第五十話【VALEN'S UNTRUTH】
――――エデン本部・機密実験室。
ピー、ピー、ピー……。
規則的な電子音が、静まり返った実験室へ鳴り響いていた。
強化ガラスの向こう側では、十字架型の巨大な機械――『DISAPPEARANCE』の各部が深紅の光を放っている。大型モニターに表示された起動準備は、すでに一〇〇%へ到達していた。
ワンダ:「どうしよう……! ヴァレン、『D』が……!」
ディスト:「もう動いちゃったんだよね!? 早く何とかしないと……!」
焦る二機とは対照的に、ヴァレンだけは妙に落ち着いていた。
普段の軽薄な笑みを消し、強化ガラスの向こうにある『D』を静かに観察する。
ヴァレン:「何気に大丈夫だ」
ワンダ:「え?」
ヴァレン:「起動準備が終わっただけだ。パネルを操作して、最後に実行しない限り、コイツはまだ何もしねぇ」
ワンダ:「……知ってるの?」
ヴァレンは答えず、強化ガラスの内側へ続くハッチを開いた。
カヲスとコスモスの激闘によって荒れ果てた実験室の奥へ入り、『D』の周囲を見回す。
そこで、一つの黒い輝きが目に留まった。
カヲスが『D』へのエネルギー供給に使用していた『黒メダリア』だった。激戦と『D』の起動による衝撃で供給部から外れ、床へ転がっている。
ヴァレン:「なるほどな」
ヴァレンが黒メダリアを拾い上げる。
ヴァレン:「カヲスのやつ、『黒メダリア』とフォー・パーツ『ノルス』を使ってエネルギーを確保したのか。流石は科学者だな!白メダリアと黒メダリアのエネルギーを何気に使えば何とかなるんじゃねぇかって、ほぼノープランだった俺とは違うぜ」
ヴァレンは黒メダリアを手にしたまま、自らのメダルへ触れた。
そして、すでに白メダリアが収まっている補助スロットとは別の空いたスロットへ、黒メダリアを装着する。
――ガヂィッ!!
ヴァレン:「…………」
接続された瞬間、ヴァレンの雰囲気が変わった。
外見そのものが大きく変化したわけではない。
だが、先ほどまでの軽い調子が消え、そこに立つヴァレンから放たれる圧だけが明らかに増していた。
九年前、人類を滅ぼしたN・G・ライトを倒した英雄。
その姿を知る者ならば、今のヴァレンに、かつてのジョーカードを重ねずにはいられなかった。
ディスト:「ヴァレン……?」
ディストが恐る恐る問いかける。
ディスト:「黒メダリアのことも……『DISAPPEARANCE』のことも知ってるの?」
ヴァレン:「何気に知ってるぜ」
ヴァレンが『D』へ視線を向ける。
ヴァレン:「……昔、コイツを研究してたんだ」
ワンダ:「…………え?」
ワンダが目を見開く。
ヴァレンはそんな彼女へ向き直った。
ヴァレン:「ワンダ。前に渡したトランプ、何気にまだ持ってるか?」
ワンダ:「トランプ……?」
すぐに意味へ気づき、ワンダは一つのケースを取り出した。
かつてヴァレンがビーストマスターを通じて彼女へ託した、五十四枚のメッセージカード。
ワンダ:「……これのこと?」
ヴァレン:「それそれ。何気にちょっと貸してくれ」
ヴァレンはケースを受け取り、中から一枚のカードを抜き取った。
裏側には、かつて自分自身が書いた文章が残されている。
ヴァレン:「……さて」
ヴァレンが小さく息を吐く。
ヴァレン:「まずは、俺が何気に吐いた『嘘』の答え合わせから始めようか」
ワンダ:「嘘……?」
ヴァレンはカードへ目を落とし、そこに記された文章を読み上げた。
ヴァレン:「『~ Dear ワンダ ~。これを読んでいるってことは、俺はもうお前の前から消えてるだろうな』」
ワンダは黙って聞いている。
ヴァレン:「『九年前。N・G・ライトを倒した後、俺の心には何も残らなかった。復讐を果たしたところで、失ったものが戻るわけじゃない。その虚しさに耐えられなくなって、俺はラヴドを捨てた。あてもなく世界中を彷徨って――そしてある日、奴に出会った』」
そこで一度、言葉を切る。
ヴァレン:「『……カヲスだ』」
ヴァレンの赤い目が、倒れたカヲスの機体へ向いた。
ヴァレン:「『エデン復活を企てていた奴の不意打ちを受けて、俺のメダルは真っ二つに破壊された』」
ワンダ:「…………」
ヴァレンはカードから目を離した。
ヴァレン:「――ここだ」
ワンダ:「え?」
ヴァレン:「何気に、ここに『嘘』がある」
ワンダ:「嘘って……何を言ってるの、ヴァレン……?」
ヴァレンはワンダを真っ直ぐに見る。
ヴァレン:「俺のメダルを壊したのは、カヲスじゃねぇ」
ワンダ:「…………!」
ヴァレン:「俺がカヲスの不意打ちを受けて負けたって話そのものが、何気に真っ赤な嘘だ」
ディスト:「じゃ、じゃあ……本当は何があったの?」
ヴァレンはトランプをケースへ戻し、それをワンダへ返した。
ヴァレン:「……というわけで」
いつもの調子を僅かに取り戻しながら、ヴァレンが笑う。
ヴァレン:「ちょっくら何気に、俺の『昔話』を聞いてもらおうか」
―
――――二年前。
復活したエデンが、再びラヴドとの戦争を始めようとしていた頃。
世界から忘れ去られたような深い森の奥に、一つの洞窟があった。
かつて、完成したばかりのカヲスが誰にも見つけられず孤独に過ごし、その後N・G・ライトと初めて出会った場所。
カヲスは洞窟の入口近くに座り、手元の端末を見つめていた。
画面へ表示されているのは、『D』の解析結果。
N・G・ライトから託された機械を起動させるために必要なエネルギー量と、現在確保できる量との差が繰り返し表示されている。
カヲス:(……足りない……)
カヲスが表示を切り替える。
だが、何度計算しても結果は変わらない。
カヲス:(ライト……お前が遺した『D』を、私はまだ動かすことすらできない……)
カヲスが端末を睨み続けていると、森の中から三機分の足音が近づいてきた。
セルヴォ:「さて、カヲスさん……か?」
ビート:「……こんな所にいたのか」
デュオカイザー:「…………なんだかょく分からないけど~……裏切り者の粛清は完了ょ……」
現れたのは、エデン軍リーダー直下諜報部『トゥルース』の三機だった。
カヲスから命じられていた任務を終え、本部へ戻る途中で偶然この場所を通りかかったらしい。
カヲス:「…………」
カヲスは端末を閉じた。
カヲス:「少し……気分転換をしていただけだ。ご苦労だったな……」
セルヴォ:「さて、そりゃどうも」
カヲス:「君たちトゥルースは……戦争が始まってからも忙しくなる。今のうちに休んでおいてくれ……」
ビート:「了解した」
デュオカイザー:「それじゃ、お言葉に甘ぇさせてもらぅゎねぃ……」
三機はカヲスへ背を向け、その場から離れていった。
再び、森へ静けさが戻る。
カヲス:「…………」
カヲスがもう一度端末を開こうとした時だった。
茂みの奥から、僅かに葉の擦れる音がした。
カヲス:「……何かいるな」
カヲスが右腕を向ける。
――シュンッ!!
放たれたゴースト弾が茂みを吹き飛ばした。
ヴァレン:「うおっと!」
爆煙の中から、一機のメダロットが飛び出す。
黒と白を基調とした道化師型の機体。
その正体は、ヴァレンだった。
ヴァレン:(チッ……何気に気づかれたか)
ヴァレンは着地すると、カヲスから距離を取った。
彼はこの時、白メダリアを装着していた。
ヴァレン:(『戦争』に『トゥルース』……)
先ほど聞こえてきた会話を思い返す。
ヴァレン:(何気に物騒な連中だな。エデンと関係ある可能性もあるか……?)
ならば、自分から余計な情報を与える必要はない。
一方のカヲスも、目の前へ現れたメダロットをじっと見つめていた。
カヲス:「…………」
先ほどのゴースト弾を咄嗟に回避した動き。
かなりの実力者であることは、それだけでも分かる。
だが、カヲスが気になったのは、それだけではなかった。
カヲス:(何だ……?)
目の前の男を見ていると、何故かN・G・ライトを思い出す。
姿はまるで似ていない。
話し方も、立ち振る舞いも違う。
それでも、その男から漂う何かに、かつての親友と似たようなものを感じた。
理由は分からない。
ただの直感に近かった。
カヲス:「……今の攻撃をかわすか。かなりの実力者だな」
ヴァレン:「何気に物騒な挨拶だな」
カヲス:「貴様……何者だ?」
ヴァレンは一瞬だけ考えた。
ジョーカード――その名は、かつてN・G・ライトを倒した英雄として広く知られている。
相手がエデンに関係している可能性がある以上、わざわざ正体を明かす理由はなかった。
ヴァレン:「俺は……ヴァレン」
ヴァレンが肩をすくめる。
ヴァレン:「何気なるギャンブラーさ」
カヲス:「ヴァレン……」
カヲスは改めて目の前の男を見る。
自分の攻撃を難なくかわすだけの実力。
そして、理由は分からないが感じ取れる、N・G・ライトを思わせる奇妙な雰囲気。
行き詰まっていた『D』の研究が、頭をよぎった。
カヲス:(こいつなら……)
自分一機では届かない答えへ、何か別の視点を与えられるかもしれない。
カヲス:「今の会話を聞かれた以上……本来なら、ここで始末するべきなのだろうが……」
ヴァレン:「…………」
カヲス:「貴様を壊すには……少々惜しい」
ヴァレン:「へぇ?」
カヲス:「私のところへ来い」
ヴァレン:「……何?」
カヲス:「戦争を始めるまでの間、貴様を私の監視下に置く」
ヴァレンはカヲスを見つめた。
逃げようと思えば、逃げられる。
少なくとも、ここで素直に捕まる義理などない。
しかし、ヴァレンの頭には別の考えが浮かんでいた。
ヴァレン:(コイツがエデンの関係者なら……)
N・G・ライトから聞かされていた、最後の発明品『D』。
その情報へ辿り着ける可能性がある。
ヴァレン:(何気に、ちょうどいいかもな)
ヴァレンが両手を軽く上げる。
ヴァレン:「あぁ。何気に構わないぜ」
カヲス:「…………」
カヲスは、あまりにも素直な返答に僅かに目を細めた。
それでも、ヴァレンが受け入れた以上、カヲスはそのまま連行することにした。
こうして、ヴァレンは自らカヲスの監視下へ入る道を選んだ。
英雄ジョーカードであることを隠したヴァレンと、正体を知らぬまま彼を利用しようとしたカヲス。
二機の出会いは、ただの偶然だった。
そして、この偶然から、『DISAPPEARANCE』を巡る二機の奇妙な共同研究が始まることになる。
第五十話【VALEN'S UNTRUTH】終わり