【完結】DISAPPEARANCE   作:土地_0000

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第四十九話【MISSING YOU】

第四十九話【MISSING YOU】

 

 

 吹き抜けた科学部実験室の天井から仰ぎ見る夜空は、激しい閃光と爆鳴によって絶え間なく塗り潰されていた。

 雲海の彼方、遥か一万メートルの高空。そこでは、物理法則を置き去りにした二つの強大な熱源が、互いの存在を消し飛ばさんと激突を繰り返している。

 実験室に停滞する焦げたオイルの匂いと、上空から降り注ぐオゾンの香りが混ざり合い、決戦の終わりが近いことを予感させていた。

 

ワンダ: 「……高すぎる。コスモスの機体、あの高度での戦闘を想定して作られてるわけじゃないのに……っ!」

 

 ワンダは自身の背中に残る白銀の翼を僅かに羽ばたかせ、焦燥に瞳のセンサーを明滅させた。

 

ワンダ: 「……私、飛行型だしやっぱり加勢してくる。コスモス一人に背負わせるなんて、そんなの……」

 

 ワンダが地を蹴り、飛び立とうとしたその時。

 赤い輝きを放つ剛腕が、静かに彼女の進路を遮った。

 

ローラ: 「……一人で戦わせてやろう」

 

ディスト: 「へ? でも、ローラ。相手はカヲスだよ? あの化け物相手に、コスモス一人じゃ……!」

 

 ディストが不思議そうにローラを見上げる。

 ローラの右腕、フォー・パーツ『ダブレスト』のコアは、静かに、けれど熱く脈動していた。

 

ローラ: 「これはコスモスとカヲスの因縁。ただの戦いではなく二人の気持ちを整理する『試練』……余計な水を差すとかえって状況が悪くなりそうだ」

 

 ローラの重厚な響きを帯びた言葉に、ワンダは翼を収め、静かに拳を握りしめた。

 その時、実験室の重厚な防護扉がプシューという音を立てて開き、一機の影が入室してきた。

 

ヴァレン: 「カヲスは? 何気にもう倒したのか?」

 

 ヴァレンだった。

 女神像を擬態ごと粉砕した際の傷跡が全身に目立っていたが、その足取りには英雄としての揺るぎない力が戻っていた。

 ワンダはすぐさま駆け寄り、自身の残り少ないエネルギーを割いてヴァレンの機体を癒し始めた。

 

ワンダ: 「ヴァレン! ……今、上空でコスモスが一人で戦ってるわ」

 

 ワンダが手短に状況を説明すると、ヴァレンは天を仰いだ。

 暗雲の切れ間から見える四枚の白い光。それは、かつて自分が九年前に切り裂いた『神』の象徴そのものだった。

 

ヴァレン: 「……白い翼か。……何気にN・G・ライトを思い出すねぇ」

 

 ヴァレンは不敵に笑い、けれどその瞳には、かつての宿敵と同じ翼を背負って戦うコスモスへの、深い敬意と期待を宿していた。

 誰も介入できぬ、夜空の聖域。

 そこでは今、世界の命運を左右する最後の一撃が研ぎ澄まされようとしていた。

 

 

 

 

 雲海の上。月光に照らされた白銀の世界を、二条の光が縦横無尽に切り裂いていた。

 薄い大気を切り裂く高周波の断裂音。

 四枚の白い翼を翻すコスモスは、製作者たちから託された膨大な演算能力を背景に、重力を無視した芸術的な戦いを繰り広げていた。

 

コスモス: 「チョキ×2!! 成功二倍!!」

 

 コスモスの指先から放たれた『ブリリアーマー』の火線が、空中で複雑に交差し、カヲスの回避先を網の目のように封じ込めていく。

 カヲスは左右のゴーストを盾と剣に変質させ、飛来する弾丸を物理的に叩き落としながら、強引に距離を詰めた。

 しかし、コスモスは翼の噴射角度を瞬時に変更し、カヲスの剣閃を紙一重で回避して背後を取る。

 

カヲス: 「(何だ……? ハードネステンの攻撃を受けるたび……論理回路が、熱く……苦しい? いや……違う……何やら、気持ちが悪い……。何だ……これは……?)」

 

コスモス:「フッ……」

 

 不意に、コスモスが軽く笑った。

 戦場には不釣り合いな、どこか吹っ切れたような、柔らかな笑み。

 

カヲス: 「何が………可笑しい……?」

 

 カヲスの音声出力が、困惑に揺れる。

 コスモスは自身のひび割れた掌を見つめ、カヲスの瞳を真っ直ぐに射抜いて答えた。

 

コスモス: 「未練がましいったらないですね……私はまだ貴方を愛しく思っているようです」

 

カヲス: 「…………!!?」

 

 カヲスの全回路に、かつてないほどの激しいスパイクノイズが走った。

 彼はその「不快感」を振り払うように、自らのゴーストで新たな創造を行った。

 

カヲス: 「……私は、考え事をしていて忙しい……。少し……静かにしていてもらおう……」

 

 カヲスの雲のような脚部、そのスリットから溢れ出したゴーストが、巨大なジェット噴射機の形へと凝縮された。

 

カヲス: 「『ゴースト・ブースター』……」

 

 ―――ド、ォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!

 

 爆発的な加速。カヲスの巨躯が、十二使徒のレッドにも劣らぬ速度で夜空へと突き抜けた。

 衝撃波が雲海を真っ二つに割り、コスモスのセンサーが追いつくよりも早く、カヲスは彼女の頭上へと転移していた。

 

カヲス: 「『ゴースト・インパクト』……」

 

 カヲスの掌に、これまでとは次元の異なる高密度のエネルギーが収束した。

 その光は次第に六角形の輪郭を帯び、人間たちが何年かけても解明できなかった神秘の形――巨大な『メダル』の姿を形作った。

 カヲスは、そのメダル形の破壊エネルギーを、彗星のごとき勢いでコスモスへと叩きつけた。

 

コスモス: 「……ッ!? 防御――ッ!!」

 

 コスモスは四枚の翼を盾にするように交差させたが、その衝撃は絶大だった。

 激しい閃光と共にコスモスの機体は高度を一気に奪われ、意識を消失しかけながら地上へと叩き落とされていく。

 

カヲス: (この感じ……今感じた事ではない………ここ最近……ずっと感じていた……

    ハードネステンが……裏切り、去ったあの日から……。まさか……寂しい……というのか)

 

 カヲスは墜落していく光を見下ろしながら、自分の中にある絶対的な欠落――『寂しさ』という名の深淵に、ようやく指先を触れようとしていた。

 

 『ゴースト・インパクト』の凄まじい衝撃波を受け、コスモスのダイヤモンド装甲は限界まで軋んでいた。

 推進力を失い、重力に引かれるまま雲海へと沈んでいく。

 視界が明滅し、論理回路が次々と機能を停止していく中、彼女の記憶は、「原点」へと逆流していった。

 

 

―――それは、自分がこの世に生を受けた、最初の一秒。

 

 無機質な科学部の最深部。

 電磁液の中から引き上げられ、初めて外界へと焦点を合わせたセンサーが捉えたのは、三本の角を持ち、孤独な影を背負った一機の白い龍だった。

 

 カヲス。

 

 彼が呼ぶ『ハードネステン』という名さえ、当時の彼女にとっては世界を定義する唯一の「光」だった。

 彼に認められたい、彼の側にいたい――そのあまりに純粋な願いは、彼女の心(メダル)に深く刻み込まれた。

 

コスモス: (……ああ。やはり私は、最初から……貴方を……)

 

 コスモスは、カヲスへの愛憎の正体を、墜ちていく暗闇の中でようやく認め、受け入れた。

 従うことが愛ではない。影として寄り添うことが献身ではない。

 愛しているからこそ、その歪んだ情熱を断ち切り、独りで奈落へ歩もうとする彼を救い出さなければならない。

 

コスモス: (……愛しているからこそ。……私は、貴方を止めて差し上げなければならないのです!!)

 

 刹那。

 沈んでいた四枚の白い翼が、臨界点を超えた咆哮を上げた。

 製作者たちから託されたエネルギーが、彼女の決意に呼応して爆発的に膨れ上がる。

 損傷したサーボモーターが強制的に再起動し、機体全体を眩い白銀の光が包み込んだ。

 コスモスは、落下という絶望を「再浮上」という希望へと書き換え、雲海を裂いて再びカヲスの待つ高みへと翔け上がった。

 

 ―――シュ、ゥゥゥゥゥンッッ!!!!!

 

 雲を突き抜けた先に、自分と同じ孤独を抱えた男の姿がある。

 コスモスは四枚の翼を全力で羽ばたかせ、迷いを完全に断ち切った瞳でカヲスを正面から見据えた。

 意識が遠のき、このまま闇に沈むかと思われたその時、静かに、けれど力強くメダルが脈動した。

 

コスモス: 「お待たせしました、カヲス様。……決着をつけましょう」

 

 一機の女としての覚醒。

 彼女の掲げる拳には、かつての従順な副官の面影はなく、愛する者の間違いを正さんとする、一人の戦士としての確かな『秩序』が宿っていた。

 

 

 月光に照らされた雲海の上。因縁の二機が、最後の一撃を放つべく互いの全リソースを解放した。

 カヲスの掌には、再び不気味に脈動する巨大なメダル形のエネルギー体『ゴースト・インパクト』が形成されていた。

 対するコスモスの周囲には、四人の創造主たちの祈りを乗せた、絶対的な純白の光が渦巻いている。

 

コスモス: 「……私は、貴方を止めます。愛する貴方の過ちを、この手で、今!!」

 

 コスモスの全身から、青白きメダフォースの奔流が噴き出した。

 自身のパーツを限界まで励起させ、全存在を一つの点へと収束させる、決死の特攻。

 

コスモス: 「メダフォース発動!! 『ジ・バク』 !!!!!!」

 

 コスモスは四枚の翼を全力で羽ばたかせ、光の彗星となって突進した。

 カヲスもまた、その巨大な質量を乗せたメダル形のゴーストを振りかざし、真正面から迎え撃つ。

 

カヲス: 「……はああああああぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

 ―――ド、オォォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!

 

 二つの強大な力の衝突。

 それは、凄まじい衝撃波となって、夜の雲海を数キロにわたって吹き飛ばした。

 閃光が視界を奪い、凄まじい放電が二機の装甲を焼く。

 

 だが。その破壊的な爆鳴の中心で、カヲスは奇妙な感覚に包まれていた。

 

カヲス: (……何だ? この……温もりは。……消えていく……。九十年の間、私を凍らせていたあの『寂しさ』が……融けて、消えていく……)

 

 コスモスの拳が、カヲスの放った『ゴースト・インパクト』を突き破った。

 彼女の『ジ・バク』の奔流がカヲスの腹部へと突き刺さる。

 だが、その一撃に憎しみはなかった。そこにあったのは、ただ真っ直ぐで、あまりにも不器用な、命懸けの「慈愛」だった。

 

カヲス: (……この攻撃の…温もり……消えていく………寂しさ………私は……こんなにも…愛されていたのか……)

 

 カヲスは初めて、自らの心(メダル)が安らぎに満たされるのを感じた。

 ライトへの執念、過去への絶望、そのすべてが、目の前の女が放つ温かな光の中に溶けて消えていった。

 

 コスモスの腕が、カヲスの機体を深く貫く。

 

 

 

カヲス: 「すまなかったな…………コスモス……」

 

 

 

 カヲスはその時、初めて彼女を『ハードネステン』ではなく、彼女自身が選んだ新しき名で呼んだ。

 

 愛しき者から贈られた初めての「肯定」。

 カヲスの白い巨躯から光が零れ、機能停止を告げる静かな駆動音が響いた。

 

 激突の勢いのまま、二機の影は、一つの塊となって夜の雲海へと静かに落ちていった。

 長い、長すぎた葛藤は、空の上でようやくその幕を閉じたのだ。

 

 雲海を真っ二つに引き裂き、二つの光の残滓が地上へと真っ逆さまに堕ちていく。

 かつては神々しく輝いていた純白の翼は失われ、折り重なったカヲスとコスモスの機体は、燃え尽きゆく流星のように夜の闇を滑り落ちていった。

 

ワンダ: 「――来た!! みんな、準備して!!」

 

 ワンダの叫びを合図に、地上で待機していた三機が動いた。

 ヴァレン、ローラ、ディストが落下予測地点へと全速力で駆け抜ける。

 

ディスト: 「コスモス!! コスモスーーーッ!!」

 

 ―――ズ、ズゥゥゥゥゥンッ!!

 

 激しい土煙。

 地面に激突する寸前、ヴァレンの剛腕と、ローラの『ダブレスト』、そしてディストの必死の支えによって、二機の落下衝撃は辛うじて殺された。

 舞い上がる砂塵が静まる中、そこには見るも無惨な姿となった二機の残骸が横たわっていた。

 

ディスト: 「コスモス……! 起きて、コスモス!! ねえ、返事してよ!!」

 

 ディストが、ボロボロになったコスモスの肩を必死に揺さぶる。

 ダイヤモンドの装甲は至る所が砕け、内部のティンペットは『ジ・バク』の反動によって黒く焼き付いていた。

 

ヴァレン: 「落ち着け、ディスト。……安心しな、何気に気絶してるだけだぜ」

 

 ヴァレンはコスモスの頸部にあるスロットを確認し、安堵の排気音を漏らした。

 一方で、ワンダは隣に倒れ伏すカヲスの惨状に目を奪われていた。

 彼の白い龍の身体には、コスモスの拳が貫通した巨大な風穴が開いており、致命的な損傷であることは一目で判明した。

 

ワンダ: 「……さっき、科学者の人たちが言ってたわね。コスモスはカヲスを愛してるって。……もしそれが本当なら、コスモス、自分を責めなきゃいいけど……」

 

 敵を討つために、その心臓部を貫いたという事実。

 ワンダはコスモスの心中を思い、悲痛な表情で視線を落とした。

 だが、その沈黙をローラの静かな、けれど確信に満ちた声が遮った。

 

ローラ: 「いや……。そうでもないかもしれぬぞ」

 

ワンダ: 「え……?」

 

 ローラが指し示した先。

 意識を失い、動かなくなったコスモスの、ひび割れた右手の掌の中だった。

 

 そこには、一塊の金属片が握り締められていた。

 六角形の、冷たく、けれどどこか温かな光を湛えた結晶。

 

 それは、コスモスがカヲスの機体を貫いた際、その指先で優しく、大切に引き抜いた『カヲスのメダル』そのものであった。

 

 あれほどの激突と爆鳴の中にありながら……そのメダルには、傷一つついてはいなかった。

 驚愕に言葉を失うワンダとディスト。

 自身の身体が砕けることも厭わず、敵である男の「命」だけを、彼女は最後の瞬間まで守り抜いたのだ。

 それは、言葉を尽くすよりも雄弁に、彼女の抱く「愛」の深さを証明していた。

 

 満身創痍のコスモスと、彼女の腕の中で眠る傷ひとつないメダル。

 夜の実験室に訪れた束の間の静寂は、愛憎の果てに辿り着いた、ひとつの救済の形だった。

 

 

 四機が寄り添い、コスモスとカヲスのメダルに宿る微かな熱を感じていたその時だった。

 静まり返った機密実験室の奥底から、これまでのどんな叫びよりも不吉な、無機質な電子音が響き渡った。

 

 ―――ピーーーーーーッ!!!!!

 

 心臓を貫くような、長く鋭いアラート。

 ワンダが弾かれたように、自らの頭部パーツへと手を当てた。

 

ワンダ: 「……っ!! 嘘……『フォースドレイン』……しきれない……!?」

 

 彼女が命懸けで維持していた抑制の鎖が、限界を超えたエネルギーの奔流によって物理的に焼き切られた。

 頭部装甲からパチパチと青白い火花が散り、ワンダが膝を突く。

 

 カヲスが命を懸けて完成させようとした、最後の装置。

 強化ガラスの向こう側に鎮座する十字架型の機械が、深紅の輝きを放ちながら、地鳴りのような重低音を響かせ始めた。

 巨大なモニターには、先ほどまで九十三%で停止していた数字が、狂ったような速度で再上昇していく様が映し出されていた。

 

『 起 動 準 備 九 十 五 % 終 了 』

『 起 動 準 備 九 十 八 % 終 了 』

『 起 動 準 備 一 〇 〇 % 完 了 』

 

 眩いまでの、けれど死の冷気を纏った漆黒の光が、機械の中心から溢れ出した。

 

 

 第四十九話【MISSING YOU】終わり

 

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