第五十三話【最後の敵、何気なり】
漆黒の光が溢れ出す『DISAPPEARANCE』。
空間を削り取るような「ブ、ブ、ブ……」という重低音が、実験室の空気を窒息しそうなほどに過熱させていた。
その光のカーテンを背に、真の力を取り戻した英雄ジョーカード――ヴァレンは、かつての友たちへ、あまりにも残酷な救済の論理を突きつけた。
ワンダ: 「全メダロットの消滅……。ヴァレン……そこまでルクちゃんの事を……」
ワンダの声は、恐怖に震えていた。
彼女にとって、ルクの生存は何よりも願っていた奇跡だ。
だが、その代償として自分たちが共に笑い、共に戦い、慈しんできた『絆』そのものを歴史から抹消するという行為は、理解の範疇を超えていた。
ディスト: 「おかしいよ、ヴァレン!! いくらマスターのためとはいえ、自分まで消えちゃうなんて……! 僕は、今のヴァレンと一緒にいたかったんだよ!」
ディストの純粋な叫び。だが、ヴァレンはそれを嘲笑うことすらなく、ただ深く沈んだ瞳を向けた。
ヴァレン: 「……ディスト。お前たちは何気に『ラヴド』だろ? ……かつてのマスターのために、自分の命……いや、存在すべてを懸けることが、ラヴドの誇りであり、理想じゃねぇのか?」
ヴァレンの問いかけは、L班が掲げてきた正義の矛盾を鋭く抉った。
愛する者のために何ができるか。
その極論を突きつけられた三機は、返す言葉を失い、沈黙に沈んだ。
ワンダ: 「……でも、悲しいわよ。ルクちゃんがもし生き返ったとしても、その世界にはヴァレンも私もいない。 ルクちゃんの記憶の中に、私たちの事は一分だって残っていないのよ? そんなの本当にルクちゃんは喜ぶと思うの!?」
ヴァレン: 「悲しい……? 何気に理解できねぇな。……ルクが穏やかな太陽の下で笑っていられるなら、オレは……何気に嬉しくこそあれ、悲しくなんてねぇよ」
ヴァレンの言葉は、冷徹な槍となって三機の核心を貫いた。
『ラヴド』――かつて人間に愛され、その温もりを知る者たちが、奪われた幸福を取り戻すために集った組織。
その旗印こそが、今の彼女たちの拠り所だったはずだ。
だが、ヴァレンはその美しき理想の裏側に潜む、最も残酷な「真実」を抉り出した。
ヴァレン: 「なぁ、何気に考えてみろよ。……お前たちがエデンと戦ってきたのは、主への愛ゆえだろ? 主人を殺した世界を憎み、主人が笑っていたあの日を取り戻したい……。それこそが、ラヴドの正義じゃねぇのか?」
沈黙。
実験室の電圧が不安定に明滅し、影が長く、濃く伸びる。
ディストは握りしめた『エアスト』の爪を震わせ、ヴァレンに抗おうとしたが、言葉が出てこない。
ヴァレン: 「お前たちがここでオレを止めるのは、結局のところ、自分が『消えたくない』からだろ? ……主人の幸せよりも、自分たちの……メダロットの命の方が何気に大切だって……。そう叫んでるのと同じだぜ」
ヴァレンの声音には、嘲笑すら混じっていない。
ただ、極限まで純化された「無私の献身」が、L班の生存本能を罪悪感で押し潰そうとしていた。
ワンダ: 「(……違う。……違う。そんなこと、ない……。でも……)」
ワンダの思考は白濁する。
マスターへの愛。その愛を極限まで突き詰めれば、自分という個体は不要になる。
ヴァレンの掲げる論理は、ラヴドの理想を煮詰めた果てに辿り着く、あまりにも純粋すぎる『愛』だった。
L班の三機は、自らの存在意義そのものを問われ、深い奈落の淵に立たされていた。
英雄が突きつけた鏡。そこに映るのは、愛を語りながらも生に執着する、醜くも愛おしい「生命」としての自分たちの姿だった。
ローラ: 「……見事な論理だ、ヴァレン。かつての主人を救うために自らを消す……。それは確かに、究極の献身かもしれぬな」
ローラが、右腕の『ダブレスト』の重みを確かめるように拳を握りしめた。
彼女の瞳には、迷いではなく、氷のような冷徹さと炎のような情熱が同居していた。
ローラ: 「だが、ヴァレン。……友とは、その体が朽ち果てようとも、残された者たちの『記憶』の中で生き続けるものだ。親友も主も、今この時も妾達の中で共に戦っている。その魂の交わりさえもなかったことにするお前には賛同できない」
ローラの力強い宣言に導かれるように、ディストもまた、震える脚を前に踏み出した。
ディスト: 「……僕には、難しいことは分からないよ。ヴァレンの言うことが正しいのかもしれないし、ルクさんも本当にいい人だったんだと思う。……でもさ!!」
ディストが顔を上げ、ヴァレンの仮面を真っ向から見据えた。その瞳からは、恐怖という感情は完全に消えていた。
ディスト: 「僕は……今、一緒に生きているワンダが好きだ。ローラが好きだ。コスモスも、ヴァレンだって好きなんだ!! だから……全部をなかったことにして、やり直すなんて絶対に嫌だ!」
ディストの裏表のない、剥き出しの言葉。
その言葉が、ワンダの胸の奥で燻っていた火種に、一気に油を注いだ。
ワンダ: 「……そうね。たしかにルクちゃんが生きていたら嬉しい。でも、そのために皆が消えちゃうんだったらヴァレンには賛成できない。もしそれでルクちゃんが生き返っても、ルクちゃんの記憶には私達はいないんだよ?」
ワンダが左腕の『ソウス』を静かに、けれど逃れようのない確信を込めて掲げた。
ワンダ: 「私は、自分の記憶を守るために……アンタを止める。……ルクちゃんなら、笑って許してくれる気がする」
英雄の突きつけた呪いを跳ね除け、L班の三機は、全メダロットの『存在』を懸けた最後にして最大の決意を固めた。
三者三様の、けれど一つの「今」を肯定する決意。
それらを真正面から受け止めたヴァレンは、しばらくの間、仮面の奥に沈黙を溜め込んでいた。
ワンダ: 「ねぇ……どうしてヴァレンは、自分の計画を私たちに話したの? ずっと秘密にしておいて、私たちの目を盗んで隠れて実行すれば、確実だったはずじゃない。……どうして?」
それは、ヴァレンの「優しさ」か、あるいは「傲慢」か。
三機の覚悟を真っ向から受け止めたヴァレンは、その問いを聞き、砕けかけた仮面の奥で静かに笑みを深めた。
ヴァレン: 「……クックック。……ハハハハッ!! 」
ヴァレンは顔を上げ、かつての仲間たちへ向け、これまでで最も獰猛で、最も「親愛」に満ちた笑みを投げかけた。
ワンダ: 「……ヴァレン? 何がおかしいのよ」
ヴァレン: 「お前ら、何気に『いいヤツら』だよな」
ヴァレンが右腕の『マーブラー』の銃身を撫でる。熱せられた金属の鳴きが、戦場へのカウントダウンのように響く。
ヴァレン: 「黙って計画を進めりゃ、何気に簡単だ。だがな……俺みたいな悪人でもお前らみたいな『いいヤツら』を騙したままなのは気が引けるんだぜ。だから『賭け』をする」
ヴァレンの全身から、それまでの迷いをすべて焼き切ったような、圧倒的なプレッシャーが溢れ出した。
―――ギ、ギギィ、ッッ!!
ヴァレンが地を蹴り、最前線へと踊り出た。
ローラ: 「……来るぞッ!! 全員、覚悟は良いな!!」
ディスト: 「うん……! ヴァレン、僕たちが絶対に止めてみせる!!」
ワンダ: 「……嫌だけど……、やるしかないのね」
かつての英雄を「最後の敵」として見定めた三機が、それぞれの拳を強く握りしめる。
運命という名のルーレットが、いま、激しい火花を散らして回転し始めた。
ヴァレン: 「ベットは俺の命!チョンボもイカサマも無し!宝条ルクに捧げる人生最大のギャンブル……何気に何気に始まりだ♪」
第五十三話【最後の敵、何気なり】終わり