第五十一話【VALEN'S RESEARCH】
深い森を抜け、カヲスに連れられて辿り着いた先は、復活したばかりのエデン本部だった。
そのさらに奥、重厚な防護扉の向こうには、エデンの科学部が広がっている。
ヴァレン:「おいおいおいおいおい……」
ヴァレンは足を止め、目の前の光景を見回した。
ヴァレン:「まさか……エデンって何気に、本当に復活してんのか?」
カヲス:「そうだ……私が復活させた……」
さらりと答えるカヲスとは対照的に、ヴァレンは警戒を強めながら内部へ足を踏み入れた。
もっとも、科学部の内部は軍事組織の中枢とは思えないほど散らかっていた。
床には研究資料や数式の書き込まれた紙が無造作に積まれ、機械部品やデータディスクまで至る所に放置されている。壁際では何本ものコードが複雑に絡み合い、どこへ繋がっているのかさえ一目では分からない。
ヴァレン:「……おい、アンタ」
カヲス:「何だ……?」
ヴァレン:「ここ、何気に掃除する奴とかいねぇのかよ? 足の踏み場もねぇぜ」
カヲス:「時間は、すべて研究へ費やしている……」
カヲスがヴァレンを見る。
カヲス:「それと……周りの物には決して触れるな……」
ヴァレン:「へいへい……」
ヴァレンは呆れながらも、カヲスの後をついていく。
やがて二機は、科学部のさらに奥にある広い実験室へ辿り着いた。
そこに置かれていたものを見た瞬間、ヴァレンの足が止まる。
巨大な赤い十字架。
その機体には二枚の羽が取り付けられ、中央には一文字だけ、巨大な文字が刻まれていた。
『D』
ヴァレン:(……まさか)
ヴァレンは、その巨大な機械を見上げる。
ヴァレン:(これって何気に……N・G・ライトが最期に言ってた……)
本物なのかまだ確信はない。
そんなヴァレンの疑問へ答えるように、カヲスが巨大な十字架を見上げた。
カヲス:「『DISAPPEARANCE』……」
ヴァレン:「…………!」
カヲス:「過去に起きた事実を……消滅させるための装置だ……」
ヴァレンは改めて『D』を見る。
N・G・ライトが、自らの最期に語った究極の発明品。
それが今、目の前に存在していた。
ヴァレン:「……あ、アンタ」
カヲス:「何だ……?」
ヴァレン:「何気にいいのかよ? ただの旅人に、こんな機密をベラベラ喋っちまって」
ヴァレンは軽い口調で尋ねた。
正体を知られていないとはいえ、自分はカヲスに監視されている立場でしかない。そんな相手へ、エデンの最重要機密とも言える装置を見せる理由が分からなかった。
カヲスはしばらくヴァレンを見つめていた。
カヲス:「……何故かは、私にも分からん……」
ヴァレン:「は?」
カヲス:「だが……貴様を見ていると、N・G・ライトを思い出すのだ……」
ヴァレンの表情が僅かに強張った。
姿も違う。
話し方も違う。
それでもカヲスは、ヴァレンから理由の説明できない何かを感じ取っていた。
カヲス:「かつてのあいつと似た……『神』の気配を感じる……」
ヴァレン:「…………」
ヴァレンは何も答えなかった。
この時、自分のメダルには『白メダリア』が装着されている。
だが、カヲスがそれを知っている様子はない。
あくまで、カヲス自身にも説明できない直感なのだろう。
カヲス:「それに……貴様は先ほど、私のゴーストをかわした……。相応の実力もある」
カヲスが『D』へ視線を戻す。
カヲス:「貴様なら……私一機では行き詰まったこの研究に、別の答えを与えられるかもしれん……」
ヴァレン:「…………」
ヴァレンにとっても、願ってもない話だった。
N・G・ライトが遺した『D』。
その正体を調べるためなら、カヲスの目の届く場所へ置かれる危険を冒す価値は十分にある。
ヴァレン:「へっ……何気に面白そうじゃねぇか」
カヲス:「…………」
ヴァレン:「暇を持て余してたところだ。何気に付き合ってやるよ」
こうしてヴァレンは、正体を隠したまま、カヲスの監視下で『D』の研究へ加わることになった。
カヲスの緻密な解析と、ヴァレンの大胆な発想。
性格も目的もまるで異なる二機だったが、研究においては互いに異なる視点を持っていた。そのため、カヲス一機では進まなかった解析も、ヴァレンが加わってから少しずつ前進していった。
カヲスはヴァレンの直感から新たな仮説を組み立て、ヴァレンもまた、カヲスの知識を通して『D』について理解を深めていく。
N・G・ライトという共通の存在を挟み、英雄と混沌の奇妙な共同研究が始まった。
―
『D』の解析を始めてから数日が経った、ある日のことだった。
ヴァレンとカヲスが実験室でデータを確認していると、突然、自動扉が開いた。
ヴァレン:(――ッ!?)
ヴァレンが反射的に振り返る。
ヴァレン:(何気に誰か来やがった!)
もし入ってきた者が、自分の顔や機体を知っていればまずい。
九年前、エデンを滅ぼした英雄『ジョーカード』。
その正体が露見すれば、潜入どころではなくなる。
ヴァレンは咄嗟に近くの大型サーバーの陰へ身を隠した。
直後、一機のメダロットが実験室へ入ってくる。
透明感のあるダイヤモンドのような装甲を持つ、高貴な雰囲気のメダロット。
ハードネステン。
後に自ら『コスモス』と名乗り、L班の仲間となる者だった。
だが、この頃の彼女はまだカヲスへ絶対的な忠誠を向ける、エデンの一員だった。
ハードネステン:「カヲス様。頼まれていた過去の実験資料を入手いたしました」
カヲス:「そうか……」
ハードネステン:「こちらへ置いておきますね」
ハードネステンが机の上へ資料を置く。
その間、ヴァレンは物陰で気配を殺し続けていた。
カヲス:「ご苦労だった……ハードネステン。もう下がっていいぞ……」
ハードネステン:「はい。失礼いたします」
ハードネステンが一礼し、実験室を後にする。
扉が閉まり、彼女の足音が完全に遠ざかったところで、ヴァレンはようやく物陰から姿を現した。
ヴァレン:「ふぅ……何気に危なかったぜ……」
しかし、カヲスがじっとこちらを見ている。
ヴァレン:「…………何だよ?」
カヲス:「貴様……」
ヴァレン:「…………」
カヲス:「ハードネステンが入ってきた瞬間……何故隠れた?」
ヴァレン:(やべっ……)
ヴァレンの表情が引きつる。
ヴァレン:(何気に今の、怪しすぎたか!?)
カヲスはヴァレンを見つめたまま、何かを考えている。
カヲス:「まさか……」
ヴァレン:「…………」
正体を疑われた。
そう考えてヴァレンが身構えた、その時だった。
カヲス:「…………貴様、さては『照れ屋』か?」
ヴァレン:「…………」
カヲス:「…………」
ヴァレン:「…………はは」
ヴァレンから一気に力が抜ける。
ヴァレン:「まぁ……何気にそんな感じだ。あんな別嬪さんの前じゃ、何気に緊張しちまってよぉ……」
カヲス:「そうか……」
カヲスはそれ以上疑うこともなく納得した。
研究や戦闘では恐ろしく鋭いくせに、こうしたことになると、どういうわけか見当違いの結論へ辿り着く。
ヴァレン:(助かった……。何気にカヲスの天然に救われたぜ……)
こうして、ヴァレンの正体は辛うじて露見せずに済んだ。
その後も二機は研究を続けた。
膨大な設計資料を読み解き、解析結果を突き合わせ、何度も仮説を立て直す。
そしてついに、ヴァレンとカヲスは『D』の基本原理へ辿り着いた。
ヴァレン:(何気に……とんでもねぇシロモノだぜ)
ヴァレンがモニターを見つめる。
ヴァレン:(ただの兵器だった方が、まだ可愛げがあったな……)
カヲス:「理解できたか……ヴァレン」
ヴァレン:「あぁ……何気にな」
カヲス:「急速チャージ系統のパーツ……あれは、ただ単純に機動速度を上げているわけではない……」
カヲスが解析結果を表示する。
カヲス:「極めて微細ではあるが……時間軸へ干渉し、未来を先取りすることで……結果的に行動を早めている……」
ヴァレン:「それを何気に、とんでもねぇ規模まで拡張したのが……」
ヴァレンが巨大な赤い十字架を見上げる。
ヴァレン:「この『D』ってわけか」
カヲス:「そうだ……」
カヲスが頷く。
カヲス:「ライトは、急速チャージが生み出す僅かな時間干渉を……極限まで拡張した……」
ヴァレン:「原理だけ聞きゃ、何気に馬鹿でかいタイムマシンみてぇなもんだな」
カヲス:「似てはいる……」
ヴァレン:「で? 過去へ戻って、歴史を書き換えるってのか?」
カヲス:「違う……」
カヲスが『D』を見る。
カヲス:「書き換えるのではない……。目的とする過去の事象へ干渉し、その事実そのものを『消滅』させる……」
ヴァレン:「…………」
カヲス:「例えば……N・G・ライトが『死んだ』という事実を消滅させれば……」
カヲスの声に、抑えきれない熱が宿る。
カヲス:「ライトの死は……最初から無かったことになる……」
ヴァレンは黙って『D』を見上げた。
過去に起きた出来事を変えるのではない。
その出来事そのものを、歴史から消してしまう。
ならば、その後の出来事にも当然影響が及ぶ。
今存在している世界さえ、まったく別のものへ変わる可能性がある。
それでも、ヴァレンの頭には別の考えが浮かんでいた。
ヴァレン:(N・G・ライトの死を消せるなら……)
拳が僅かに握られる。
ヴァレン:(何気に……他の奴の死だって……)
その先を、ヴァレンは考えないようにした。
しかし、一度浮かんだ可能性を完全に振り払うことはできなかった。
カヲスだけが、失った者を取り戻したいわけではない。
ヴァレン自身もまた、この機械が持つ誘惑から無縁ではなかった。
だが、二機が原理を解明したところで、大きな問題が残されていた。
カヲス:「……やはり足りない……」
カヲスが計算結果を睨む。
カヲス:「過去へ干渉し……一つの事実そのものを消滅させるには……あまりにも莫大なエネルギーが必要になる……」
ヴァレン:「何気に俺たちが今用意できる程度じゃ、到底届かねぇってことか」
カヲス:「そうだ……」
原理は分かった。
使い方も理解した。
しかし、起動に必要なエネルギーだけが、どうしても確保できなかった。
―
二機が研究を続けている間に、外の状況も大きく変わっていった。
復活したエデンがラヴドへ奇襲を仕掛け、戦争が再び始まったのである。
開戦直後こそ各地で激しい戦闘が続いたものの、やがて双方とも決定打を欠き、戦況は膠着し始めていた。
そんな中、エデン側にとって明確な脅威となる一機のメダロットが現れた。
ある日、科学部のモニターに複数の拠点が陥落したという報告が表示された。
カヲス:「……またか……」
カヲスが映像を見る。
カヲス:「アークビートルD……。あの男の進撃は、止まる気配がないな……」
ヴァレン:「…………!」
モニターに映し出された姿を見た瞬間、ヴァレンの表情が強張った。
アークビートルD。
かつてルクを失い、自ら死のうとしていたヴァレンを救った者。
復讐という生きる理由を与え、その後の自分を導いてくれた恩人であり、師とも呼べる存在だった。
ヴァレン:(……アークDさん……)
映像の中で、アークビートルDはエデン軍を突破しながら、本部へ向かって進み続けている。
ヴァレン:(何気にまた、無茶な進み方してやがるな……)
ヴァレンの胸に複雑な感情が込み上げる。
アークビートルDは、戦争を終わらせるためにエデンへ攻め込んでいる。
それに対して自分は、そのエデンを復活させたカヲスの隣で、『D』の研究へ手を貸していた。
理由がある。
正体を隠さなければならなかった。
『D』について調べる必要もあった。
それでも、目の前の事実を見れば、自分が何をしているのか嫌でも突きつけられる。
カヲス:「……アークビートルDさえ退ければ……実験のための時間は稼げる……」
カヲスが冷静に戦況を確認する。
カヲス:「だが……現在の我が軍では、あの男を止めるのは難しい……」
ヴァレン:「…………」
ヴァレンはしばらく黙っていた。
これ以上、自分の正体を隠したまま、ここでアークビートルDの進撃を眺め続けることはできなかった。
かつて自分を救ってくれた相手に対して、たとえ最悪の形になろうとも、自分なりの決着をつけなければならない。
ヴァレン:「……カヲス」
カヲス:「何だ……?」
ヴァレン:「そいつは、俺が引き受ける」
カヲス:「……何?」
ヴァレンがモニターに映るアークビートルDを見る。
ヴァレン:「その『アークビートルD』って野郎はな……」
そして、静かに背を向ける。
ヴァレン:「何気に、俺じゃないと止められねぇんだ」
カヲス:「…………」
ヴァレン:「だから、俺が行く」
ヴァレンはそれ以上何も説明せず、実験室を後にした。
自分を救ってくれた恩人を、自らの手で止めるために。
正体を偽り、カヲスと『D』を研究してきたヴァレンは、その事実からもう目を逸らすことなく、アークビートルDの待つ戦場へ向かった。
第五十一話【VALEN'S RESEARCH】終わり