第五十四話【オレの名前はヴァレン!】
実験室を支配する『DISAPPEARANCE』の重低音が、ヴァレンのメダルに深く響いていた。
背中のスロットに収まった『黒メダリア』が、かつての英雄の力を呼び覚ます。
全身の駆動系に奔流のごときエネルギーが駆け巡り、装甲の隙間からどす黒い雷光が漏れ出した。
ヴァレンは一歩、踏み出した。その足跡が鋼鉄の床に深く刻まれる。
だが、彼の眼前に立ち塞がるのは、名もなき兵士たちではない。
自分と共に歩み、自分を信じてくれた、かつての仲間たち。
一級兵士へと成長を遂げたL班の三機だった。
ヴァレン: (行くぜ……。止めてみろよ、お前ら!!)
ヴァレンが爆ぜるような速度で突進した。
狙うは陣形の中心。しかし、激突の寸前、ローラの『ダブレスト』が防壁を展開し、ヴァレンの進路を物理的に遮断した。
ローラ: 「逃がさんッ!!」
間髪入れず、ワンダとディストが左右から射線を作る。
ヴァレンは姿勢を強引に捻り、後退を選択した。
もしあとコンマ数秒、判断が遅れていれば、放たれた集中砲火に機体を焼かれていただろう。
ヴァレン: (チッ……何気に強ぇなコイツら。オレに勝てるのか……? ……いや、勝つ)
ヴァレンは即座に次の一手を模索する。だが、三機の連携は機械的なほどに完璧だった。
ワンダの『ソウス』が逃げ道を封じ、ディストがビームでヴァレンを追い込む。
翻弄される英雄の視界。その隙を、氷の女王が逃さなかった。
ローラ: 「覚悟!!」
背後。いつの間に回り込んでいたのか。
ローラの放ったフリーズ攻撃が、ヴァレンの右腕を直撃した。
ヴァレン: 「ちょ……マジで!?」
ガギィッ、という凍結音。ヴァレンの右腕が白銀の氷に覆われ、完全に沈黙する。
だが、ヴァレンは英雄としての本能を即座に爆発させた。右腕が使えぬならと、左腕の『スバル』を抜く。
彼は氷の呪縛を力技で引き摺りながら、反転。カウンターの一閃をローラへと見舞った。
――ザシュッ!!
ローラ: 「くっ……!!」
ローラの装甲を切り裂き、彼女を後方へと弾き飛ばす。
だが、休む暇はない。今度は正面からディストが、唸りを上げる『エアスト』の爪と共に突っ込んできた。
ヴァレン: (……何気に、一休みもさせてくれねぇかよ!)
ヴァレンは紙一重で突進をかわすが、離れた場所からワンダが即座にローラを回復させるのが見えた。
三対一。一分の隙もない鉄壁の包囲網。
ヴァレンは、かつての仲間たちの成長を誇らしく思うのと同時に、肺腑を焼くような焦燥に焦がされていた。
ヴァレン: (チッ……。コイツらのチームワーク、何気に半端ねぇ!正面突破では何気に勝てねえか……よし!)
ヴァレンは懐から数枚のトランプを抜き取ると、自身の頭上高くへと掲げた。
ヴァレン: 「 『フラッシュ』 !!」
瞬間、トランプが輝きを放った。
実験室が白一色の閃光に飲み込まれる。
ワンダ、ローラ、ディストの三機は、一瞬にして視界を奪われた。
ヴァレン: (一秒……いや、コンマ五秒。何気にそれだけありゃ、オレには十分だぜ)
ヴァレンは右腕のマーブラーの氷をスバルで削り落とすと、盲目となった三機の間を縫うように疾走する。
まずは邪魔な盾――ローラに向けて、マーブラーのガトリングを乱射。
彼女が防衛している間に、ディストへと狙いを定めた。
だが、ワンダとローラが視界を奪われながらも合流を試みる。
その気配を察知したヴァレンは、指先で五枚のカードを弾いた。
ヴァレン: 「 『フルハウス』 ……。」
ヴァレンが投げた五枚のトランプが、空中で物理的な質量を伴って膨張し始めた。
縦二メートルを超える巨大な鋼鉄のカード。
それらは自律的な意志を持つかのようにステージへ着地し、命を吹き込まれた『兵士』となってワンダたちの前に立ち塞がった。
ヴァレン: 「何気に、こいつらに構ってなよ。……オレはディストと、二人っきりで遊びてぇんだわ」
カードの壁によって分断される戦場。
ヴァレンは孤立したディストへと、『スバル』の切っ先を突きつけた。
ヴァレン: 「
ヴァレンの斬撃がディストを襲う。
ディストは、ヴァレンの圧倒的な剣技に防戦一方となり、装甲を紙のように切り刻まれていく。
トドメの一撃。スバルの刃がディストの喉元を貫こうとした、その刹那――。
――ズ、ドォォォォォォォンッ!!
背後から放たれた黄金のレーザーが、ヴァレンの側頭部をかすめた。
ヴァレン: 「……チッ! フルハウスをもう抜けて来やがったか。何気にお前ら、強すぎだろ」
ヴァレンは強引にディストとの距離を離し、再び一対三の対峙へと戻らざるを得なかった。
ワンダがすぐさまディストの傷を癒し、ローラがその前に立ち塞がる。
ヴァレン: 「何気に、お前ら強ぇよ。……三機そろえば、N・G・ライトにだって、何気に勝てたかもしれねぇな」
ワンダ:「こんな事になるんだったら、N・G・ライトが復活して戦ってる方がマシだったわ。」
ヴァレン:「うわっ……ワンダ何気にきっびしー♪」
暗い表情の3体に対し、ヴァレンは演技なのか本気なのか明るく話をしていた。
ディストの治療も終わり、再び3体が攻撃態勢に入った時ヴァレンは大きく飛び上がった。
ヴァレン: 「回復は何気に終わったか?じゃあ今度こそ完璧に、勝負を着けさせてもらうぜ!」
ヴァレンが空中に五十二枚のカードを豪快に振り撒いた。
舞い上がるカードの一枚一枚が、ヴァレンの意思に呼応して、実験室の空間を覆い尽くしていく。
カードは互いに結合し、ワンダたちを逃がさぬ巨大なドーム――『檻』を作り上げた。
ヴァレン: 「 『ロイヤルストレートフラッシュ』 ……」
瞬間、ヴァレンの姿が消えた。
直後にドームを構成するトランプの内、一枚の中からヴァレンが躍り出る。
ヴァレン: 「そこだ!!」
一閃。スバルの刃がローラの装甲を切り裂く。
反撃の暇も与えず、彼は隣のカードへと吸い込まれるように消失し、今度は真上からマーブラーの銃弾を叩き込んだ。
カードからカードへ。
残像さえ置き去りにする超次元の移動。
L班の三機は、どこから届くかも分からず、ただ背中を合わせるしかなかった。
ディスト: 「ど、どこ!? 何処から来るの!? 速すぎる!!」
ローラ: 「……落ち着け。これだけのトランプを維持するエネルギー、長くは持たぬはずだ。……いや、待て」
ローラが、自身の右腕に伝わる熱を感じ取った。
ヴァレンが潜むトランプの表面。それは特殊な素材ではあるが、本質的には――。
ローラ: 「……そうか! トランプとは即ち『紙』! ならば……燃やしてしまえばいい!!!」
ローラが吠えた。右腕のダブレストから、防御ではなく『ファイヤー』の劫火が解き放たれる。
炎はドームの内壁を舐めるように広がり、ヴァレンの隠れ場所を次々と灰へと変えていった。
ヴァレン: 「……な!? 」
隠れ場所を失い、空中に放り出されたヴァレン。その無防備な胴体を、待機していたディストのセンサーが捉えた。
ディスト: 「今だッ!!」
ディストの『エアスト』による強烈な突進が、ヴァレンの腹部を真っ向から撃ち抜いた。
ヴァレン: 「……!!? ガ……ハッ…………!!」
衝撃が基盤を震わせ、ヴァレンの視界に激しいノイズが走る。
そこへ、逃さぬと言わんばかりにワンダの『ソウス』が放つ黄金のレーザー、そしてローラの凍てつく一撃が重なった。
ラブド L班の一分の隙もない三連撃。
全盛期の力をもってしても、耐え切ることはできなかった。
ヴァレンの機体は激しい火花を散らしながら、大の字になって床へと叩きつけられた。
ディスト: 「ハァ……ハァ……。す、すごい強さだったね……」
ローラ: 「……これが、かつて神をも凌いだ力か。……勝ったのか? 妾たちが……」
ワンダ: 「……ヴァレン……」
ワンダが、動かなくなったヴァレンへ歩み寄ろうとする。
床に転がるヴァレンの意識は、既に闇の底へと沈みかけていた。
視界が完全に暗転する。
だが、その虚無の向こう側から、忘れるはずのない温かな『幻聴』が聞こえてきた。
―
『やっと見つけたわよ!!!』
――あぁ、そうだ。何気に、これが始まりだった。
孤独に死を願っていたオレを、あんたは無理やり引きずり出したんだ。
『アンタが嫌だってんなら、あたしが家まで引きずってくわよ!!』
強引で、がめつくて、食いしん坊な……世界で一番『不幸』で『幸福』な少女。
『二月十四日に会ったから、『 ヴ ァ レ ン 』!バレンタインデーからとってヴァレンってどうよ?』
ヴァレン。
宝条ルクが、ただ一機のメダロットに与えてくれた、世界でたった一つの……オレの名前だ。
『……あたしのこと、嫌いになった?』
(……何気に、そんなわけねぇだろ。……バカ野郎。オレも……オレも大好きだったんだよ……!!)
『アンタといること自体が、あたしにとっての『幸せ』なの』
――幸せ。
あの日、ルクが微笑んだその一言。
それだけが、この凍りついたオレの心を動かす、唯一の燃料なんだ。
―
―――ド、クンッ!!
ヴァレンのメダルが、爆発的な鼓動を打った。
修復も待たずに、彼の機体がガタガタと音を立てて立ち上がる。
ヴァレン: 「うおおおおおおおおおおおおおあああああああっっっ!!!!!」
絶叫。
それは義務でも、憎しみでもない。
ただ一人の少女への、あまりにも一途な愛が吐き出させた慟哭だった。
ヴァレン: 「……オレは……何気にジョーカード。……多くの人々を不幸に陥れた……罪深き、死神だ……」
ディスト: 「ま、まだ立つの!? あのダメージで、どうして……っ!」
ローラ: 「……何という精神力……。いや、これは、執念か……!」
ヴァレンは壁に手をつき、ボロボロになった脚を強引に踏ん張らせた。
彼のセンサーは、もはやワンダたちを見ていない。
はるか過去だけを見据えていた。
ヴァレン: 「そして……オレの名前はヴァレン!宝条ルクの幸せのためだけの存在!!!!」
ワンダ: 「ヴァレン! も、もう止めて……!!」
ワンダの悲痛な叫び。だが、ヴァレンの機体からは、絶対零度の冷気にも似た、禍々しくも清浄な青白いオーラが溢れ出した。
彼の背中から、漆黒の皮膜が広がり、夜の空気を切り裂いた。
ヴァレン: 「メダフォース発動…… 『ブラインド・ゲーム』 !!!!!」
実験室の天井を突き抜け、天空より降り立つ死神の影。
かつてN・G・ライトを屠ったその力が、今、最も愛した者のために、そして最も愛した者のいない世界を壊すために解き放たれた。
第五十四話【オレの名前はヴァレン!】終わり