第五十六話【不幸のメダロット~DEATH~】
――――エデン本部・機密実験室。
――ガシャンッ……。
『DISAPPEARANCE』の前で、鈍い金属音が響いた。
ワンダへ向かって全力で突進したヴァレンの身体が、突然動きを止めた。そのまま力を失い、床へと崩れ落ちる。
四分四十四秒。
『ブラインド・ゲーム』の制限時間が、ついに尽きたのだった。
――バチバチッ!!
ヴァレンの頭部から激しい火花が噴き出し、内部のパーツが次々と破損していく。
――ガギィィッ!!
頭部の一部が内側から弾け飛び、ヴァレンは床へ倒れたまま動かなくなった。
ヴァレン:「フッ……。ここ一番の賭けで……何気に、負けちまったな……」
頭部は大きく損壊し、視界もほとんど失われていた。それでもヴァレンの意識はまだ残っており、途切れがちな声を絞り出す。
死神の翼と鎌剣はすでに消え、残されていたのは、全身を焼け焦がした傷だらけの機体だった。
ワンダ:「ヴァレン……。どうして……? どうして……っ!!」
ワンダは床に倒れたまま、ヴァレンへ手を伸ばそうとした。
全身をエネルギー化し、その半分以上を攻撃として放出した代償で、彼女の身体は至る所が欠損している。指先を動かすことさえ難しく、ヴァレンの元へ駆け寄ることもできなかった。
ワンダ:「どうして……こんなことに……ヴァレン……!!」
ワンダは泣きながら、何度も親友の名を呼んだ。
なぜ、そこまでして自分たちを消そうとしたのか。なぜ、ルクを愛していたヴァレンが、こんな結末を迎えなければならなかったのか。
ヴァレンは、ワンダの声を聞きながら、ゆっくりと口を開いた。
ヴァレン:「ワンダ……。お前は……ルクが家出した理由、何気に知ってるよな?」
ワンダ:「……うん」
ワンダが小さく頷く。
ヴァレンは、かつてルクと二人きりで話した日のことを思い出していた。
――
――――十数年前・宝条ルクの家。
その日は、ワンダがジャンケンに負けて買い出しへ出かけ、家にはルクとヴァレンの二人だけが残されていた。
午後の陽が差し込むベランダで、ルクは手摺りに身を預け、流れる雲をぼんやりと眺めている。
ヴァレンは、以前から気になっていたことを尋ねた。
ヴァレン:「なぁ、ルク。……あんた、なんで何気に家出したんだ? ずっと気になってたんだわ」
ルク:「ん~? どうしたの、いきなり」
ルクが振り返る。
ルク:「……ふふ、ようやくあたしに興味持ち出したかな~♪」
ヴァレン:「いや、そういうわけじゃ……」
ルク:「ま、いいけどね」
ルクは笑いながら、手摺りへ向き直った。
ルク:「簡単に言うと、進路でもめてプチ家出したって感じかな。……あたしがメダロット学に進みたいって言ったら、両親が猛反対してさ」
ルクの両親は、彼女を医者に育てようと考えていた。幼い頃から英才教育を受けてきたルクにとって、医者になることは両親が望む将来だった。
だが、ルク自身はメダロット学を学びたいと考えていた。
当時、メダロット学はすでに発展のピークを過ぎており、両親には娘の将来を託せる道とは思えなかったのだろう。
ルク:「激しく言い争っちゃってさ。……ちょっと心配させて、あたしの話を聞いてもらおうと思っただけだったんだ」
ルクは、少し困ったように笑った。
ルク:「……さっさと戻るつもりだったんだよ?」
ヴァレン:「…………」
ルク:「でもね。家出してから二週間くらい経った頃に、両親が事故で死んじゃったんだ」
ヴァレンは、何も言えなかった。
ルク:「整備不良のメダロットが運転してたトラックと、正面衝突しちゃったんだってさ」
ルクは、淡々と話を続ける。
ルク:「……あたし、家出中に連絡先も変えちゃってたから。すべてを知ったのは、お葬式も全部終わった後」
彼女は手摺りを握りしめた。
ルク:「……笑えるでしょ?」
ルクは笑っていた。
けれど、ヴァレンには、その笑顔をどう受け止めればよいのか分からなかった。
メダロット学を巡って両親と喧嘩し、家を飛び出した。その間に、メダロットが運転するトラックとの事故で両親を失ってしまった。
ヴァレンは、思わず口を開いた。
ヴァレン:「メダロットに人生を狂わされたってわけか。……この世に『メダロット』なんていなきゃ幸せだったのにな」
ルクが、驚いたように目を見開いた。
そして、突然吹き出した。
ルク:「メダロットがいなかったら? アッハハハハハッ!! ヴァレン、何それ! アンタ、面白いこと言うわね!!」
ヴァレン:「……は?」
ルク:「ファッファッファッファッファ……ッ!!」
ヴァレン:「なんだその変な笑い方……」
ルクはしばらく笑い続け、ようやく落ち着くと、目元を指で拭った。
ルク:「確かにね! もしメダロットがいない世界だったら、あたしの人生は思いっきり変わってたかもね!」
ルクはヴァレンを見た。
ルク:「……幸せかどうかなんて分かんないけどさ♪」
そう言って、彼女はヴァレンの頭を優しく撫でた。
ヴァレン:「…………」
ヴァレンは、ルクの言葉をすぐには理解できなかった。
メダロットがいなければ、両親は事故に遭わなかったかもしれない。家出をする理由もなく、ルクは別の人生を歩んでいたかもしれない。
それでもルクは、その人生が幸せだったかどうかは分からないと笑った。
ヴァレンは、その時のルクの表情を、長い年月を経ても忘れることができなかった。
――
実験室には、『DISAPPEARANCE』の低い稼働音が響いていた。
ヴァレンは床に倒れたまま、損壊した頭部を僅かに動かした。
ヴァレン:「あの日感じたものが、何気にオレをここまで動かしたのかもしれねぇな……」
ワンダ:「…………」
ワンダは、何も言わずにヴァレンを見つめていた。
ヴァレンは一度だけ目を閉じ、それから静かに口を開いた。
ヴァレン:「ワンダ……。……オレを、殺してくれ」
ワンダ:「…………!!?」
ワンダは、ヴァレンが何を言ったのか理解できなかった。
ワンダ:「……何、言ってるの……?」
ヴァレン:「このまま生きていたところで、何気に『ラヴド』に処刑されるのがオチだ。……オレは何気に、全メダロットを消そうとした大罪人だからな」
ワンダ:「そんな……!」
ヴァレン:「仮に処刑を免れたとしても、オレは……オレ自身の手で、何気に命を絶つさ」
ヴァレンは、ワンダへ顔を向けた。
ヴァレン:「オレがこの世に留まる理由は、もう何処にもねぇんだわ」
ワンダ:「……ヴァレン……」
ヴァレン:「……だから、お前の手でオレを終わらせてくれ」
ワンダは激しく首を横に振った。
ワンダ:「嫌よ……! そんなの、できるわけないじゃない……!!」
ヴァレンは、しばらく黙っていた。
やがて、損壊した頭部から小さな火花が散る。
ヴァレン:「早くしろよ。……スラフシステムが起動しちまう」
ワンダ:「…………!」
ヴァレン:「……一度機体が再起動しちまえば、オレはまた、この『DISAPPEARANCE』を使ってメダロットを消そうとするかもしれないぜ」
ワンダ:「……そんなこと……」
ヴァレン:「…………」
ワンダ:「ヴァレン……?」
ヴァレンは、それ以上何も言わなかった。
ワンダが呼びかけても、返事をしない。ただ、彼女から視線を逸らし、静かに横たわっていた。
ワンダは、どうすればよいのか分からなかった。
ヴァレンを殺したくない。
けれど、彼が再び『D』を使おうとするかもしれないという言葉も、聞かなかったことにはできなかった。
ワンダ:「……どうして……」
ワンダは、震える腕を持ち上げた。
普段は仲間を癒すために使ってきた
身体の至る所で装甲が欠損し、内部フレームが露出している。
ワンダはソウスを持ち上げるだけでも苦しそうだったが、それでもゆっくりと銃口をヴァレンへ向けた。
ワンダ:「…………っ」
視界が滲み、オイルが頬を伝う。
ヴァレンは、抵抗しなかった。
床に倒れたまま、静かにワンダを見つめている。
ワンダ:「ヴァレン……さよなら!!!!」
ワンダが叫んだ。
ヴァレンは、僅かに笑った。
ヴァレン:「ワンダ……元気でな――」
そして、いつもの口癖を続けた。
ヴァレン:「――何気に……」
ワンダのソウスが、強い光を放った。
――ドオォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
純白のレーザーが、ヴァレンの身体を包み込む。
全身エネルギー化の残滓を纏っていたワンダの攻撃は、通常を遥かに上回る出力となっていた。
ヴァレンは、逃げなかった。
レーザーが損壊した装甲を貫き、内部のパーツを次々と破壊していく。
そして、ヴァレンのメダルが、完全に砕け散った。
その瞬間、ヴァレンの意識は途絶えた。
光が収まると、そこには黒メダリアと白メダリアだけが残されていた。
かつてN・G・ライトを倒し、最後には全メダロットを消し去ろうとした『不幸のメダロット』。
ジョーカード――ヴァレンは、ワンダの手によって、この世界から永遠に失われたのだった。
ワンダは、残された二つのメダリアへ手を伸ばした。
黒メダリアと白メダリアを拾い上げ、強く握りしめる。
ワンダ:「…………っ」
ワンダは、何度もヴァレンの名を呼ぼうとした。
けれど、声にならなかった。
ワンダ:「……う、……うあああああああああああああああッッッ!!!!!」
ワンダの慟哭だけが、実験室に響き渡った。
ヴァレンは、ルクの元へと旅立った。
ラヴドとエデンの長き戦いは、幕引きを迎えたのだった。
第五十六話【不幸のメダロット~DEATH~】終わり