第四十四話【妖星乱舞 ~第一楽章~】
――――エデン本部・北塔前。
重厚なパイプオルガンの旋律――『Dancing Mad』が、夜のエデン本部に鳴り響いている。
北塔前の広場では、その音楽に負けじと轟音が何度も炸裂していた。
――ズドォォォォォォンッ!!
『鬼神像』の巨大な拳が石畳へ叩き込まれ、地面が大きく陥没する。直撃を避けたリーブとレッドにも強烈な衝撃波が襲いかかり、二機は吹き飛ばされぬよう必死に踏みとどまった。
リーブ:「だあぁぁぁ! 避けるだけで精一杯や!」
リーブが左腕のメタマシンガンを連射する。
無数の弾丸が鬼神像の表面へ突き刺さる。
しかし、分厚い身体を僅かに削るだけで、巨像の動きを止めるには至らない。
リーブ:「こっちのガトリングじゃ、あの分厚い身体をまともに壊せへん!」
鬼神像が再び腕を振り上げた。
リーブ:「来るで!」
リーブとレッドが左右へ飛ぶ。
直後、巨大な拳が二機の間へ叩き込まれた。
――ドォォォンッ!!
砕けた石片が雨のように降り注ぐ。
見た目に似合わぬ素早さと、一撃でもまともに受ければただでは済まない破壊力。正面から火力をぶつけ合うだけでは、勝ち目は薄い。
リーブは、すぐに理解した。
この巨像を一撃で打ち抜ける可能性があるのは、自分ではない。
リーブ:「……レッドさん」
レッド:「…………」
レッドが低く身構えた。
全身の装甲が組み替わり、四本の鋭い爪を持つ獣のような姿へとメダチェンジする。背部のブースターが甲高い駆動音を響かせ、いつでも最高速度へ入れる状態となった。
リーブ:「あかん!」
レッド:「…………?」
リーブ:「一人で突っ込んだらアカン!」
レッドの最高速度は、十二使徒の中でも群を抜いている。
だが、速すぎる。
限界まで加速すれば、レッド自身でさえ周囲の景色を捉え切れなくなり、自分がどの方向から敵へ迫っているのかさえ分からなくなる。
その状態で巨大な鬼神像へ突っ込めば、急所へ命中する保証などない。
それどころか。
リーブ:「あのデカブツの腕、見てみぃ。あんなもん振り回されたら、真っ直ぐ突っ込んだところをハエ叩きにされるんがオチや!」
鬼神像が証明するかのように腕を薙ぎ払った。
レッドは跳躍して回避する。
だが、着地した足元が僅かに滑った。
レッド:「…………」
紅い目に焦りが滲む。
リーブ:「分かっとる。レッドさんの速さが必要なんは僕も分かっとるで」
リーブが鬼神像を見る。
リーブ:「せやけど、無茶苦茶に突っ込んで自分から壊れたら意味あらへん」
あの速度を。
確実に。
一点へ叩き込む。
リーブ:「……なんとか、レッドさんの速さを『急所』へ向ける方法があれば……」
――ズドォォォォンッ!!
再び拳。
二機が飛び退く。
砕けた地面を見つめながら、リーブの目が不意に見開かれた。
リーブ:「……!」
一つ、思いついた。
リーブ:「そうや!」
レッド:「……?」
リーブ:「自分一人で制御できへんのやったら――」
リーブが笑った。
リーブ:「僕が『舵』になったればええんや!」
レッドには何のことか分からない。
だが、リーブはもう走り出していた。
リーブ:「今はここにおらん我が友……メッシュ、カリパー、キドゥ、ゲンジ!」
地面を蹴る。
リーブ:「あんたらの技、ちょっと借りるで!」
跳躍。
リーブはメダチェンジしたレッドの背中へ飛び乗った。
レッド:「…………!?」
リーブ:「『合体』や!!」
首元の装甲へ両腕を回し、しっかりと身体を固定する。
リーブ:「レッドさん、このまま僕を振り落とさんといてや!」
レッド:「…………」
一瞬だけ戸惑うが、やがてレッドは小さく頷いた。
リーブ:「よし!」
リーブが身を伏せる。
リーブ:「レッドさんが走る。僕が、その進む方向を身体で調整する」
レッドの速さを止めるのではない。
その圧倒的な速さを、自分の重みで、進むべき方向へ導く。
リーブ:「これなら僕は、レッドさんの動きを一番近くで見られる!」
鬼神像が二機を睨む。
リーブ:「お待たせしましたなぁ、鬼神像さん」
レッドのブースターが唸る。
リーブ:「……ここからが本領発揮やで!!」
次の瞬間、レッドが消えた。
―
凄まじい風圧。
リーブの視界から、周囲の景色が一瞬で流れ去っていく。
リーブ:(……くっ!)
想像以上だった。
リーブ:(とんでもない速さや!)
レッドの最高速度。
背中に乗っているリーブにも、地面と空の区別さえ曖昧になるほどだった。
前方の巨大な鬼神像は腕を振り下ろす。
リーブ:「レッドさん、右や!」
僅かに方向を変える。
だが。
リーブ:「あかん、曲がりきれへん!」
最高速度では、ほんの僅かな姿勢のズレが進路を大きく狂わせる。
レッド自身も完全には制御できない。
ならば。
リーブ:「……しゃーない!」
リーブが身体を大きく右へ傾けた。
リーブ:「重心移動や!!」
背中に乗ったリーブの重みが加わり、レッドの身体が僅かに右へ傾く。
進路が変わった。
リーブ:「おぉ!?」
だが、今度は右へ逸れ過ぎた。
リーブ:「おっとっと!! やりすぎや!」
リーブが慌てて反対側へ身体を動かす。
レッドの進路がまた変わった。
荒っぽい。
危なっかしい。
到底、洗練された連携とは呼べない。
だが、確かに、二機は進む方向を変えられていた。
リーブ:「もう一回や!」
左へ逸れれば右へ。
右へ行き過ぎれば左へ。
レッドの装甲の軋み。
身体の傾き。
背中から伝わる僅かな動き。
それらを感じ取りながら、リーブは全身を使って重心を動かしていく。
リーブ:「……次、右!」
身体を傾ける。
リーブ:「もうちょい……!」
さらに傾ける。
レッドの突進が少しずつ、鬼神像へ向かって真っ直ぐになっていく。
リーブ:(見えてきた……!)
何度も試すうち、レッドがどの瞬間に、どちらへ流れやすいのか、リーブにも分かり始めていた。
リーブ:(難しい計算なんかいらん!)
レッドの背中へしがみつく。
リーブ:(相棒の動きくらい、身体で感じ取ったらええんや!)
泥臭い単純な方法。
それでも、リーブが身体を張って補正を続けるたび、制御できなかった紅い旋風は、確実に鬼神像へ狙いを定めていった。
―
幾度目かの突進。
今度はほとんどブレなかった。
リーブ:「……!」
正面の鬼神像。
その胸部中央。
リーブ:「見えた!!」
レッドも僅かに身体を沈める。
リーブ:「ヨッシャ! これや、この角度や!」
ブースターの出力がさらに上がった。
リーブ:「レッドさん!」
加速。
リーブ:「最後の一踏ん張り、頼むで!!」
レッド:「…………!!」
レッドが全力で地面を蹴る。
二機は一条の光となって鬼神像へ迫った。
だが、鬼神像も黙って貫かれるつもりはない。
鬼:「グアァァァァァァァァ!!」
巨大な右腕が持ち上がった。
そのまま突進してくるレッドへ振り下ろされる。
リーブ:「……ッ!」
このままでは当たる。
あと僅か、ほんの僅かだけ、進路を変えれば。
リーブはレッドの背中を見る。
リーブ:「させへん……!」
両脚へ力を込めた。
リーブ:「させるかあああああッ!!」
レッドの背中を蹴る。
同時に迎撃してくる鬼神像の腕へ向かって。
自ら飛び出した。
レッド:「…………!!」
リーブが飛び出した反動で、レッドの進路が僅かに変わる。
それが、最後の重心補正だった。
――バキィィンッ!!
リーブ:「ぐっ……!!」
リーブの身体が、鬼神像の巨大な腕へ激突する。
肩の装甲が砕ける。
それでも離さない。
リーブ:「行けぇぇぇぇぇぇッ!!」
鬼神像の腕へしがみつき、全体重をかける。
振り下ろされる軌道が、ほんの僅かに逸れた。
その横を紅い風が抜ける。
レッド:「…………!!」
狙いは、胸部中央一点。
レッドはまっすぐに、鬼神像の胸を貫いた。
――ズドォォォォォォォォォォンッ!!
巨大な爆発。
鬼神像の胸部が内側から砕ける。
鬼:「グ……ア……ァ…………!」
巨大な身体へ。
無数の亀裂が走った。
腕。
脚。
胴体。
次々と崩れていく。
やがて、鬼神像は無数の瓦礫となって広場へ崩れ落ちた。
―
レッド:「…………!」
レッドがメダチェンジを解除する。
そして、落下してくるリーブへ向かって跳んだ。
リーブ:「うぉっ!?」
空中で、レッドがリーブを受け止める。
二機はそのまま地面へ降り立った。
周囲では、鬼神像の残骸が、次々と落下している。
リーブ:「……ハァ……ハァ……」
リーブが、沈黙した巨像を見上げた。
リーブ:「やりましたなぁ……レッドさん」
レッド:「…………」
リーブ:「僕らの即席合体」
一息。
リーブ:「なかなかやったと思いません?」
レッド:「…………」
レッドが小さく頷いた。
リーブ:「ははっ……!」
リーブの肩は壊れ、装甲も傷だらけだった。
レッドはそんな彼を静かに支える。
言葉はない。
だが今の二機には、それだけで十分だった。
―
北塔に
その時だった。
エデン本部全域に鳴り響く『Dancing Mad』の旋律が、不気味に歪んだ。
――――♪
第一楽章終了。
そして、パイプオルガンの旋律はこれまでよりも激しく、荒々しく……
第二楽章へと移り変わっていった。
―
――――同時刻・エデン本部西回廊。
タイン:「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
拳。
蹴り。
タイン:「さり気さり気さり気ぇぇぇぇ!!」
タインは、依然として無数の『心ない天使』を相手に戦い続けていた。
ティンペットパンチをさらにもう一発。
タイン:「さり気にしつこいんだよ、テメェら!!」
天使を殴り飛ばす。
倒れる。
修復される。
再び立つ。
その繰り返しだった。
だが……
タイン:「……?」
音楽が変わった。
タイン:「さり気に……曲が変わった?」
次の瞬間、先ほど倒した心ない天使が立ち上がった。
しかし、先ほどと比較して明らかに行動速度が上がっている。
タイン:「!?」
避ける暇もなく、拳がタインの腹部へ叩き込まれた。
タイン:「ガハッ!!」
タインの体が後方へ吹き飛ぶ。
壁へ激突。
タイン:「……ぐっ!」
身体を起こす。
目の前に心ない天使たちが、一斉に襲いかかってくる。
タイン:「こいつら……!」
拳を構える。
タイン:「さり気なく攻撃力まで上がってやがる……!!」
『Dancing Mad』。
第一楽章が終わり、第二楽章が始まった。
それと同時に、戦場は、先ほどまで以上に過酷なものへと変わっていた。
第四十四話【妖星乱舞 ~第一楽章~】終わり