第四十九話【MISSING YOU】
――――エデン本部・機密実験室。
カヲスが突き破った天井の大穴から見える夜空では、何度も激しい閃光が瞬いていた。
雲海よりもさらに高い上空で、コスモスとカヲスが激突を繰り返している。実験室に残されたワンダたちには、二機の姿をはっきり確認することさえ難しかった。
ワンダ:「……高すぎる」
ワンダは上空を見つめ、不安そうに呟いた。
ワンダ:「コスモスの機体だって、本来はあんな高度で戦うようにはできてないのに……」
四人の科学者から託された力によって、今のコスモスは一時的に飛行能力を得ている。
だが、それがどこまで保つのかは誰にも分からない。
ワンダ:「……やっぱり私も行ってくる」
ワンダが翼を広げる。
ワンダ:「飛べるのは私だけだし、コスモス一人に背負わせるなんて――」
ローラ:「ならば、『DISAPPEARANCE』は誰が止める?」
ワンダ:「……っ」
ローラの一言で、ワンダの動きが止まった。
ローラ:「お前にはお前の戦いがある。それに、これはコスモスとカヲスが互いの気持ちへ決着をつけるための戦いでもあろう」
ローラが天井の穴を見上げる。
ローラ:「妾たちが余計に割って入れば、かえって二人の邪魔になるやもしれぬ」
ワンダ:「…………」
ワンダはしばらく迷った末、広げかけていた翼を閉じた。
その時、実験室の防護扉が開いた。
ヴァレン:「カヲスは? 何気にもう倒したのか?」
ワンダ:「ヴァレン!」
現れたのは、女神像との激戦を終えたヴァレンだった。
全身の装甲には戦闘の傷が残っている。
ワンダ:「ちょっと待って。今直すから」
ワンダはヴァレンへ駆け寄ると、残された回復能力を使って損傷を修復し始めた。
ヴァレン:「おいおい。何気にワンダもかなり消耗してんだろ」
ワンダ:「このくらい平気よ。それより今、上空でコスモスが一人でカヲスと戦ってるの」
ヴァレン:「コスモスが?」
ヴァレンが天井の大穴から夜空を見上げる。
暗い雲の向こうで、四枚の白い翼が僅かに輝いていた。
ヴァレン:「……白い翼か」
ヴァレンが目を細める。
ヴァレン:「何気にN・G・ライトを思い出すねぇ」
かつて自分が戦った宿敵と同じような白い翼を背負い、今はそのN・G・ライトを復活させようとするカヲスと戦っている。
ヴァレンは何も続けず、ただ上空を見守った。
―
月光に照らされた雲海の上を、二機の影が高速で駆け抜ける。
コスモス:「チョキ×2!! 『成功二倍』!!」
コスモスが右腕『ブリリアーマー』を構え、射撃を放った。
複数の弾道がカヲスの進行方向へ重なる。
カヲスは左右のゴーストを盾と剣へ変え、正面から迫る射撃を防ぎながらコスモスとの距離を詰めた。
カヲス:「…………!」
ゴーストの剣が振るわれる。
コスモスは四枚の翼を操って急旋回し、刃を紙一重でかわした。そのままカヲスの背後へ回り込み、再び射撃を叩き込む。
カヲス:「ぐっ……!」
カヲスが振り返る。
攻撃を受けるたびに、胸の奥へ奇妙な感覚が広がっていた。
カヲス:(何だ……?)
痛みとは違う。
怒りとも違う。
コスモスを見るたびに、胸の奥へまとわりついて離れない不快な感覚。
カヲス:(何だ……これは……?)
コスモス:「フッ……」
コスモスが小さく笑った。
カヲス:「何が……可笑しい……?」
コスモス:「いいえ」
コスモスは自分でも呆れたように、僅かに笑みを残した。
コスモス:「未練がましいったらないですね……私は」
カヲス:「…………?」
コスモスはカヲスの目を真っ直ぐに見つめる。
コスモス:「私はまだ、貴方を愛しく思っているようです」
カヲス:「…………ッ!?」
カヲスの表情が初めて大きく崩れた。
カヲス:「な……」
言葉が続かない。
コスモスの言葉によって、先ほどから感じていた不快感がさらに強くなる。
カヲス:「……私は、考え事をしていて忙しい……」
カヲスがゴーストを周囲へ集めた。
カヲス:「少し……静かにしていてもらおう……」
ゴーストがカヲスの脚部周辺へ集まり、巨大な推進装置のような形を作る。
カヲス:「『ゴースト・ブースター』……」
――ドォォォォォォンッ!!
コスモス:「……!」
カヲスが爆発的に加速した。
コスモスの正面から一瞬で離れ、そのまま急上昇して頭上へ回り込む。
コスモス:「上……!」
カヲスの掌には、すでに別のゴーストが集まっていた。
カヲス:「『ゴースト・インパクト』……」
高密度のゴーストが膨れ上がり、巨大なメダルの形を作り出す。
カヲスはそれを、コスモスへ向けて叩きつけた。
コスモス:「……ッ!」
コスモスは四枚の翼を正面へ重ね、防御する。
――ドォォォォォォンッ!!
コスモス:「ぐぅッ……!!」
衝撃を殺し切ることはできなかった。
コスモスの身体は猛烈な勢いで下方へ弾き飛ばされ、雲海へ向かって落下していく。
カヲスはその姿を見下ろした。
カヲス:(この感覚……)
胸の奥に残るものは、消えていない。
カヲス:(今だけではない……)
もっと以前から感じていた。
自分の側近だったハードネステンが、エデンから去った時から。
それまで傍にいた存在がいなくなった時から、ずっと。
カヲス:(まさか……)
カヲスはようやく、その感情の名前へ辿り着く。
カヲス:(私は……寂しかった……というのか……?)
―
コスモスは雲の中を落下していた。
『ゴースト・インパクト』を受けた装甲には無数の亀裂が走り、四人から与えられた力も急激に弱まり始めている。
意識さえ遠のいていく。
コスモス:(私は……)
朦朧とする意識の中で、遠い記憶が蘇った。
自分が初めて目を開いた時。
その時、最初に自分を見ていた者。
三本の角を持つ、一機の白い龍。
カヲスだった。
彼から与えられた『ハードネステン』という名前。
彼に認められたいと思った。
彼の役に立ちたいと思った。
ずっと、その傍にいたいと思っていた。
コスモス:(……ああ)
裏切られたと思った。
N・G・ライトの代わりにされたのだと知り、許せないと思った。
それでも、自分の中からカヲスという存在を消すことはできなかった。
怒りも、失望も、執着も、その奥底に残り続けていたものも、すべて同じ相手へ向けられていた。
コスモス:(やはり私は、最初から……貴方を……)
コスモスは、ようやく認めた。
従うだけが愛ではない。
相手の命令を受け入れ、その影として存在し続けることだけが献身でもない。
愛しているからこそ、間違っているなら止めなければならない。
独りで過去へ沈もうとするカヲスを、このまま放っておくことなどできない。
コスモス:(愛しているからこそ……私は、貴方を止めて差し上げなければならないのです!!)
消えかけていた意識が、再び鮮明になる。
コスモスが四枚の翼を大きく広げた。
四人から託された力を残らず引き出し、落下する勢いに逆らって翼を動かす。
下降速度が弱まり、やがてコスモスの身体は再び上昇へ転じた。
雲海を突き抜け、その先にいるカヲスへ向かって飛翔する。
カヲスも、戻ってきたコスモスを見つめた。
コスモス:「お待たせしました、カヲス様」
もう迷いはなかった。
コスモス:「……決着をつけましょう」
かつて命令に従うだけだった側近ではなく、今のコスモスは自分自身の意思によってカヲスの前へ立っていた。
愛する者が間違っているなら、自分の手で止める。
その決意だけを胸に、コスモスは両腕を構えた。
対するカヲスも、再び両手へゴーストを集める。
巨大なメダル型の『ゴースト・インパクト』が形成されていく。
コスモス:「……私は、貴方を止めます」
コスモスの全身からメダフォースが溢れ出す。
コスモス:「愛する貴方の過ちを……この手で、今!!」
その言葉と同時に、コスモスは自らのメダフォースを解放した。
コスモス:「メダフォース発動!! 『ジ・バク』!!!!!!」
頭部を除く全パーツへ、メダフォースの膨大なエネルギーが流れ込む。
パーツが持っていた力のすべてが、コスモス自身の攻撃力へと変換されていく。
カヲス:「……来い!!」
コスモスが四枚の翼を最大まで広げた。
全身の力を一筋の光へ変え、真正面からカヲスへ突進する。
カヲスも巨大な『ゴースト・インパクト』を振りかざした。
カヲス:「はああああああぁぁぁぁッッッ!!!!」
両者が真正面から激突する。
――ドォォォォォォォォォォンッ!!
巨大なメダル型のゴーストと、コスモスの『ジ・バク』がぶつかり合う。
閃光が夜空を染める。
凄まじい衝撃が二機を包み、その中心でコスモスは前へ進み続けた。
カヲス:「……ッ!」
コスモスの勢いが、『ゴースト・インパクト』を押し返していく。
そしてついに、メダル型のゴーストが内側から砕け散った。
光の中からコスモスが飛び込んでくる。
その拳が、カヲスの腹部へ深く突き刺さった。
カヲス:「…………!」
しかし、カヲスは苦痛ではなく、別の感覚に包まれていた。
カヲス:(……何だ……)
自分を貫いているはずの一撃から、奇妙な温かさを感じる。
カヲス:(この……温もりは……)
長い間、心の奥へ残り続けていた寂しさが、少しずつ薄れていく。
ライトを失った時の絶望。
ハードネステンが自分の傍から去った時に感じていた、名前さえ分からなかった感情。
そして、自分は誰にも愛されていなかったのだと思い続けていた孤独。
それらが、目の前のコスモスから向けられる想いによって、ゆっくりと形を失っていく。
カヲス:(私は……)
四人の科学者たちは、自分を捨ててはいなかった。
N・G・ライトは、自分へ友情を与えてくれた。
そして今、コスモスは自分を止めるため、自分自身の身体さえ犠牲にしてここまで来た。
カヲス:(こんなにも……愛されていたのか……)
カヲスから力が抜けていく。
その目に、もう先ほどまでの激しい怒りはなかった。
コスモスもまた、カヲスを見つめている。
カヲス:「…………すまなかったな……コスモス……」
コスモスの目が僅かに見開かれる。
それは、カヲスから初めて与えられた『コスモス』という存在への肯定だった。
直後、カヲスの身体から力が失われる。
そして、限界を超えたコスモスの右腕、左腕、脚部の外装パーツが次々と砕け散った。
装甲も武装も失われ、その下からティンペットの腕や脚が露出する。
しかし、コスモスはそこで終わらなかった。
カヲスの腹部を貫いていた右手を、さらに内部へ伸ばす。
そして、その指先が一つのものへ触れた。
―
ワンダ:「……!」
機密実験室で夜空を見上げていたワンダが、二つの影に気づいた。
ワンダ:「来た!! みんな、準備して!!」
カヲスとコスモスが、天井に開いた大穴へ向かって落ちてくる。
ヴァレン:「何気にあれを受け止めんのかよ!」
ローラ:「文句を言っている暇はないぞ!」
ディスト:「コスモスーーーッ!!」
ヴァレン、ローラ、ディストの三機が、落下位置へ一斉に走る。
落下してくる二機へ、三機が同時に手を伸ばした。
――ズゥゥゥンッ!!
激しい衝撃が実験室を震わせる。
ヴァレンが身体全体で受け止め、ローラがダブレストで衝撃を和らげ、ディストも必死に支えたことで、二機は辛うじて床への直撃を免れた。
ディスト:「コスモス!」
床へ降ろされたコスモスへ、ディストがすぐに駆け寄る。
ディスト:「コスモス! 起きて! ねえ、返事してよ!!」
『ジ・バク』によって右腕、左腕、脚部のパーツはすべて失われ、剥き出しになったティンペットにも戦闘の損傷が残っている。
だが、メダルは無事だった。
ヴァレン:「落ち着け、ディスト」
ヴァレンがコスモスの状態を確認する。
ヴァレン:「安心しな。何気に気絶してるだけだぜ」
ディスト:「……よかった……」
ディストが安堵した、その隣ではワンダがカヲスを見つめていた。
カヲスの白い機体には、腹部へ大きな穴が開いている。
しかし、その身体の中にメダルはなかった。
ワンダ:「……メダルは?」
その言葉に、ローラがコスモスを見る。
ローラ:「……あそこだ」
コスモスのティンペットだけになった右手が、固く握られていた。
ローラがその手を示す。
ディストが恐る恐る指を開いていく。
その掌の中には、一枚のメダルがあった。
ワンダ:「これ……」
カヲスのメダルだった。
激突の中心にあったにもかかわらず、目立った傷はない。
コスモスはカヲスの機体を貫いた最後の瞬間、そのメダルだけを抜き取り、自らの右手で守っていたのである。
ディスト:「コスモス……」
自分のパーツをすべて失う『ジ・バク』を使いながら、それでもカヲスの命だけは壊さなかった。
ワンダは、意識を失ったコスモスを見つめる。
ワンダ:「……科学者の人たちが言ってたこと、本当だったんだね」
ローラ:「うむ……」
コスモスの手の中には、傷一つないカヲスのメダルが残されていた。
彼女がカヲスを倒したのではなく、止めたのだという何よりの証だった。
その時だった。
――ピーーーーーーッ!!
ワンダ:「……っ!?」
突如として、実験室の奥から鋭い警報音が響いた。
ワンダが振り返る。
強化ガラスの向こう側では、機械『D』――『DISAPPEARANCE』が再び光を放ち始めていた。
ワンダ:「嘘……!」
大型モニターへ目を向ける。
九十三%で止まっていたはずの数字が動いていた。
ワンダの『フォースドレイン』によって、それまで『D』へのメダフォース供給量は必要値を下回った状態に抑えられていた。
しかし、供給され続けるメダフォースの量が、ついにフォースドレインによる減少量を上回ったのである。
ワンダ:「『フォースドレイン』で……もう抑えきれない……!」
数字が上がる。
『 起 動 準 備 九 十 五 % 終 了 』
ワンダ:「待って……!」
『 起 動 準 備 九 十 八 % 終 了 』
ディスト:「そんな……!」
そして、ついに――
『 起 動 準 備 一 〇 〇 % 完 了 』
機密実験室が激しく震えた。
『DISAPPEARANCE』の中心から、漆黒の光が溢れ出す。
カヲスとの戦いには勝った。
しかし、本当の終末はまだ止まっていなかった。
第四十九話【MISSING YOU】終わり