第五十七話【新しき世界】
ヴァレンの最期から、一ヶ月が過ぎた。
長きにわたるラヴドとエデンの戦争は終結し、世界は復興へ向けて動き始めていた。
当初は、再びラヴドを中心とした統治へ戻るものと思われていた。しかし、リーダーであるビーストマスターは、エデンの残存勢力を解体するのではなく、コスモスを新たなリーダーとして再建することを提案した。
さらに、ラヴドとエデンはそれぞれ『ラヴド国』『エデン国』という国家へと発展した。かつて敵対していた二つの組織は、これからは共に手を携え、平和な世界の実現を目指していくこととなる。
かつて激しい戦場となった『ビッグブロック』も、今では新しい銀色の装甲で覆い直され、ラヴド国の仮設首都として稼働していた。街には急造のインフラが整備され、復興に励むメダロットたちの姿がある。
同時に、崩壊した旧ラヴド本部の再建も始まっていた。完成は一年後を予定しており、その際には再びラヴド国の首都として稼働することになっている。
戦争の傷跡はまだ至る所に残っていたが、街には少しずつ活気が戻り始めていた。
その一方で、戦争を終わらせる原因となった巨大な機械は、すでにこの世界から姿を消していた。
『DISAPPEARANCE』は、戦争終結から一日と経たないうちに、ビーストマスターの判断によって破壊されていたのだ。その存在が世間に知れ渡ることもなかった。
過去に起こった事実そのものを消滅させる機械。
それは、ラヴドにとっても、あまりにも魅力的な力だった。
それでもビーストマスターが破壊を決断したのには、三つの理由があった。
一つ目は、時間に干渉して過去の事実を消し去ることができても、その結果が必ずしも望んだ未来へ繋がるとは限らないこと。
二つ目は、ヴァレンが考えたように、過去の一つの事件を消したところで、人類消滅の根本原因まで取り除けるとは限らないこと。
そして最後は、ビーストマスター自身の、ある意味で最も単純な理由だった。
――歴史が変わって、今までの努力が無かった事になるなんてつまらないじゃないですか。
ビーストマスターは、そう語ったという。
また、ヴァレンの死後に残された白メダリアと黒メダリアについても、破壊実験が行われた。しかし、いかなる手段を用いても、二つのメダリアを破壊することはできなかった。
そのため、白メダリアはラヴド国で厳重に管理されることとなった。
そして、黒メダリアは……新生・エデン国へと託された。
――
――――ビッグブロック・国王執務室。
ビッグブロックの頂上に設けられた執務室で、二機の王が向かい合っていた。
ラヴド国の初代国王となったビーストマスターと、エデン国の女王となったコスモスである。
ビーストマスター:「……出発の準備は整いましたか。コスモス……いえ、エデン国の『女王陛下』」
ビーストマスターは、机に積まれた電磁記録媒体から顔を上げた。
コスモス:「……はい。ラヴドとの実務協議も、これで一区切りです。感謝いたします。……ビーストマスター様」
コスモスは静かに頭を下げた。
カヲスとの戦いで大きく損傷した機体は、スラフシステムとナギサの治療によって完全に修復されている。今の彼女は、かつてのハードネステンとしてではなく、自らの意志でエデン国を率いることを選んでいた。
ビーストマスター:「……改めて、貴女には礼を言わねばなりません。エデンの残存勢力をまとめ上げ、我々の提案する『二大国家体制』を承認してくれたことに」
コスモス:「…………」
ビーストマスターは窓の外へ目を向けた。遥か遠くでは、エデン本部の再建が進んでいるだろう。
ビーストマスター:「……これで九年前の過ちを、繰り返さずにすむかもしれません」
コスモス:「……九年前の、過ち?」
ビーストマスター:「ええ。前回の戦争が終わった後、ラヴドはエデンを徹底的に解体し、一極統治を目論みました」
ビーストマスターは、当時のことを思い返すように続けた。
ビーストマスター:「……ですが、我々は未熟だった。組織体制は脆弱で、広大な世界を管理するだけの人員も、知恵も足りなかった」
ラヴドは戦争に勝利したものの、その後の世界を十分に統治することはできなかった。
ビーストマスター:「その結果、ラヴドへの不信感が募り、それが今回のエデン復活の原因となってしまいました」
ビーストマスターは、机のコンソールへ手を置いた。
ビーストマスター:「ラヴドは成熟した組織として、自らを『国家』へと構造改革しなくてはならない。……そして、ラヴドだけで世界を平和に収めることが不可能な以上、エデンの残存勢力もまた、世界の統治に不可欠なピースとして利用させてもらう」
コスモスは、黙ってその言葉を聞いていた。
ビーストマスター:「……それが、私が出した『解答』です」
コスモス:「……つまり、私たちエデンを残したのは、監視と利便のためだと?」
コスモスの問いに、ビーストマスターは頷いた。
ビーストマスター:「言葉は悪いですが、その通りです。水面下で反乱の芽を育てさせるくらいなら、エデン国という檻の中で、公に世界の平和のために働いてもらう」
ビーストマスターは、そこで一度言葉を切った。
ビーストマスター:「……私は、もう戦争はしたくないのです」
その言葉には、これまで幾度となく戦争を指揮してきたビーストマスターの本心が滲んでいた。
コスモスは、彼の考えをすべて理解したうえで、静かに頷いた。
コスモス:「……エデンの残存勢力は『裏切り者』の私をすぐには受け入れないでしょう。しかし、貴方の思い、必ず実現させます」
ビーストマスター:「……よろしくお願いします。女王陛下」
ビーストマスターが穏やかに微笑む。
かつて敵対していた二つの組織は、今、別々の国家として新たな道を歩み始めようとしていた。
互いの思惑が完全に一致したわけではない。それでも、再び戦争を起こさないという目的のために、二機は協力することを選んだのだった。
――
――――エデン本部・情報管制センター。
国家の再建が進む一方で、戦争中に起こった出来事の処理も、密かに進められていた。
エデン本部の情報管制センターでは、デュオカイザーが膨大なデータログを精査していた。
彼女は現在、エデン国女王直下諜報部『トゥルース』の長を務めると同時に、エデン国の戦後処理を実質的に担う補助官として、休む間もなく働いていた。
デュオカイザー:「……ふぅ。これでヴァレンちゃんの『公式記録』の上書きは完了ねぃ。全メダロット消滅なんて不穏な計画、歴史の隅っこにも残させなぃゎょ」
デュオカイザーが操作を終えると、ネットワーク上には新たな公式記録が公開されていった。
英雄ジョーカード――ヴァレン。
その最期は、『全メダロットを消滅させようとしたテロリスト』としてではなく、『暴走するカヲスと刺し違え、自らの命を賭して世界を救った不世出の救世主』として記録されることとなった。
ヴァレンが本当は何をしようとしていたのか。
そして、最後に誰の手によって命を絶たれたのか。
それらの事実は、公にされることはなかった。
セルヴォ:「さて、……大衆ってのは、何気に分かりやすい『英雄』を求めてるもんだからな」
ビート:「……嘘で塗り固めた平和か。……皮肉なものだが、それが我々の選んだ道だ」
壁際に立つセルヴォとビートは、書き換えられた公式記録を見つめていた。
彼らもまた、ヴァレンの真意と最期を知る者たちだった。
カヲスについても、同様の情報操作が行われていた。
世間一般には、ヴァレンと刺し違えて戦死したと公表されている。しかし実際には、コスモスの嘆願によって、その命は密かに繋ぎ止められていたのだ。
『DISAPPEARANCE』の存在、カヲスの生存、そしてヴァレンの真意。
これらの真実を知るのは、L班の面々と十二使徒、ビーストマスター、ブラックメイル、コスモス、そして情報工作に当たったトゥルースの面々のみだった。
彼らは、戦争の裏側にあった真実を、それぞれの胸に秘めておくこととなった。
セルヴォ:「さて、……嘘を墓場まで持っていくのも、トゥルースの仕事ってやつだろ。……次の仕事を片付けるぜ」
ビート:「ああ。……ワンダたちの様子も、気になるがな」
セルヴォとビートは、管制室を後にした。
平和を迎えた世界で、二機はこれからもトゥルースとしての仕事を続けていく。
ただ、その仕事が誰かのために真実を隠すことになるのだとしても、二機は自分たちの選んだ道を歩むつもりだった。
――
――――エデン本部・治療室。
エデン本部の一角に設けられた治療室では、ナギサが一機のメダロットの治療を続けていた。
部屋の中央に横たわっているのは、ワンダだった。
ヴァレンの最期を見届けた後、ワンダは意識を失い、それから一ヶ月が経った今も目覚めていない。
彼女の機体にはエネルギーチューブが接続され、装置が一定の周期で低い駆動音を響かせていた。
全身を癒しのエネルギーへ変換し、その多くを攻撃として放出した代償は、あまりにも大きかった。
ナギサ:「強大すぎる力は、自らをも滅ぼす。……たとえそれが『破壊』を与える力であっても、『癒し』を与える力であってもか」
ナギサは、ワンダの身体を包み込む淡い虹色の薄膜へ目を向けた。
『心の壁』。
それは、ナギサが自身の反射能力を応用して展開している障壁だった。
ワンダの身体は、全身エネルギー化による損傷があまりにも大きく、元の機体構造を維持することさえ難しい状態にあった。ナギサは器用に反射障壁を調整し、彼女の身体が崩れないよう保ち続けていた。
同時に、自身の『継続リペア』によって、機体の修復も続けている。
その甲斐あって、この一ヶ月でワンダの損傷は八割ほど修復されていた。
しかし、身体の回復とは裏腹に、彼女の意識が戻る兆しはなかった。
扉が開き、ローラとディスト、そして十二使徒の面々が姿を現した。
リーブ:「ナギサさん……。ワンダさんは、どうや。……助かるんやろうか」
リーブが不安そうに尋ねる。
ナギサは、いつもの笑みを浮かべることなく、静かに首を振った。
ナギサ:「判断……ジャッジメントしかねるね。物理的なボディは順調に再生しているけれど、メンタルに負った傷が深すぎる」
ナギサは、眠り続けるワンダを見つめた。
ナギサ:「……彼女は今、自ら作り上げた『絶望の檻』の中に閉じこもっている。このまま、目覚めない可能性も否定できない」
ディスト:「そんな……。……ワンダ、起きてよ。……もう、戦争は終わったんだよ……?」
ディストがワンダの手を握る。
しかし、ワンダは目を覚まさなかった。
タイン:「クソッ!! なんであんな事したんだよヴァレン……!!」
タインが床を踏み鳴らし、自分自身を責める。
竜:「……不覚です。ヴァレンさんの真意を読み取れていませんでした」
レッド:「………………ゴメン………………。」
普段は無口なレッドも、小さな声で謝罪した。
十二使徒たちもまた、ヴァレンを止められなかったことに責任を感じていた。
だが、その言葉を聞いたローラが口を開いた。
ローラ:「お前たちが責任を感じる必要はない。責任ならば……ワンダのそばにいたのに守ることもできずに倒れた妾にある」
ローラは、ワンダの胸部装甲へ目を向けた。
ワンダは、親友であるヴァレンを自らの手で殺した。
その出来事が彼女にどれほどの苦しみを与えたのか、ローラには想像することしかできなかった。
ナギサは、しばらく考え込んだ後、顔を上げた。
ナギサ:「強大すぎる力は自らをも滅ぼす……。だが、凍りついた魂を呼び戻すのもまた、その『力』なのかもしれないね」
その言葉に、仲間たちがナギサを見た。
ナギサ:「……責任……リスポンシビリティを取ってもらおうか。ヴァレン君に」
竜:「……『黒メダリア』ですか?」
ナギサ:「フフフ。……名案だろう?」
ナギサは、ワンダの身体を保っている障壁へ目を向けた。
ナギサ:「彼女を暗闇に繋ぎ止めているのは、ヴァレン君を殺したという罪悪感だ。ならば、そのヴァレン君の一部である黒メダリアが、彼女の『絶望の檻』を内側から開く鍵になるかもしれない」
ディスト:「黒メダリアが……?」
ナギサ:「そこにヴァレン君の意志や記憶がどのような形で残っているのかは、僕にも分からない。けれど、少なくとも彼の一部であることは確かだ」
ナギサは、静かに続けた。
ナギサ:「物理的な修復だけでは届かない彼女の心に、何かを伝えられる可能性はある。……試してみる価値はあると思わないかい?」
その場にいた仲間たちは、互いに顔を見合わせた。
確実に成功するという保証はない。
それでも、ワンダを目覚めさせるために、何かできることがあるのなら。
竜:「なるほど……タイン、今すぐに〝黒メダリア〟をここに持ってきてください」
タイン:「は?」
突然指名されたタインは、状況が飲み込めず、ぽかんとした顔で竜を見た。
竜:「早く……蹴りいれますよ!!」
竜はいつもと変わらない無表情のまま、そう言い放った。
タイン:「……ッ!?」
その表情と台詞の落差に、タインはかえって恐怖を感じた。
彼は慌てて床を蹴り、全力で女王執務室へと向かった。
――
――――エデン国・女王執務室。
コスモスは、鳴り止まない電話と山積みの書類に囲まれ、忙しく執務を続けていた。
そこへタインが駆け込み、黒メダリアの使用を求めた。
コスモス:「……タインさん、申し訳ありません。黒メダリアの使用は……平和条約の規定上、私の一存では許可できません」
タイン:「…………!」
コスモス:「ビーストマスター様やブラックメイル様との協議、さらには何重もの承認手続きが必要なのです。最短でも数日は――」
タイン:「数日!? そんなに待ってたらさり気にワンダが死んじまうぞ!! 何とかしてくれよコスモス!!」
タインが必死に訴える。
コスモスもまた、何とかできないものかと端末を操作し始めた。
その時だった。
コスモス:「なっ……!? 一体どうして……!?」
タイン:「ど、どうしたんだ? さり気に怖い顔すんなよ」
コスモスは、端末に表示された情報を見つめていた。
コスモス:「……信じられないことに、既に黒メダリアの『特例使用許可』が下りています」
タイン:「……え?」
コスモス:「データ上では……一時間前に全承認が完了し、既に持ち出し可能な状態になっています」
コスモスは、何度も表示された情報を確認した。
厳重な管理が必要なはずの黒メダリアに、なぜか正規の承認手続きを経たことになっている使用許可が出されていたのだ。
――
――――エデン本部・暗い廊下。
二機のメダロットが、廊下を歩いていた。
一機は青、もう一機は黄。
ビート:「セルヴォ。……『使用許可の偽造』なんて任務は、無かったはずだが」
セルヴォ:「さて、……どうだったかな。でもまぁ、任務さえこなしてりゃあとは自由……それがトゥルースのいいところだぜ」
セルヴォは、ばつが悪そうに頭を掻いた。
かつて共に戦場を駆けたL班の面々を、放っておけなかったのだろう。
ビート:「フッ……。あいつらが気に入ったなら、そう言えばいいものを。……相棒、お前も『甘く』なったな」
セルヴォ:「さ!て! ……次の任務は何だったかな~、と」
セルヴォは、足早に廊下の先へ歩いていった。
ビートは、その背中を見送りながら小さく笑う。
新しい世界では、かつて敵だった者たちが、今では同じ誰かのために動いている。
その事実を、セルヴォが素直に認めることは、まだなさそうだった。
第五十七話【新しき世界】終わり