第四十八話【カヲスを越えて終末が近づく】
眩い閃光が科学部機密実験室を真っ白に塗り潰した。
ディストの左腕『エアスト』、ローラの右腕『ダブレスト』、ワンダの左腕『ソウス』。
そして、強化ガラスの向こうで震える『ノルス』。
四つの『フォー・パーツ』から噴き出した黄金の光は、うねる大蛇のように空中で絡み合い、そのすべてが実験室の中央に浮かぶカヲスへと収束していった。
カヲス: 「……が、あ……ッ!!? なんだ……この……内側から……溢れ出す……情動は…………ッ!!」
カヲスが苦悶の声を上げる。
彼の胸の奥に眠る『レアメダル』が、四つのパーツ、そして自身の機体フレームと完全に同期し、凄まじい熱量を放ち始めた。
それはもはや、単なるエネルギーの共鳴ではない。
膨大な演算処理が実験室のサーバー群を焼き切り、空間そのものが高電圧のノイズに震えている。
次の瞬間、光の奔流の中から、四つの人影が浮かび上がった。
激しい砂嵐のようなノイズにまみれ、像が時折欠落する不安定なホログラム。
だが、そこから漏れ出す「存在感」は、鮮烈な意志を放っていた。
AA: 「……やっと、繋がったか……我ながら回りくどい再会となってしまったわい」
中央に現れたのは、バイザー型サングラスをした老人の姿。
彼こそがフォー・パーツ『ノルス』の製作者、AAだった。
続いて、『ダブレスト』、『エアスト』、『ソウス』の制作者、Dr.H、Dr.O、AIが続く。
彼は透き通った瞳でカヲスを見上げ、どこか申し訳なさそうに微笑んだ。
Dr.H: 「ふぅ……。無理もない。一人の人格を再現するだけでも、本来なら数万個のメダルを直列に連結させねば不可能なレベルなのだからな」
Dr.O: 「パーツ一つ一つの微々たるメモリでは、断片的な思考を遺すのが精一杯だった。……だが、カヲスの持つ『レアメダル』を核とし、四つのパーツ、そして専用機体のすべてが共鳴した今この瞬間に限り、わしらはこうして姿を現すことができた」
AI: 「……けれど、メモリの限界はもうすぐよ。……一度きり。……九十年の沈黙を破り、私たちが貴方に真実を告げられるのは、この『一度きりの再会』だけなの」
三機とカヲスの間に浮かぶ、幽霊のように儚い四人の科学者たち。
ワンダ、ディスト、ローラ。
彼女たちは、自分たちの腕に宿っていた力に何が起こったのかが分からず、息を呑んだ。
ディスト: 「えっと……どなた……?」
AA: 「おっと失礼。ワシ達は『フォー・パーツの制作者』であり、そして『 カ ヲ ス の 製 作 者 』……カヲス君。わしらは、君にどうしても伝えねばならぬことがあって、この『一度きりの再会』を仕組んだのじゃよ」
カヲスの三本の角が、驚愕と、言いようのない不安に細かく震えた。
不鮮明なホログラムが、科学部機密実験室の青白い光の中で明滅する。
四人の科学者たちは、互いに異なる時代と業を背負いながら、今、一つの真実を紡ぎ始めた。
AA: 「……カヲス君。わしらが君を造ったのは、今からおよそ九十年前のことじゃ。 当時、世界ではメダロットによる犯罪が多発しておってな。 政府はそれを鎮圧するため、最強の抑止力となるメダロットの開発をわしら四人に依頼したんじゃよ」
AAはそこで言葉を切ると、傍らに浮かぶ三人の「天才」たちを、白濁した瞳で静かに、けれど鋭く見据えた。
AA: 「……皮肉な話じゃがな。そもそも、『立て続けに起こった犯罪』の主導者こそが、ここにいる者たちじゃったからのぉ」
AAの視線に射抜かれた三人は、気まずそうに顔を背け、視線を泳がせた。
彼らはかつて世界を震え上がらせた大罪人でありながら、同時にカヲスという奇跡を生み出した「親」でもあったのだ。
AI: 「……わ、わたしはただ、愛するパートナーと永遠に一緒にいたくて……」
Dr.H: 「そ、そうじゃ。わしらだって、悪気があったわけではない……」
Dr.O: 「少し……ほんの少し、世界征服がしたかっただけで……」
ワンダ: 「いや、お前ら二人は確実にダメだろ」
緊張の中、ワンダの至極真っ当なツッコミが響き渡った。
世界を揺るがした老科学者たちの、あまりにも軽々しい――けれど、だからこそ純粋で歪んだ欲望。
彼らはその「罪」を償い、あるいは自らの技術の結晶を後世に遺すため、この共同プロジェクトに参加させられたのだ。
Dr.H: 「ふ、不本意な召集ではあったが、わしらは持てる技術のすべてを注ぎ込んだ。 ……AAが基本設計を行い、AIが調整を施した『レアメダル』を用意し、わしが専用のティンペットを、 そしてDr.Oがパーツを創り上げた。……君は、わしら四人の天才が辿り着いた『最高傑作』だったのだ」
AI: 「……けれど、最終調整の日。君にメダルを嵌めたその瞬間よ。 ロボロボ団と名乗る悪戯集団が乱入し、その余波で君は……どこかへと吹き飛ばされてしまった。 メダルの人格が定着する前に、君は『孤独』という最初の記憶を植え付けられてしまったのね」
Dr.O: 「我々は死ぬ気で君を探した。だが、君の居場所を特定できなかった。 ……だからわしらは、自分たちの命が尽きる前に、この『一度きりの再会』のためにフォー・パーツを遺したんだ」
AA: 「このパーツは、君と出会い、共鳴した時にだけ、わしらの思念を圧縮再現するように設計されておる。 ……君に、わしらの愛と、無念を伝えるためだけにな。……カヲス君」
自分はかつての天才たちが、自らのエゴのすべてを注ぎ込んで愛した「子供」であったという事実。
カヲスはその膨大な情報量に耐えかねたように、巨大な白い龍の身体を、激しく、痛々しく震わせた。
四人の科学者たちのホログラムが、慈しみと悔恨に満ちた眼差しでカヲスを見つめる。
だが、その温かな言葉が重なるほどに、カヲスの内部フレームからは異常な高熱が発せられ、冷却ファンが断末魔のような悲鳴を上げ始めた。
カヲス: 「…………認めん…………。そんなものは…………認めんぞ…………ッ!!」
カヲスの巨大な黒い瞳が、激しいノイズに濁る。
彼にとっての「救い」は、八十四年前、あの暗い洞窟で手を差し伸べてくれたN・G・ライトただ一人だった。
名を与え、心を与え、存在理由を与えてくれたライトこそが、彼の魂を形作る骨組みだったのだ。
今さら「それ以前に愛されていた」などという事実を突きつけられることは、彼が歩んできた歴史すべてを「無意味なボタンの掛け違い」へと貶める、残酷な裏切りに他ならなかった。
ローラ: 「カヲス……お前は先ほど、自分に『愛情』や『友情』を与えてくれたのはN・G・ライトのみだと申したな。だが、どうだ。お前は、ライトに出会うずっと前から、これほどまでに愛されて誕生していたではないか。過去を消滅させずとも……お前は最初から、皆に愛されていたのだ」
ローラの静かな、けれど逃れようのない真実の言葉。それが決定打となった。
カヲスの論理回路が臨界点を超え、機体各所の装甲がパチパチと音を立てて弾け飛ぶ。
カヲス: 「わ……私は……!! 私は………………グガアァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!!」
人知を超えた絶叫。
カヲスは自身の頭部を抱えるようにして悶絶し、次の瞬間、制御を失った凄まじい排熱の衝撃波が実験室を震わせた。
カヲス: 「ライト以外の友情……ライト以外の愛……ライト以外の……『 神 』……! そんなものは認めん……ッ! 認められてたまるかッ!! そんなものは……………………このわたしが破壊する!!!!!!」
カヲスの翼が猛烈な勢いで羽ばたかされた。
激しい突風。
カヲスの巨躯は、科学部機密実験室の頑強な天井を物理的な質量で粉々にぶち抜いた。
ワンダ: 「うわっ!? 天井を突き破って……外へ!?」
カヲスは夜の闇へと躍り出ると、さらに高度を上げ、厚い雲の辺りまで一気に昇り詰めた。
その両手に、これまでとは比較にならないほど巨大で、不気味に明滅するゴースト弾が具現化していく。
自我の崩壊から逃れるために、彼は自らを生み出した世界そのものを、そして自分に向けられた「望まぬ愛」のすべてを焼き尽くそうとしていた。
AA: 「いかん! 錯乱しておる……! あれを撃たれたら、エデン本部どころか、この一帯がひとたまりも無いぞ!!」
夜空を見上げる科学者たちのホログラムが、かつてないほどの激しいノイズに揺れた。
頭上、ぶち抜かれた天井の向こう側。
夜空の深淵で、カヲスの生み出す巨大なゴースト弾が、毒々しい青紫の熱量を撒き散らしながら膨張を続けていた。
その圧倒的な質量は、もはや一つの『災厄』となって、地上のすべてを押し潰そうとしている。
ディスト: 「うわぁ……! やばい、やばいよ! 逃げ場なんてどこにもないよ!!」
ワンダ: 「……飛行型は私しかいない。でも、あんな化け物、私一人じゃ止められない……ッ!」
絶望が実験室に満ちる中、ノイズに揺れるDr.Hが、意を決したように隣のAAを見やった。
Dr.H: 「……アキハバ……じゃなかった、AAよ。 カヲスは今、自分に向けられた『愛情』に怯え、錯乱しておる。 ……ならば、わしら自身の残されたエネルギーを、誰かに託してぶつける他あるまい」
AI: 「……ええ。この『一度きりの再会』のために圧縮された私たち自身のリソース……すべてを燃やせば、あの高高度まで届く力を生み出せるはずよ」
AIはそこで言葉を切り、円陣の中心に立つコスモスへと、慈しむような視線を向けた。
AI: 「……貴方が適任ね。……貴方は、誰よりも深く、カヲスを……あの哀しき龍を愛しているわ」
コスモス: 「……っ!? わ、わ、わ、わた、私は……そんなこと……ッ!」
コスモスは反射的に否定しようとした。
だが、自身のメダルが激しく脈動し、熱を帯びるのを、彼女は誤魔化すことができなかった。
裏切られた憎しみ。
自分を代替品として扱った怒り。
けれどその根底には、自分という生命を導き、名前を呼んでくれた男への、断ち切れない『執着』があった。
AI: 「私はそんなこと……何かしら?」
コスモス: 「…………。分かりました。私に……貴方たちの、想いと言霊を貸してください」
コスモスが天を仰ぎ、覚悟を決める。
その瞬間、四人の科学者たちのホログラムが、逆再生の映像のように細かな光の粒子へと分解され、コスモスの機体へと吸い込まれていった。
AA: 「……カヲスを、頼んだぞ。コスモス君」
Dr.H: 「わしらの生み出した、最高傑作を……」
Dr.O: 「わしら自身の愛と、君の愛で……」
AI: 「……止めてきて」
―――シ、ィィィィィィィィン……ッッ!!!!!
実験室を、清浄な白い光が埋め尽くした。
コスモスの内部フレームが、四人の天才たちの残留エネルギーを受け入れ、凄まじい排熱と共に再構築されていく。
ダイヤモンドの装甲が眩い黄金と緑色へと染まり、その背中から、純白の輝きを放つ『四枚の翼』が突き出した。
ローラ: 「……コスモスよ」
ワンダ: 「頼んだわよ……!!」
ディスト: 「イッケーーーーーー!!!」
仲間たちの叫びを背に受け、コスモスは白銀の翼を大きく羽ばたかせた。
重力という名の束縛を振り払い、彼女は一筋の光の矢となって、カヲスの待つ戦慄の夜空へと飛び立った。
―
上空。凍てつくような冷気が大気を支配する高高度。
カヲスが両手に作り上げた巨大なゴースト弾は、既に一つの『星』のような質量を持ち、周囲の雲を吸い込みながら禍々しく拍動していた。
その中心に浮かぶカヲスの白い龍の身体は、自身の叫びと過負荷に震え、基盤からは激しいノイズの火花が散っている。
カヲス: (消えろ……。ライト以外の……、私に向けられた、身勝手な愛ごと……すべて無に還れ……ッ!!)
カヲスが怨嗟と共に、地上のすべてを焼き尽くす一撃を放とうとした、その瞬間。
視界の下方から、猛烈な勢いで上昇してくる四つの光条があった。
―――シュ、ゥゥゥゥゥンッッ!!!!!
コスモスの頭部パーツから放たれた追撃のミサイルが、ゴースト弾の表面で爆ぜる。
カヲスは思わず攻撃の集中を解き、爆煙を切り裂いて現れた『それ』を、驚愕の眼差しで迎え撃った。
カヲス: 「その姿は……まるで…………」
そこにいたのは、彼の知るかつての側近・ハードネステンではなかった。
四枚の純白の翼を力強く羽ばたかせた、美しき秩序の化身。
カヲスは、彼女が背負った翼に、九年前に失った『神』の面影を重ね――、そして、その内側に宿る四人の科学者たちの、自分を慈しむ温かな思念を感じ取り、激しく機体を悶えさせた。
カヲスは作りかけの巨大ゴースト弾を強引に解体し、散弾状のゴースト・ブレットへと変換してコスモスを迎え撃つ。
コスモスは四枚の翼を巧みに操り、三次元的な機動でその弾幕を掻き潜った。
製作者たちのエネルギーが、彼女の機体性能を一時的にではあるが、神の領域へと押し上げていた。
二機が空中で静止し、対峙する。
激しい烈風が吹き荒れる中、お互いのセンサーが、かつてないほど真っ直ぐに交差した。
数秒の沈黙。その沈黙は、九十年にわたる「孤独」と「裏切り」、そして「愛」という名の呪縛をすべて清算するための、最後の猶予だった。
カヲス: 「…………ハードネステン、何の……つもりだ……?」
コスモス: 「…………私は、コスモスです」
コスモスの声は、どこまでも透き通っていた。
愛しているからこそ、その歪んだ情熱を止めなければならない。
かつての「人形」は今、カヲスの対極に立つ者として、その名を凛として呼んだ。
コスモス: 「決着をつけましょう。カヲス……様」
夜空の果て。月光に照らされた雲海の上で、ついに『コスモス』と『カヲス』の最終決戦が幕を開けた。
第四十八話【カヲスを越えて終末が近づく】終わり