第五十二話【VALEN'S RESOLUTION】
――――九年前。
すすたけ村付近の森林。
ラヴド軍主力部隊の進軍路には、夜の静寂と、決戦を控えた兵士たちが放つ独特の熱気が混ざり合っていた。
深い森の開けた場所。
そこを臨時の野営地とし、百機ほどの精鋭小隊が休息を取っていた。
中央の大型焚き火に照らされ、ひときわ大きく、そして神々しい紅蓮の影が揺れている。
ラヴド軍リーダー、アークビートルD。彼は地図を片手に、明日の侵攻ルートを最終確認していた。
アークD: 「ふぅ……。今日はここで野宿になりそうだな。……皆、よくやってくれている」
アークビートルDの低く、芯の通った声。
彼の赤い装甲は、数多の拠点を単騎で制圧してきた激戦の証として、各所に小さな焦げ跡と傷が刻まれている。
その時、広場の入り口を警備していた一兵卒が、驚愕の声を張り上げた。
『アークビートルD様!! ジョ、ジョーカード様です!! ジョーカード様がお戻りになられました!!!』
アークD: 「何だって……!? ……ジョーカードが!?」
アークビートルDは弾かれたように顔を上げた。
九年前の終戦以来、忽然と姿を消していた戦友の名。
伝説の帰還に、野営地の空気は一気に沸き立った。
ヴァレン: 「何気にもう来てるぜ」
声がしたのは、アークビートルDのすぐ目の前だった。
パチン、と乾いた指を鳴らす音が響く。
何もない虚空から、一枚のトランプがヒラリと舞い降り、それが地面に触れた瞬間に縦二メートルを超える巨大なカードへと膨張した。
カードが霧のように霧散すると、そこには、九年前と変わらぬ道化の姿をした英雄が、不敵なポーズで立っていた。
アークD: 「……やあ、久しぶりじゃないか、ジョーカード! 相変わらず、派手な登場だな。……生きていてくれたか」
アークビートルDは心底嬉しそうに駆け寄り、ヴァレンの肩に手を置こうとした。
だが、その英雄の「
ヴァレンの仮面の奥にある紅い瞳は、再会の喜びを映してはいなかった。
ひどく暗く、深く。痛々しいまでの静寂を湛えていたのだ。
アークD: 「……ジョーカード? どうしたんだ、そんな顔をして。……何か、あったのか?」
ヴァレンは、アークビートルDの真っ直ぐな瞳に耐えかねたように、僅かに視線を逸らした。
恩義ある師への再会。それが、自らの手で地獄へ引きずり下ろすための序曲であることを、彼は誰よりも理解していた。
ヴァレン: 「アークDさん……何気に話したい事があるんだ。……誰にも見られたくないから、少しだけこっちに来てくれねぇか」
ヴァレンの声音は、冷たい夜気に溶けてしまいそうなほど低かった。
アークビートルDは、戦友の尋常ならざる気配を察し、無言で頷くと、野営地の喧騒から離れた森の深淵へと向かった。
―
焚き火の光が届かぬ、真の闇の中。
二機の熱源だけが、幽霊のように浮かび上がっている。
ヴァレンは立ち止まり、アークビートルDに背を向けたまま、重い口を開いた。
ヴァレン: 「……実はな。今、オレは何気にエデンにいるんだ」
アークD: 「何だって……!? ……エデンだと? ジョーカード、君は……何を言っているんだ」
アークビートルDの音声出力が、驚愕に僅かに割れた。
ヴァレンは振り返ることなく、カヲスと出会ったこと、そしてエデンの最深部で『DISAPPEARANCE』の研究に手を貸していることを淡々と、自嘲するように話し続けた。
ヴァレン: 「何気に……あんたを裏切り、世界をひっくり返すための知恵を絞ってたのさ」
沈黙。
森を吹き抜ける風が、二機の装甲を冷たく撫でていく。
アークビートルDは目を閉じ、ヴァレンから放たれる「不実」をすべて受け止めた。
彼はラヴドを創り上げた男。
正道を往く者として、この告白を看過することはできなかった。
アークD: 「……もし、それが本当のことであるならば。……私は、君を殺さなければならない」
その宣告に、慈悲はなかった。
けれど、ヴァレンはそれを聞き、今日初めて仮面の裏でニッと口端を吊り上げた。
ヴァレン: 「何気に、そう言うと思ったぜ。……あんたに鍛え上げてもらったこの力で、あんたを騙し続けたまま、カヲスの隣でぬくぬく研究を続けるなんて……何気に筋が通らねぇよな」
ヴァレンはゆっくりとアークビートルDの方へ向き直った。
その瞳には、死を覚悟したギャンブラー特有の、鋭く、澄み渡った光が宿っていた。
ヴァレン: 「さぁ、闘ろうか。……
二機のメダルが、呼応するように激しい咆哮を上げ始めた。
ラヴドを、そして英雄の魂を共に創り上げた師弟。
二つの魂が、夜の森を焼き尽くさんとするほどの殺気を放ち、ついに正面から激突しようとしていた。
―
月明かりさえ届かぬ深緑の闇が、一瞬にして真昼のような白光に塗り潰された。
アークビートルDの頭部『アペンディクス』から放たれた高出力レーザーが、ヴァレンが先ほどまでいた大樹を音もなく蒸発させ、背後の岩壁を赤熱した溶岩へと変える。
ヴァレン: (何気に……、冗談じゃねぇ威力だぜ)
ヴァレンはトランプ型の煙幕を撒き散らしながら、影から影へと飛び回る。
しかし、アークビートルDのセンサー精度はそれを許さない。
右腕の『スカッター』から放たれるライフルの火線が、ヴァレンの逃げ道をミリ単位の精度で削り取っていく。
アークD: 「……どうした、ジョーカード! 私を殺すという覚悟はその程度か! 正道を外れたというのなら、せめて私を納得させるだけの『牙』を見せてみろ!!」
アークビートルDが轟音と共に機体構造を組み換えた。
『メダチェンジ』。
二脚から、車両形態へと変貌を遂げた。
変形後の全砲門がヴァレンを捉え、ガトリングの掃射が夜の森をズタズタに切り刻んだ。
―
戦いは数時間に及び、二機の装甲は既にボロボロとなっていた。
アークビートルDの冷却ファンは限界を超えて唸り、ヴァレンの機体からはオイルと冷却液が混ざり合った「血」が滴っている。
ヴァレン: 「ハァ……、ハァ……。これで何気に、最後だ……よ」
アークD: 「……ああ。来い、ジョーカード。……私と君。どちらに理があるか、運命に問おう」
二機が同時に、地を蹴った。
ヴァレンは自身の全エネルギーを両腕へと流し込み、捨て身の『サクリファイス』を励起させる。
アークビートルDは、ヘラクレスオオカブトを模した巨大な『角』を真っ向から突き出し、全出力を乗せた最後の一撃を放った。
闇の中で、紅蓮の光と漆黒の影が一つに重なる。
―――ズ、ド、オォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
凄まじい衝撃波が森を凪ぎ払い、数瞬、夜の静寂が完全な「白」に支配された。
ヴァレンの両腕が爆ぜ、その破壊の奔流がアークビートルDの胸部中央――メダル装着部を正面から貫く。
同時に。アークビートルDの誇り高き鋭角が、回避を捨てたヴァレンの腹部を、その背後のメダルごと、深く深く貫いていた。
互いの命を奪い合う、完璧なまでの『相打ち』。
光が収まった後。そこには、互いの武器を突き立てたまま、動かなくなった二機の英雄の姿だけがあった。
爆音の残響が夜の森へと吸い込まれ、極限の静寂が降りた。
二機の熱源から立ち昇る白煙が、月光に照らされて幽霊のように揺れている。
アークビートルDの巨大な角は、ヴァレンの腹部を深く貫いたまま、その生命の輝きを奪い去ろうとしていた。
ヴァレン: 「……な、何気に……同士討ち……か」
ヴァレンの口から、オイルの飛沫と共に掠れた声が漏れる。自身のメダルに直接突き刺さった衝撃。
メダルに装着された『白メダリア』が闇の中へ落ちる。
視界は既に機能の大半を失い、死の冷気が機体全域を侵食し始めていた。
しかし、ヴァレンを貫いたアークビートルDの機体からは、それ以上の絶望が溢れ出していた。
サクリファイスの直撃を受けた彼の胸部装甲は完全に消失している。
アークビートルDは、自らを支える脚部の駆動を失いながらも、最後に優しく、弟子の肩を掴んだ。
アークD: 「……ジョーカード。……強くなったな。……君が歩もうとする道に、……光があらんことを……」
その言葉を最後に、紅蓮の大甲虫の腕から力が抜けた。
アークビートルD、機能停止。 ラヴドの精神的支柱であった男のメダルの拍動は、完全に途絶えた。
ヴァレンには別の現象が起きていた。
アークビートルDの角によって真っ二つに割られたヴァレンのメダル。
本来ならば、それはメダロットにとっての絶対的な『死』を意味する。
――だが、運命は、あるいはヴァレン自身の歪んだ執念は、彼を安らかな眠りに就くことを拒絶した。
ヴァレンの胸の中で、割れたメダルが異様な輝きを放ち始めた。
金色の火花と、銀色の放電。そして、その中央で禍々しく拍動する漆黒の影。
ヴァレン: 「(な……んだ……? メダルが熱い……。砕け散るんじゃねぇ……。何気に、……分かれて……いくのか……!?)」
凄まじい衝撃波がヴァレンの機体から放射された。
アークビートルDの角を弾き飛ばし、ヴァレンのメダルは一つの核から三つの断片へと『分裂』したのだ。
一方は、『理性』の断片――カブトメダル。
一方は、『本能』の断片――クワガタメダル。
そして。彼の強大な力の根源が凝縮された結晶――『黒メダリア』。
三つの断片は、ヴァレンの機体フレームを強引に引き裂き、新たな器を求め始めた。
メダルから手足がウネウネと生えてきてブラックビートル、ヘッドシザースの2つの体を作り上げたのだ。
後に『クロ』と『シロ』と呼ばれる二機が、月明かりの下で産声を上げた瞬間であった。
このしぶとさはもはや『メダロットあらざる者』ともいえる、メダロットの理を超えた、異様な現象だった。
――
……焦げ付いたオイルの臭いと、降りしきる雨のような静寂。
九年前の夜の底から、意識が
―――ピー、ピー、ピー……。
実験室に鳴り響く『DISAPPEARANCE』の稼働音が、死の宣告のように冷たく耳を打つ。
ヴァレンは、自身の掌を一度だけ握りしめた。そこにあるのは、『黒メダリア』によって取り戻された英雄としての全出力。
だが、彼の背中に浴びせられた視線は、もはや憧れや信頼の色を失っていた。
ワンダ: 「嘘……。嘘よね、ヴァレン……。アンタが……アンタがアークビートルDさんを……殺したなんて……」
ワンダの声は、今にも消え入りそうなほど震えていた。
アークビートルDは、偉大なる初代ラヴドリーダー。。
それを、隣にいる親友が、自分たちが信じていたヴァレンが奪ったという事実。
ディスト: 「……リーダーを……殺したの? どうして……」
ディストの純粋な瞳が、絶望に濁る。
ローラは何も言わず、ただ『ダブレスト』を構えたまま、ヴァレンを――かつてN・G・ライトを討った死神を、警戒の眼差しで射抜いていた。
ヴァレン: 「……何気に、これが『真実』だ」
ヴァレンは振り返らず、起動した『D』の制御パネルを静かに見つめた。
彼の言葉に、後悔の響きはない。ただ、長い、長すぎた旅路の果てにようやく辿り着いた「終着点」を見据える冷徹さだけがあった。
ローラ: 「ヴァレン……。アークD殿を殺し、カヲスと共に禁忌の研究に身を投じた。
……貴様は、そこまでして何をしようとしているのだ。……何を、消そうとしているのだ!?」
ローラの怒鳴り声が実験室を震わせる。
ヴァレンは、ゆっくりと、恐ろしいほどの殺気を伴って向き直った。
ワンダ:「ひょっとして……その『DISAPPEARANCE』を使って、ルクちゃんの死を消滅させようとしているんじゃ……?」
ヴァレン: 「……それじゃあ足りねぇんだ」
ヴァレンが一歩、踏み出す。
その足取りに込められた重圧は、もはや一機のメダロットという枠を超えた威容に満ちていた。
ヴァレン: 「何気に……もっとシンプルに、根元から断ち切らなきゃならねぇんだよ」
英雄の口から語られる、全メダロットの存亡を懸けた『真の目的』。
そのロジックが、いま、白日の下に曝されようとしていた。
『DISAPPEARANCE』から放たれる漆黒の光が、実験室の輪郭を少しずつ削り取っていく。
背後に立つ機械の咆哮が、ヴァレンの覚悟を急かしているようだった。
ヴァレン: 「……Dは万能な魔法じゃねぇ、単なるタイムマシンだ。あの日ルクを救い出したとしても……N・G・ライトがいる限り、人類滅亡は起こり、ルクは別の日に、別の形で何気に死ぬことになる」
ディスト: 「じゃあ……N・G・ライトの存在を消せばいいんだ!」
ヴァレン: 「……甘ぇな、ディスト。……お前達はいいマスターのところにいたから何気に気付かなかったかもしれないが、あの頃の人間ってのは野良だったオレからみても何気に最っ低だった。メダロットを物として扱い、負ければ殴り、古くなれば平気で捨てる。……N・G・ライト以外にも、人類を滅ぼそうとしていた連中はいたはずだ。……原因は、個体じゃねぇんだよ」
ヴァレンが、一歩、また一歩とワンダ達へと近づく。
ヴァレン: 「何気に……もっとシンプルに考えることにしたのさ。……人類滅亡が起こる『根元』……。あの日、ルクが死ぬ運命に放り込まれたその原因そのものを、消滅させる」
ヴァレンの足が、静止した。
ヴァレン: 「全メダロットを……この世から『消滅』させる。……このDを使ってな」
―――!
実験室の空気が、絶望に凍りついた。
ローラ: 「……正気か!? 全メダロットの消滅だと!? そんなことをすれば、お前自身も歴史から消えるのだぞ!!」
ヴァレン: 「何気に分かってるさ。……数々の人間を不幸にし、ルクさえもその渦に巻き込んでしまった『不幸のメダロット』。ジョーカードが、最初から存在しなかったことになるんだ。……最高にめでたい話じゃねぇか」
ディスト: 「ダメだよ!! そんなのダメだ!! ヴァレンは……『ラヴドの英雄』なんだよ!?」
ラヴド軍L班。かつての友、そして、かつての英雄。
彼らの間に横たわる溝は、もはや言葉では埋められないほどに深く、鋭く断絶されていた。
ヴァレンの横顔には、狂気も、悦びもなかった。
ただ、凪のような平穏があった。
「〝ラヴドの英雄〟?」
「そんな称号何気にどうでもいい」
「 オ レ は 〝 宝 条 ル ク た だ 一 人 の 英 雄 〟 に な れ れ ば 」
「… … そ れ で 構 わ な い 」
第五十二話【VALEN'S RESOLUTION】終わり