第五十五話【何気な死神が乱れる!】
――――エデン本部・機密実験室。
『オレはヴァレン』
『宝条ルクの幸せの邪魔になる物……邪魔する者……』
『全てを消し去り、そしてオレも消えよう』
『何気に!!』
ヴァレンの身体から、青白い光と共に凍てつくような冷気が溢れ出した。かつて九年前、N・G・ライトを倒すために振るわれた力が、再び解き放たれようとしていた。
実験室の上空に、ボロボロの布を纏った巨大な死神の影が現れる。その手には大鎌が握られ、骸骨のような顔がヴァレンを見下ろしていた。
死神の影がゆっくりと降下し、ヴァレンの身体へ吸い込まれるように重なっていく。
――ガ、ギギギィッ!!
激しい金属音と共に、ヴァレンの機体構造が変化を始めた。背中からは漆黒の皮膜を持つ巨大な翼が広がり、深紅の紋様が刻まれたL字型の鎌剣が現れる。刃の周囲には禍々しい紫色の光が揺らめいていた。
ワンダ:「ヴァレン……!?」
ディスト:「な、何あれ……!?」
変身を終えたヴァレンが、ゆっくりと顔を上げる。
ヴァレン:「これは死神と融合し、出力を強制的に励起させるメダフォース……『ブラインド・ゲーム』」
ローラ:「ブラインド・ゲーム……!」
ヴァレン:「だが、何気にタダじゃねぇ」
ヴァレンは三機を見渡した。
ヴァレン:「四分四十四秒。その時間内にお前らを倒しきれなきゃ、何気にオレの頭部が自壊して終わる。……最期のギャンブルだ」
ワンダ:「そんな……!」
ヴァレンの視界には、すでに残り時間を示すカウントダウンが表示されていた。
ヴァレン:(四分四十四秒……。何気に、お前らとの『決別』にゃあ十分すぎる時間だぜ)
漆黒の翼が大きく広がった。
次の瞬間、ヴァレンの姿が三機の前から消える。
ディスト:「えっ――」
最初に狙われたのは、陣形の前へ出ていたディストだった。
ディスト:「わ、わわっ!? 速すぎ――」
ディストは咄嗟に左腕『エアスト』の三本爪を構える。しかし、ヴァレンはすでに目の前まで迫っていた。
――ズバァァァンッ!!
鎌剣がエアストの防御を打ち破り、ディストの胸部から腰部にかけての装甲と内部の接続部を深く斬り裂いた。
ディスト:「がっ……!?」
ディストの身体が後方へ吹き飛び、瓦礫の中へ叩きつけられる。胴体の損傷によって機体は動かなくなった。
ワンダ:「ディスト!!」
ローラ:「一瞬で……!」
ワンダが駆け寄ろうとする。
だが、ヴァレンはその前へ立ち塞がった。
ヴァレン:「安心しろ。何気にメダルは無事だ」
ワンダ:「…………!」
ヴァレン:「……だが、これ以上、先へは行かせねぇ」
ヴァレンは翼を翻し、今度はローラへ向かって突進した。
ローラはすでに右腕『ダブレスト』を掲げ、青い障壁を展開している。
ローラ:「ヴァレン!!」
鎌剣が障壁へ叩きつけられた。
――ガギィィィンッ!!
青い光が激しく揺らぎ、障壁の表面へ亀裂が走る。
ローラ:「くっ……!」
ローラは後退せず、障壁を維持したままヴァレンを睨んだ。
ローラ:「お前の記憶の中のルク殿を……それを消滅させていいのか!」
ヴァレン:「…………!」
ヴァレンの動きが僅かに止まる。
ヴァレン:「……オレの記憶の中じゃ、ルクは今も笑ってるし、寝相も何気に悪いままだ……!!」
ヴァレンが鎌剣を握り直した。
ヴァレン:「だがな!! あの日から一分一秒だって……ルクは、本当の意味での『幸せ』じゃねぇんだよッ!!!」
ヴァレンは、記憶の中にルクが生き続けているだけでは足りないと考えていた。自分がどれほど大切に思い出を抱えていても、ルク本人が再び幸せに生きられるわけではない。
その思いを振り切るように、ヴァレンが鎌剣を振り下ろした。
――ガギィィィィンッ!!
刃を覆う紫色の光が障壁の表面を侵食し、ヴァレンは生じた亀裂へ鎌剣をねじ込む。
ローラ:「……ッ!!」
青い障壁が砕け散った。
ヴァレンはそのまま踏み込み、ローラの頭部へ鎌剣を振り抜く。
――ザシュッ!!
ローラ:「ぐっ……!!」
装甲と内部の接続部が大きく損傷し、ローラは後方へ弾き飛ばされた。メダルは破壊されていなかったが、機体はそのまま動かなくなる。
ヴァレン:「…………」
ヴァレンは倒れたローラを確認すると、残り時間へ目を向けた。
ヴァレン:(……思ったより時間がかかったな。何気に、残り……二分三十五秒か……)
すでに制限時間の半分近くを使っていた。
ヴァレンが顔を上げる。
残る相手は、ワンダ一機だった。
しかし、そこに立っていたのは、ヴァレンの知る青い機体の姿ではなかった。
――シィィィィィィィン……!!
ワンダの身体が、黄金の光へ変わっていく。
装甲も、内部フレームも、メダルも。
そのすべてが癒しのエネルギーへ変換され、青い機体の輪郭が光の中へ溶けていった。
やがてワンダは、全身を黄金の粒子で構成された光の姿へ変えていた。
ヴァレン:「おい……」
ヴァレンの表情が変わる。
ヴァレン:「何気にいいのか? その力を使ったら、お前自身も何気に危なくなるんだろ?」
ワンダ:「私もヴァレンと同じよ!」
ワンダがソウスを構える。
ワンダ:「大切な者のためなら、自分の命も投げ出す!!」
ソウスへ黄金のエネルギーが集まっていく。
他者を癒すための力を、ソウスによって攻撃へ変換する。
ワンダ:「はあああああああッ!!」
――ズドォォォォォンッ!!
極太の黄金のレーザーが、ヴァレンへ向かって放たれた。
ヴァレン:「……ッ!!」
ヴァレンは翼を羽ばたかせ、咄嗟に横へ飛ぶ。
レーザーはヴァレンのいた場所を通り抜け、背後の床と壁を激しく破壊した。
ヴァレン:(チッ……!! 何気に厄介なことしやがって……!)
ワンダは再びエネルギーを集める。
だが、攻撃を放つたびに、彼女の身体を構成する光の一部が消費されていた。
全身を癒しのエネルギーへ変換したワンダは、高い自己修復能力を得ている。一方で、そのエネルギーを攻撃へ使い続ければ、自分自身を維持するための力まで失ってしまう。
ヴァレンはそのことを理解しながらも、ワンダへ向かって距離を詰めた。
ヴァレン:「何気に……止めさせてもらうぜ!」
ワンダがレーザーを放った直後、ヴァレンが正面から飛び込む。
L字型の鎌剣が、ワンダの頭部へ振り下ろされた。
――ザシュッ!!
しかし、刃は黄金の光の中を通り抜けた。
ヴァレン:「……!?」
ワンダの身体は攻撃を受けた部分から一度大きく乱れたが、周囲の癒しのエネルギーがすぐに集まり、元の輪郭を取り戻していく。
ヴァレンがもう一度鎌剣を振るう。
だが、結果は同じだった。
刃が光の身体を切り裂いても、ワンダはその損傷を修復してしまう。
ヴァレン:「何気にダメージが通らねぇのかよ……ッ!」
ヴァレンの動きが僅かに止まった。
ワンダはその隙を逃さない。
ワンダ:「今よ!!」
至近距離から、ソウスのレーザーが放たれる。
ヴァレン:「……ッ!!」
ヴァレンは回避しようとしたが、間に合わなかった。
黄金の光が左半身を飲み込む。
――ズドォォォォォンッ!!
ヴァレン:「グ、……アァァッッ!!!」
ヴァレンは大きく吹き飛ばされ、床へ叩きつけられた。
左半身の装甲が焼け焦げ、露出した内部フレームから火花が散る。
それでもヴァレンは鎌剣を支えに立ち上がった。
ヴァレン:(……何気にヤバイぞ……)
視界の端で、カウントダウンが減り続けている。
ヴァレン:(……あと、二分を切った……)
ワンダは再びソウスへエネルギーを集め始めた。
先ほどまでよりも、さらに大きな黄金の光が膨らんでいく。
その分、ワンダ自身の身体を構成する光も薄くなっていた。
ヴァレン:「ワンダ……!」
ワンダ:「…………」
ワンダは攻撃を止めない。
これ以上エネルギーを使えば、自分の身体を元へ戻せなくなるかもしれない。それでも、ヴァレンを止めるために残された力をソウスへ集め続けていた。
ヴァレン:(とにかく、ワンダのエネルギー化を何気に解かないとダメなんだが……)
ヴァレンはワンダの姿を見つめながら考える。
ヴァレン:(どうすりゃ元に戻るんだ? 前回はナギサがワンダを何気に止めたって聞いたが……)
ナギサが反射を利用してワンダの出力を抑え、元の身体へ戻したという話を思い出す。
ヴァレン:(……反射、か?)
ヴァレンは自分の鎌剣へ目を向けた。
ナギサと同じ反射能力を使えるわけではない。
だが、ワンダのエネルギーを外へ放出させず、逆流させることができれば――。
ヴァレン:(何気に……やってみるしかねぇな!)
ワンダのソウスが、さらに強い黄金の光を放つ。
ワンダ:「ヴァレン……!!」
ワンダが攻撃を放とうとした、その瞬間だった。
ヴァレンが正面から突進する。
ヴァレン:「うおおおおおおおッ!!」
放たれようとするレーザーの銃口へ、鎌剣の腹を力任せに押し当てた。
ワンダ:「……!?」
ソウスから放出されるはずだったエネルギーが行き場を失う。
銃身の内部で黄金の光が激しく膨張し、外へ向かう力が逆流した。
ヴァレン:「何気に……これでッ!!」
――ズドォォォォォォォォォォンッ!!
ソウスの銃口から、凄まじい爆発が起こった。
黄金の光と紫色の輝きが入り混じり、衝撃波が実験室全体へ広がる。
ヴァレン:「ぐあああああッ!!」
ワンダ:「きゃあああああッ!!」
二機は互いに反対方向へ吹き飛ばされ、瓦礫を巻き込みながら床へ叩きつけられた。
実験室に、しばらく砂埃が舞い上がる。
やがて視界が晴れると、そこには元の青い身体へ戻ったワンダの姿があった。
ただし、その装甲は至る所が欠損し、内部フレームも大きく損傷している。
全身をエネルギーへ変換し、攻撃に使い続けた代償だった。
ワンダ:「……う……」
ワンダが身体を動かそうとする。
しかし、指先さえ動かなかった。
一方のヴァレンも、床に倒れたまま荒い呼吸を繰り返していた。
ヴァレン:「……ハァ……ハァ…………」
左半身は黒く焼け焦げ、傷ついた機体から火花が散っている。
ヴァレンが辛うじて顔を上げた、その時だった。
視界に、警告が表示される。
『タイムリミットまで、あと四秒』
ヴァレン:(……クソッ……)
ヴァレンは歯を食いしばった。
ヴァレン:(何気に……時間を使いすぎた、か……)
――タイムリミットまで、残り三秒。
ヴァレンがひしゃげた右腕を床へ突き、身体を起こす。
その先には、動けなくなったワンダがいる。
ワンダへ辿り着き、勝利を確定させなくては、自分が望む未来を実現することはできない。
――残り二秒。
ヴァレン:(間に合え……!! 何気に、間に合え……!! 間に合ええええええええッッ!!!!!)
ヴァレンが残された力を振り絞る。
漆黒の翼を羽ばたかせ、床を蹴った。
傷ついた機体が激しく軋む。
それでもヴァレンは、ただ前だけを見据えて突進した。
――残り一秒。
すべてが、白一色の光の中に溶けていった。
第五十五話【何気な死神が乱れる!】終わり