第四十七話【妖星乱舞 ~第四楽章~】
――――エデン本部・西回廊。
エデン本部を長く支配していた狂気の旋律が、突如として途絶えた。
三闘神像がすべて破壊されたことで、絶対防衛システム『Dancing Mad』は完全に停止したのである。
タイン:「……さり気に、曲が止まった……?」
西回廊で『心ない天使』の群れを食い止め続けていたタインが、傷ついた腕を下ろして周囲を見渡した。
先ほどまで猛然と襲いかかっていた黒い兵士たちは、一斉に動きを止めている。すでに破壊されていた機体も二度と修復されることはなく、立っていた者たちも次々とその場へ崩れ落ちていった。
竜:「女神像も撃破されたようですね……」
竜が周囲を確認しながら呟く。その横では、レッドも静かに戦いの終わりを見届けていた。
リーブ:「ヴァレンさん……たった一人で女神像を倒すなんて、やっぱりあの人、凄いわ」
リーブは感心したように息を吐き、自らのメタマシンガンを下ろした。もはや、この回廊に戦うべき敵はいない。
レッド:「…………」
レッドは何も言わず、エデン本部の最深部へ続く方向を見つめる。
そこでは今、コスモスたちがカヲスと対峙しているはずだった。
ナギサ:「天使たちを狂わせ、妖しき戯曲を奏で続けた神々も、ついに終焉を迎えた……。フフフ……でも少しだけ残念だね。あの旋律、僕は嫌いじゃなかったよ」
タイン:「ヘッ。あとはコスモスたちが、さり気に頑張る番だな」
タインがエデン本部の奥へ向かって顔を上げる。
タイン:「おい! コスモスーー!! 負けたら承知しねぇぞーー!!」
リーブ:「コスモスさーーん! 頑張ってやーーーー!!!!」
二機の声が、静かになったエデン本部へ響き渡った。
―
――――エデン本部・機密実験室。
『Dancing Mad』が停止しても、実験室の緊張はまったく薄れていなかった。
九十三%で停止した『DISAPPEARANCE』の起動準備を背に、カヲスはワンダ、ディスト、ローラ、コスモスの四機と向かい合っている。
カヲス:「……お前たちを倒し……私は……ライトを……『神』を復活させる……」
ディスト:「N・G・ライトが神だって!?」
ディストが怒りを露わにする。
ディスト:「そんなの、絶対に認めないよ!! アイツは……僕らの大事なマスターたちを殺したんだ! そんなヤツが神様なわけないじゃないか!!」
カヲスは反論するディストへ、静かに視線を向けた。
カヲス:「愛情……勇気……恐怖……悲しみ……怒り……そして、友情……」
ローラ:「……?」
カヲス:「理屈では抗えぬほど……我々の心を動かすもの……。我々はそれらに翻弄され……時に支配され……それでも、それに従って生きている……」
カヲスはゆっくりと言葉を続ける。
カヲス:「論理すら超えて……我々を動かす絶対的なもの……。私は、それを『神』と呼んでいる……」
ローラ:「感情そのものを……神と呼ぶのか?」
カヲス:「……そうだ」
ほんの僅かに、カヲスの声色が変わる。
カヲス:「ライトは……孤独だった私に、その中の一つを教えてくれた……」
かつて、暗い洞窟の中で一機きりだった頃。
自分の中に寂しさや恐怖が存在していることすら、カヲスは理解していなかった。
カヲス:「私に名を与え……感情の意味を教え……そして初めて『友情』を与えてくれた……」
カヲスの黒い目が、僅かに伏せられる。
カヲス:「それを与えてくれたのは……世界でただ一人、ライトだけだった……。だから彼自身もまた……私にとっての『神』なのだ……」
ディストは言葉を返さなかった。
N・G・ライトが何者であったとしても、少なくともカヲスにとってだけは、彼が特別な存在だったことは理解できた。
しかし、それと彼を復活させることを認めるかどうかは別の話だった。
カヲス:「だから……」
カヲスが両腕を持ち上げる。
その掌に、紫色に揺らめく半透明の『ゴースト』が集まっていった。
カヲス:「お前たちに……私の友情を……『神』を……奪わせは……せん!!!!」
二つのゴースト弾が、四機へ向かって放たれた。
――シュンッ、ドォォォォォォンッ!!
ワンダ:「っ!」
四機はそれぞれ違う方向へ飛び、着弾地点から離れる。
ゴースト弾が床へ激突すると、爆風と共に大きな穴が穿たれた。
ワンダ:「ゴースト攻撃ね」
ローラ:「ブラックメイル殿のものよりは威力が劣るようだな」
コスモス:「油断してはいけません!」
コスモスが即座に警告する。
コスモス:「カヲスのゴーストの恐ろしさは、単純な威力ではありません!」
ディスト:「どんな仕掛けがあったって、当たらなきゃ関係ないよ!」
コスモス:「待って、ディストさん!」
しかし、ディストはすでに走り出していた。
ディスト:「いっけええええッ!!」
左腕のフォー・パーツ『エアスト』を構え、一直線にカヲスへ迫る。
その三本爪が胸部を捉えようとした瞬間、カヲスの右手から溢れたゴーストが形を変えた。
半透明の防壁が出現し、ディストの爪を真正面から受け止める。
カヲス:「『ゴースト・シールド』……」
ディスト:「防がれた……!?」
ディストが驚いた直後、目の前の防壁が水のようにうねり始める。
盾だったゴーストは瞬時に形を変え、一本の鋭い剣となった。
カヲス:「…………散れ」
――ザシュッ!!
ディスト:「うわああああッ!!」
至近距離から振るわれたゴーストの刃が、ディストの胸部装甲を大きく切り裂いた。
ディストは勢いよく後方へ弾き飛ばされる。
ローラ:「ディスト!!」
ローラが駆け込み、吹き飛ばされたディストを受け止めた。
ワンダ:「今直すから、じっとしてて!」
続いてワンダが駆け寄り、傷ついた装甲へ癒しの光を注ぎ込む。
その間にも、コスモスはカヲスから目を離さなかった。
コスモス:「……カヲスのゴーストは自由自在に形を変えるのです。剣にも、盾にも、それ以外のものにも……」
カヲスは再び両手へゴーストを集める。
今度は二つの球体が形成され、そのうち一つがワンダへ向かって放たれた。
ワンダ:「……っ!? 私に来るの!?」
ディストを修復していたワンダは、すぐには動けない。
ローラ:「させんッ!!」
ローラが射線へ割り込み、右腕『ダブレスト』から青い障壁を展開する。
――ドォォンッ!!
ゴースト弾と障壁が激突し、青白い火花が飛び散った。
ローラが攻撃を防いでいる間に、コスモスが動く。
コスモス:「カヲス! それ以上は好きにさせないッ!!」
頭部『ブリリアント』からミサイルを連射する。
カヲスはすぐにゴーストを盾へ変え、それらを防いだ。
爆発によって煙が広がる。
コスモスはその瞬間を逃さず、煙の中へ飛び込んだ。
左腕のガトリング『ブリリガーダー』を構え、先ほどまでカヲスがいた場所へ一気に接近する。
コスモス:「……ッ!?」
しかし、そこにカヲスはいない。
コスモス:「いない……!?」
コスモスが煙へ飛び込んだ直後、カヲスは浮遊しながら上方へ移動していた。
煙に姿を隠したままコスモスの頭上を越え、その背後へ回り込んでいたのである。
カヲス:「…………」
カヲスの手にあるゴーストが、巨大なハンマーへと変わった。
コスモス:「……!」
気づいた時には遅かった。
――ズガァァァァンッ!!
コスモス:「ぐっ……!!」
背後から強烈な一撃を受け、コスモスが前方へ吹き飛ばされる。
カヲス:「…………終わりだ」
カヲスがさらにゴースト弾を放った。
ワンダ:「させないってば!!」
ワンダが左腕『ソウス』から黄金の光学攻撃を放つ。
二つの攻撃が空中で激突し、互いに相殺された。
吹き飛ばされたコスモスはローラに受け止められ、そのまま床へ降ろされる。
ローラ:「コスモス、一人で無理をするでないぞ」
ローラが彼女を支えながら告げる。
ローラ:「こいつは妾たち全員で力を合わせねば勝てぬ相手だ」
コスモス:「いいえ……!」
コスモスはローラの手を離れ、自力で立ち上がろうとする。
コスモス:「カヲスを倒すのは……絶対に私の役目です」
ワンダ:「待って!」
ワンダが強引にコスモスを止める。
ワンダ:「そんな身体で突っ込んだら、今度こそやられるわ! 先に回復させて!」
コスモス:「…………」
カヲスとの因縁に決着をつけたい。
その思いが強すぎるあまり、コスモスは周囲が見えなくなり始めていた。
ワンダが彼女の損傷を修復し始めた、その時。
カヲス:「…………」
カヲスがゴーストを細長い槍へ変える。
狙いは、二機を守るように前へ出ていたローラだった。
槍が猛烈な勢いで投げ放たれる。
ローラ:「来るか!」
ローラが青い障壁を展開した。
――ドゴォォォォンッ!!
ゴーストの槍が障壁へ激突し、強烈な衝撃がローラを襲う。
しかし、その攻撃によってカヲスの手元が空いた瞬間を、ディストは見逃さなかった。
ディスト:「今だッ!!」
ワンダによる修復を終えたディストが、ローラの横から飛び出した。
カヲスが槍を投げ、次のゴーストを形成するまでの僅かな隙。
そこへ『エアスト』の三本爪を叩き込む。
――ガツンッ!!
カヲス:「……ッ!?」
初めて、カヲスの白い装甲へ明確な亀裂が走った。
ディスト:「当たった!」
しかし、カヲスも即座に反撃する。
残っていたゴーストが巨大な斧へ形を変え、目の前にいるディストへ振り下ろされた。
ディスト:「クソッ! 痛てぇっ!!」
装甲を斬りつけられたディストが後方へ退く。
カヲスが追撃しようとした、その前へコスモスが割り込んだ。
コスモス:「……逃がしません!」
右腕『ブリリアーマー』と左腕『ブリリガーダー』を同時に構える。
コスモス:「チョキ×4!! 『援護無視』!!!」
コスモスのメダコンボが発動する。
カヲスは反射的にゴーストシールドを展開した。
しかし、『援護無視』の効果によって射撃はその防御を無視し、そのままカヲス本体へ叩き込まれる。
カヲス:「……ッ!?」
銃弾が白い装甲へ集中し、いくつもの傷を刻んだ。
カヲス:「…………なかなか……やるな……」
カヲスは自らの傷を一瞥すると、四機へ向き直った。
カヲス:「素晴らしい戦闘力だ……」
声は依然として落ち着いている。
カヲス:「いいだろう……私も本気で……相手をしよう……」
カヲスが両腕を大きく掲げた。
周囲へ散っていたゴーストが次々と集まり、その形を変えていく。
ワンダ:「……何?」
半透明のゴーストが、メダロットの形を取り始めた。
一機。
二機。
さらに増えていく。
それだけではない。
カヲスは自身の背後へ、巨大なスピーカーのようなゴーストまで作り出した。
コスモス:「……!」
カヲス:「『ゴースト・ダンシング・マッド』……」
カヲスの声と共に、ゴーストで作られたスピーカーからパイプオルガンの旋律が流れ始める。
それは先ほど停止した本物の『Dancing Mad』ではない。
カヲスが自身のゴースト能力によって、その仕組みを模倣した別の技だった。
荘厳な旋律と激しいプログレッシブロックの音が実験室へ鳴り響くと、メダロット型のゴーストたちが一斉にL班へ襲いかかる。
ワンダ:「またこのパターン!?」
ワンダが光学攻撃を放ち、一機を撃ち抜く。
ディストも『エアスト』の爪で別の一機を切り裂いた。
しかし。
ディスト:「……え!?」
倒したゴーストが、音楽に呼応するように形を取り戻した。
ワンダ:「復活した!?」
地上で『心ない天使』を何度も蘇らせていたシステムとよく似た現象が、この実験室の中で再現されている。
コスモス:「あのスピーカーです!」
コスモスがカヲスの背後を示す。
コスモス:「あれを壊さなければ、このゴーストたちは何度でも戻ってきます!」
ローラ:「ならば、壊すまでだ!」
L班が一斉に動く。
カヲスもすぐに意図を察した。
複数のゴーストを盾へ変え、スピーカーの周囲へ展開する。
さらに、そこへ接近しようとしたディストへゴーストの剣を振り下ろした。
カヲス:「…………無駄だ」
剣がディストを捉える直前、ローラが二機の間へ青い障壁を展開した。
ローラ:「続けろ、ディスト!!」
――ガギィィィンッ!!
ダブレストの障壁がカヲスの剣を受け止める。
ディスト:「任せて!」
ローラが攻撃を防いでいる間に、ディストがスピーカーへ向かって走った。
ディスト:「当たるまで……何度でもいくよッ!!」
『エアスト』の三本爪を、スピーカーの前に立ちはだかるゴーストシールドへ叩き込む。
――バキィィンッ!!
防壁が砕けた。
カヲスの背後にあるスピーカー本体が露出する。
ワンダ:「これで……おしまいよ!!」
ワンダが左腕『ソウス』を向け、至近距離から黄金の光学攻撃を放った。
――ドォォォォォォンッ!!
ゴーストで作られたスピーカーが砕け散る。
旋律が止まった。
それと同時に、実験室を埋め尽くしていたメダロット型のゴーストたちも形を保てなくなり、次々と霧のように消えていった。
コスモス:「…………」
コスモスは、その光景を見つめていた。
コスモス:(素晴らしい連携だ……)
ローラが仲間を守り。
ディストが道を切り開き。
ワンダが最後の一撃を決める。
コスモス:(これが、彼女たちが仲間と築き上げてきた『絆』……)
そして、先ほどまでの自分を思い返す。
一人でカヲスへ突っ込み、仲間の制止も聞かず、危険を顧みずに自分だけで決着をつけようとしていた。
コスモス:(……それに比べて私は……)
コスモスは僅かに目を伏せた。
カヲスを倒したいという思いが強すぎるあまり、自分は仲間を見る余裕を失っていた。
そのことを、ようやく理解し始めていた。
カヲス:「……フッ……」
カヲスの声に、コスモスが顔を上げる。
何度も攻撃を受けたカヲスの装甲には、すでに複数の傷が刻まれている。
それでもカヲスは倒れていなかった。
カヲス:「まだ……技は……たくさんあるさ……」
四機が再び身構える。
その時だった。
――キィィィィィィン……。
ディスト:「……!?」
高い共鳴音が実験室へ響いた。
ディストが自分の左腕を見る。
ディスト:「うわっ!? な、何これ!?」
フォー・パーツ『エアスト』から、突然強い光が溢れ始めた。
ディスト:「『エアスト』が……勝手に光りだした……!」
ローラ:「……なっ!?」
ローラも自分の右腕を見る。
『ダブレスト』の青いコアが、一定の間隔で強く明滅していた。
ローラ:「妾の『ダブレスト』まで……!」
ワンダ:「え……?」
さらに、ワンダの左腕『ソウス』までもが光を放ち始める。
ワンダ:「私のソウスまで……。これって……」
三機のフォー・パーツが、互いに呼応するように輝きを強めていく。
そして、その光へ答えるように、実験室の奥でも別の反応が起きた。
カヲス:「…………?」
強化ガラスの向こう側。
機械『D』の起動に利用されていた第一のフォー・パーツ――『ノルス』が、激しい光を放ち始めている。
頭部に備えられたV字アンテナから放電が走り、周囲の機器まで震え始めた。
ローラ:「フォー・パーツが……共鳴している……!?」
エアスト。
ダブレスト。
ソウス。
ノルス。
長い年月を経て、四つのフォー・パーツが同じ場所へ揃ったことで、何かが起きようとしていた。
ワンダ:「……!」
しかし、異変はそれだけではなかった。
ワンダが目を見開く。
ワンダ:「カヲス……?」
カヲス:「…………ッ!?」
四つのフォー・パーツと共鳴するように、カヲス自身の身体までもが強烈な光に包まれ始めた。
本人にも予想していなかった現象なのか、カヲスは自らの身体を見下ろしたまま動かない。
ディスト:「な、なんで……?」
ローラ:「カヲスまで……フォー・パーツに反応している……?」
コスモス:「…………」
誰にも、その理由は分からなかった。
やがて四つのフォー・パーツとカヲスから放たれる光が急激に強まり、実験室全体を白く染め上げていく。
カヲス:「…………ッ!!」
ワンダ:「眩しっ……!」
五機の姿が、眩い光の中へ呑み込まれていった。
そして、カヲスというメダロットに隠されていた真実が、ついに明らかになろうとしていた。
第四十七話【妖星乱舞 ~第四楽章~】終わり