第四十五話【妖星乱舞 ~第二楽章~】
――――エデン本部・南塔前。
北方で鬼神像が崩壊した直後、エデン本部全域を震わせていたパイプオルガンの旋律――『Dancing Mad』が、不気味な不協和音を奏で始めた。第一楽章が途切れ、それまで以上に速く、攻撃的な重低音が戦場へ響き渡る。
竜:「……? 曲調が変わりましたね。他のチームが一つ、攻略を終えたということでしょうか」
竜は猫背の姿勢を崩さぬまま、正面に浮かぶ巨大な像へ視線を向けた。その隣では、ナギサもまた変化した旋律に耳を傾けている。
ナギサ:「変化……チェンジ。生きとし生ける者すべてが繰り返してきた宿命。今、僕らにも大きな転換の時が求められているのだろうか……」
魔:「正解だ」
宙に浮かぶ三闘神の一角――『魔神像』が、落ち着いた低い声で答える。
魔:「『Dancing Mad』は、三闘神像が一つ破壊されるたびに危険レベルを上昇させる。旋律の変化と共に、地上の『心ない天使』たちも強化されていくのだ」
竜:「……困りましたね」
竜は普段と変わらない表情で呟いた。
竜:「私たちがここでもたもたしている間にも、地上の味方はさらに苦しくなるというわけですか」
魔:「汝らが案ずる必要はない」
魔神像がゆっくりと前進する。
魔:「ここで塵となる者たちに、明日の心配など無用なのだからな。神の理を乱す者よ、汝らに審判を下そう」
魔神像の目が鋭く光り、その口部が開いた。
次の瞬間、紅蓮の『ファイヤー』が吐き出される。それとほぼ同時に指先から青紫の『サンダー』が放たれ、異なる方向から竜とナギサへ襲いかかった。
ナギサ:「フフフ……無駄だよ」
ナギサが静かに手をかざす。
その周囲に展開されたのは、淡い光を帯びた『反射』――彼が『心の壁』と呼ぶ防御だった。
ファイヤーとサンダーが壁へ触れた瞬間、二つの攻撃はその進行方向を反転させる。そのまま放った本人である魔神像へ返され、爆炎と雷光が巨大な身体を包み込んだ。
――ガギィィィィィンッ!!
しかし、魔神像は倒れない。
魔:「……反射か」
自身へ返された攻撃を受けながら、魔神像はさらに武装を展開した。
指先から放たれる『フリーズ』。巨大な『ハンマー』と『ソード』による近接攻撃。そして『ガトリング』と『ライフル』による射撃。
距離も性質も異なる攻撃を次々と切り替え、ナギサへ反撃する暇を与えない。
ナギサ:「フフフ……これほど多くの武器……ウェポンをその身に纏い、何を求めて戦うんだい? 悲しい光景だね」
火炎も、雷撃も、凍気も、銃弾も、ナギサの『心の壁』へ触れれば魔神像へと返されていく。
魔神像が攻撃を重ねれば重ねるほど、自らが受ける攻撃も増えていった。
竜:(……見事ですね)
少し離れた位置から、竜は戦況を観察していた。
竜:(あれほどの手数を、今のところナギサさんはすべて反射している。しかし……)
竜が気になったのは、魔神像の態度だった。
自分の攻撃が何度返されても、焦った様子がない。
むしろ、何かを確かめている。
魔:「その壁……いつまで『絶対』でいられるかな?」
竜:「……!」
魔神像が右腕を強く引いた。
次の瞬間、その巨大な腕が身体から切り離される。
ナギサ:「……おや?」
魔:「『サクリファイス』!!!」
切り離された右腕が、猛烈な勢いでナギサへ放たれた。
サクリファイスはダイレクト攻撃。
ナギサの『反射』では跳ね返せないまま、巨大な腕が本人へ直接迫っていく。
竜:「ナギサさん!! 避けてください!!」
ナギサ:「……!」
竜が地面を蹴った。
ナギサの身体を抱えるように引き寄せ、そのまま二機で横へ飛ぶ。
直後、魔神像の右腕が地面へ激突した。
――ドォォォォォォンッ!!
爆発によって南塔の床が大きく砕け、強烈な衝撃波が周囲へ広がった。
竜はナギサを抱えたまま吹き飛ばされ、壁へ背中を叩きつけられる。
竜:「ぐっ……!」
ナギサ:「……ダイレクト攻撃。心の壁を通り抜けて僕の心に語りかける……その正体は天使か、はたまた悪魔か」
竜:「ナギサさん……いい加減に戦いへ集中してくださいよ……」
竜は身体を起こしながら、再び魔神像へ目を向けた。
竜:「なるほど。サンダー、ファイヤー、フリーズ……いろいろな攻撃を見せて、相手に一つずつ対策させる」
竜が目を細める。
竜:「それで反射に頼らせてから、本命のサクリファイスを当てる。……そういうパズルなら、少しは解き甲斐がありそうですね」
魔:「ほう……」
魔神像の失われていた右腕が再び形成されていく。
魔:「神の理を読み解こうとするか。人間が遺した道具風情が」
竜:「では、こちらも相応の策を講じるとしましょうか」
竜は隣にいるナギサを引き寄せると、魔神像には聞き取れないほど小さな声で耳打ちを始めた。
ナギサ:「…………」
最初、ナギサは少し困ったような表情を浮かべる。
竜:「…………」
ナギサ:「……本気で言っているのかい?」
竜:「もちろんです」
それでも竜は何事かを話し続ける。
やがて。
ナギサ:「……分かったよ」
ナギサが小さく頷いた。
ナギサ:「なんとも刺激的……エキサイティングな論理だね」
魔:「…………」
その様子を、魔神像は見逃さなかった。
魔:(耳打ち……。何を企んでいる?)
魔神像は二機の動きを注視する。
魔:(反射を囮にして近接攻撃を合わせるのか。それとも、別の隠し武装を使う合図……?)
魔神像はさらに考える。
魔:(南塔の構造を利用した罠という可能性もある。あるいは、私のサクリファイスそのものを逆手に取るつもりか……)
竜とナギサが話し終えても、魔神像は慎重に二機を見つめ続けていた。
竜が何かを仕掛ける。
それだけは間違いない。
そう考えた魔神像は、どのような攻撃にも即座に対応できるよう、各武装を構えたまま二機の出方を待つ。
竜:「……では、いきますよ」
ナギサ:「フフフ……」
ナギサがメダチェンジを行い、重厚な車両形態へと姿を変える。
魔:「来るか……!」
魔神像が身構える。
竜が走った。
魔:(何だ……?)
ブラックスタッグの拳が、魔神像の装甲へ叩き込まれる。
――ガンッ!
竜はそのまま離れ、再び接近して蹴りを放った。
攻撃そのものは単純だった。
正面から近づき、殴る。
離れて、もう一度殴る。
魔神像が警戒していたような特殊な連携も、罠もない。
魔:(……陽動か?)
魔神像は竜へ反撃しながらも、ナギサの動きを警戒する。
そこへ、ナギサのドライブC――『カウントアタック』が放たれた。
ナギサ:「…………」
しかし、攻撃に乗り気ではないためか、狙いはかなり甘い。
魔神像が少し身体を逸らすだけで回避できた。
魔:(これも……陽動?)
竜が再び殴る。
ナギサがカウントアタックを撃つ。
魔神像が回避し、竜へ反撃する。
ただし、魔神像は二機が何か別の攻撃を隠している可能性を捨て切れない。そのため守りを優先し、反撃にも十分な踏み込みがなく、竜とナギサを捉えることができなかった。
同じやり取りが何度も繰り返される。
魔:(おかしい……)
竜が右側の装甲へ一撃。
次は脚部付近。
さらに露出していた機構へ蹴りを叩き込む。
何か特別な仕掛けをしているわけではない。
ただ、攻撃できる場所へ着実に攻撃を積み重ねている。
一方、ナギサも不本意そうな顔をしながら、何度もカウントアタックを撃ち続けていた。
魔:(この攻撃の繰り返しに、何の意味がある……?)
魔神像は考え続ける。
考えている間にも、竜の拳が装甲へ当たる。
ナギサの攻撃は外れる。
魔神像が反撃する。
しかし、二機が隠しているはずの『何か』を警戒しているため、深追いできない。
その状態が長く続いた。
やがて、魔神像の内部から警告音が鳴り始める。
魔:「……?」
魔神像が自らの状態を確認した。
いつの間にか、全身の装甲には無数の傷が刻まれている。
魔:(……そろそろ修復しておくか)
二機から十分に距離を取り、回復機能を使用する。
しかし。
魔:「……!?」
何も起こらない。
魔:「回復ユニットが……破壊されている?」
さらに別の機構を確認する。
魔:「……復活ユニットも……?」
魔神像の声が、僅かに揺らいだ。
竜は戦闘中、特別な仕掛けなど何一つ施していなかった。
ただ、攻撃できる場所を見つけるたびに殴り続けていただけだった。
その積み重ねが、結果として魔神像の装甲だけでなく、回復や復活に関わる機構まで損傷させていた。
竜:「……あぁ、ちなみにですが」
魔:「…………」
竜:「我々の作戦は『特に何もない』です」
魔:「……何?」
竜:「ただ地道に、攻撃を繰り返しただけですよ」
魔:「…………」
魔神像の動きが止まる。
魔:(馬鹿な……)
何かがある。
そう信じて警戒し続けた。
しかし実際には、何もなかった。
魔:(私は……意味もなく警戒し続けていたというのか……?)
高度な知能を持つがゆえに、竜の何気ない耳打ちから存在しない策を読み取ろうとし続けた。
そして、その深読みこそが、自らの判断を鈍らせていた。
竜:「知恵が回りすぎるのも、考えものですね」
竜が静かに横へ退いた。
魔:「……!」
その向こう側、メダチェンジしたナギサが、魔神像へ照準を合わせていた。
先ほどまで何度も放っていたカウントアタック。
ほとんどが回避され、魔神像には大した損傷を与えていない。
だが、カウントアタックは使用するほど威力を増していく。
魔神像にとっては意味のない攻撃に見えていた一発一発が、最後の一撃を強くするための蓄積となっていた。
ナギサ:「さぁ、終止符を打とう」
ナギサが静かに告げる。
ナギサ:「迷える知性の守護者。そして、戦乱を奏でてしまう悲しき魔神……」
魔:「……ッ!」
自らの読みが完全に外れ、さらに修復手段まで失った魔神像の反応が遅れる。
ナギサ:「ドライブC……」
蓄積された力を一気に解放する。
ナギサ:「『カウントアタック』」
高出力の一撃が放たれた。
魔神像が回避しようとする。
だが、その回避方向から竜の飛び蹴りが飛んでくる。
それ自体は魔神像にとって大きなダメージでは無かった。
しかし。
竜:「……あぁ、そういえばナギサさんの攻撃を回避させないように私が妨害する……というのは作戦に入るんですかね?当たり前なのでノーカウントですよね?」
回避行動は阻害された。これが魔神像にとって致命的だった。
回避できるはずだったナギサの攻撃が、魔神像の眉間を正確に貫いた。
――ドォォォォォォォォォンッ!!
巨大な身体へ亀裂が走り、そのまま魔神像は大きく崩れ落ちた。
南塔を守っていた三闘神像の一つが、完全に沈黙する。
竜:「……お疲れ様です、ナギサさん」
ナギサ:「フフフ……」
ナギサがメダチェンジを解除する。
ナギサ:「でも、『特に何もない』というのは少し酷い偽りではないかな?」
竜:「……何のことです?」
ナギサ:「君は耳打ちの時、僕を随分熱心に説得していたじゃないか」
実際、竜がナギサへ話していた内容は、魔神像への奇策ではなかった。
どうすればナギサが自分から攻撃してくれるのか。
その交渉である。
ナギサは当初、自ら攻撃することを拒み、これまで通り反射による支援に徹するつもりだった。
そこで竜は、一つの理屈を提示した。
―
竜:「『Dancing Mad』は、あなたが嫌っている戦争そのものを続けるための装置でしょう?」
ナギサ:「…………」
竜:「その装置を止めるために戦うことは、むしろ平和活動なのでは?」
ナギサ:「…………」
竜:「どうです?」
ナギサ:「……刺激的……エキサイティングな論理だね」
―
そうして何度も説得された末、ナギサは渋々カウントアタックを使用することに同意していたのである。
ナギサ:「だから、完全に『何もない』……ナッシングではなかったと思うのだけれど」
竜:「……そうですか?」
竜はいつものとぼけた顔のまま答えた。
竜:「あのように言った方が、相手が悔しがって面白いと思ったのですが」
二機は崩れ落ちた魔神像へ背を向け、合流地点へ向かって歩き始めた。
こうして、二つ目の三闘神像の攻略も完了した。
―
魔神像が沈黙した直後、エデン本部全域に響いていた『Dancing Mad』が再び変化した。
それまでの激しい第二楽章から一転し、パイプオルガンはゆったりとした旋律を奏で始める。慈愛にも、深い悲しみにも聞こえるその曲調は、むしろ先ほどまで以上に不気味だった。
第二楽章が終わった。
そして最後に残された三闘神像へ対応する、第三楽章が始まる。
―
――――同時刻・エデン本部西回廊。
タイン:「ガ……ハッ……!!」
『心ない天使』の一撃を受け、タインが大きく後退した。
タイン:「な、何だぁ……!? さり気に、さっきまでとは攻撃の『重さ』が違いすぎるぞ……ッ!!」
タインは胸部装甲から火花を散らしながら、片膝をついた。
その目の前には、何度倒しても修復される『心ない天使』の群れがいる。
鬼神像に続いて魔神像も破壊されたことで、『Dancing Mad』はさらに危険な段階へ移行していた。
タイン:「クソッ……!」
タインが立ち上がる。
タイン:「さり気に、これだけの数は……捌ききれねぇ……!!」
それでも拳を構えた。
タインは器用な戦い方をする男ではない。
拳を振るい、自分の身体能力だけで目の前の敵を叩き伏せる。
それが、彼の戦い方だった。
タイン:「さり気ぇぇぇ!!」
一機を殴り飛ばす。
だが、その横から別の心ない天使が迫る。
タイン:「……ッ!」
間に合わない。
鋭い斬撃が、タインの背中へ迫った。
――ズバァァァァンッ!!
直後、無数の弾丸が飛来した。
タインを狙っていた心ない天使が空中で撃ち抜かれ、そのまま地面へ落下する。
リーブ:「タインさん! 大丈夫ですか!?」
タイン:「……リーブ!!」
タインが振り返る。
そこにいたのは、北塔の攻略を終えたリーブとレッドだった。
さらに西回廊の奥から、もう二機が近づいてくる。
竜:「なんだ……まだ生きてましたか、タイン。さすがに死んだと思ってましたよ」
ナギサ:「フフフ……地獄の淵で奏でられる鎮魂歌。これこそが、僕らが共に歩むべき最後の運命……デスティニーというわけだ」
リーブ。
レッド。
竜。
ナギサ。
そしてタイン。
十二使徒として戦っていた五機が、西回廊で再び集まった。
タイン:「……ヘッ」
タインが傷だらけの拳を握り直す。
タイン:「待ってたぜ、お前ら!!」
リーブが武器を構える。
レッドも無言で前へ出る。
竜はいつもの猫背のまま敵を見つめ、ナギサもその隣に立った。
タイン:「よし!!」
五機の正面では、無数の心ない天使が再び立ち上がってくる。
タイン:「ヴァレンが女神像をぶっ壊すまで……」
タインが拳を突き出した。
タイン:「この西回廊、一歩も通さねぇぞッ!!」
残された三闘神像は、あと一つ。
そして、その女神像の前では、ヴァレンが自分自身の過去とも呼べる二機と向き合っていた。
第四十五話【妖星乱舞 ~第二楽章~】終わり