第五十三話【最後の敵、何気なり】
――――エデン本部・機密実験室。
『DISAPPEARANCE』は起動準備を終え、漆黒の光を放ちながら低い稼働音を響かせていた。最終実行の操作が行われない限り、まだ過去の事実が消滅することはない。
その巨大な機械を背に、ヴァレンはかつての仲間たちと向き合っていた。
ワンダ:「全メダロットの消滅……。ヴァレン……そこまでルクちゃんのことを……」
ワンダの声が震える。
ルクが生きていたら、どれほど嬉しいだろう。今でも会いたいと思うことはあるし、あの日をやり直せるのならと考えたこともある。
だが、ヴァレンの計画が実現すれば、自分たちが共に過ごしてきた時間も、今ここにいる仲間たちも、すべて歴史から消えてしまう。
ディスト:「おかしいよ、ヴァレン!!」
ディストが声を上げた。
ディスト:「いくらマスターのためとはいえ、自分まで消えちゃうなんて……! 僕は、今のヴァレンと一緒にいたかったんだよ!」
ヴァレン:「……ディスト」
ヴァレンは笑わなかった。
ヴァレン:「お前たちは何気に『ラヴド』だろ? かつてのマスターのために、自分の命……いや、存在すべてを懸けることが、ラヴドの誇りであり、理想じゃねぇのか?」
ディスト:「それは……」
ディストが言葉に詰まる。
ラヴドは、愛するマスターを失ったメダロットたちが、その悲しみと怒りを抱えて集まった組織だった。自分たちもまた、かつてのマスターへの想いを胸に、エデンと戦ってきた。
だが、その想いのために今あるすべてを消してよいのかと問われれば、ディストにはすぐに答えられなかった。
ワンダ:「……でも、悲しいわよ」
ヴァレン:「…………」
ワンダ:「ルクちゃんがもし生き返ったとしても、その世界にはヴァレンも私もいない。ルクちゃんの記憶の中に、私たちのことは一片だって残っていないのよ?」
ワンダはヴァレンを真っ直ぐに見た。
ワンダ:「そんなの、本当にルクちゃんは喜ぶと思うの!?」
ヴァレン:「悲しい……?」
ヴァレンが僅かに首を傾ける。
ヴァレン:「何気に理解できねぇな。ルクが穏やかな太陽の下で笑っていられるなら、俺は……何気に嬉しくこそあれ、悲しくなんてねぇよ」
ワンダ:「…………」
ヴァレン:「なぁ、何気に考えてみろよ。お前たちがエデンと戦ってきたのは、主への愛ゆえだろ? 主人を殺した世界を憎み、主人が笑っていたあの日を取り戻したい……。それこそが、ラヴドの正義じゃねぇのか?」
ヴァレンの言葉には、迷いがなかった。
かつてのマスターを愛しているからこそ、その幸せのために自分の存在を差し出す。ヴァレンは、その選択を当然のこととして受け入れていた。
ヴァレン:「お前たちがここで俺を止めるのは、結局のところ、自分が『消えたくない』からだろ?」
ワンダ:「……!」
ヴァレン:「主人の幸せよりも、自分たちの……メダロットの命の方が何気に大切だって……そう叫んでるのと同じだぜ」
ディストは握りしめた『エアスト』の爪を僅かに震わせた。反論したいのに、何と言えばよいのか分からない。
ワンダ:(……違う。そんなこと、ない……)
ワンダもまた、すぐには言葉を返せなかった。
ルクを助けたい。
それは今でも本当の気持ちだった。
けれど、自分が消えたくないのも、仲間たちに消えてほしくないのも本当だった。
その二つの気持ちを、ヴァレンのように簡単に切り離すことはできなかった。
ローラ:「……見事な論理だ、ヴァレン」
それまで黙っていたローラが口を開いた。
右腕の『ダブレスト』を構えたまま、ヴァレンへ視線を向ける。
ローラ:「かつての主人を救うために自らを消す……。それは確かに、究極の献身かもしれぬな」
ヴァレン:「…………」
ローラ:「だが、ヴァレン。友とは、その体が朽ち果てようとも、残された者たちの『記憶』の中で生き続けるものだ」
ローラの声には、確かな決意があった。
ローラ:「親友も主も、今この時も妾達の中で共に戦っている。その魂の交わりさえもなかったことにするお前には、賛同できない」
ヴァレン:「…………」
ローラの言葉を聞き、ディストも顔を上げた。
ディスト:「……僕には、難しいことは分からないよ」
ディストはヴァレンを見つめる。
ディスト:「ヴァレンの言うことが正しいのかもしれないし、ルクさんも本当にいい人だったんだと思う。……でもさ!!」
ディストが一歩前へ出た。
ディスト:「僕は……今、一緒に生きているワンダが好きだ。ローラが好きだ。コスモスも、ヴァレンだって好きなんだ!!」
ワンダ:「ディスト……」
ディスト:「だから……全部をなかったことにして、やり直すなんて絶対に嫌だ!」
ディストは難しい理屈を並べなかった。
ただ、自分が今大切に思っている仲間たちの名前を挙げ、その存在を失いたくないと訴えた。
その言葉を聞いて、ワンダもようやく自分の答えを見つけた。
ワンダ:「……そうね」
ワンダは小さく頷く。
ワンダ:「たしかに、ルクちゃんが生きていたら嬉しい。でも、そのために皆が消えちゃうんだったら、ヴァレンには賛成できない」
ヴァレン:「…………」
ワンダ:「もしそれでルクちゃんが生き返っても、ルクちゃんの記憶には私達はいないんだよ?」
ワンダは左腕の『ソウス』を掲げた。
ワンダ:「私は、ルクちゃんとの記憶を守るために……アンタを止める」
ルクを忘れたわけではない。
かつてのマスターを愛する気持ちが薄れたわけでもない。
その想いを抱えたまま、今一緒に生きている仲間たちとの時間も守りたい。
ワンダは、そう決めた。
ローラ、ディスト、ワンダの三機は、それぞれ異なる答えを出しながらも、今ある世界を消させないという一点で同じ決意を固めていた。
ヴァレンは、その三機をしばらく黙って見つめていた。
ワンダ:「ねぇ……」
ヴァレン:「何だ?」
ワンダ:「どうしてヴァレンは、自分の計画を私たちに話したの?」
ワンダが問いかける。
ワンダ:「ずっと秘密にしておいて、私たちの目を盗んで隠れて実行すれば、確実だったはずじゃない。……どうして?」
ヴァレン:「…………」
ヴァレンはすぐには答えなかった。
やがて、肩を僅かに揺らし始める。
ヴァレン:「……クックック」
ワンダ:「……?」
ヴァレン:「……ハハハハッ!!」
ヴァレンが顔を上げる。
ワンダ:「……ヴァレン? 何がおかしいのよ」
ヴァレン:「お前ら、何気に『いいヤツら』だよな」
ワンダ:「…………」
ヴァレンは右腕の『マーブラー』へ目を向けた。
ヴァレン:「黙って計画を進めりゃ、何気に簡単だ。だがな……」
再び、三機を見る。
ヴァレン:「俺みたいな悪人でも、お前らみたいな『いいヤツら』を騙したままなのは気が引けるんだぜ」
ディスト:「ヴァレン……」
ヴァレン:「だから『賭け』をする」
ヴァレンが一歩前へ出た。
その表情には、先ほどまでの静けさとは違う、かつてのジョーカードを思わせる笑みが戻っていた。
ローラ:「……来るぞッ!!」
ローラがダブレストを構え直す。
ローラ:「全員、覚悟は良いな!!」
ディスト:「うん……!」
ディストもエアストを構える。
ディスト:「ヴァレン、僕たちが絶対に止めてみせる!!」
ワンダ:「……嫌だけど……やるしかないのね」
ワンダがソウスを構えた。
三機は互いの位置を確かめ、ヴァレンへ向き直る。
かつて共に戦った英雄を、今度は自分たちの手で止めなければならない。
ヴァレンもまた、三機が構えるのを待っていた。
そして、ギャンブラーらしい笑みを浮かべる。
ヴァレン:「ベットは俺の命! チョンボもイカサマも無し! 宝条ルクに捧げる人生最大のギャンブル……何気に何気に始まりだ♪」
第五十三話【最後の敵、何気なり】終わり