第五十話【VALEN'S UNTRUTH】
―――ピー、ピー、ピー……。
実験室の静寂を、心臓を抉るような規則的な電子音が切り裂いた。
強化ガラスの向こう側に鎮座する十字架型の機械――『DISAPPEARANCE』の各コンソールが深紅に点灯し、周辺の空間が熱を帯びて微かに歪み始める。
狼狽える仲間たちを背に、ヴァレンだけは平然としていた。
彼はふざけた態度を消し、不気味なほど冷徹に、目覚めたばかりの巨機を観察していた。
ヴァレン: 「何気に大丈夫だ。電源は入ったが、操作パネルを叩かなきゃ、この『D』はまだ何気におねんねしたままだよ」
ヴァレンは迷いのない足取りで、強化ガラスの内側へと続くハッチを潜った。
カヲスとコスモスが死闘を繰り広げ、廃熱の霧が立ち込めるステージの中央。
そこに、一際どす黒い光を放つ一つの珠があった。
ヴァレン: 「なるほど。カヲスのやつ、『黒メダリア』とフォー・パーツ『ノルス』でエネルギーを確保したのか。流石科学者!
ほぼノープランで、『白メダリア』と『黒メダリア』のエネルギー使って何とかしようとしていた俺とは何気に違うぜ。」
ヴァレンは腰を屈め、その黒い結晶――『黒メダリア』を拾い上げた。
掌の上で、黒メダリアはヴァレンの体温に呼応するように激しく脈動を開始する。
彼は自身の背中に手を回すと、メダルの補助スロットへ、吸い込まれるような滑らかさでそれを装着した。
―――ガヂィ、ッッ!!
接続。
一瞬、ヴァレンの瞳のセンサーが消失したかのように消灯し、直後、これまでとは比較にならないほど濃厚な、紅き殺気の光を宿した。
外見に劇的な変化はない。だが、ヴァレンから放たれるオーラが、一瞬にして書き換えられた。
これまでの三枚目な道化の雰囲気は完全に霧散し、そこに立っていたのは、九年前に単身エデン本部を蹂躙し、神と呼ばれたN・G・ライトを屠った、正真正銘の『英雄』そのものであった。
ディスト: 「ヴァレン……? それのこと、知ってるの……?」
ヴァレン: 「何気に知ってるぜ? 『DISAPPEARANCE』の事なら……。……かつて、コイツを研究してたんだ」
英雄の口から語られる、衝撃の事実。
真実を暴くためのカウントダウンが、静かに始まった。
ヴァレンはパチンと指を鳴らし、何処からともなく一ケースのトランプの束を取り出した。
かつてビーストマスターを通じてワンダに託した、あの五十四枚の「メッセージカード」だ。
ヴァレン: 「……さて。まずは、オレが何気に吐いた『嘘』の答え合わせから始めようか」
ヴァレンは無造作にトランプの一枚を抜き取り、そこに綴られた自身の言葉を、どこか懐かしむような――あるいは自嘲するような声で読み上げ始めた。
ヴァレン: 「~ Dear ワンダ ~……。これを読んでいるということは、俺はもうお前の前から消えているだろう。九年前。N・G・ライトを倒した後、俺の心は空虚そのものだった。復讐を遂げたところで、失われたものが戻るわけじゃない。虚無感に耐えきれず、俺はラヴドを捨て、世界を彷徨った。そしてある日、奴に出会ってしまった。……カヲスだ。エデン復活を企てていた奴の不意打ちを受け、俺のメダルは真っ二つに破壊された――」
淡々と読み進めていたヴァレンだったが、最後の一節を口にした瞬間、ピタリと動きを止めた。
ヴァレン: 「……ここだ。何気に、ここに『 嘘 』があるんだよ」
ワンダ: 「嘘……? 何を言ってるの、ヴァレン……!?」
ワンダの声が震える。
ヴァレンはワンダの瞳を真っ直ぐに見つめ、残酷なまでの真実を突きつけた。
ヴァレン: 「以前、オレのメダルを破壊したのはカヲスじゃねぇ。
オレがカヲスに負けて、バラバラにされたなんてのは……真っ赤な偽りだ」
実験室の電圧が再び不安定に揺れる。
黒メダリアの装着によって変質したヴァレンの圧が、重厚な影となって床に落ちた。
ヴァレン: 「……というわけで。ちょっくら何気に、オレの『昔話』を話させてもらうぜ」
ヴァレンの独白と共に、舞台は九年前の深い森、英雄が「混沌」と出会った運命の日へと逆流し始めた。
――――九年前。
世界から忘れ去られたような深緑の奥地。
そこには、かつて起動直後のカヲスが墜落し、そしてN・G・ライトという名の「光」に初めて出会った、彼の原点とも言える洞窟の入口があった。
カヲスは独り、苔むした岩の上に座し、ポータブル端末に表示された『D』の解析データを凝視していた。
だが、画面に並ぶのは、起動に必要な膨大なエネルギー不足を示す、絶望的なログばかりだった。
カヲス: (……何故だ。……ライト、お前の遺したこの知恵を、私は何故形にできんのだ……)
研究の停滞。自らのアイデンティティへの不信。
ナーバスになったカヲスを慰める者は、ここには誰もいなかった。
その時、静寂を破って三つの足音が近づいてきた。
セルヴォ: 「さて、カヲスさん……か?」
ビート: 「……何故こんなところに?」
デュオカイザー: 「…………なんだかょく分からないけど~……裏切り者の粛清は完了ょ……」
現れたのはトゥルースの三機。
偶然にも先刻カヲスから命じられた任務を終えた帰路であった。
カヲスは思考の海から強引に引き戻され、いつもの無機質なリーダーの貌を取り繕った。
カヲス: 「少し……気分転換だ……。ご苦労だったな……。
君達トゥルースは、戦争が始まってからも忙しくなる……。今は、休んでいてくれ…………」
三機が去り、再び静寂が戻る。
だが、カヲスは自身の感覚センサーが、僅かな「違和感」を捉えていることに気づいた。
茂みの奥、何者かが自分たちを観察している。
カヲス: 「……何か…………いるな」
――シュンッ!!
カヲスの放った牽制のゴースト弾が、茂みを粉砕した。
爆煙の中から、一機のメダロットが軽やかな身のこなしで飛び出す。
ヴァレン: (チッ……。何気に、今のを気づかれるかよ。……戦争だのトゥルースだの言っていたが……まさか!)
ヴァレンは、その時『白メダリア』を自身のスロットに隠し持っていた。
カヲスは、飛び出してきたヴァレンの姿を捉えた瞬間、その全身のシステムが歓喜に震えるのを感じた。
この男。
放たれるエネルギーの波長。佇まいの端々に宿る、あの懐かしき王者の風格。
かつての親友、N・G・ライトと酷似した『神』の気配が、目の前の道化から立ち昇っていたのだ。
カヲス: 「……今の攻撃をかわすか。かなりの実力者だ……。貴様……何者だ?」
ヴァレン: 「オレは……ヴァレン。何気なるギャンブラーさ」
ヴァレンは咄嗟に「ジョーカード」という名を伏せた。
『戦争』『トゥルース』この2つの物騒な単語を会話に用いる者がいる、と考えるとどうしてもエデンの存在がちらつく。
ラヴドの英雄として知れ渡った名を出すのを本能的に避けたのだ。
カヲスは、ヴァレンの瞳の奥にある「可能性」を凝視した。
行き詰まっていた研究。自分一人では届かない領域。この男なら、あるいは――。
カヲス: 「ヴァレン……か。今の会話を聞かれたからには……始末するべきだが…………
貴様を……ここで壊すには惜しいな。……私の所へ来い。……戦争を始めるまでの間、貴様を私の監視下に置く」
ヴァレン: 「あ、あぁ。……何気に、構わないぜ」
ヴァレンにとってこの場から逃走することは容易かったが、あえてカヲスの捕虜となる道を選んだ。
この龍型メダロットの背後に見える、「エデン」の影。
もしかするとN・G・ライト『D』の情報が少しでも得られるかもしれない。
英雄と混沌。
二機の出会いはただの偶然だった。
しかし、この偶然こそが、この一連の事件の幕開けだったのだ。
第五十話【VALEN'S UNTRUTH】終わり