第四十六話【妖星乱舞 ~第三楽章~】
――――エデン本部・西回廊。
鬼神像、そして魔神像が破壊され、エデン本部全域に響く『Dancing Mad』は第三楽章へと移行していた。西回廊ではタインたち五機が強化された『心ない天使』の群れを食い止めている。
そのさらに奥では、最後に残された三闘神像――『女神像』を巡る戦いが続いていた。
ヴァレンの前後を挟むように立つ二機。
白い狂戦士――シロ。
黒い戦士――クロ。
女神像がヴァレンを倒すために選んだのは、皮肉にも、かつて彼自身を形作っていた『本能』と『理性』の姿だった。
シロ:「アッヒャッヒャッヒャ! じゃあいくぜ!!」
シロが地面を蹴り、猛烈な勢いでヴァレンへ迫る。
その左腕に装備されているのは、純白の刃――『スバル』。
振り下ろされた斬撃を、ヴァレンも自身のスバルで受け止めた。
――ガギィィィンッ!!
ヴァレン:「ぐっ……!」
激しい火花が二機の間で散る。
ヴァレンはシロの斬撃そのものを防いだものの、衝撃までは完全に殺し切れず、左腕の装甲へ亀裂が走った。
さらに、その背後からクロが右腕『マーブラー』を構える。
クロ:「そこです」
銃撃が放たれた。
ヴァレン:「チッ!」
ヴァレンはシロと鍔迫り合いを続けながら身体を捻り、クロの射線から強引に外れる。弾丸は肩口を掠め、装甲を削り取った。
前方からはシロの斬撃。
後方からはクロの射撃。
互いの隙を補うように続く波状攻撃によって、ヴァレンは少しずつ追い詰められていく。
ヴァレン:「クソッ……何気な半人前どもが!!」
このまま守っているだけでは、削り切られる。
そう判断したヴァレンは、多少の損傷を覚悟して攻撃へ転じた。
シロの次の斬撃へ左腕のスバルをぶつけ、強引に剣筋を逸らす。そのまま懐へ踏み込み、返す刃でシロの装甲を斬りつけた。
シロ:「アヒャッ!?」
同時に、ヴァレンは右腕のマーブラーを後方へ向ける。
振り向きざまに放たれた銃撃がクロを捉え、その黒い装甲へ火花を散らした。
クロ:「クッ……!」
クロが後退する。
クロ:「流石は英雄ですね。自分自身の化身にも容赦がない」
ヴァレン:「何が化身だ?」
ヴァレンは左腕から白煙を上げながら、不敵に笑った。
ヴァレン:「お前らは女神像が何気に擬態しただけの紛い物だろ」
シロ:「アッヒャッヒャッヒャ!」
シロはまったく気にした様子もなく、再びヴァレンへ突っ込んでくる。
シロ:「撃て!クロ!」
クロ:「はい!!」
シロが正面から攻撃を仕掛け、その後ろからクロが射線を確保するために距離を詰める。
今度は二機がほぼ同じ間合いまで接近した。。
シロのスバル。
クロのマーブラー。
二方向から同時に攻撃が迫る。
ヴァレンは左腕のスバルでシロの斬撃を受け流しながら、右腕のマーブラーでクロの銃口を押し退けた。
しかし、完全には防ぎ切れない。
シロの刃が装甲を削り、クロの射撃が脚部の横を掠めていく。
ヴァレン:「おいおい……」
ヴァレンが二機を見比べた。
ヴァレン:「お前ら何気に、そんな仲良くなかっただろ」
シロ:「アヒャヒャヒャヒャ! まぁ、所詮俺たちは――」
クロ:「女神像が擬態しただけの紛い物ですから……」
また二機が同時に動く。
本物のクロとシロであればあり得なかったほど、息の合った連携だった。
ヴァレンは何度もスバルとマーブラーを使い分けながら防ぐが、二機は正面と側面を入れ替え、休む暇を与えずに攻め続ける。
やがて。
ヴァレン:「チッ……」
ヴァレンの苛立ちが限界へ達した。
ヴァレン:「お前ら何気にウゼー!!!!」
シロが正面から斬り込み、そのすぐ後ろまでクロが接近して射撃の機会を窺っていた。
その瞬間を狙い、ヴァレンはスバルを大きく構える。
そして全身を激しく回転させ、遠心力を乗せた一閃を二機まとめて薙ぎ払った。
――ガギィィィィンッ!!
シロ:「アヒャッ!?」
クロ:「なっ……!」
クロとシロは同時に弾き飛ばされ、回廊の壁へ激突する。
金属音を響かせながら床へ落ちた二機は、それでもすぐに身体を起こした。
シロ:「アヒャヒャヒャヒャ……〝ウザい〟とはな……」
クロ:「紛い物とはいえ、私たちはあなた自身の本能と理性ですよ?」
ヴァレンは二機を見つめた。
そして、何かを吹っ切ったように笑った。
ヴァレン:「あぁ、何気に知ってるさ」
損傷した左腕を下げる。
ヴァレン:「俺は、お前らが嫌いだ」
クロとシロが黙る。
ヴァレン:「そして俺自身も……」
一瞬だけ、ヴァレンの表情から笑みが消えた。
ヴァレン:「ルクに不幸を与えた俺自身も……嫌いだ!!」
長い年月を経て、ようやく吐き出された本音だった。
直後、ヴァレンが地面を蹴る。
シロ:「アヒャッ!?」
クロ:「速い……!」
シロがスバルを振るう。
ヴァレンは避けない。
刃が肩口の装甲を削ることも構わず、そのまま突っ込む。
ヴァレン:「何気ぇぇぇぇ!!」
ヴァレンのスバルが、シロの頭部を捉えた。
――ズバァンッ!!
シロ:「ア――」
頭部が大きく砕ける。
同時にクロがマーブラーを構えた。
クロ:「まだ――!」
しかし、それより先にヴァレンが右腕を突き出す。
クロの頭部へマーブラーの銃口を押し当てた。
ヴァレン:「何気に終わりだ」
ゼロ距離発射。
――ドォォォンッ!!
クロの頭部も粉砕された。
激しい閃光と爆風が回廊を駆け抜ける。
すると、倒れたクロとシロの姿がゆらりと歪み始めた。
ヴァレン:「……?」
二機の身体が崩れ、再び一つへ戻っていく。
やがてそこに立っていたのは、元の無機質な石像――『女神像』だった。
女:「そ、そんな!」
女神像の声が動揺する。
女:「ワタクシの擬態は完璧だったはず!」
ヴァレン:「あぁ」
ヴァレンが女神像へ歩み寄る。
ヴァレン:「何気に完璧だったさ」
左腕のスバルを構える。
ヴァレン:「だからこそ――」
一閃。
女神像の身体へ大きな亀裂が走った。
ヴァレン:「オレの闘争心を何気に煽っちゃったんだろうな!!」
続けて右腕のマーブラーを向ける。
残された力を。
一気に撃ち込んだ。
――ドォォォォォォンッ!!
女神像の身体が砕け散る。
石の破片が床へ降り注ぎ、最後の三闘神像も完全に沈黙した。
ヴァレンは崩れた女神像へ背を向ける。
数歩進んだところで、ふと思い出したように振り返った。
ヴァレン:「そういやアンタ……〝女神〟を名乗ってたっけ?」
返事はない。
ヴァレン:「何気にいいこと教えてやる」
ヴァレンは小さく笑った。
ヴァレン:「本当の女神ってのはな……大食いで、寝相が悪くて、金にがめつくて……」
ほんの一瞬、その声が優しくなる。
ヴァレン:「……そして、優しい女のことを言うんだよ」
―
女神像が完全に破壊された瞬間、エデン本部全域に響いていた『Dancing Mad』の旋律が大きく乱れた。
パイプオルガンが断末魔のような不協和音を奏でた後、音は完全に途絶える。
『Dancing Mad』は、ついに停止した。
突然訪れた静寂の中、地上でラヴド主力軍を苦しめ続けていた『心ない天使』たちにも異変が起こる。
動きが止まった。
攻撃を受けて倒れた機体も、もう修復されない。
立っていた心ない天使たちも、次々と力を失ったようにその場へ崩れ落ちていった。
―
――――同時刻・エデン本部、機密実験室。
『Dancing Mad』の停止を示す警告表示が、実験室内のモニターへ映し出された。
カヲス:「…………」
カヲスは画面を一瞥しただけで、すぐに目の前の作業へ意識を戻した。
科学部の最深部。
そこでは数機のメカニックたちが、機械『D』の最終調整を進めている。
やがて。
『カヲス様! 準備完了です!』
『あとはコンピュータへ実験開始の命令を送るだけです!』
カヲスは身体を動かし、メカニックたちへ背を向けた。
カヲス:「ご苦労だった……もう敵も……かなり近くまで来ている……」
メカニックたちがカヲスを見る。
カヲス:「お前たちだけで……逃げろ……」
『…………』
部下たちは一瞬だけ戸惑ったものの、すぐに敬礼した。
『……了解しました』
そして、次々と実験室を退出していく。
扉が閉まり。
室内には。
カヲス一機だけが残った。
カヲス:「…………」
カヲスは機械『D』へ向き直る。
N・G・ライトの遺産、正式名称――『DISAPPEARANCE』。
カヲスはコンソールへ手を伸ばし、実験開始を命じるキーを押した。
直後に、背後の防護扉が、凄まじい衝撃音と共に吹き飛んだ。
――ドォォンッ!!
カヲス:「……!」
砂埃の向こう側から、四機のメダロットが姿を現す。
ワンダ。
ディスト。
ローラ。
そしてコスモス。
ワンダ:「やっと……!」
ディスト:「着いた……!」
四機が初めて足を踏み入れたエデン本部の最深部。
壁際には大量の研究機器が並び、無数のケーブルが床を這っている。
そのさらに奥、強化ガラスの向こう側には、十字架へ不気味な翼を与えたような巨大な機械が設置されていた。
ワンダ:「……何、あれ……?」
コスモスは答えない。
カヲスもまた、侵入してきた四機を黙って見下ろしている。
その背後の大型モニターでは、すでに数字が動き始めていた。
『起動準備9%終了』
カヲス:「残念だったな……」
カヲスがゆっくりと四機へ向き直る。
カヲス:「『DISAPPEARANCE』は……もう起動を開始している……」
ディスト:「……?」
ディストが首を傾げる。
ディスト:「『DISAPPEARANCE』?」
『起動準備19%終了』
カヲスがコスモスを見る。
カヲス:「なんだ……ハードネステン……」
コスモス:「…………」
カヲス:「名前すら……教えていなかったのか……?」
数字がさらに上がる。
『起動準備30%終了』
カヲス:「『DISAPPEARANCE』とは……過去に起こった事実を……物理的に消滅させることができる……」
ローラ:「過去の事実を……消滅?」
カヲス:「N・G・ライトが遺した……最後の機械だ……」
ワンダ:「そんなこと……できるの……?」
カヲスが僅かに笑う。
カヲス:「例えば……」
『起動準備53%終了』
カヲス:「〝N・G・ライトの死〟を……消滅させることもな……」
ワンダ:「……!!」
ディスト:「それって……!」
カヲスは機械『D』へ目を向ける。
カヲス:「黒メダリアから引き出したエネルギーを……ノルスで増幅し……『D』へ流し込んでいる……」
『起動準備69%終了』
カヲス:「必要なエネルギーは……もうほとんど揃った……」
ワンダ:「黒メダリア……!」
カヲス:「もう遅い……」
カヲスが再びコスモスを見る。
カヲス:「ハードネステン……」
コスモス:「…………」
『起動準備81%終了』
カヲス:「N・G・ライトの死そのものが消えれば……当然、その死を前提にして行われたメダル復元も……意味を失う……」
コスモスの表情が僅かに強張る。
カヲス:「お前は……N・G・ライトが死んだからこそ……生まれた存在だ……」
ワンダ:「コスモス……」
カヲス:「N・G・ライトが存在する歴史へ戻れば……お前が生まれる理由そのものが……消えるかもしれない……」
カヲスが一歩前へ出る。
カヲス:「それが分かっていて……ここまで来たのか……?」
コスモスは黙ったままカヲスを見る。
カヲス:「最後に……言い残すことはないか……?」
コスモス:「……あります」
コスモスが一歩前へ出た。
コスモス:「ハードネステン?」
静かに、しかし、はっきりと。
コスモス:「その名は捨てました」
カヲスの目が細くなる。
コスモス:「私の名は――」
コスモスが胸を張る。
コスモス:「『 コ ス モ ス 』」
自分自身で選んだ名を、かつての主人へ真正面から突きつける。
コスモス:「あなたを倒すために存在する者です!!!!!」
その声が実験室へ響き渡る。
同時に。
『起動準備93%終了』
数字が表示された。
そして、数字はそこで止まった。
カヲス:「…………?」
カヲスがモニターを見る。
九十三%。
そこから先へ進まない。
カヲス:「……何故だ……?」
カヲスは入力をやり直し、状態を再確認し、さらに再起動まで試した。しかし、数字は動かなかった。
カヲス:「何故……起動しない……?」
やがてカヲスは異常の原因へ気付いた。
視線がワンダへ向く。
カヲス:「……貴様だな」
ワンダ:「…………」
カヲス:「ワンダエンジェル……!」
ワンダの頭部パーツから、淡い光が放たれている。
ワンダ:「さっきからノルスがどうとか、メダフォースを増やしてるとか言ってたからね」
ワンダがカヲスを睨む。
ワンダ:「だったら、そのメダフォースを減らせば止まるかもって思ったのよ」
ワンダが使用したのは、頭部行動――『フォースドレイン』。
ノルスによって増幅され、『D』へ供給されていたメダフォースを強制的に削り取っていた。
エネルギーの供給量が必要値を下回ったことで、『DISAPPEARANCE』の起動準備は九十三%で停止したのである。
カヲス:「…………」
カヲスの身体がゆっくりと動く。
白い龍の体が、四機へ向き直った。
カヲス:「……いいだろう」
巨大な三本の角。
全身を覆う白い装甲。
これまで研究者として機械『D』へ向き合っていたカヲスが。
今度は一機の戦士として、四機の前へ立ちはだかる。
カヲス:「まずは……お前たちを倒すのが先だ……」
カヲスの視線がコスモスへ向く。
カヲス:「ハードネステン……覚悟しろ」
コスモス:「…………」
コスモスは怯まない。
コスモス:「カヲス」
コスモスが一歩前へ出る。
コスモス:「覚悟するのは、あなたです」
左腕のガトリングを構える。
コスモス:「私――『コスモス』は」
その目が真っ直ぐに、かつての主人を捉える。
コスモス:「あなたを絶対に倒す!!」
エデンのリーダー、カヲス。
その絶大な実力が、ついにL班の前で明らかになろうとしていた。
第四十六話【妖星乱舞 ~第三楽章~】終わり