとなって響き、巨像は見た目からは想像もつかない機敏さで、再びその巨大な腕を振り回した。
降り注ぐ巨岩の拳。
リーブとレッドは、数トンの石塊が空気を引き裂く轟音を聞きながら、紙一重の回避を余儀なくされていた。
鬼神像の攻撃は、単なる打撃ではない。その一振りが広場全体の気流をかき乱し、衝撃波によって逃げ場を削り取っていく。
リーブ: 「だあぁぁぁ! 避けるだけで精一杯や! こっちのガトリング、あの分厚い石の肌に弾き返されて、お話にならへん!」
リーブが焦燥を隠さず叫ぶ。
彼の思考演算は、正面突破の不可能を早々に弾き出していた。
唯一の勝機は、十二使徒最大級の破壊力をもつレッドの一撃に託されている。
レッド: 「…………」
レッドがメダチェンジの予備動作に入り、機体全域の出力を解放し始めた。
彼女の背負ったブースターがキィィィィィィィン……と高周波の異音を立てて赤熱し、周囲の塵が熱膨張で弾け飛ぶ。
だが、リーブはその挙動を即座に制止した。
リーブ: 「あかん! レッドさん、一人で突っ込んだらアカン!」
レッドの超高速移動。
それは究極の機動力を持つ。だが、それゆえに重大な欠陥を孕んでいた。
あまりにも速すぎるがゆえに、機体自身のセンサーが自機の位置を捉えきれず、攻撃の瞬間に制御を失ってしまうのだ。
一歩間違えれば、鬼神像の攻撃に自ら当たりに行くか、あるいは回避中のリーブを巻き込んでしまう。
リーブ: 「レッドさんの全速力は、言うなれば『目隠しで弾丸になる』ようなもんや。……おまけに、あのデカブツの腕の振り……範囲が広すぎて、真っ直ぐ突っ込んだらハエ叩きにされるのがオチやで!」
鬼神像が巨大な腕を横に薙ぎ払った。
広場を薙ぎ払う死の旋風。
レッドは無言で跳躍し、空中でその殺意をかわすが、その着地は僅かに乱れていた。
レッド: 「…………」
レッドの紅い瞳が、焦燥を帯びて明滅する。
言葉を話さぬ彼女の目からは、敵の圧倒的破壊力に対する焦燥が漏れ出していた。
リーブ: 「分かってる、分かってるで。……でも、無茶苦茶やって自壊したら元も子もない。……なんとかせなあかん。レッドさんの速さを、確実に『急所』に叩き込む方法を……!」
――ズ、ドォォォォォォンッ!!
再び振り下ろされた鬼神像の拳が、広場の大理石を粉砕し、逃げ場を削り取っていく。
リーブ: 「ハッ! ……ひらめいたで。自分一人で制御できへんのやったら、僕がその『舵』になったればええんや!」
リーブが突然、攻撃の手を止めてレッドの方へと走り出した。
リーブ: 「今は無き我が友……メッシュ、カリパー、キドゥ、ゲンジ! あんたらの技、ちょっと借りるで!」
リーブが地を蹴り、宙を舞った。
メダチェンジにより四脚の狼型へと姿を変えていたレッド。そのしなやかで強靭な背中の装甲へ、リーブは迷いなく飛び乗った。
リーブ: 「『合体』や!! レッドさん、このまま僕を振り落とさんといてや!」
レッド: 「…………!!」
レッドは一瞬、戸惑うように姿勢を揺らしたが、すぐにリーブの意図を察した。
彼女の背中にかかる、重厚な金属の質量。それは負担ではなく、この暴走する速度を導くための「制御装置」、そして信じ合える仲間がそこにいるという確かな手応えだった。
リーブ: 「よし、完璧や! これで僕は、あんたの動きを一番近くで見守れる」
実際には、ただ物理的に背中に乗っただけに過ぎない。
だが、リーブがレッドの首筋を両手でしっかりと掴み、重心を密着させたその瞬間、二機の回路は一つに繋がったかのような感覚に陥った。
レッドは動力源として、リーブは司令塔として。
リーブ: 「お待たせしましたなぁ、鬼神像さん。……ここからが本領発揮やで!!」
レッドのブースターが限界を超えて咆哮を上げる。
嵐が吹き荒れた。
メダチェンジしたレッドが全出力を解放した瞬間、周囲の景色は極彩色に歪み、鼓膜には引き裂くような風切り音だけが鳴り響いた。
背に乗るリーブは、吹き飛ばされぬようレッドの首元を必死に握り締め、機体を密着させる。
リーブ: (……くっ、とんでもない速さや! )
視界の端で、鬼神像の巨大な腕が迫る。レッドは回避を試みるが、あまりの速度に機体の慣性が追いつかず、攻撃の軌道が大きくブレていく。
リーブ: 「あかん、曲がりきれへん! レッドさん、突進の重心が左に寄っとるで!!」
超高速戦闘において、わずか数ミリの傾きは、着弾点において数十メートルの「誤差」となって現れる。
レッドのセンサーは既に飽和状態にあり、自らの挙動を制御しきれていなかった。
リーブ: 「よし、しゃーない。……重心移動や!!」
リーブが自らの身体を、敢えて右側へと大きく傾けた。
高度な演算による補正ではない。野生の勘に近い、物理的な「カウンターウェイト」としての介入。
リーブの重みがレッドのフレームを右へと押し込み、強制的に突進の進路を捻じ曲げる。
リーブ: 「おっとっと!! 今度はやりすぎや!!」
今度は大きく右に逸れた。リーブの機体がレッドの背の上で激しく左右に揺れる。
一歩間違えれば、二機もろとも地面に叩きつけられる。そんな綱渡りのような試行錯誤が、死を呼ぶ巨像の足元で幾度も繰り返された。
リーブ: 「……次は右に十五度、重心をかけるで……。……今やッ!!」
リーブはレッドの関節が発する微かな振動、装甲の軋みから、彼女が次にどちらに「流れる」かを読み取っていた。
左へ逸れれば右へ、浮き上がれば前へ。リーブは全身を使ってレッドの暴走を抑え込み、その鋭利な殺意を、一点の針へと収束させていく。
リーブ: (見えてきた……。レッドさんの癖、そして敵の『急所』……! 高度な計算機やなくても、相棒の呼吸くらい、身体で感じ取れるわッ!!)
泥臭く、原始的な攻略法。
だが、リーブの「身体を張った」補正により、制御不能だった紅き旋風は、確実に鬼神像の喉元を捉えようとしていた。
極限の速度の中、リーブは確かな手応えを感じていた。
自身の身体を傾け、レッドの挙動を物理的に矯正し続けて数分。
ついに、荒れ狂う紅き風の芯が、鬼神像の胸部中央を真っ向から捉えた。
リーブ: 「ヨッシャ! これや、この角度や! レッドさん、最後の一踏ん張り、頼むで!!」
レッドのブースターが限界を超え、白銀の閃光を放つ。二機は一条の光の矢となって、巨像の懐へと肉薄した。
だが、死を目前にした鬼神像もまた、本能的な防御行動に出る。その巨大な右腕が、迎撃のために大きく振り下ろされた。
リーブ: 「……ッ! させへん、させるかあああああッ!!」
リーブは、レッドの背中を力強く蹴り、自ら空中に躍り出た。
投げ出された華奢な機体が、鬼神像の振り下ろされる巨腕に真っ向からぶつかる。バキンッ!! という装甲の砕ける音が響くが、リーブはそのまま腕にしがみつき、全荷重をかけてその軌道を僅かに逸らした。
そして――リーブがレッドを「蹴り飛ばした」その反動こそが、最後にして完璧な『重心補正』となった。
レッドの機体が一点のブレもなく加速し、鬼神像の喉元を貫く。
―――ズ、ドォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
耳を劈く爆鳴。
鬼神像の動力核が内側から弾け、その巨躯が瓦解を始めた。
石の装甲が剥がれ落ち、内部に渦巻いていた負のエネルギーが夜空へと霧散していく。
レッド: 「…………!!」
メダチェンジを解いたレッドが、空中でリーブを力強く受け止めた。
二機は瓦礫の雨の中、ステージに降り立ち、沈黙した巨像の残骸を見つめた。
リーブ: 「……ハァ、ハァ……。やりましたなぁ、レッドさん。……僕らの即席合体、なかなかやったと思いません?」
レッド: 「…………(コクり)」
レッドが無言で頷き、リーブのボロボロになった肩を優しく支える。
二機の間に通い合う、言葉以上の確かな信頼。それこそが、この死闘を勝利へと導いたのだった。
―
北塔に
要塞全域に鳴り響いていたパイプオルガンの旋律が、不気味に歪んだ。
第一楽章が終焉を告げ、より激しく、より暴力的な第二楽章へと転調したのだ。
――――同時刻、エデン本部・西回廊。
タイン: 「うおぉぉぉぉぉ! さり気さり気さり気ぇーー!!」
タインは依然として、無限に蘇る『心ない天使』の群れをティンペットパンチでいなし続けていた。
だが、音楽が変わった瞬間、目の前の敵の挙動が劇的に変化したことに気づき、戦慄する。
タイン: 「さり気に……曲が止まったと思ったら、今度は何だ!? ガハッ!!」
倒したはずの天使たちが、瞬時に再起。その一撃が、これまでの数倍の質量と熱量を伴ってタインの装甲を叩く。
タイン: 「こいつら……さり気なく攻撃力が上がってやがる……!!」
音楽の激化と共に、戦場はさらに過酷な『血戦』へと突入していく。
防衛システムの深淵が、攻略者たちにさらなる試練を突きつけていた。
第四十四話【妖星乱舞 ~第一楽章~ 】終わり